1. 始まり、というものは唐突なものらしい。 晴れた日の昼頃。いつもの帰り道、いつもの公園。普段なら何気なく通り過ぎる場所。 だけどその日は違った。その日の僕は、何故かここで一息つきたい気分だった。 おもむろにバイクを止め手頃なベンチに腰掛ける。見渡せば人影はなく、遠く喧騒が聞こえるだけ。うむ、軽く休むにはちょうどいい。 ……訂正。確かに人の影はなかった。でも、近くの木の陰。何かがうずくまり、寝息を立てていた。 あれは何だろう。犬か、猫か?好奇心に負けて近寄ってみると、そこにいたのはなんとも不思議な生き物だった。 純白の身体に三本の小さな角。首には青いスカーフ。それはまるで、図鑑で見た角竜、トリケラトプスを小さくしたような何かが、愛らしく身体を丸めていた。 一目見た瞬間、僕の心は目の前の生き物に奪われた。この子は何者なんだ?何処から来たんだ?ありとあらゆる疑問が湧き出してくる。 当然だ。幼い頃から慣れ親しんだ、ゲームか何かに出てくるようなモンスターが、本当に傍にいる。僕の心を好奇心で満たすには、十分すぎるくらいだ。 高鳴り暴れ出す胸を、ひたすらに押さえつけ、その生き物をただ眺めていた。 「……何者だ?」 ふと、誰かに呼びかけられる。驚き周囲に視線をやるも、相変わらず辺りには誰もいない。 もしやと思い、下を見れば……目を覚ました生き物が、丸々とした目を開き、こちらをじっと見つめている。 「もう一度聞くぞ。お前は何だ?俺に何の用だ?」 ……喋るんだ。 「他人(ヒト)をなんだと思っているんだ」 もっとも、ここでは不思議がられるのも無理はないか。そう生き物は呟いた。 失礼な話だけど、マスコットのような見た目からは想像できない、落ち着いた語り口だった。すごい。この子は……彼は喋るんだ。 驚きと興奮で僕の頭はいっぱいだった。先程まで聞きたかった疑問も、全て吹き飛んでしまうくらいに。 「……用がないなら俺は行く」 彼の背中から、何やら細長いものが飛び出す。それが震えると、彼の身体はふんわりと浮き始めた。 これは……翼?最近の角竜って飛ぶんだ。知らなかった。 しかし、その動きはどうもぎこちない。僕が歩くより遅く、ふらふらと千鳥足のようだった。これは大丈夫なのか?そう思った矢先。 あっ。 ドサッと音を立てて、彼の身は地に伏した。 君……大丈夫? 「……ただのエネルギー切れだ」 エネルギー切れ?それってつまり……。 彼の身体から、低く唸るような音が鳴った。 「……平たく言えば、空腹だ」 ……それならさ。 鞄から輪ゴムで止められたフードパックを取り出す。僕の行きつけのスーパー、そこの惣菜……とりわけ、このタコ焼きは美味しいと評判だ。 本当は間食のつもりだったんだけど。 食べる? 2. 「糖質、塩分、炭水化物……味が濃いな。せめて付け合わせでもあれば」 贅沢言わないの。 傍で見る彼は見かけの割に成熟した印象で、物を食べてもイマイチ美味しそうには見えない。 だけど、少なくともまずくはなかったようだ。爪楊枝を持つ手は止まらない。余程お腹が減っていたんだろう。 ねえ、一つ聞いてもいい? タコ焼きをつまみながら、彼は静かに頷いた。 君は何処から来たの? 空いた片腕が上を指す。空? 「……もっと上だ」 ということは……宇宙! 再び彼は頷く。……そうか、宇宙。つまりここにいる彼は地球外生命体、エイリアンというわけだ。 胸の鼓動がますます早くなる。宇宙には本当に宇宙人がいて、はるばる地球にやってきた。それが今、僕の目の前にいるのだ。 もっと色々な話を聞きたい。次の質問を考え始めた頃……パックを平らげ彼は立ち上がった。 「食事には感謝しておこう。だが、俺は行かねばならない」 え?もう何処か行っちゃうの? 「そうだ。このままではお前さんにも危険が……」 彼がそこまで言いかけたその時、再び腹の音が鳴った。 「……失礼」 ふーん……まだお腹減ってるんだ。 「……それは認めよう。しかし俺は……何だ、何をするつもりだ!?」 彼が話を終える前に、僕はその体を抱き上げた。……思っていたよりは軽い。 僕は君にタコ焼きを奢った、つまり君は僕に貸しがある。そうだね? 「そうかもしれんが……」 だったらさ、もうちょっと付き合ってよ!別に取って食おうとするんじゃないんだ、もっと沢山奢ったげるってだけだからさ。 無理やりスペースを作った鞄に彼の体を押し込むと、愛車の元に急ぐ。 「だがな、俺は追われていてだな!」 はいはい、分かったから。でもちょっとだけ、ね?そんな風にされたら放っておけないでしょ。