どうも隔離されたらしい、と斡旋屋は理解した。 「どーも俺はいつもやりすぎちまうらしいね……だが」  眼前に居る男を見る。涼し気な風貌に輝くマグナモン……それもただの個体ではないだろう、知識上に存在はしないが存在するということはきっとそう言う存在なのだ。見る。その力強さが満ち溢れているのがわかる。 「ああ、あんたいい男だなぁ……」  眩しさに少し瞼を伏せかける。だが見ていたいと思った、どうしようもなく闘争の意思に満ち溢れた眼前の『敵』を。  巨大な図書館で戦争をすると聞いた時は、少しばかりの興味、あるいは完全なる興味本位のままにその場に足を踏み入れた。温い闘争がそこにはあった。おためごかしのような、あるいはお遊戯会のような戦いが。それもまた悪くはないがぶつかり合いと言うのはやや遠い。  自分と言う人間がどうしようもなく闘争とそれより産まれる可能性を愛している破綻者だと斡旋屋は理解している。おおよそ傷つけあうことを好むような破綻者はそう相違ない。  今日戦った三上竜馬と言う人間が、鉄塚クロウと言う人間が、あるいはデジモンでもいい、図書館の主とて、その存在は生命倫理にあふれている。三上竜馬は本人が思っていない以上の暴力性を宿しているが、しかし人間然として必要でなければ振るわないように意図している。きっと派手に暴れてどこかに飛んで行った鉄塚クロウも同じだろう。きっと会えなかっただけでまだ他にもいるはずだ。例えば可能性を感じるのは愛狼と呼ばれていた少年だろう。ためらいなく人を刺す胆力は少年ながらに素晴らしいものだと感じた。しかしまだ未熟だ、あれが育ちきればきっといい闘争の輩として並び立つだろう。その日が来ることを楽しみにしている。 「浮気か?俺が今目の前にいるというのに他の誰かを考えている」  思考にふける。声がかかる。来たのはそんな言葉だ。意趣返しの様にそう言われた。斡旋屋にはその言葉の覚えがある。ここに閉じ込められる前だ、男の仲間らしい人間がこちらに援護か何かをしたのか少しばかり蚊帳の外に置かれた時にからかうようにそう言ったのだ。 『よぅ、俺を前に浮気だなんて大胆じゃないかぁ!妬けるねぇ……俺を前戯にしてそんなに具合良かったかい、アイツら』  確かそんなことを言った。別に戦いに浮気も糞もない、必要ならばまとめて吹き飛ばせばいいのだが男は理屈の手前乱入者を吹き飛ばせなかったのだろう。律儀な男だ、そんなところもいいのだが。 「いいや、ちょっとばかし思い出すことがあっただけさF」  Fと、男の名を呼ぶ。会ったばかりで関係は短い。その名が本名か偽名かすらもわからない。だがそんなことはどうでもいい。そもそも名前と言う者はただ識別を表す言葉でしかない。そう、人間が作り出したつまらぬ意義そのものだ。例えば空を羽ばたくワタリカラス(Raven)が自らの存在意義について思想するだろうか、きっとそんなことはするまい。  だから重要なのは自分とFがここにいるという事実だけで十分だったのだ。 「閉じ込められちまったなぁ」  そんなことを愚痴るように言う。Fは笑った。 「邪魔が入らずに済む」  なるほど、そう言う考えもあるのか。悪くないな、と思う。 「俺はさ、まあ戦争の犬だからよぉ、乱痴気騒ぎって奴が大好きなんだ。そう、闘争って奴は人の可能性を見せてくれるんだ。だから愛してるんだ。だからタイマンだろうとゴチャマンだろうと知ったこっちゃないって思ってた」  どうにも今日は感情を、思考を動かされる日だな、と斡旋屋は思う。思考のパラダイムシフト、あるいは精神の変調。 「だがよ、今この瞬間だけは俺はお前に同意するしかないんだ。なんでだろうな?今お前とここにる瞬間は誰の邪魔も欲しくないと思っちまうんだ」  言って、踵で地面を蹴っ飛ばす。履いている靴には鉄板が仕込んであるから硬い音がなった。 「なあFよぉ、俺とお前がこの世界で戦って持つと思うか?」 「ないな、壊れて終わりだ」 「だよなぁ……んでさ、実は俺結構嫌われてきたんだよね」 「ああ、知っている。だからこそお前と出会った」  そうかい、と、一言。そして見る、Fの瞳に自分の瞳をそらさないように。 「俺をぶっ潰したい人間はきっとごまんと居る。俺を殺したい人間もいる。まあどうでもいい奴らもいたっぽいけどそいつらはまたそのうち仕掛けて遊ぶとしてもだ……よぉ、多分そいつらが少しでも結託すれば外部からもぶっ壊されそうじゃない?この空間」 「人為的であるならその可能性は十分あるだろう」 「だよな……だけどなぁ、俺はこの瞬間を誰にも邪魔されたくないんだ……勝手かな?」 「ああ、身勝手だ」 「だよなぁ」 「だが、同意だ。お前とのこの瞬間をどこの誰にも渡してなどやるものかよ」 「そうか……嬉しいな、なんかこう言う意見が誰かと会ったのは初めてなんだ。元居た世界でも俺は異常者みたいでさ」 「愚痴か?」 「いや?ただの事実確認……まあいいや、ぼーっとしてると俺を叩き潰したい誰かが必ずここに来る。だから――」 「ああ」 「そうなる前に殺し合おう、この世界ってあの図書館の中とは切り離されてるんだろう?