芙蓉アカネSS21 『夜明けを告げる鐘』 =================================================== きらきら、きらきら。 窓の向こうに広がる夜空で星が煌めく。 日中は子供たちの声が姦しい大部屋も、夜明け近いこの時間はしーんと静まり返っている。 芙蓉アカネはそんな部屋の静けさから目をそらすように、窓枠に体を預け空を眺めていた。 寝床についた時のまま整えていない髪が、ぼさぼさのまま肩にかかっている。 「なんだ、まだ起きていたのか?」 周りの子供たちを起こさないよう気を使った小声で呼びかけられ、アカネは振り向く。 そこに立っていたのは、このクラスのまとめ役である青みがかった銀髪の青年だ。 面倒見のいい彼のことだ。 "何か"があった日はこうして心配をかければ甘えさせてくれると期待していなかったと言えば噓になる。 「……お兄ちゃん。ううん、寝苦しくて目が覚めちゃっただけ」 兄、と言っても血縁があるわけではない。 何故かクラス変えもなく、年の離れた子達も一部屋に集められたこの特別クラスでは、全員が兄弟のようなものだった。 「ちゃんと寝とかないと明日に響くぞ。  ……あいつがいなくなって寂しいのはわかるがな」 隣の窓枠に腰を掛けた彼の視線の先には、空っぽのベッドがある。 昨日までは明るい赤毛の少女が使っていたそこは、今は畳まれた寝具だけが置かれていた。 「お姉ちゃんは、元気にしてるかな……」 今日"卒業"したその少女は女子のリーダー格で、いつも大人しいアカネを引っ張りまわしていた。 『大丈夫大丈夫。ラケルせんせーが選んでくれた優しい家に貰われるんだから、落ち着いたら会いに来るって!  くっふふふ、その時はいっぱいお土産を持ってきてあげるから期待してるんだぞー』 別れ際にも、いつも通りの特徴的な笑い方で、泣きじゃくるアカネを励ましていた少女の顔が思い浮かぶ。 そして……同じように旅立ったクラスメイトが、その後誰一人として顔を見せたことがないことも。 大人たちは『引き取り先が見つかったから養子になった』と説明しているけれど、 他のクラスの子達からは『特別クラスの連中は1人ずつ怪しい実験のために連れ去られてくんだ』と、 半ば怪談のように語られているのを知っている。 それが"ラケル先生のお気に入り"ほどではないにしろ、待遇の違う特別クラスへのやっかみだけではないことくらい、 みんな薄々気づいていた。 だからと言って、子供たちだけで施設を抜け出してどうにかなる時代でもない。 抜け出そうとした子達こそ、怪しげな大人によってどこかへ連行されていったと聞けばなおさらだ。 だからここに残っているのは、"噂話は所詮噂で、いい子にしていれば先生の言うように養子に貰われるんだ"と、 か細い希望にすがっている者たちだけだった。 「なあ、アカネ。昔の人はな、いなくなった人を空の星に例えたらしいんだ」 うつむくアカネの頭に手を添え、夜空を仰ぎながら青年は言う。 「星に……?」 「そう星だ。夜に空を見上げれば、いつでも、いつまでもそこにいてくれるからな。  ほら、あそこの目立つ3つ星、あれを繋げると逞しい狩人になるんだ。  あっちの明るいのはポーラスター、船乗りの進む先を示してくれる星だな。  んであっちは……」 小さい頃から星が好きだったという青年は、夜空を指しながら饒舌に語る。 きっと放っておけば一晩中でもしゃべり続けられるのだろう。 だけどもう、夜も白み始めていたから。アカネは彼の言葉を遮って尋ねた。 「ねえ、お兄ちゃん。もし私を星に例えるなら、どれになるのかな」 「ん? そうだなぁ。アカネなら……」  ・  ・  ・ 「あの時、お兄ちゃんはなんて言ってたっけ……」 いつかのように空を見上げながら、アカネは記憶を辿る。 その後ろに広がる大部屋には、空のベッドだけが並んでいた。 もうこの部屋を使っているのはアカネ一人だけ。 それもこの先どのくらい続くのか、正直そう長い時間ではないだろう。 