……にしても、思ったより感情豊かだね君。 鞄を固定しハンドルを握る。変な感じだけど、胸がバクバクしている。何かが始まった気がした。 これで僕は宇宙人に飯を奢った初の地球人、というわけだ。もはや、膨れ上がった好奇心に僕は抗えない。 ……あっ、そうだ!危ないから出来るだけ頭ひっこめてね! 「……困ったことになった」 3. どうだった? 「……悪くはなかった」 あれから何時間か経った。 勢いで飯を奢るとは言ったもの、レストランに動物を持ち込むわけにはいかないし、ぬいぐるみと言い張るのもいささか不自然。 しょうがないのでドライブスルーのファストフードにしたはいいけど、どうも彼は想像以上に大飯食らいだったみたいで、 最初のハンバーガー店だけでは飽き足らず、フライドチキン、牛丼、カレー……挙句には寿司だの弁当だの、ファミレスでまでテイクアウト。 結果的にこの辺のチェーン店はほぼ制覇してしまった。彼が言うには普段はこんなに食わないらしい……いやいやいや。一体何処にこの量が入るんだ。 時間も出費も予想以上にかかってしまったけど、あれだけの食いっぷりを見せられたなら悪い気はしない。 ……そう思うことにしよう。ああ、来月まで何も買えないぞ。 時刻は日が傾き始めた頃。彼の満腹まで付き合った僕は、自宅への帰途に就いていた。 何せ宇宙から来た珍客、聞きたいことは山ほどある。家でゆっくり話せたら嬉しいなー、なんて。だけど、後ろで揺られる彼はどうにも落ち着かない様子だった。 「……あれだけの量を食わせてもらったことには深く感謝する。だがここまでだ。このままだとお前さんにも危害が及ぶ」 そんなー……もうちょっと付き合ってよ、せっかく宇宙から来たんでしょ? 「ダメだ。言っただろう、俺は追われているんだ」 追われてるって、誰によ? 「……分からん」 分からない、って……それじゃどうしようもないじゃん。 「とにかくだな!このままでは取り返しのつかないことになると言ってるんだ!」 あーあー、分かったから……。とりあえずさ、家に帰ってからゆっくり事情聞かせてよ。走ってる途中じゃ落ち着いて話もできないでしょ? 「……むう」 そろそろ自宅が見えてくる頃合い。小山を越えたすぐ先……なのだが、頂上に差し掛かった時、僕は異変に気づいた。 「なんだ、着いたのか?」 いや……ちょっと待って。 ウィンカーを点けバイクを道際に停める。坂の上から見下ろす住宅地に、群れを成す人だかり。パトカー。その中心にあったのは紛れもなく、僕の家だった。 目を凝らしてみれば、何人かの男……間違いなく警察官が、何やら段ボールを運んで行き来している。 あれってニュースやドラマで見るような……家宅捜索ってやつだよな?なんでそんなのが僕の家に!? 一体何があったんだ!?家に急ごうとした……その時。僕は初めて、スマホがひっきりなしに鳴っていることに気づいた。 今まで"彼"のことで頭が一杯で気が付かなかったけど、SNSやチャットアプリのバッジは既にカンストしている。 これって……もしかして炎上?何かまずいこと言ったかな、というかあんまり使ってないんだけど。恐る恐るアプリを開くと……。 ……は?人殺し!? スマホの画面は溢れんばかりの侮辱、中傷に罵詈雑言で埋め尽くされていた。挙句には、愉快犯のような悪ふざけまで。 僕が"人殺し"だって?冗談にしては質が悪すぎる。スクロールしていくと、時折ニュースのURLを添付した書き込みが混じっていた。 覗いてみれば〇〇市、強盗、一家惨殺……恐ろしい文言が踊る横で、僕が指名手配犯として名指しされていた。ご丁寧に写真まで載っている。 なんで。なんでだよ。おかしいだろ。第一、この時間はちょうど隣の彼と出会った頃合いじゃないか。こんな真似ができるはずがないだろ。 こいつら、何のつもりでこんなことを。僕が何をしたって言うんだ!? 「……どうした?なんか様子が変だぞ」 ごめん!君はちょっと引っこんでて! 「えっ!?お、おい!」 彼には悪いけど、今ここで顔を出されては余計に目立ってしまう。 強引に鞄に押し込めると、道行く人に何が起きたのか……無関係を装って尋ねてみた。 「あー、あれですか?ニュースでやってたでしょ、殺人事件。どうもあそこに住んでる人が犯人だったみたいで……」 ……血の気が引いてくる。これは冗談なんかじゃない。 僕は人殺し、僕は殺人犯。知らぬ間に、そういうことになってしまっていた。 「……どうしました?顔色が……」 「ん?あなた、何処かで見たような……ま、まさか!?」 ……気づかれた。その人の狼狽する姿は、僕の置かれた現実を雄弁に物語っていた。 どうする。僕はどうすればいい。無実を主張するか?それとも逃げ出すか? 生まれて初めて味わった恐怖。身体はすくみ上がり、頭の中は白紙になる。全身を飲み込んだ重圧は指一本動かすのも、声を上げるのも許してくれない。 一瞬が何時間、何日、何年にも思える時の中、僕は最悪の結果を覚悟していた。 「ぷはぁ!おいお前、一体どういうつもりなんだ!?いきなり閉じ込めやがって……!」 ……沈黙を破ったのは彼だった。羽を広げ、僕の周囲を飛び回りながら、顔を真っ赤にして問い詰めてくる。 彼の抗議は一字一句ご尤もなんだけど、なりふり構ってる場合じゃなかった。第一こんなのに飛び回られたら余計目立ってしまう! 僕の頭はますます混乱してきた……。 だけど、隣で怯えていたこの人の方が、もっと混乱していたみたいだ。押し黙ったかと思うと、目を回して倒れ込んできた。 「……何だコイツ。他人を見るなり気絶とは、全く失礼な」 殺人犯に謎生物。この人にはどうも刺激が強すぎたようだ。間一髪、僕が下に入ったから怪我はなかった……ハズだけど。 ……待てよ。これはひょっとしてチャンスじゃないか!? 「ちょっ!?……お前またこれかよ!?ふざけるのも大概に……」 本当にごめん……でも、今は大人しくしててくれ。 「は?」 頼む、この通りだから……! 「……分かったよ」 気絶したあの人を通りすがりに預け、再び僕はバイクを走らせる。事情は伝わったようで、今度の彼は大人しく鞄に入ってくれた。本当にごめん。でも、君のおかげで硬直が解けた。 幸いあの人以外にはまだ気づかれていなかったらしい。しばらく闇雲に走っていたが、警察が追ってくる気配はない。 ひとまず、今のところは助かったようだ。……今のところは。 4. 「つまり、お前さんはハメられたということだ」 ……はあ。 どれだけ走っただろうか。行先も見ずにたどり着いた、何処とも知らない、鬱蒼と生い茂る森の中。 聞こえるのは木々のざわめきと、微かな水音。人っ子一人いない駐車場で、僕はただ項垂れている。 日はもう間もなく落ちる頃合いだった。チカチカと耳障りな音を立て明滅する蛍光灯が、どうにも恨めしい。 彼が言うには、この星に墜ちてすぐ妙な連中に連れていかれたらしい。案の定身体を弄るだけ弄り回されて生体実験続きだったそうだ。 当然ながら隙を狙って逃げ出しても、追手がやってくるわけで……僕が殺人犯扱いされるのも、機密を漏らしたくないそいつらの情報操作だろうと。 「……悪かった。全て、連中を甘く見ていた俺の落ち度だ。無理やりにでも突き放すべきだった」 全くもって馬鹿馬鹿しい。21世紀の現代日本に、そんないかにもな悪の組織なんて。 でも、今ここに、その不思議生物がいて、自分からそう語っている。そして僕は少年法を貫通して指名手配。 あのSNSだって匿名だったのに、何故か身バレしてるもん。信じるしかないんだろうなあ……。 あー……なんかごめんね?同じ地球人的に申し訳ない気分……。 「お前さんが謝ることじゃないし、それより自分の心配でもしてろ。……第一、こういうのは何処の星でも変わらん」 何処の星でも? 「……ああ。これまでいくつも星を巡って来た。その全てが、俺を歓迎してくれなかったがな」 ……またスケールがデカくなった。軽く言うが、その旅路は僕には想像もつかない程過酷だったろうに。 ぼんやりと空を見上げる彼の瞳は、いったい何を映してきたのだろうか。 ……じゃあさ。 「ん?」 君は……何故旅をしているんだ?何処の星でもひどい仕打ちを受けて来たんだよね? そこまでして、君は何を求めているの?何が望みなんだ? 「……」 暫く待ってみたけど、何も返ってこない。彼の言葉が初めて濁った。 ……いいよ。言いたくないならさ。それだけ深い事情があるんだろうし。どうせ悪いこと企んでるわけでもないんでしょ? 「……何を根拠に」 だって君さ、思えば最初からずっと僕を巻き込まないようにしてたじゃん。その癖僕が無理に連れ出しても律儀に付き合ってくれるし。 今だってそうだよ。忠告を聞かなかったお前が悪いと突き放してもよかったのに、素直に自分が悪いって言っちゃうんだもの。悪党やるには人が良すぎるって。 「それだけか?」 ……。 今、僕の隣にいるのは君だけ。事情を知るのも君一人。 この状況で君までそんな奴だなんて、ちょっと考えたくない。……考えたくないんだよ、今は。 「……そうか」 ……会話が続かなくなった。 