だったら俺はお前を殺してお前は俺を殺せるはずだ」  だから、 「俺は戦争の犬、あらゆる人間に闘争をまき散らす、だが今だけはお前を見る。お前だけ見る。お前もそうしろ、そしてもしも俺を見続けるなら――」  自らの首を親指で横に沿った掻き切るようなジェスチャーをする。首を刎ねるサインだ。 「ここで俺を殺せ、俺の首を誰にも渡さず、お前の手で刈り取って見せろ――!!」  レイヴモンが爆ぜた。風と言う言葉を生ぬるく感じさせる、ならばそれは暴風としか言うほかがない。その上でその暴風は質量を持っていた、何もかも無慈悲に吹き飛ばす。外では見ることのできなかったそれはまだ見せていない軌道。ただ速く、ただ鋭い。 「速いじゃないか」  Fが言う。斡旋屋が笑って見せる。 「いいだろ?外とは切り離されてるからさぁ!増殖に使う演算能力もこっちにぶち込んだんだよ!結構迅いぜ!」  音速は出ているか、人間が弾きとばされないのはただそこに居るための胆力と言う気合、そして対するマグナモンがそれに対抗しえる剛毅を備えているからに他ならない。  トループモンから進化したレイヴモンに自我というものは存在しない。実直な戦闘機械としてその役割をこなすことだけがその存在証明に他ならない。  鈍く爆ぜる音がする。爆撃音にも近いそれが閉鎖空間に響き渡った。技巧もないただの蹴りの一撃だ。レイヴモンとしての武装に鳥王丸がある、切れ味鋭い刀剣、しかしそれが効くかと思考した際に判断は否を下している。刃の類が通るほど軟弱な装甲はしていないのはおそらくは誰が見てもわかる。即座に次善策をとらなければならない。ただ戦うためだけに産まれた存在は自らの痛みすらも捨てその策を選んだ。打撃による内部破壊。本来ならば不可能だ。デジモンにも痛覚はある。自らの痛みを無視して攻め手に回れるデジモンは少ない。そしてそれを複数行えるデジモンはさらに少ない。しかしこのレイヴモンは闘争のために存在する。戦闘に不要なものも存在はしえない。己の体を弾丸にした。  それは必殺ではない、しかし並の存在ならば一撃でえぐれる蹴りの一撃。外のレイヴモンとは威力の隔絶したそれがマグナモンに叩き込まれる。  それをマグナモンが迎え撃つ、本来ならば技の一撃をもって対せばいいそれに、ただその装甲をもって対すると決めていた。  瞬間、2種の異なる力同士が衝突する。単なる打撃のぶつかり合いは既に必殺のそれになっていた。  崩壊の音がする。レイヴモンの足が砕けている。マグナモンには傷一つついていない。 「そんなものか?」  Fが挑発する様に声をかけた。 「飽きさせねぇよ」  斡旋屋が笑い返す。即座にそれは起きる。  マグナモンに衝撃が来る。意識外のその一撃は確かに振動を与えた。驚きはしなかった、しかしそれがどのように起きたのかまだ理解が追い付かない。  レイヴモンの体が既に戻っている。そこにあったはずの傷が、何もなかったかのように。回復系プラグインが起動してた様子はない、そもそもFとマグナモンに尋常な闘争の上で回復などと言う隙を見逃すほど愚かではない。つまり、とFが思考した、斡旋屋とレイヴモンは既に仕込みが終わっていた、ならばその仕込まれていたものは何か、主従が同時、思い当たるその力がよぎった。 「突然変異か」  拍手、炸裂音が来る。斡旋屋が掌を叩き合わせて快活に笑う。そこに外で他者を煽る下品な笑みはない、自らの秘密を暴いた相手への純粋な賞賛があった。 「大正解、流石だねぇ」  そのオプションの力は極めてシンプル、同レベルのデジモンへの進化を可能とする力だ。成長期なら成長期、完全体なら完全体と言う結果をもたらす。その上で着目しなければならないのは突然変異と言う力はそれが起動しさせすればあらゆる異常を取り払う蓄積したバッドステータス、その身に与えられたダメージすらも突然変異し新たな体になれば0に戻る。  しかし大多数にとってその力はあまり意味をなさない。まず理屈として進化が可能であるからと言ってそれをなした場合が有効打になりえるかわからないということ。グレイモンからガルルモンに進化したとする。しかし戦闘スタイルもなにもが違うデジモンに進化したならば当然のように急激に起こりえた変化への対応を余儀なくされる。もう1つ、同一デジモンから同一デジモンへの進化、これは一見有効そうに見える。しかし同じ固体に見えて肉体に蓄積した経験は全く別物になる、人ならば鍛錬を経て筋肉がついた人間と、元の状態とでも言うべきか、存在の上で同一であっても変化するハードに適合したソフトはなかなかに融通が利かない。  だからこそ斡旋屋というテイマーと戦闘機械のレイヴモンの戦術にその力は異常なまでに噛み合いがあった。戦闘技巧としての行動に肉体の蓄積をほぼ不要とするのは自我の存在しない機械だからこそ許される離れ業と言えた。  斡旋屋のレイヴモンは常に突然変異し続けている。ダメージを負った瞬間またレイヴモンに再進化していた。回復による修復ラグなど存在しない凶悪な組み合わせだ。 「よーし、じゃ、攻勢かけていこうねぇ!