スプシ図書館上空、空を飛ぶ輸送艦『ちた』。 すでに戦端が開かれているのを確認して俺、海津真弓はパートナーのプテラノモンの背に乗って発艦する。 続いてジェットレオモンにまたがった茉莉が発艦する。その手には最近誂えたばかりの新武装ミトゥム・イナンナがある。 デジゾイド複合材の500kgオーバーなハンマーのせいでジェットレオモンの動きが遅い。 (茉莉、まずは状況把握だ。情報収集にかかるよ。) 『オッケー真弓ちゃん!降下するね―!』 通信デバイス『シャルウル』を使って俺が思考言語で話しかけると、音声と思考の両方で同じ返事が来た。 やっぱりあいつには口と頭で別々に喋るのは無理みたいだ。 『早く図書館ブッ潰して、真弓ちゃんの手掛かりを探そう!』 ……やっぱりか。名張さんに何か吹き込まれたようで、図書館に行けば俺の過去について何か分かるかもしれないと思ってるようだ。 FE社に実験用として売られてた時点でろくなもんじゃないって想像できるだろうに。 自分だってネグレクトの果てに実の親に売られたのを忘れたのか?……いや、それは忘れてほしいんだけどね。 まあとにかくいつにもまして作戦プランをちゃんと聞いてないし守る気配もない。 一応はテストパイロットだけあって普段はここまでじゃないんだけどな。 このままだとまたいつかの時みたいに我を忘れて暴走しかねない。 その可能性は一応名張さんには伝えたし、カウンターも用意しておいたけど……。 (まあ元から君達の役割は情報収集と陽動、そして制圧後の情報分析だ。攻略本隊じゃないから問題はないよ。) そう言った名張さんは珍しく苦笑いしてた。艦内の空気も何かよくなかったし、どうにも不安がよぎる。 「マユミ、おそらくアレじゃないか?」プテラノモンが通話を切って声を出す。 「……みたいだな。」図書館の北側にある山の上にメタルティラノモンの姿が見えた。 その肩の上に黒い服の人間が立っている。遠くてよく見えないが、おそらくあれが……。 俺は指向性の強い低出力レーザーでそちらに発光信号を送る。茉莉には気づかれないはずだ。 ……向こうからも発光信号。間違いない、『†雷霆の龍騎王†』だ。 『シャルウル』の光学センサーを最大望遠にする。……俺が高校のデータベースから盗んだ画像データと同じ顔だ。 「茉莉、図書館の北側にまわれ。そっちの様子が知りたい。」 茉莉をあいつの目の届く範囲に誘導しようと俺は指示を出す。 『オッケー真弓ちゃん!』茉莉とジェットレオモンは高度を下げながら旋回し、図書館北の谷間に差し掛かった。 『あーマイクテストマイクテスト、聞こえているかしら夏井茉莉さん?』いきなり響く大音響。 ちょっと待てあの女!監視しつつ暴れたら出てくる手筈じゃなかったか!? 『私と貴女には縁もゆかりもないし、どんな事情があるのかも一切合切知らないけれど、依頼を受けたからには……汝の道は、ここに途絶えるわ』 おもしれー女なのは分かってたけど!今ここでそういうのは求めてない!TPOをわきまえてくれ! 『真弓ちゃん!あそこにいる女!あいつ私を名指ししてる!』さすが目がいいな茉莉は。もう見つけたのか。 「あー茉莉待ってくれ、あれは……」どう説明する?正直に言うわけにもいかないし、敵だって言うと問答無用で殴り合いだし……。 味方だって説明しようにもいきなりあの宣戦布告だ。何考えてんだあの女!俺だって……いや、やるな? 名張さんにスカウトされる前の自信に満ち溢れた頃の俺なら多分同じような事やってるね。 『……真弓ちゃん、何か隠してる。』何でこういう時はいつも鋭いんだ茉莉は! 『ここがアンタの終わりよ!』あの女まだ続けるか! 『ちょっと何あの女!真弓ちゃん浮気!浮気なの!?』 「ちょっ、待って茉莉、あれは違う、あれはそういうのじゃないんだって。だからそのハンマーをしまって。」 ハンマーを振り回しながらこちらに近づいてくる茉莉。怖い怖い怖い! 『………ヒトの事イチャつく出汁にしてるんなら帰るわよ?』呆れたような声が大音量で響く。 ハンマーを振り回したままの茉莉の顔が山の上の方を向く。 