確かに、明るい話なんかする気分じゃない。かと言って、何も言わないというのも居心地が悪い。 薄明りに照らされた駐車場は想像以上に冷たく、静かで……それが余計に、途方に暮れる僕の心を苛む。なんでもいいから、喋って気を紛らわせたい。 あのさ。 「なんだよ」 君の言う連中だけどさ、なんで一思いに襲ってこないわけ? 「俺が知るわきゃねえけどよ……普通に考えて、裏でコソコソやってる連中が公衆の面前で仕掛けるか?一応ココ法治国家なんだろ?」 あー、うん。仰る通りです。 「まあ、その辺のガキが目立つ場所で理由なく死ぬより、追い詰められた凶悪犯が野垂れ死ぬ方が怪しまれんだろうよ」 「勝手な想像だが、その殺された一家とやらも連中にとって都合が悪かったんじゃないか。奴らを消してお前に押し付ける。事後処理の手間が減ってお得というわけだ」 はあ……そうですか。一石二鳥ね。にしても手際がよすぎだろ、全く……。 「で、社会的に殺した後はじっくり料理する」 ……タイミングを見計らっていたのだろうか。彼が話し終えた途端、どこからともかく、何かが震えるような音が響いてくる。 それは次第に激しさを増し……やがて一陣の風と共に、虫の息だった電灯が砕け散った。 「……こんな風に」 5. 羽音の主が姿を現す。……人の背丈以上の、灰色の巨大なトンボ。また変な生き物が出てきたぞ。 よく見れば、そのトンボには何者かがぶら下がっていた。地上に降り立ったその男は全身黒ずくめで、夕刻だというのにサングラスをかけている。 通信機だろうか、左腕には妙なデバイスを構え、何やら盛んに連絡を取っている様子。いかにもな風体から察するに、彼を追い回し、僕をハメた連中の手先なのは間違いない。 ……さっきは実演どうも。ありがたくて涙が出る。そして、次にやる事も決まっているだろう。僕は、すぐ走れるように彼の身体を抱き寄せた。 「状況は分かっているな?単刀直入に言う、そいつを引き渡せ。そうすれば命だけは保証する」 思った通りだ。男の口ぶりからは生殺与奪は我にあり、とばかりの傲慢さが滲み出ている。 どうする?僕の胸の中で、問いかけるように彼は振り向くが……答えは出てる。元より人を人とも思わぬ連中だ。従ったとしても、どうなるかは火を見るより明らか。 だったら、博打に出るほかない。男の所作を警戒しながら走り出す……が。 舌打ちとともに男は左腕を構える。次の瞬間、デバイスから吹きだした光が、行く手を遮り火花のように弾けた。 ……何のつもりだろうか。溢れんばかりの光を受けた身体は自然に立ち止まり、反射的に顔を伏せる。細目で見たのは……散った粒子が、ノイズを纏いながら何かを形作る光景。 やがて光が収まると、そこには白い肌をした、ティラノサウルスの子供みたいな何かが立ちはだかっていた。 あっ……ど、どうも。初めまして。 「挨拶してる場合か!?」 ……混乱のあまり妙な反応をしてしまった。いったいなんなんだこのナマモノどもは!? 「やれ」 恐竜の身体に黒い稲光が走った。一瞬悶え苦しむ素振りを見せたかと思うと、すぐに表情を失い、大きく息を吸い始める。こいつら、あの男に無理やり操られているのか? 「何やってるんだ、避けろ!」 彼の叫びでようやく我に返った。咄嗟に横に飛んだその刹那、突き刺すような冷気が走り抜けていく。 行く先を目で追うと……さっきまで、僕の背後にあった木が瞬時に凍り付き、そのまま吹いて飛ぶように崩れ去った。 ……ねえ。もしあれを食らってたらさ。 「……ご想像の通りだ」 再び恐竜が息を吸い始める。……薄々感じていた死が、遂に具体的な形を持って現れた。恐怖に駆られた身体は勝手に動き出し、木々の中へと飛び込んでいた。 せり出た枝が傷をつけ、人の手の入らない地面は意思を持って僕の足を掴み、振り払う度に脈打つ胸が悲鳴を上げる。 逆光線にそびえた木々は、鉄格子のように僕達を取り囲み嘲笑っている。さながら、ここは牢獄か。幾ら進めど、もはや逃げ道は見えない。 だが、その間にも僕の背後で絶えず何かが凍り、砕けていく。あのトンボの羽音も迫ってくるんだ。止まる選択肢はなかった。 「おい、もういい!俺を」 却下!! 「まだ最後まで言ってねえぞ!?」 言わなくても分かるって!どうせ自分を置いてけとか言うんだろ!? 「分かってんならさっさとそうしろ!」 どうせそんなことしたって逃げられないだろ!僕はあんなのと戦えないし、君だってどうにもならないからあんなとこで腹空かせて寝込んでたんじゃないのか!?それにさ! 「なんだ!?」 ……もうほっとけないって、そんなの言われたら。 「……勝手にしろ、馬鹿野郎」 ……羽音が強まった。騒ぎ出す木々の隙間を縫って風が通り、砂塵が舞う。あのトンボの仕業だろうか。 ただでさえ暗い森はみるみるうちに光を失い、僕と彼は暗闇の中でただただ咽いでいる。視界が涙で滲む中、必死の思いで僅かに明るい方へと歩みを進めた。 やがて、砂煙が晴れてくる。果たして森を抜けたのだろうか。縋るように、最後の力で駆け抜ける。 その先に、道はなかった。 6. 燃える水平線。砕け散る白波。緑の牢獄を抜けた先は、海を見つめ切り立つ断崖の上。……駐車場で聞いた水音はそういうことだったのか。 振り向けば、例の男とその下僕が立ち並ぶ。空から追う男は、全て把握した上で僕たちを誘導したのだろう。詰み、だった。 「……最後通告だ。そいつを引き渡せ。これ以上手を煩わせるな」 お決まりの文句。往生際を悟った身体は鉛のように重く、もはや立ち向かう力などない。 されど、打つ手なしと分かっていても、未練はあるようだ。思考は巡り、足が僅かに後ずさる。 ……あのさ、ちょっと質問いいかな? 「……なんだ」 あいつら、泳げる? 「恐竜は知らんが、トンボの成虫が泳げると思うか?」 ……次の質問。君はどう?というか、宇宙から来たなら息しなくても平気? 「問題ない」 オーケー、じゃあ最後に一つ。宇宙から墜ちてきたなら……二、三十メートルくらい平気だよね? 「もったいぶるな、ハッキリ言え!何がしたい!?」 いやさ……ごめん、もうこれしか思いつかないんだよね! 僕は、彼を掴む腕を大きく振りかぶり、その身を崖下に投げ落とした。 「なっ……!?」 男が驚くと同時に、落ちていく彼目掛けトンボが飛んでいく。が、地球の重力の方が早い。 潮に呑まれるその瞬間まで、彼のつぶらな瞳は僕の姿を捉えていた。 「このガキ!!」 罵声。そして鈍い衝撃。火花が散り、僕の意識は闇に溶けた。 ……腹を抉られる感覚に目を覚ます。さっきは頭を殴られたのだろう。僕の脳内では、未だに何かがガンガン響いている。 疲れ果て、横たわる体はもはや言うことを聞かない。水平線は未だ朱色に染まっている。気を失っていたのはごくわずかのようだ。 「ああ……そうだ。このクソガキ、ターゲットを海に投げやがった」 重たい感覚と荒い息の中、どうにか聞き耳を立てる。大方、仲間と連絡を取っているのだろう。 「分かってるっての……とりあえず潜れるヤツを頼む。」 思惑通り。これで多少は彼の逃げる時間を稼げたようだ。 余程頭に来ているのだろう。男は通話しながらも、時折足を打ち込んでくる。その度に、体の中をかき混ぜられるような不快感が襲い、口から何かが溢れる。 「こいつか?ヤケになってバイクと心中、死体は潮に流され行方不明。それで十分だろ?後は開発に渡して掻っ捌いてくれ」 「……ああ。徹底的に、すぐには死なない程度に頼む。気が収まらねえんだよ」 朦朧とした意識の中でも物騒な言葉は耳に入る。殺人犯として死ぬ僕は、男の操る"彼ら"以上の狼藉を受けるのだろう。 全く。ちょっとした好奇心の代償としては、余りにも重すぎやしないだろうか。神様がいるなら恨むぞ。 もっともこれで彼が逃げられるなら、少しはマシな気分で逝けるかもしれないけど。 どうせ死ぬならカッコつけて死にたいよね。まあ、見知らぬどこかで元気にやってくれ。 話がついたのだろうか。男は僕の両の腕を掴み、そのまま引きずり運んでいく。死刑台に立つってこんな気分なのかな。 ……そういえば、まだ名前も聞いてなかったなあ。 「……あ?」 彼は、いったい宇宙の何処から来たんだろう。何が好きなのかも、何もわかってない。 ……そうだ。山ほど聞きたいことがあったのに、まだ何も聞いちゃいない。何もやってない。 彼のことだけじゃない。来週にはツーリングに行くつもりだったんだ。見たい映画だってあった。新商品のアイスも冷凍庫に突っ込んだままだ。 なんだよ。あんなにカッコつけておいて、結局未練タラタラじゃないか。 当然だ、当然だよ。いきなりこんなこと押し付けられた挙句に死ねだと?……ふざけるな! 「痛っ!?何すんだテメェ!」 気づいた時には、僕は男の片手に噛みついていた。もう片腕が僕の頭を鷲掴みに引き離そうとするが、何が何でも離す気はない。 次第に拘束がゆるんできた。タイミングを見て一心に飛び退き、男と距離を取る。 「野郎ォ……最後まで手間かけさせやがって……!」 重い肢体を叩き起こし、敵を見据える。既に全身は軋み、よろける足は倒れないようにするのがやっと。 