レイヴモン――やれ」  単一存在がその究極体と言う力の収束体から繰り出す自爆特攻。それは質量の暴力。マグナモンに容赦なく叩き込まれる。  マグナモンが対応しなかったわけではない、捉えている。動きは視線の上で完全に理解していた、無軌道に見えてその動きはマグナモンの中心に定まっている。ならばそれを捕まえるという単純な動作をどうして実行できないか、それは簡単でレイヴモンに一瞬の猶予も存在していないからだ。  人であろうとデジモンであろうと、ある動作の上には一定の反動を要する。人が人を殴った場合はまず打撃部分に痛みが走る。そしてそれは信号となって脳に届き一瞬の硬直を有む。当然鍛錬でその硬直は限りなく0に近づけることができる、デジモンも一定無視できる部分はあるが物理的に作用する力はシステムとして逆らうことができない。マグナモンが衝撃にコンマ0に近い反応でとらえる前にダメージをすべて突然変異で消し、そのままに軌道を行う無法の踏み倒しは、機械的な存在にここそ許される荒業だ。 (面白いッ――)  それがなおのことマグナモンを燃え上がらせた。手合いがおおよそ尋常ではない手段を使っている。だからどうした、それくらいあってこその闘争だ。ただただFの元積み続けたマグナモンにたったたかが無理難題が立ちはだかった程度で弱音を吐く、卑怯と罵る軟弱な思考回路は存在しえない。  踏み躙るのだ。  強烈な力を相手が持っていると言うのならば、その力をも真正面から叩き伏せてこそのロイヤルナイツ、そしてマグナモンと言う己に課したレゾンデートル(存在意義)。むしろ相対する闘争の手合いが軟弱であった方が興覚めだった。あるいはそれはFが感じている心の奥底にあるものをマグナモンも感じ取っていたのかもしれない。焼けつくす、マグナモンが己の心の内より感じた火炎が、自らが纏う鎧すら溶かしえる。  思考、その純然たる闘争のためだけに存在する思考は今までの戦いから得たデータの内より最適な動作を無意識の内に取らせた。  炸裂音が響く。その鎧が打ち砕けた。  Fが笑う。  マグナモンの鎧は打ち砕け、レイヴモンの足が貫通し貫いている。血だ、データとしての血が貫通した先から噴き出している。しかしその痛みが命の有様をマグナモンに思い出させた。何時以来だ、この激しく昂る感情は。  マグナモンの鎧はそう簡単に砕けるものではない。ロイヤルナイツのなかで最も硬いと言うのは嘘偽りではない。それすらも打ち破ったレイヴモンはその身にどれだけの力を持ち得ているのだろうか。  魂に火がともる。何だったか、そうだLight My Fire(ハートに火がついた)。  今さらに高みを目指したいという本能に火がくべられている。  瞬間に、貫通したすべての筋線維を痛覚を無視してレイヴモンの脚部を締め上げた、最初から痛みと言うものが搭載されていない闘争機械のレイヴモンと違いマグナモンは痛みを感じる。一瞬で感覚が消えさえ理想になるダメージを自ら受けるなど、本来それは悪手にすらなりえる。だが、受け止めたくなった。マグナモンはFを信頼している。おそらくは同じ判断を下したはずだし、必要に際しても安全マージンを取り極力ダメージを抑えるなどと言う弱者が消極的にとる戦術を選択しえないと。  すぐにでもデリートしそうな体をマグナモンは気迫で耐えた。  腕を振り上げる。  Fとマグナモンは普段ならば思わない思考感情が少しばかり芽生えた、誰か見ているやつがいればよかったのにという思いだ。  黄金の鎧をまとう右腕は正確にレイヴモンの顔面をとらえた。技巧も糞もないテレフォンパンチ、つまりは単なる殴打、しかしロイヤルナイツの打撃だ。戦いと言う意味を下さない存在が受け止めることなど出来るわけもない一撃を、何のためらいもなく。  きっとここに凡夫共がいれば犬のようにわめくのが思い浮かんだ、体勢上相手を打ち倒す力は出ないとなどとそんな言い訳じみた言葉を自らの慰めに吠えたてるのだろう。  力がないことを理由に技だなんだとわめく阿呆共は、そも技と言う者が極限まで積み上げた力の表れであることをそもそも理解していない、ただデジモンと言う生命体に備わった力を行使することを得意技だの必殺技だのと賢しく口にするのだ。  まったくもって不愉快なことだ、路傍に転がる小石の価値にすら劣る軟弱な愚昧共の理屈。強いとはただそれだけで強いのだ、相性だのなんだのと騒ぎ立て、リスクのある力は危険と啼く、純粋に闘争にかける思いが、熱意が、執念が欠けたものに力と言う言葉の意味すら理解しえない。  めり込んだ拳はレイヴモンの顔面を吹き飛ばす。余波は自らの体をも傷つけながらレイヴモンはそれ以上に破壊した。顔面を打ち砕いた力はマグナモンを貫くレイヴモンの右足すらも引きちぎり、マグナモンの前方に吹き飛ばす。  なあ、斡旋屋、わかるだろう。  これが力だ、比類なくただ上を求め続けた、あらゆる言い訳を捨て去り求めた力。  きっとこんなのはありえない話だ、なんてわめく誰かが居る。だが、眼前を見ればわかるだろう、起きたことこそが結果であり力の集約がそこにある。 