二次元裏@ふたば

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28440 B24/10/19(土)16:45:50No.1244441429そうだねx5 18:23頃消えます
 ぶあつい軍用天幕をめくって外へ出ると、乾いた陽光が全身を洗い流すように降りそそいだ。
「すご……地中海の太陽って本当にこんな感じなのね」
 まぶしさに目を細めて数歩あるいてから、P-22ハルピュイアは足をとめ、額のゴーグルを下ろす。そうして初めて、少し先の木陰で誰かが手を振っているのに気がついた。
「やっほー、会議終わった? 暗いところから急に外出ると、きついよね」
「ガラテア! 迎えに来てくれたの? サングラスを忘れないよう、戦隊長たちにも言っておかなきゃ」
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
124/10/19(土)16:46:02No.1244441488+
 マルタ島とプレアデス姉妹とをめぐる事件が無事解決したあと、残ったのは今度こそ平穏無事なマルタ島と司令官一行、そして不屈のマリー率いるスチールライン一個大隊と、それを運んできたホライゾンの高速駆逐艦であった。
「せっかくこれだけの人手があるのです、測量まで済ませてしまいませんか」
 ある日の午後、マリーが何気なく言ったそうである。
「実際に来たのは初めてですが、マルタ島はまさに天険の地だ。あの『マルタ包囲戦』の舞台となっただけのことはある」
 テーマパークだけではもったいない。将来的にはオルカ地中海艦隊の本部とすることも見据え、本格的な拠点化の準備を進めるべきである。という進言がきっかけとなってあれよあれよという間に話は進み、欧州本土から追加の人員を呼び込んで、測量と予備的な整地まですることになってしまった。
224/10/19(土)16:46:14No.1244441554+
「聞いた聞いた、それ。スチールライン可哀想だなって思ったら、なんか全然笑いながら荷造りとかしててさ。やばくない、あの人たち?」
 並んで歩くガラテアが愉快そうに言う。ハルピュイアも笑いながら、
「あそこは特殊よ。元々の予定が訓練だったそうだから、それよりはマシってことじゃない? ブラックリバーが全部ああだとは思わないでね」
「ふーん」ガラテアは足を速める。「それじゃ、いこっか」
「よろしくね、ガイドさん」
324/10/19(土)16:46:30No.1244441652+
 ハルピュイアとガラテアは映画友達である。ハルピュイアは主に小説原作、ガラテアは恋愛映画やドラマが守備範囲だが、二人ともわりと何でも見る方だ。
 地中海の名勝マルタ島を舞台にした映画は数多い。拠点設計にあたり空軍からも誰かよこしてほしい、という急な要請にハルピュイアが手を上げたのも、この機会にガラテアとロケ地巡りをしようという目算があったからだ。
「じゃーん! ここが聖エルモ砦。『ミッドナイトエクスプレス』の監獄に使われた場所……の跡地だよ」
 海に突き出した岬の突端、白茶けた瓦礫が山をなした海辺で、ガラテアは得意げに手を広げる。
「わーすごい! って、なんにもないじゃない」
「仕方ないじゃん、マルタの首都の一番目立つ先っぽにあるんだよ。真っ先に集中砲火で灰にされちゃったよ」
 かつてのレモネードデルタの包囲攻撃により、マルタ島全土は徹底的に破壊された。島中に無傷の建物はひとつも残っておらず、とりわけ旧時代に首都であったバレッタなどは、見渡すかぎりの瓦礫のあいだに草木がまばらに生え伸びているだけである。
424/10/19(土)16:46:47No.1244441743+
「でもここら辺とか面影あるよ。ほらこの礎石とか、このあたりが門ね」
「そんなこと言われてもわからないわよ……」
「えー。じゃ次行こう」