『あなたが最初に突っかかってきたんでしょーが!!』やばい、茉莉がキレた! 『大佐!あの山!あの上まで行って!』 『でも茉莉!』 『いいから!』 『ああもうわかったから叩くな!しょうがねえな!』茉莉とジェットレオモンのやり取りが聞こえる。 背に腹は変えられない。俺は緊急連絡用の通話アプリを開く。 「すまない茉莉がそっちに行った!自力で何とかしてくれ!」 『こっちでも見えてるわよ!何あの女、いきなりキレて襲いかかってくるとか!』 初めて聞く†雷霆の――いや、龍泉伊舞旗の声。ずいぶん伸びの有りそうないい声だな。 「そっちが厨二病全開な煽りをするからだ。茉莉はそういうセンス皆無なほうの筋肉バカなんだ!」 『はぁ!?私が悪いって言うの?ふざけな……っと!』茉莉のハンマーをかろうじて避ける伊舞旗。 『……っぶないわね!殺すつもり!?』 『!!!!―――――!!!!』ダメだ茉莉の言葉が言葉になってない。完全に自我が沸騰して暴走してる。 『仕方ないわね、メタルティラノモン、アンタはあのメカっぽいデジモンの相手をなさい。』 伊舞旗の両手に棒状の武器が握られる。 『吠えなさい、“ベイビーワルキューレ”。』 左手に構えたロッドを上に向け、右手のロッドの先端を茉莉に向ける。 『我が“雷霆”の二つ名、その意味を己が身を以て思い知りなさい!』 『大佐、すまないが茉莉を止めてくれ。せめてハンマーだけでも妨害を。彼女は俺が雇った傭兵だ。後で説明する。』 俺は個別通話でジェットレオモンに指示をする。 『ああ、そう言うことか。……もっと穏便な奴はいなかったのか?』 付き合いが長いだけあって察しが良い。 『他に適任が見つからなかった。』俺の返答にジェットレオモンのため息が返ってきた。 『……うちの青髪ゴリラを止められる奴がそうそう見つかる訳ないか。』 茉莉のハンマーが伊舞旗に向かって飛ぶ。 そのワイヤーにジェットレオモンが噛みついて起動を変える。 地面に叩きつけられたハンマーは大地をえぐって墓穴と呼ぶには広く浅い穴をうがつ。 『……コレ本気で戦わないとこっちが死ぬやつね。』伊舞旗の声には戦慄の響きがある。 「茉莉、聞こえているか、茉莉!」 『うがああああ!!』ダメだ、反応がない。 三撃目のハンマーはメタルティラノモンが爪と腕で受け流す。が、無傷とはいかず多少のダメージが通ったようだ。 『気ィつけろイブキ!コイツ人間なのに完全体ぐらいのパワーだ!』 『成程、私に声が掛かる訳だわ。っと!』すれ違いながら左手のロッドが茉莉の腹に食い込む。 『!!!』茉莉の動きが止まる。 『そこよ!』更に右手のロッドが背中を叩く。高圧電流が背中だけでなく茉莉の全身にダメージを与える。 『よし、これで……』 「まだだ!」俺が警告に、伊舞旗は茉莉の反撃の拳をスウェーでギリギリ回避する。 『……コイツ、まだ動くの!?』 「茉莉は耐久力も強化されてる!それじゃ足りない!」 ……電撃は相性が炎の次ぐらいによくない。 電気ショックぐらいなら『耐えてしまう』茉莉は、肉体的な限界が来るまで戦えてしまう。 アイツを止めるには水攻めとか落とし穴とかのもっと安直で単純な方法が有効だったんだが……教えておけばよかったな。 今更俺の判断ミスを伝えたところで伊舞旗を逆上させるだけだ。 「俺がアドバイスを出す。それを参考してくれ!」どうせ伊舞旗は指示に従え、とか言うと逆に従わないだろう。 「俺と茉莉は長年一緒に戦ってきたからあいつの動きは分かる。頼む、信じてくれ!」 『……ああもう、そこまで言われちゃしょうがないわね!』 メタルティラノモンの前で、伊舞旗はロッド二刀流を構え直す。 『さっさとしなさい、腑抜けたアドバイスをしたらアンタもまとめて吹っ飛ばすわよ?』 俺のアドバイスとジェットレオモンの妨害もあって、伊舞旗は有効打を積み重ねていく。 しかしそれでも茉莉は止まらない。もう全身に激痛が走っているはずなのに。 「茉莉、もうやめろ茉莉!」俺の呼びかけに反応は無いままだ。 ……仕方ない、覚悟を決めるか。 「プテラノモン、茉莉を直接説得する。近づいてくれ。」 