「マグナモン、傷なんて久しぶりだな」 「ああ、主よ……見ろ、血が流れている」  引きちぎれたレイヴモンの足を引き抜く、ゴールドデジゾイドを貫いた力はそのままにマグナモンの体を撃ち貫いていた、風穴があいている、のぞき込めば反対側も見えるだろう。これで済んだのはマグナモンだからであり、そしてその定義された存在に胡坐をかかず積み続けていたからだ。  だからこそこれほどの痛みを叩き込んできたレイヴモンに、斡旋屋には賞賛を送らねばならない。  つまりこれは今だ完璧ではないからだ、また次の頂があることが証明されたからだ、闘争が呼ぶ最奥が今だ届かぬところにあり、そこに行くだけの道筋があると教えられたからだ。 「たまらんな闘争は、また可能性の有様を見た気がする」 「しかして……」 「ああ」  Fとマグナモンが前を見る。  マグナモンに手加減などと言う言葉は既に消え失せている。できはする、弱者の土台でよしよしと撫でてやるのは強者の務めだからだ。だが強者同士がぶつかった際に手加減して打ち合うなどといった舐めた真似は出来るわけがない。  そこには傷ついたレイヴモンが立っている。突然変異を超えたのか、引きちぎられた腕、ひしゃげた頭部、致命傷と言っても過言ではない。胸に風穴があき余波で自らを傷つけ何故立っているかわからないマグナモンの状態とさして変わりはしない。  鈍い、錆び着いたロボットが己の規定された自己の存在理由のままに動きを遂げようとしている。それはすなわち闘争。戦い、その果てに消えゆくための動きをまだなそうとしている。  斡旋屋が居る。斡旋屋はFを見ていた。マグナモンを見ていた。その眼は輝いている。  斡旋屋が存在意義を問う。どうして俺はこれほどまでに戦いってものが好きなのだろうか、きっとそこに理由なんてない。生まれたときから戦いが好きだった。こんなことを言うと誰もが異常者を見る目をした。斡旋屋の言う戦いとは戦争に他ならない。死力を振り絞った先にある何かを見たいがために、また他者に闘争を強いる人格破綻者。今日襲った女の誰かに言われた、俺は何のために産まれてきたのかと、たまらない相手だった。冷たい目をした冷徹な声の女。ああいうのはいい。無意識の闘争を心に宿している。そんな女の問いに斡旋屋はただ唯一の答えをもって答えるしかなかった、そんなものは持ちえないのだ。だから薄っぺらいのだろう自分は。そしてきっと純粋だ、この体にはただ闘争だけが流れている。  斡旋屋が己のパートナーを見る、ただの戦闘機械、闘争の有様を体現するだけのレイヴモン、お前は心なく闘争をしている。羨ましいんだ、ただの嵐のように生きているお前が。  だから、可能性を証明しよう。高々この程度で闘争の歩みが終わるはずがない。俺たちの体の内に流れる闘争はまだまだ自らの身を貫いているという事実を。  なあ、Fお前に会えてよかった。もしお前に会えなかったらここでもっと色々やってたんだろうな……もっとたくさん殺したし、たくさんの憎悪を受けてまた戦いに向かったのだろう。例えばあの可愛い女の子……マナなんて呼ばれてたかな、を、彼女を守っているみんなの前で爆発させて遊んでみたりして。でも今はそんなことどうでもよくなったんだ、俺の闘争をただ迎え撃ってくれている人間が前に居てくれるってだけで今日って言う日は素敵な日だ。  斡旋屋にデジソウルを扱う力は存在しない。だが、存在しないことは行使しない理屈になりえない。  使えるのならばそれは使えるのだ。 「レイヴモン」  ただそう声をかけた、呼びかけに答えるように烏が舞う。  突然変異は使えない。プラグインとして仕込んでいたが、頭部を潰された時に動作不良を起こしてしまった、それだけの一撃だった。嬉しかった、ここまで真っ向から闘争を叫びぶつかってきたことが。  だからアレを超えよう、超えるためには変異じゃだめだ、進化するんだ。 「さあ、バーストモードだ」  すでに満身創痍だ、普通ならば。だが普通じゃないのだ、だからまだまだ戦える。  輝いた。  その黒い体打ち砕け、うちよりはまた烏が飛ぶ。  白い体躯、しかし黒もあるより獣に近いそれは翼をはためかせた。紫の光は大気中のエネルギーをオーラに変換している。攻防を両立させる他者を攻撃するためだけに存在する。  しかしそれではダメだ、ただのバーストではまだ届きえない、ならば届くまで高みに跳び続けるしかない。焼けついて堕ちていくまで。  大気中のオーラの収束が空間を軋ませる。音もないはずでありながら、振動が轟音を作り出す。纏われるオーラに変化が起きた、薄く輝く紫の輝きが揺らめき始めたよりエネルギーが収束し、濃度が上がった力が見えている。それだけならば出力が上がっただけだった、見えた、空間がねじ曲がった、そのエネルギーの収束オーラはとうとう空間をも抉り取るだけの力を手にした。  それは空にたたずんでいた。あらゆるものを振れるだけで消し飛ばす鎧をその身にまといながら。ならばそれはバーストモードでありながらバーストモードではない。