ヘミングウェイ様が図書館に来るSS  子どもたちもあまりやってこない雨の日にその方はやってくる。静謐さを求めてか、魔王城図書館の利用者に辟易してかは分からないがこちらの図書館に来ては静かに数十分程何らかの文書を読んでは一冊本を借りてお帰りになられるのだ。  私はカウンターで仕事をしながらそれを横目に眺めている。あの文書なんなんだろうなぁとか今回の収集品はどうでしょうかとか色々と話してみたいことは沢山あるが、沈黙を是とする方なのは重々承知している為それが言葉として出ることは無い。  チクタクと時計の音と屋根を叩く雨の音、そしてページを捲る音だけが図書館に響く。  久しぶりに訪れる静寂の時に心が安らいでいく。普段のきゃらきゃらと子ども達の声が響くのも嫌いでは無いがやはり図書館は静かな方が好みだ。 「━━━はあるか」 「っ!えっと、先週帰ってきていたのでありますよ。持ってきますね」  いつの間にかカウンターに来ていたヘミングウェイ様は図書カードをこちらに差し出していて私はびっくりしつつも言われた本を取りに席を立つ。該当する本棚から本を取ると音を立てず小走りで戻る。普段なら司書として咎めなければ行けないが流石に待たせて置ける相手ではないのでノーカンとして欲しい。   「こちらですね。では図書カードお預かりします」 「…………」  本のバーコードを読み取り次にカードを読み取る。ピッと軽い機械音が鳴り無事に貸し出し中になる。仕事を見られているこの瞬間が一番緊張してしまう…。 「はい、これで大丈夫です」 「世話になった…」 「!えっ、あっいえ!ご利用ありがとうございます…!」  他にお客様も居ないのでヘミングウェイ様を見送りに玄関まで着いていく。何も言われないので多分許されていると思いたい。 「へ、ヘミングウェイ様…!その「静かにせよ」…!」 「………良き時間であった」 「!」     宵闇の外套を纏い音もなく立ち去っていく背中を見つめる。この雨の中一滴も当たる事なく進んでいくその背中は大きく、力の差というものをこれでもかと感じさせる。あの方と私の間にとても強大な壁がある事は私が1番わかっている。しかしそんな私の図書館で過ごした時間が良き時間であったと、少しでもあの方に思っていただけたのならそれはとても幸福な事だ。  にやけそうな顔をぺちりと叩いて引き締め、館内に戻る。まだまだ仕事は沢山あるのだ。明日の天気は晴れ、いつもの様にお客様がいらっしゃるのを迎える為にも頑張らなくちゃ! ━━ある雨の日、ツンドク私設図書館での一幕