「!!……いいのか?」 「頼む。」口数の少ない俺の相棒は何も言わずに接近する。 高度を下げ、タイミングを合わせて減速し、茉莉の頭上で一瞬だけ速度ゼロにする。 そのタイミングで俺が飛び降りると、プテラノモンはそのまま反転上昇する。 「茉莉!!」俺は茉莉の体にしがみつく。あちこちが焼け焦げていて、火傷しているのがわかる。 「ちょっ、アンタ何を!」背後から伊舞旗の驚く声が聞こえる。 「……もういいんだ、『あい』。」茉莉の耳元で、俺は声を掛ける。 「お願いだから止まってくれ、俺の大事な『あい』。」 「………………まゆみ、ちゃん…………」茉莉の手からハンマーのグリップが落ちる。 気を失ったのか、全体重が俺の腕に掛かる。 「……大佐、茉莉を頼む。プテラノモンはハンマーを回収してくれ。」 俺は簡単に指示を出すと、伊舞旗のほうに向き直る。 『……聞こえるかい?海津君。返事をしてくれ。』名張さんから通信が入る。 「………はい、こちらエコー。」 『そちらの様子はどうだい?』 「フォックストロットの停止を確認。死んではいませんが……」どう言えばいいのか、言葉が出てこない。 『そうか、こちらは状況終了した。僕らの負けだ。』 「負け……」茜さんの予想したとおりになったのか。 『自力で“ちた”まで戻れるかい?』 「……可能です。」 『ならそうしてくれ。こっちも全く余裕がない、オーバー。』そう言って通信が切れた。 顔を上げると、龍泉伊舞旗の顔が視界に入った。 「アンタ……」不安と後悔の入り混じった表情をしている。 「あんたが龍泉伊舞旗だな。俺は海津真弓、『エージェント・X2』だ。」 伊舞旗の顔が引き締まる。俺は返事を待たずに続ける。 「……苦労をかけさせて済まなかった。……俺は、やることが出来た。後はそちらの好きにしてくれ。」 俺はそう言うと近づいてきたジェットレオモンに茉莉の体を預けた。 「…………………悪いけど謝らないわよ、一応パンピーに軍人の鎮圧なんてやらしたんだから、どうなっても文句は受け付けないわよ。」 その声に振り向くと、伊舞旗は腕を組んで仁王立ちでこちらを見ていた。 先程までの表情とはうって変わって、自信に満ちた……いや、違うな。 無理をして強がっているのだ、あの顔は。俺達に心配させないように。 「あと見返りもいらないから、そんなツラされたら何かふんだくってやろうって気も失せるわ。それじゃあね。」 そして、自分にヘイトを向けさせて悪役になることで、仲間同士で争ったこちらのわだかまりを少しでも減らそうという、気遣いだ。 それを指摘したら怒るだろうから、俺は彼女を見ないようにしてただ、 「……ありがとう、すまない。」それだけ言うとプテラノモンと共にその場から飛び去った。 茉莉は『ちた』の医務室には収容しなかった。 一華ちゃんが図書館に持ち込んでいた簡易ハウス、そこの一室を即席の病室として茉莉を治療することになった。 治療用のアイテムを買い集めて応急治療を施し、治癒できるというテイマーを連れてきて処置をしてもらったりはしたが状況は捗々しくなかった。 ……まあ薬局で手に入る薬では限界があるだろうし、正式な医者でない者に過度な期待はできないのはわかっていたが。 俺は防衛と分析作業の合間に茉莉の看病にあたった。こちらも名張さんと一華ちゃんとの三交代制だ。 どれもキツイ作業だった。 分析作業の合間にコーヒーを出してるスタンドを見つけた。 「……無闇に情報を求めるのは……やめておけ。必要な情報だけを拾い、身に危険が及ばないうちに速やかに撤退する。それが諜報というものだ。」 そんな会話が聞こえてきた。会話の主はコーヒーを提供しているブロッサモンのようだ。 「俺にも一杯頼めるかな、濃くて甘いので。」少しは疲れが癒せるだろうか、そう思って俺はコーヒーを注文する。 身に危険が及ばないうちに、か……。だとしたら俺は、諜報員失格だな。 「……なあ、守りたいものを守れない諜報員に、価値なんてあるのかな。」 思わず零していた。何をやっているんだ俺は。自分が諜報員だとバラしてるようなものじゃないか。 