バーストモードを極限まで闘争のために高めただけの力。 「そうさな、レイヴモン:バーストモード――AA(アサルトアーマー)」  斡旋屋は見せた、闘争のための可能性を。だから次はF、その身に刻んでやるさ。 ―――――――――― 闘争の炎に身を焦がしつつもVⅠ・Fの思考は冷静だった。静動合一。武術の達人が至る領域、燃え盛る炎のような激情と、波ひとつない水面のような冷静さ。相反する二つの要素を同時に成り立たせる離れ業。VⅠ・Fはどれほどの高揚感を得ようとその思考を暴走させることはない。 現在の戦況を分析する。 こちらはゴールドデジゾイドの鎧を損傷。しかし許容範囲。 盾はこちらに飛ばされる前に一時機能停止。余計な水入りをしてくれたものだがまあいい。このデータも活かせるし次は同じことにはならない。再起動可能だがそれは今ではない。 敵はバーストモードの更に先、バーストモード:AAを発動。恐らくマグナモンの一撃で突然変異は使用不可能になったと思われる。だがバーストモード:AAにより傷はおおよそ回復。 バイタルブレスの仕様にそもそもバーストモードを発動させる効果はない。だが、目の前で実際に行われている以上ありえないなどという思考をしても時間の無駄だ。 限界を超えた更なる進化。ああ、闘争の炎が至らせたその姿こそ、ここにいる皆が身を焦がす可能性の証明だ。 敵の能力を見定める。大気中のエネルギーを身に纏い、空間が軋みを上げている。恐らくオーラによる防御と攻撃の両立か。どれだけがあの烏に触れえるだろうか、大半のデジモンに、テイマーにはその手が届くこともなく消失させられるのだろう。 自分たちはどうか、思考を巡らせた、届きえると確信する。 高速で思考を回転させ打開策を練る。この瞬間はいつも楽しい。敵が練ってきた策を看破し、日々の鍛錬の成果を実行し、時には意表を突かれ、当人たちですら想像の付かない未知の力を発揮し――しかして最後はそれすら蹂躙して勝利する。Fの望む闘争がここにはあった。 時間にして数瞬にも満たぬ間。その間にFの次の方針は決まった。 「マグナモン、たまには高速戦闘と行こうか」 「承知……!」 「カードスラッシュ――」 使用するのは2枚のカード。 あらゆるデジモンに進化させる『ダウンローダー』。斡旋屋も有するものだが、Fのそれは些か異なる。 カードからデジモンの技や装備を宿すディーアークに読み込ませれば、そのデジモンの特殊能力、特徴ともいえるそれをパートナーに重ね掛けすることができる、まさしくその名の通りの効果を発揮する。 もう一枚はマグナモンの盟友たる『アルフォースブイドラモン』。その特徴は軽量かつ高硬度のブルーデジゾイドで作られた鎧によるロイヤルナイツ最速の称号。 2枚のカードによってマグナモンの黄金の鎧が蒼を纏う。 重量故に齎されるゴールドデジゾイドの硬度と、軽量故に齎されるブルーデジゾイドの俊敏さ。相反する要素の両立。自身の纏う鎧という質量から解放された肉体は、今デジタルワールド最速にして最硬という存在となった。 「マグナモン――ブルーゴールドデジゾイドモード!」 「さあ、次は速さ比べだ」 「はっ!上等!!」 大地を踏みしめ、足に力を溜める。まさしく限界まで引き絞られた弓だ。そして蹴りだした瞬間、マグナモンの姿が消えた。それと同時に、空気の壁を複数枚破った轟音と、巨大な質量に跳ね飛ばされたようにレイヴモンの身体が宙を舞う。 ゴールドデジゾイドはその硬度故に重さもクロンデジゾイド中最重量である。 その重さを支えるために鍛え上げられた筋力。仮に身に纏う鎧の重量が消えればその身体はどうなるだろうか。 答えは見た通り。鍛え上げられた筋力は全て速度に変換される。加えて硬度は元のゴールドデジゾイドのまま。すなわち、単純な体当たりすら必殺の凶器となる。 今この瞬間、マグナモンは縦横無尽に動き回る砲弾と化した。 バーストモード:AAが纏うオーラも質量を完全に遮断することはできない。オーラがマグナモンの身を削るころにはそこにもうその姿はない。 右から、左から、上から、下から、前から、後ろから、蒼を纏う黄金の砲弾が、質量を有する光の如く烏を打ち据える。 「いいねぇいいねぇ最高だねぇ!!どんどん来い!!まだまだ楽しませろ!!まだまだお前を楽しませたいんだ!!」 斡旋屋の言葉に痛覚という機能を削除された烏が大地を踏みしめる。 確かに速い。高速戦闘を主とする己以上に。あるいは光にすら手が届くほどにだ。 自分の武器を上回られたならどうするか。無論別の手段を使う。 烏は両手を構え、一瞬すらないタイミングを見計らう。クロンデジゾイドにも匹敵するオーラの防御が削られていく。しかし耐え忍ぶ。痛覚のない戦闘機械、あるいは忍者のデータを宿したレイヴモンという種族の特性がそれを可能にした。 正面。更に速度を増した黄金が突っ込んでくる。 勝負勘、偶然、あるいは執念とでもいうべきものだろうか、烏の腕は視界に捉えられないはずの黄金の騎士を確かに捕まえた。 奇しくも先ほどとは逆の構図となった。