 かつては海を見下ろす遊歩道だったであろう、白い瓦礫の筋の上を、二人のバイオロイドがてくてくと歩く。島中がほぼ石灰岩でできているマルタの石は、淡い黄色がかった白色をしている。このマルタストーンで作られた家々がならぶ「蜂蜜色の街並み」が、旧時代のマルタの大きな魅力だったという。輝くような青さの海から吹き上がってくる風が心地よい。
「今は街並みなんてどこにも残ってないんだけどねー。食べる? マルタのお菓子、ハニーリング。昨日来たポルティーヤさんが作ってくれたの」
「ポルティーヤまで来てるんだ! じゃあもう大人数を常駐させるのね」小さなドーナツを受け取ったハルピュイアは、一口かじって微妙な顔をする。「……独特な味ね」
「スパイシーでしょ」ガラテアはいたずらっぽく笑う。「オリビアも来てるらしいよ。今日誘おうと思ったんだけど、どっかいっちゃった」
524/10/19(土)16:47:01No.1244441817+
「オリビアが? あーそっか、彼女もゴールデンワーカーズだから測量できるのか」
「そうみたい、なんかデザインと関係ない仕事で呼ばれたってブツブツ言ってた。……あ、ほらあそこが『スウェプト・アウェイ』でマドンナが流れ着いた浜辺……の跡。爆撃で穴だらけだけど」
「あー。あの映画評判悪いけど、途中の悲恋ぽい所はわりと好きなのよね」
「僕も僕も! 結構キュンと来るよね」
624/10/19(土)16:47:11No.1244441864+
 差し渡し30km足らずのマルタ島は、軍用バイオロイドの脚力ならば一日で一周することもさほど難しくない。どこへでも15分で行ける国、という意味で旧時代には『15ミニッツ・カントリー』などというあだ名もあったという。
「さー着いた、ここが『やさしい雨の中で』でミケラ・ボローが働いてたカラフラーナ……の跡」
「真っ平らじゃない! バレッタよりひどいわ」
「軍港だったからねー。あっちのへんは今でもいい港でね、僕たちの艤装もあそこへ停めてる」
「海はほんとに綺麗よねえ。ビーチ以外でもこんなに透き通ってるのね」
「おっ、泳ぐ? 水泳大会も終わったし、いくらでも教えたげるよ」
「最近またお腹にお肉がついてきちゃったし、お願いしようかな……」
724/10/19(土)16:47:22No.1244441913+
「あそこが『ワイルド・スピード:デスアイランド』でドウェイン・ジョンソンが海に突っ込んだところ」
「それ観たことないのよね……何作目だっけ? あ、それでね、私たちとマーメイデンって、まだ一度も連携したことないじゃない。欧州でも北米でも別行動だったし」
「そうだね。モジュールにもなんにも入ってないや」
「マーメイデンができた時は、もうブラックリバーと三安は戦争してたからね。だから一度きちんと合同演習して、マニュアル起こしておくべきっていう話が今日の会議で出たんだけど」
「へー、いいんじゃない? 今晩メリ姫に話しとくよ」
「お願いね。私も明日から航空測量に出ないといけないから、早めに予定立てたいの」
824/10/19(土)16:47:34No.1244441952+
「ここは『ルッツ』でジェスマークが暮らしてた漁村跡。あっちの、あのへんは昔森だったんだ。焼かれちゃったけど、鷹とかいたんだよ」
「へえー、まさに『マルタの鷹』ね」
「あの映画、マルタも鷹も出てこないじゃん。むかし観てがっかりしちゃったよ」
「それはそういうものだから……」