「まだ、起きていたのですね」 かけられた声に振り向けば、いつの間に部屋に入ってきたのか、車椅子の女性がそこにいた。 「ラケルせんせー……」 いつものように優しく微笑みながら、彼女は窓辺へ車椅子を寄せる。 「せんせー、みんなは……お兄ちゃんやお姉ちゃんは元気にしてるよね。  いい子にしてたら、きっとまた、会えるんだよね?」 直接的な言葉は口に出せなくて、言葉を選んで発せられる問いかけに、 「おかしなことを、聞くのですね」 喪服の女性は、心底から質問の意図がわからないというように、笑って答えた。 「みんな、それぞれの役目を果たすために、それぞれの場所で頑張っていますよ。  こんな時代ですから、やらねばならないこと、果たすべき役割は数多くあります。  そしてそれは、あなたもですよ」 「わたしも……?」 「えぇもちろん。アカネ、芙蓉明鐘。  あなたの役目は、その名前に込められた通り、夜明けを告げる鐘。  あの空に輝く明けの明星のように、暗い夜が終わり明るい朝がやってくることを人々に知らせることです。  そうすれば、きっと新しい世界で"みんな"ともまた会えるでしょう」  ・  ・  ・ 暗い、昏い、施設の地下に造られた部屋で。 無機質な寝台で寝息を立てるアカネを見下ろしながら、ラケルは一人呟く。 「そう、貴女には役目を果たしてもらわなければなりません」 彼女の手には、1本の注射器が握られている。 注射器の中では、マーブル模様の液体が意思を持っているかのように蠢いていた。 乳白色、緑、黒、青みがかった銀、明るい赤色。 「あなたたちならきっと、私のジュリウスがノヴァへと至る呼び水になりえるでしょう。  ジュリウスが引き起こす終末捕食、それによって作られる新たな世界という夜明けを迎えるために。  いつの日か、夜明けを告げる鐘の音を奏で鳴り響かせましょう。ね、アカネ?」 子守歌のように優しい囁きと共に、禍々しい液体が少女の身体に撃ち込まれた。 =================================================== 孤児院時代の絡みがみたいというリクエストがあったので1行くらいしかなかった過去を膨らませてみた。 結局うちの子だけで絡んでないのは許してくれるだろうか許してくれるねグッドマグノリア。 孤児にならなかったアナザーアカネが大人しい少女なことを考えると、 普段の明るいキャラは孤児院に模倣元のキャラがいたんだろうなーとか、 10年越しに知らないバックグラウンドが生えてきたがまぁいつものこと。 ついでにせっかくだからイチ君が朗読で考察してくれた、 『アカネがバンシーという特異なアラガミになったのはマグコンで人体実験された特殊な偏食因子のせい』 というネタも後付けで回収。 ヴィーナス神属は複数のアラガミの特徴を取り込んでいるという点でノヴァに近い存在といえる。 なのでラケル先生が意図的にそれを生み出すとしたら特異点ジュリウスのボディ、 ゲームでは大量の神機兵のオラクル細胞で補ったノヴァの肉体を作るサブプランの一つだった、という感じ。 デフラグメンテーションといい複数プラン用意してたみたいだからそんな仕込みもあったかもねということで。 んで、ジュリウスほどではないにしろ複数のアラガミを取り込めるほど幅広い偏食傾向を持たせるにはどうすればいいか、 となった時に複数のアラガミの偏食傾向を濃縮すれば行けるんじゃねってことで、 特殊な偏食因子を子供に投与しアラガミ化させ、そのアラガミの偏食因子を抽出し次の子供に投与する、 という行為を1クラス分連鎖させた最後の一人がアカネちゃんという実験詳細が生えてきた。 良かったねアカネちゃんいなくなったと思ってた人たちはみんな君の中で生きてたよ! まぁこれでベアちゃんミオちゃんのいないうちの子時空でもヌルっとアラガミ化克服して人間に戻れたのは、 クラスのみんなの意識の残滓が奇跡を起こしてくれたとかそんな要素も広がるのかなーと思いつつ、 今更深堀りするのは難しいのでふわっと終わらせておく。