マグナモンほどの防御を有しない烏の身体が四散に済んだのはバーストモード:AAにより向上した防御力によるところも大きい。 しかしその勢いを削ぎきることはできず、腕から全身に伝わる衝撃と共に身体が後退させられる。 地面に突き立てた足が閉鎖空間に飛ばされ、破壊耐性が消えた地面を抉る。 逃がさないよう腕に力が籠る。黄金は離脱しようとその腕を掴み、握りつぶそうとする。しかし烏の方が一手早かった。 身に纏うオーラが収縮し、一気に解放される。究極体すら消し飛ばすようなエネルギーの奔流が、レイヴモンを中心として巨大な爆発を起こした。 如何に速かろうとこの至近距離から逃れる術はない。マグナモンの身体がエネルギーの奔流に飲み込まれる。 この光景を受けてなおVⅠ・Fは冷静だった。 「なるほど、そう来るか」 「パクったなんて言うなよ?」 「ああ。模倣したのはむしろこちらだ」 「いいねぇ。戦術ってのは先人たちの積み重ねだ。模倣し、理解し、研鑽し、昇華し、対策される。その繰り返しだ。だから戦いってのは面白い!!その繰り返しが俺たちを、人類とデジモンをここまで進化させた!!」 「全く同感だ。太古からリアルワールドに、そしてデジタルワールドに戦いがなかった日はない。無限の選択と淘汰。だから俺たちはここまで進化してきた。闘争が俺たちをここまで進化させた。そして今この瞬間も、俺たちは進化し続けている」 轟音が響く。そこには全身の鎧に罅が入り、蒼に染まっていた鎧が黄金に戻りつつもレイヴモンの身体に拳を叩き込むマグナモンの姿があった。 至近距離のAAの解放も、デジタルワールド最硬の防御を抜くには至らなかった。 烏が地面を擦りながら主の足元まで飛ばされる。 この光景を受けてなお斡旋屋は高揚していた。 戦術を駆使し、より高みへと至り、それで尚及ぶことができない。ああ、とてつもなく高い壁だ。倒し甲斐がある。 まだ足りない。こんなものではない。自分の限界はここではない。もっと闘争を。もっと進化を。もっと力を。 意志なき烏がなおも立ち上がる。足は折れ、腕が潰れ、腹に穴が開き、肉が削ぎ落ちてなお敵を打倒せんと黄金の騎士を見据える。 自我なき戦闘機械ですらこの戦いの勝利を望んでいるように見えるのは、あるいは主の熱がそう錯覚させているだけなのか。それはレイヴモン当人にすら分からない。 「ああ……F。最高だ……届かないあがいても到達できないお前が、お前たちがいる……いいよな、限界をまだまだ違うって教えてくれるのは……レイヴモン、満足なんか出来るか……出来るわけがない、まだ全部持っていない。何もかも、くれてやる、世界すら燃やし尽くせ」  男が咆え、左腕を掲げた。バイタルブレスが輝いた。進化の光だ。既に一度バーストモードを超えた、それすらも超越した限界のさらに先。闘争のみが齎す可能性の姿。 「F、お前は殺す、結果として殺すんじゃない、俺はお前を、初めて俺の意思で殺すんだ」  液晶が光る。ダウンローダーの文字が明滅する。デジモンの進化の順序を無視し、あるいはその道筋すらも蹂躙する力が斡旋屋の精神に呼応するように。なあ、そうだろ俺の敵、お前に見せてやりたいんだ。言ったよな、極限だって、だから極限を超えて見せよう。 「レイヴモンッ!!!!進――――――――化!!!」  闘争を呼ぶ烏が羽ばたき、そして新たな姿を得る。  格闘に特化したはずのレイヴモンの右腕が異様に巨大化していた。右肩が巨大なジェネレータとなり、右前腕に動力パイプが繋がっている。ジェネレータは唸りを上げていた、機械の咆哮だ、喰らっていた、世界そのものを。そしてその力はまだほんの少しすら見せていない、居ないというのに。 【レイヴモン:バーストモード/OW(オーバードウェポン)/” VERDICT DAY”】  理解する。それは正しく世界を焼き払う暴力。1度は流れれば滅亡をあらゆるものにもたらすこともある、その日こそがVERDICT DAY(評決の日)ともなりえる力。なるほど、たった1人の相手には過剰な力だ。  しかしFにこそこの力はふさわしい。  焼き払わなければならない。そして見せよう、今究極体の上をさらに超えて見せたように。  可能性と言うものを。 「決着をつけよう、F」  〇 退屈に支配されていた。アリーナの頂点に立ち、されど渇きは満たされなかった。 挑みに来るのは己の力を勘違いした凡夫ばかり。大抵巨体に任せた力任せか、あるいは数を増やしての包囲か、たまに工夫を凝らしてきた目を見張る奴もいたが、やはりこの身には届かなかった。 今日もそんな戦いばかりかと思っていた。実際そうだった。中にいたのは固いだけの玩具か劣化コピーしか作れないコピー機、増えるしか能のない数任せのやつもいたか。盾の試運転という名目がなければ早々に片づけて帰っていたところだった。 だから目についた。目の前にいる男に。こいつは自分の同類だ。どうしようもなく闘争を求めている。身を焦がすほどの戦いの熱に魘されている。 ああ、こいつならあの日見た夢の『あいつ』と同じように、どうしようもなく楽しい闘争を演じられるだろうか。 予感は当たった。