図書館戦争───エンシェントモニタモンの巨大な図書館を巡る様々な勢力の乱戦は混迷を極めていた。 エンシェントモニタモン、そして担当スプシモンの要請を受けて各地を転戦していた三上竜馬は、スプシモンたちを庇いながら無数の敵───イータモンやゴグマモンオニキス、トループモン───を叩き伏せていた。 しかし、止まることを知らない敵の軍勢のいわば無限湧きは、少しずつ竜馬と、相棒のトリケラモンの体力と気力を削いでいるのも確かである。 スタミナ自慢を自負していたが、竜馬もトリケラモンもマシーンではない。疲れることもあるのだ。 (どこかで休まんとキツいな…) いつものように声に出さず胸中で1人ごちる竜馬。それが隙になったのかもしれない。後ろから飛びかかってくるゴグマモンオニキスの存在に、気づくのがワンテンポ遅れた。 「竜馬!」 「…!!」 トリケラモンの叫びに我に帰る。だがしかし、その一瞬が命取りになるのが戦場だ。竜馬は己の迂闊さを呪った。だが…。 ゴグマモンオニキスは、突如として苦しみながら落下し、その魔手が竜馬とトリケラモンに届くことはなかった。 「あ…?」 「どうした!?何があったんだ竜馬!?」 呆気に取られ、事態を飲み込めない2人。転げ回っていたゴグマモンオニキスは、突如としてその姿を変えた。別のデジモンへと。 「ギュウキモン…!?」 蜘蛛のような妖怪じみた姿へと姿を変えたゴグマモンオニキス、いや、ギュウキモンは、竜馬たちへの攻撃を一切せずそこに立ち尽くしている。 あたりを見渡せば、竜馬たちを取り囲んでいた敵のデジモンたちが皆一様に苦しみ、ギュウキモンへと姿を変え動かなくなっていく。 (なんだ…!?何が起こっている…!?) 竜馬は突然の出来事に混乱するばかりであった。 「竜馬!アレ!」 竜馬の意識を取り戻したのは、トリケラモンの呼びかけと、そして見知った声であった。 「竜馬さん!私!怖いですわ!!」 「…千本桜さん!?」 かつてイレイザーの本拠地を叩くときに共闘した年上の女性。千本桜冥梨栖が、可愛らしく小走りで駆けてきた。口ぶりを見るに敵に襲われて怖い目に遭っていたのだろうか。そのままの勢いでトリケラモンから降りていた竜馬に抱きつく。 「…!?」 女性経験に乏しい竜馬である。いきなりの出来事に目を白黒(戦友の1人ではない)させた。 「よかった…!敵が突然こんなに襲ってきて大変でしたのよ!!私もう怖くて怖くて…!」 やはり。彼女もまた巻き込まれた───護らねばならない相手である。驚きのあまりぼやけていた顔を引き締め、冥梨栖に向き直ると竜馬は事情を聞いた。 彼女は図書館に出店を出していたようで、そこを敵の軍勢に襲われたのだ。無関係の人々を巻き込む敵。許すことはできない。 「…千本桜さん、ここは危険だ。できれば退避した方がいい。」 「そうしますわ。命あっての物種ですもの。竜馬さんにも守っていただけて光栄でした…!」 「…いや、俺は何も」 本心である。敵が突然ギュウキモンに姿を変え、動きを止めたのが幸いしただけである。…ん?ギュウキモン? 確かギュウキモンといえば…。 「…これ、千本桜さんが…?」 「え?いやぁ〜なんのことだか私にはさっぱりですわ!!」 (これやったな?) 胸中で竜馬は突っ込んだ。 これだけのことをやったのなら彼女はもう大丈夫だろう。そういう直感がある。直感が。 「…多分貴女は大丈夫だと思う。いやマジで。」 「えぇ!?そうなんですの!?」 「うん」 「…まぁ…竜馬さんがそう言うなら…」 渋々ながら彼女も納得したようである。安全なところまで彼女を送れば、ミッションコンプリートだ。そう考えた竜馬はトリケラモンの背中に冥梨栖を乗せると、自分はトリケラモンを先導して図書館の外、敵のいない区画まで案内した。 「ここまで来れば問題ないはずだ。危険が迫らないうちに早く安全なところへ逃げてください。」 「竜馬さんは…」 「俺はまだやることがある。スプシモンや仲間たちを放っておけない。」 決意の眼差しで冥梨栖を見て、そして図書館を一瞥する竜馬。その思いは固い。テコでも動かないであろうことを冥梨栖は感じた。 「…でしたら、これを!」 「…?」 手渡されたのは可愛らしい小包であった。見たところ弁当箱のように見える。 「愛妻弁当、ですわ!」 「…あい…!?」 またしても呆気に取られた竜馬である。今日はよく驚かされる日だ。戸惑う自分と、それを客観的に見る自分がいる。 「それを食べて精力をつけてくださいまし!!貴方のご無事を祈っていますわ!!」 だが、それは100%善意によるものだ。人の善意を反故にするほど、竜馬は落ちぶれてはいない。戸惑いはするも、取り落とさないようにその包みを受け取る。 「…ありがとう。千本桜さんも気をつけて!」 「はい!」 戦場は常に血生臭い。しかし、こういった爽やかなこともあるのだ。 竜馬はそう噛み締め、弁当を抱えて再度戦場へと足を踏み入れた。 (オイラ、竜馬がこんなにモテるなんて知らなかったよ。) (…うるさい)