それでも……やれるだけやってやろうじゃないか。どのみち勝ち目はない。化け物二匹どころか男一人にだって敵いやしない。だからこそ、僕は敢えて笑ってみせた。 そうだ。僕の鼓動が、ひたすらに叫んでいる。こんな連中にいいようにされて、黙って引き下がるなんて! 「悔しいよな」 ……振り返る。そこにいたのは、紛れもなく"彼"。あの、白い小竜だった。 7. ……なんで戻ってきた。 「『ほっとけない』、お前さんが言ったことだろ?」 その羽ばたきは今や力強く宙を捉え、雫を弾いたその身は、夕陽に照らされ輝きを放っている。「ほっとけない」……僕を助けに来た?あの男たちと戦うとでも言うのか? 彼が姿を見せると同時に、男のデバイスが何やら騒ぎ出した。画面を確認した男の顔は、急激に青ざめ冷や汗が流れる。 「"GRBアラート"……!?冗談だろ!?そんなはずは……!」 何がどうなのかは知らないが、とにかく男にとっては不都合な事態らしい。それはつまり、僕たちにとっては好機。 「まだ名乗ってなかったよな?……聞きたいか、俺の名前を」 ……ああ、もちろん! 「だったら刻み込め!俺の名は……!」 「お……お前!早くそいつを黙らせろ!」 叫ぶ男がデバイスを弾くと共に、トンボが駆けて行く。奴の鋭い爪が、"彼"の首筋目掛け振りかざされた。 「回収なんかどうでもいい!そいつを殺せ!」 しかし、彼は泰然として微動だにしない。既に勝利を確信したかのように。 「……俺の名は、ガンマモン!!」 不敵に笑った彼の、いや、ガンマモンの身体から、黒い炎が堰を切って溢れ出た。 黒い太陽。見たままだが、それ以外に形容する言葉が見つからない。ガンマモンを核として、禍々しさすら感じる光を湛える太陽。あまりの圧に、味方のはずの僕までたじろぎする。 だが、一番苦しいのは間近でそれを浴びるトンボだ。全身を灼かれ、身悶えし、苦痛の叫びを上げた……その瞬間。 「えっ」 突き出た腕。弾き飛ばされたトンボの身体は、瞬時に男の横をかすめ、背後の木々をなぎ倒す。大蛇の這ったような溝の先で、奴はただ横たわっていた。 状況を理解できていないのだろう。男は唖然とし、情けない声を漏らすのが精一杯だった。 やがて炎が割れる。そこにいたのは、白亜の小竜ではなく漆黒を纏う竜人。しかし、三本角と身にまとう青き外套。明らかにガンマモンの面影を残していた。 君は、ガンマモンなのか? 「……グルスガンマモン」 「ひぃぃぃ!」 間違いない。男は彼に怯えている。奴はずっとこれを恐れていたのだ。 続いて白い恐竜が前に出る。再びあの吹雪を吐くのだろう。 ふと、左腕の違和感に気づく。裾をまくると、さっきまでなかったはずの何かが手首に巻かれていた。 スマートウォッチのようにも見えるそれに触れた時、何かが弾けた。彼の、グルスガンマモンの意思が、鼓動が伝わってくる。 そして、脳裏に浮かんだある言葉。叫べ。僕の中の何かが、思い切りそれを叫べと命じていた。 『……デスデモーナ!!』 グルスガンマモンの手の中、燻る漆黒の炎。やがて恐竜の口から冷気が放たれた時、彼は膨れ上がったそれを真正面から叩きつけた。 冷気と炎。相反する二つが衝突する。だが彼の放った炎は、容易く冷気をかき消し、そのまま恐竜の身をも呑み込んだ。 「こ、こんなことが……」 圧倒的。その一言に尽きる。さっきまで僕たちを脅かしていた男の下僕が、容易く地に伏す。その姿は、こちらですら潰されてしまいそうな力に満ちていた。 グルスガンマモン。それが、彼の真の姿なのか?今となっては連中が彼を追っていた理由も、恐れていた理由も痛いほど分かる。 残っているのは、無防備となった男一人。グルスガンマモンの鋭い眼光は、静かに狙いを定めていた。 「や……やめろ!やめてくれ!頼む!」 命乞いも何処吹く風。瞬く間に男との距離を詰める。どうする?見逃すのか、息の根を止めるのか? ……今となっては、相談も言葉も必要ない。僕の意思は彼の意思。そして、彼の意思は僕の意思。繋がった今、後は身を任せ思い切り叫べばいい。 「うわぁぁぁぁッ!」 『デッドエンドスキュアァァァッッ!!!』 身体を捻り、叩きつけるように尻尾が奔る。研ぎ澄まされたその切っ先は正確に男の急所を……。 ………左腕のデバイスを貫き、打ち砕いた。 「……えっ?へっ?」 男は呆然としながら、四散した破片の中にへたり込んでいる。 目を移せば、土煙の中から、例のトンボがよろよろ浮き上がっていた。もう一方ではのたうつ恐竜が、ようやく炎から抜け出したようだった。 