目の前の男は誰かれ構わず闘いを挑んだ。老若男女、戦闘に向く者向かない者。無限に増殖するトループモンを進化させ、烏の羽で図書館を覆いつくした。 ただ増えるだけならこれまでいくらでもいた。それこそ元となる脅威というのなら以前倒したアーマゲモンの方がよほど高いだろう。 だがこいつはそのむき出しの闘争心でこちらに挑んできた。単なる数任せで押してくることなく、戦術を練ってきた。 光剣で消し飛ばせばその穴を埋め、複数体でこちらの盾を押し留め、デジモンの能力を活用してこちらの喉元に刃を掠めさせてきた。 トループモンを進化させ、レイヴモンをバーストモードにし、一体一体の質を上げてきた。 何より、熱量が違った。男の発する熱。闘争心を薪にし、戦いを全力で楽しむ熱。久しく感じなかったものだ。 強者も弱者も分け隔てなく勝負を挑み、闘争を一片まで余すことなく楽しむ。ひょっとしたらこいつが羨ましかったのかもしれない。凡夫どもとの闘争を楽しめない自分より、あらゆる闘争を欲したこいつは自分以上の戦闘狂だ。VⅠ・Fにはその姿が眩しく映った。 ああ、お前は燃え殻に火をつけた。この日のために磨いてきた全て。今の全力を出すならここが相応しい。 レイヴモンが更なる高みへと至る。限界を超え、己すら燃やしてこの戦いへの勝利を掴もうとしている。バーストモード:AAの更に先、OWの力を顕現させる。 術師どもが作り出した閉鎖空間が限界を超えた姿を顕現させるだけで罅割れを起こす。なるほど、あれなら世界の一つ滅ぼすというのも大げさではないだろう。あるいは、破壊耐性を施したという図書館にも通じるかもしれない。 「ああ、終わらせるのが勿体ない……このまま、お前と戦り合いたい。そういう気分だ」 「主……」 マグナモンがこちらに目配せする。 黄金の騎士の目には力が籠っている。全身傷だらけでなおもこの目の前の脅威を討ち果たせるのは自分だけだと。声なき言葉が訴えている。 そうだ。それでいい。これを超えてこそロイヤルナイツ。これを超えてこそランク1だ。 世界を滅ぼすような重圧を受けて尚、男はいつもの飄々とした笑みを浮かべていた。 「そうだ。デジモンの本質は闘争と進化だ。今のお前のその姿も、そしてこれから俺たちが見せる姿も、全てのデジモンが持つ原初の欲求に身を委ねたから至ったものだ。ああ、俺たちはまだ先に行ける。主義も主張も、立場も使命も、善も悪も要らない。今この瞬間は、力こそが全てだ」 ディーアークが黄金に輝く。罅割れたマグナモンの黄金の鎧が白い光を纏う。ゴールドデジゾイドが変質し、何人も傷つけることのできない、あらゆる異能に侵されることのない白金の身体、プラチナデジゾイドに変わる。傷ついた鎧が修復され、一片の曇りすら消し去った。 これが今の全力。だがまだだ。まだ足りない。こんなものじゃない。まだ俺たちは先に行ける。先に行くために目の前の敵を倒す。 眼前の男――斡旋屋の口角が吊り上がる。恐らく自分もそんな顔をしているのだろう。自分の高みへ付いてくる。そんな男が目の前にいる。二人の心は一致していた。 「ああ……いい……最高だF……そうだ。更に進化しろ。お前の全部を吐き出せ。誤魔化すな剥きだせ、見せろ!闘争の果てに全部全部燃やし尽くして俺を殺してみろ!!」 「カードスラッシュ――」 ホーリーセブンズ スピードセブンズ グランドセブンズ ワイルドセブンズ リバースセブンズ ダークセブンズ ミスティセブンズ 無論、出し惜しみなどしない。Fはこの一手でそう応えた。デジタルワールドに伝わる伝説の7枚のカード。その力を取り込んだマグナモンの身体が7色に輝く。ミスティセブンズとダークセブンズは本来相手へのデバフ効果を発揮するが、そんな不完全燃焼は許さない。宿している力のみを取り込む。 「ここからは俺たちも未知の領域だ。さあ……ケリを付けよう、斡旋屋」 「ああ……愛してるぜ兄弟……いや……愛してるんだ、お前たちを!!」 天へと掲げたレイヴモンの右腕に砲身が生成される。構える当人の倍はあろうかという大筒がまっすぐとこちらに向けられた。 砲口が唸りを上げる。世界が吸い込まれ、固められ、砲弾と化す。迸る奔流は砲を構える烏を、その主すらも食い尽くさんとする。 眩く輝く砲口に目を細める。数瞬の後に放たれる暴力を真正面から見据える。 恐らく図書館に集ったデジモンの中でも、この一撃を受けて無事で済むものは片手の指で足りるだろう。 ――そして自分たちは、その片手の指の一本だ。 世界そのものを撃ちだす禁忌の一撃に対峙するは闘争に身を焦がす一人の男。そしてその男に付き従う黄金の騎士。 再起動した12枚の白金の盾が主の前で円陣を組む。 顕現するのは絶対の守り。ロイヤルナイツ最硬を誇るマグナモンの本領。デジタルワールドの守護者の輝きだった。 『VERDICT DAY!!!!』 『オールプロテクション!!!!』 砲弾が放たれる。その瞬間、この場を作り出した術師の結界は一切の抵抗もできずに崩壊した。 周辺でコピーレイヴモンに対処していた面々が一様に突如出現した暴威に目を見張った。 