「わかってたけど、跡とか廃墟ばっかりね」
 島を四分の三周ほどしたところで、ハルピュイアが足をとめ、両腕をうんと伸ばしてため息をついた。
「それは仕方ないよ、最初に言ったじゃない。おやつ食べる?」
「太るからいい。そうだけど、実際見るとやっぱりショックだな」
 ガラテアは少し考えて、パチンと指を鳴らした。「じゃあ、とっておき。ちゃんとしたやつがあるよ」
「本当〜?」
「ほんとほんと。ちょっと遠いけど」
924/10/19(土)16:47:55No.1244442052+
 島をまっすぐ縦断してガラテアが連れてきたのは、マルタのほぼ北端にある海沿いの道だった。すぐ眼下に広がる海からの風をうけて、マルタストーンの建物……の残骸がどこまでも続いている。その一画、崩れかけた塀と塀の間を指さして、ガラテアが手招きする。
 ハルピュイアが下からのぞいてみると、そこには奇跡的に原形をとどめている細い階段があった。そして、その階段をなかば上ったあたりで、一人の男が猫に餌をやっていた。
「……!」
 もちろん本物ではない。階段と塀をつかって描かれた絵だ。道路から見上げた時に正しい形になるよう、計算してゆがんだ形に描いてあることが、階段を数歩のぼればすぐにわかる。ハルピュイアの顔がぱっと明るくなった。
「『メリーハの灰猫』! じゃあ、ここがメリーハ市?」
「正解! ハルピュならわかると思ってたよ」ガラテアも笑顔になった。
1024/10/19(土)16:48:07No.1244442110+
 『メリーハの灰猫』は2080年代アメリカの恋愛小説である。マルタ育ちの平凡な娘エリーズと幼馴染みの青年ファルク、シチリアから来た音楽家ウーゴの三角関係を鮮やかに描き出して大人気を呼び、映画化も二度されたベストセラーだ。話の要所要所で灰色の猫が登場して印象的な役割を果たすのだが、そのひとつがこのメリーハの路地にある階段のだまし絵だった。
「残ってたんだ、っていうか実在してたんだ、これ……」ハルピュイアは感慨深げに階段をのぼり、絵のあたりでくるりと向き直ると、ガラテアに向かって手を差し伸べる。
「……『私はこの猫で、あなたはこの男。あなたは道ばたの猫に餌をやるように、私に愛をくれているつもり?』」
「『君がいつ手を引っ掻いて逃げ去ってしまうか、ぼくは毎日怯えているかもね』」
 映画の決め台詞を芝居がかった仕草で言い終えて、二人とも弾けるように笑い出す。
1124/10/19(土)16:48:21No.1244442183+
「やっぱり2092年のハリウッド版だよねー! ウーゴがとにかくカッコよくてさあ、エリーズと結ばれてほんとに良かったよ」
「ちょっと待って! それは聞き捨てならないわ」ハルピュイアが真顔になって小走りに階段を降りる。
「エリーズが本当に愛していたのはどっちか、ついにわからない霧の中みたいなラストが『メリーハの灰猫』の一番いいところじゃない。ハリウッド版は好きだけど、ウーゴが好きって確定しちゃったのだけはナシだわ。そこだけは2087年の韓国版の方がいい」
「えー韓国版!? そりゃあっちも見たけどさあ」ガラテアは大げさに肩をすくめてみせる。「なんだか変にコミカルでドタバタ喜劇みたいになってるし、そもそも韓国が舞台に変えられちゃってるし!」
「確かにおかしな点もいろいろあるけど、あのラストシーンだけは別! あれだけで韓国版の方が原作理解度は上って評価できるわ」
「買いかぶりすぎじゃないのー?」腕組みをして壁にもたれかかるガラテア。「僕はハリウッド版の理解度が低いとは思わないなあ。街の風景とか完全にイメージ通りでさ、実際にここでロケしたんだよ」
1224/10/19(土)16:48:45No.1244442296+
「ハリウッド版の風景の素晴らしさは認めるけど、あのラストは譲れないの!」ハルピュイアも興奮して手をぶんぶん振り回す。「ユ・スルレ監督ってそういう所が強いのよ。低予算映画でも、要になるシーンだけは外さない。『星の沈清歌』って観た?」
「モーターフェルド監督だっていいじゃん! ハニーにちょっと似てるし!」
「そういうの持ち出すのは卑怯じゃない!?」
 議論が白熱してきたところで、ふいに上から声が降ってきた。
「あ、いたいた! いやー、やっと仕事抜け出せたよ。何してるの?」
 とことこ下りてきたオリビア・スターソワーは二人の視線を追い、たった今自分が下ってきた階段を振り返って笑い出した。
「あー、ここ有名な『メリーハの灰猫』に出てきたとこじゃん! いやークソ映画だったよねあれ!」
 二人の動きがぴたりと止まる。
「……そう?」
「そうだよー! セリフは安直だし、カット割りはベタだし、現地ロケしたことくらいしか褒めるとこないよ! その前の韓国版も論外だったし、あれはもう原作が……え、何? 二人とも、どしたの?」
1324/10/19(土)16:48:55No.1244442353+
「「どっせい!!」」
「にゃーーーーーーーー!?」

 輝くコバルトブルーの海へオリビアを投げ落としたハルピュイアとガラテアは固い握手を交わした。それから、どちらからともなく笑い出す。
「さ、オリビアを拾って、ごはん食べに帰りましょうか。いい時間だし」
「そうだね。あ、ちょっとだけ寄り道していかない? 近くに洞門(グロット)があるんだ。小さいけど本物の、天然のやつが」
「本当? 素敵!」
「奥まった所にあってね、僕たちかプレアデスの案内がないと絶対に見つけられないよ。あとでハニーとのデートに使うんだ」
「私も使わせてもらおうっと。そうだ、『灰猫』のエピローグなんだけど……」
「うんうん、あれってさあ……」
 真っ白な陽光の下、二人のバイオロイドが笑いさざめきながら埠頭へ続く道を下っていくのを、灰色の猫が見送っていた。

End
1424/10/19(土)16:50:10No.1244442737そうだねx6
まとめ
fu4136968.txt
ハルピュとガラテアの話が見たいというリクをいただいて書いたんですがこういうのでよかったのかしら
1524/10/19(土)17:04:27No.1244446827+
雑談に軍事行動が交じるハルピュ……なんだかんだで軍用だなあ
1624/10/19(土)17:05:22No.1244447090+
いい話だった
1724/10/19(土)17:05:42No.1244447166そうだねx1
いつも良質な怪文書感謝します
1824/10/19(土)17:05:56No.1244447235+
久し振りの怪文書ありがたい…
1924/10/19(土)17:16:54No.1244450294そうだねx1
オリビアはこういうこと言う
2024/10/19(土)17:33:48No.1244455357+
どっちかがメインの話が読めれば十分だったんだけど
まさか二人の絡みが読めるとは思わなんだ
ありがとうありがとう……
2124/10/19(土)17:38:47No.1244456890+
いいねぇ
2224/10/19(土)17:38:49No.1244456902+
大丈夫?オリビア沈んでない?


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