店主がため息をつくのが聞こえた。そりゃそうだろう、こんな間抜けなスパイがいたら俺だって呆れる。 「まずは飲め、注文のものだ。濃いめの甘め、砂糖ではなくデジハチミツを入れておいた。」 出てきたコーヒーをすする。……うまい。主張しすぎない柔らかなハチミツの甘さが沁みる。 「俺は今回ここでサボっていた身だ、あまり多くは知らないが…そうだな。守りたいものを守れず、必要な情報さえ手に入らない。そんなものはよくあることだ。」 店主が口を開く。俺はコーヒーをすすりながら黙って聞いている。 「あまり気負いすぎるのはやめておけ、…情報など、生きてさえいればいつでも手に入れられるものだ。」 「……ありがとう、コーヒー、美味かったよ。」俺はそれだけ言うとスタンドを後にした。 戦闘の被害を受けないようにしつつ、ある程度は状況を把握しようと少し遠回りをして戻ることにした。 その途中で見慣れない、しかし記憶に引っかかる人物を見かけた。 あれは確か……FE社のエージェントであんな奴がいなかったか? しかし以前見た画像とは服装が違うしメガネを掛けて……変装の可能性もあるか。 連れているマメモンも、偽装のために退化させているだけの可能性もある。 とりあえず、探りを入れてみるか。 「あんた、野次馬かい?あんまり近づくと危ないよ。」 歳は俺と大差ないくらいか? 「ああ、物見遊山のつもりだったんだが…なかなか、凄いことになっているな。」 俺だってここまでの騒動になるのは予想してなかった。 「…君こそ随分疲れているようだが、大丈夫か? この辺りは安全地帯のようだから、少し休んでいくといい。」 ……気遣われてしまった。先程のブロッサモンの態度といい、俺は今よっぽど酷い顔をしてるようだ。 「ああ、ありがとう。」……話が続かない。何か、何か話題は……! あるにはあるというか、今の俺の頭の中を一番大きく占めてるのがあれしかない。 「……これは例え話なんだが、自分の大事な人が、よかれと思ってやらかして人に迷惑を掛けて、おまけに深く傷ついた時、あんたならどうする?」 何を訊いてるんだ俺は!どう考えても初対面の相手に振る話題じゃないだろ! ……つまり今の俺はそれぐらい参っていて弱ってるってことか。 「難しいことを聞くな……。」そう言って男は少し考え込む。 申し訳ない、俺の気の迷いだ、忘れてくれ、と言いかけたときだった。 「そうだな。これはあくまで私の話だが、私は私のパートナーが何か人に迷惑をかけてしまった時は動機はどうあれまずは叱っていた。この時怒ってはいけない、怒りをぶつけても意味はないからな。」 ……真面目に答えてくれた。中断させるわけにも行かず、俺はそのまま黙って聞く。 「叱って、何がまずかったのかを諭して、それから何がしたかったのかを訊ねるんだ。慰めるのはそのあとだな。」 ……この男、FE社のエージェントにしては随分と理知的で優しくないか? 「……彼女の聞きわけが良いからこそできる手段ではあるが。」そう言って男はマメモンの方を見やる。 「まあ、照れますわお兄様ったら」マメモンは少女のような声で照れている。 ……やはり情報にあったヒメマメモンなのか? 「そうか、そうだな。まずは話し合わないとだな、目が覚めたら……ああいや、例え話だったね。」 そうだ、まず俺は俺がどう思っているかを茉莉に伝えなくてはならない。 その上で、茉莉がどうしたいのかのちゃんと確認しないと…… 「俺は俺のするべき仕事に戻るよ、話を聞いてくれてありがとう。」 俺がそう礼を言って立ち去ろうとすると、 「構わないさ。ああ、それと、もう一つ。」呼び止められた。 「あまり気負いすぎないように気を付けておくといい。過度な肩代わりや干渉は、互いにとっての毒になりえる」 ……そうだな、それは俺にも茉莉にも言えることだったのかもしれない。 「肝に銘じるよ。じゃあ」俺は少しすっきりした気持ちでその場を後にした。 その男の正体を確かめようと声を掛けたことを思い出したのは部屋に戻ってからだった。 しまったな、普通に会話して助言を受けてしまった……。 (後編に続く)