ゆっくりと、引き合うように動き始めた二体。両者とも男の前で立ち止まり、互いに顔を見合わせている。 「お、おい……お前ら……」 これまで、男は決まってデバイスを通じ指示を出していた。あの恐竜も、デバイスより放たれた光から現れていた。だとしたら。 「「……キシャァァァァッ!!」」 「ひ、ひぃっ!?」 やがて向き直った二体は、男を左右から挟むように大声を上げた。涎が飛び、血管が怒張する。紛れもなく怒りの声だった。 「うわあああ!来るな!来るなぁぁぁッ!!」 動転し、這う這うの体で森に駆け込む男。木々のはざまから、必死の叫びがこだまする。 それに呼応してか、二体も迷わず飛び込んでいく。……やっぱり、あの男に無理やり従わされていたんだ。あの様子だとよほど恨みを買ってたんだろうなあ……。 「……これでいいんだな?」 男の末路を見届けた僕の隣に立ち、彼が……グルスガンマモンが声をかける。 静かに頷いたその時、緊張の糸が切れた。 8. 重い瞼を開くと、目の前にあるのはあのつぶらな瞳。白くて二頭身。可愛らしい姿の小竜。 ……ガンマモン。 「指をさすな」 で、黒い方は……。 「グルスガンマモン」 ……戻ったんだ。てか戻れるんだ……。 「お前さんが気を失った直後にな」 身体を起こし周囲を見渡す。そこはさっきの駐車場。日は完全に落ち、代わって青白い満月が顔を覗かせていた。 君が……運んでくれたのか? 「いや……あいつらが手伝ってくれた」 ガンマモンの示した先には、先程のトンボと恐竜が並んでいる。……彼曰く、自分も含めてこの不思議生物は"デジモン"なる電子生命だと。 トンボの方はサンドヤンマモン、恐竜の方はユキアグモンと呼ぶらしい。二体はこちらに向け手を振り、そのまま森の奥へと消えていった。 いい奴らじゃん。化け物とか思っちゃってごめんね。……あの男をどうしたのかは考えたくないけど。 時刻は数時間ほど進んでいた。今のところ、追手は現れなかったらしい。あの慌てぶりからすれば、すぐ追撃しても良さそうなものだけど。 あるいは想定外の事態だから根本的に対策を練り直している、とか。連中にとってグルスガンマモンは、それほどまでに脅威なのか? それに、あの男の言っていた"GRBアラート"とは何だ?……ダメだ、さっぱり分からない。何も分からないことだらけだ。 彼も、あの連中も、そして……これから僕はどうすればいいのかも。 「……不安そうだな」 ……。 「今後の身の振り方か?それとも、グルスか?」 ……両方だよ。 「……あの姿には二度と戻らないつもりだった。もっとも、お前さんがいなければなれもしなかったろうが」 ガンマモンの視線は、僕の左腕に現れたそれ……"デジヴァイス"とやらに移った。画面が映し出すのは脈動のようなアニメーション。定期的、周期的に、一秒刻みで波を打っている。 何を思ったか、彼は自らの胸を、僕の左手に押し当てて来た。 「繋がっちまったんだよ。……だから、何があろうと俺はお前さんに付き合ってやる。分かるな?」 ……ああ。分かるよ。 掌を通じて感じる彼の鼓動。それは、デジヴァイスが示すパルスと完全に同期していた。そして……僕の鼓動とも。 ふふっ。 「……なんだ?何かおかしいことを言ったか?」 違うよ。……ありがとう、ってこと。 予想外の反応だったのだろうか。彼は怪訝そうな表情を浮かべる。 今の僕は何が起きているのかも、これから何が起こるのかも、何をすればいいのかも分からない。真っ暗闇に落とされた気分だ。 それでも、僕の隣には君がいて、繋がって、その力を解き放つことができた。……そして、僕を救ってくれた。 なんて都合のいい話だろう。でも、こんな状況なんだ。一つくらい都合のいいことがあってもいいじゃないか。 それだけで、暗闇に立ち向かっていける。そんな気がしてきた。 あのさ。これからどうする? 「俺に聞くな」 おいおい。そりゃないでしょ。 「しょうがねえだろ……俺はこの星を何も知らん。お前さんのような変わり者とも繋がっちまったし、何から何まで狂いっぱなしでどうにもならん」 「……だから、好きに考えてみろ」 ……そっか。 しばらくの間、僕は彼が持ってきたペットボトル(適当に自販機のボタンを押したら金もないのに出てきたらしい。どんな仕組みなんだ)を飲みながら考え込んでいた。 だけど、結論は出ない。当たり前だ。こんな状況でどうしろと。結局のところ、二人して前後不覚なのだ。……だったら。 「どうした?」 ガンマモンを抱え、僕はゆっくりとバイクに向かった。