そしてそれを受け止めるのは白金に輝く騎士。 12枚の盾、そして彼の鎧が生み出す守護空間が全てを焼き尽くす暴力を受け止める。 (ああ、お前は一つ失敗をした……) VⅠ・Fは分析する。 世界そのものを砲弾とするには先ほどまでいたあの隔離空間は小さすぎる。そして破壊耐性が付与されたこの図書館、そして何よりロックスミス・プリドゥエンの能力、世界への干渉に対する耐性強化。これにより世界を変換しきれなかった砲弾はその威力を十全に発揮できない。あるいは初めからこの図書館だったなら、破壊耐性すら上回って世界を吸収し、全力の砲撃ができたかもしれない。あるいは今日盾を持ってきていなかったのなら、今この瞬間も図書館を吸収して砲撃を強化していたかもしれない。あるいはプラチナデジゾイドに至っていなかったのなら、マグナモンですらこの一撃を受け止めきれなかったかもしれない。 現状でも相手が並のデジモンであれば、否、例え神の如き力の持ち主、山のような巨体の存在、あるいは究極の極限に至ったデジモンであろうと、塵一つ残さず葬るに余りあるものだ。 しかし対峙するのはデジタルワールド最高峰の防御力を持つマグナモン。世界を守護するロイヤルナイツである。 彼を撃ち抜くにはそれは十分ではなかった。 「はああああああああああああああああ!!!!!」 「死ぃぃぃねぇぇぇよぉぉぉやぁぁぁぁ!!!!!」 白金の鎧が、七色の身体が、12枚の盾が光に包まれる。その場にいた誰もが眩しさに目が眩んだ。 いや、誰でもではない。闘争に身を焦がす男二人。彼らに従うデジモン2体。彼らのみは目の前の光景に心躍らせていた。 全てを賭けた闘争。身を焦がす闘争。相手を蹂躙し己が最強を証明する闘争。その具現がこの光景だった。 一生この闘争が続けばいい。俺たちはまだまだ先に行ける。二人の闘争の体現者はそう思った。 しかし何事にも終わりはやってくる。 光が収束する。砲弾は力を失い、盾は変わらずその輝きを保っていた。 先に動いたのはマグナモンだった。手にした大剣、究極戦光剣ジュワユーズを構え、一気に烏の懐へ飛び込む。 黙って見ている烏ではない。反動を無理やり御し、変化した右手の大砲で受け止める構えを取ろうとし…… 『エクストリーム、オルトゥスッ!!!!』 黄金の輝きが刀身を覆い、夜明けを意味する光剣が振り下ろされる。黒い烏は右手に構えた大砲ごとデジコアを両断された。 その主は己の命を吸いつくした砲弾の反動に限界を迎え、従者が消えゆく光景を目にしながら倒れ伏す。 決着は付いた。砲撃の余波で傷ついたものはいない。本体が倒れたことでコピーレイヴモンも消え去った。 この光景を見守っていた者は皆今起きたことにただただ茫然としていた。 彼らを意に介さず、Fは倒れた異世界の同類に近づきその顔を覗き込む。 「終わりか。面白いのはこれからだろう?動けよ」 「ははは……そうしたいのはやまやまだがなぁ……見ろもう指一本動かせん……殺れよ……死ぬにはいい日だ」 観念したように首を出す斡旋屋。 Fはいつもの飄々とした笑みで男を見下ろしていた。 「いいや、どうもここでは死ねないらしい」 Fが首を軽く振って周囲を見るように示した、その意味は斡旋屋にもすぐわかった。 「白けるよな」 この世界の支配に今だ人は抜け出すことが許されない、死が全て茶番になる世界がまた戻ってきている。 「まあいい、『今日は』俺の勝ちだ……更なる高みへ上ってこい。明日の俺はその更に上にいるぞ」 「……はっ、『今日は』ときたか…最高だ……魅力的だぜその提案……また戦える……闘争の日が来るんだ」 ああとFが頷いた、死は結果だ、しかし同時に理由でもある。戦いの果てに死ぬのならばそれも本望だったであろう、だがもう少しばかり闘争は斡旋屋を求めているのだ。Fは少しばかり感傷的になりながらそんなことを思った。 斡旋屋が己のポケットを弄っていた。ひどく緩慢な力のない動き。その動作で取り出したものはライターだZIPPOと呼ばれる燃料式のライターで、銀色のボディに黒い溝で烏の刻印が彫ってあった。 「持って行けよ」 「これは……?」 「昔殺した相手から奪ったんだ……なんだかんだ気に入っちまってなぁ」 キヒとあの愉悦にまみれた笑顔を浮かべすぐに静かに顔を戻した。 「持ち続けろ、俺はそれを必ず取り戻しに行く」 斡旋屋なりの再戦状と言えた。指で軽くつまんで眺めてからFはそれをしまい込む。 意識を手放す男を尻目に踵を返す。 この男がどうなるかは周りの連中に任せることにする。お人よしの多いやつらのことだ。悪いようにはしないだろう。 ついでに、結果的に敵の全力の一撃を阻止することになったあの一家に文句の一つでも言いに行くか。例え全力の砲撃だろうと、今の自分たちなら受け止めきれたのだから。 勝利の余韻に浸ることなく、Fの興味はすでに次の戦いへと移っていた。 「行くぞマグナモン。残党を処理をして今日の戦いを分析する」 「はっ」 勝者が歩みを進める。次の闘争のために。その次の闘争のために。闘争に身を焦がす男の渇きは未だ満たされず――