不思議そうに見つめる彼をしまい込むと、静かな駐車場にセルの音だけがこだまする。 「何処か、行く宛でもあるのか?」 ……そんなもんないよ。 「?」 このまま待ってても、何も出て来やしない。だから。 ……走ってから考えようじゃん。 「……そうだな」 9. 帳の下りた山道を、ひたすらに分け入っていく。すれ違うのは風と街灯のみ。あれから10分、20分は走ったつもりだけど、未だに結論は出ない。 道は行けども行けども代わり映えのない暗闇が続き、まるで今の僕たちのよう。 昼から訳の分からないこと続きで、ついついこんなことばかり考えてしまう。全くたまったもんじゃない。 ただ、それとは別に少し思ったことはあった。 あのさー! 「なんだ、どうするか決まったか?」 そうじゃないんだけど……今の正直な気持ち言ってみていいかな!? 「構わん、言ってみろ」 ありがとね!……まず一つ目、とりあえず逃げたい!今のままだと最悪死刑だもん!そんなの絶対に嫌だよ! 「……妥当なところだな」 そうだよね!?じゃあ二つ目!あの連中をぶっ飛ばしてやりたい!絶対許せないじゃんこんなの! 「全くだ!」 でしょでしょ!……で、最後。君と楽しいことしたい。 「……は?」 ……道はトンネルに入った頃。最後の一つを切り出した瞬間、案の定ガンマモンは困惑を示した。 君さ……宇宙からやってきたんでしょ?色々な話聞きたいし、それに君はこの星の事なんにも知らないって言ってたじゃん。 だったらさ、君と一緒に色んなとこ見て回ってさ、楽しいこと沢山やりたいかなーって! これも君の言ってたことだけど、何処の星でも歓迎されなかったってなら、その分僕が歓迎してやろうってワケ。 「気持ちはありがたいけどよ……お前さん今の状況分かってんのか?」 分かってるよ。だから言ってみただけ……そう言おうとした瞬間、僕の中で何かが弾けた。 ……こんな状況だからだよ。 「?」 こんな状況なんだ、もう開き直るしかないじゃん! 色んなとこ回ってさ、楽しいことやってさ、悪い奴もやっつけて……やりたいこと全部やってやろうじゃないか! 「お前それマジで言ってんのか!?」 大マジだよ!僕と君とでさ、好き放題してやろうよ! 沈黙ののち、ガンマモンは叫んだ。 「……バッカじゃねえの!?」 だよね、馬鹿だよね!?もう全くもってその通りだ。馬鹿馬鹿しい。返す言葉もございません。 でも、僕の頭ではもう何も思い浮かばない。何から何まで出鱈目続きなんだ、だったらこっちだって出鱈目でやってしまえ。 どうにか彼を説き伏せようと考えを巡らせたその時、何かが背中から飛びついてきた。 うわあ!?お前いきなり何するんだ!? ……肩からガンマモンが顔を覗かせてきた。まさかの不意打ちに全身の毛が逆立ち、車輪は千鳥足を刻む。 どうにか車体を立て直すことはできたけど、危うく敵の手を待たずしてお陀仏になるところだった。何を考えているんだ!? 「うるせえ!バカ同士これでおあいこだ!」 ……バカ同士? 「……乗ってやると言ったんだ。その話に」 ガンマモンは、歯を見せてニヤりと笑っていた。 ……そう来なくっちゃ! 負けじと満面の笑みを返した瞬間、トンネルを出た。どうやら森を抜けたらしく、木々に遮られていた月が、今でははっきりと顔を出している。 満点の星に見下ろされた波が月明りを弾き、その向こうではネオンが煌びやかに息づいていた。 「……綺麗なもんだな」 だろ? 彼にとって、初めて見る地球の夜だったらしい。今やその瞳は澄み渡り、無邪気な少年のように輝きを見つめている。 ……ようこそ、地球へ。 「……そうだ、一つ忘れてたことがある」 何? 「俺は名乗ったんだ、だったらお前も名乗るのが筋だろ?」 ……そうだった。そうだよね。僕は……。 「僕は白。神橋白!これからよろしく、ガンマモン!」 「……ああ!よろしく頼む、白!」 ……僕と彼の全てが始まる。不安と期待に胸を躍らせ、僕は思いっきりアクセルを入れた。 「おい」 「なーに?」 「……俺がグルスになった時、お前は怖かったか?」 「もちろん!」 「少しは遠慮しろよ!?」 「正直なのが取柄でね!でもさー!」 「なんだよ!?」 「結局さ、同じ君なんだろー!だったらもう怖くない!技の名前はなんか物騒だけどねー!」 「……」 「……ありがとう」 「なんか言ったー?」 「気のせいだ!」 気のせい……気のせいか。そういうことにしておこう。 ……ああ。 星が綺麗だ。 「……あっ」 「どうした?」 「さっきの自販機代……残高から引かれてる」