どうも隔離されたらしい、と斡旋屋は理解した。 「どーも俺はいつもやりすぎちまうらしいね……だが」  眼前に居る男を見る、涼し気な風貌に輝くマグナモン……それもただの個体ではないだろう、知識上に存在はしないが存在するということはきっとそう言う存在なのだ、見る。その力強さが満ち溢れているのがわかる。 「ああ、あんたいい男だなぁ……」  眩しさに少し瞼を伏せかける、だが見ていたいと思った、どうしようもなく闘争の意思に満ち溢れた眼前の『敵』を。  巨大な図書館で戦争をすると聞いた時は、少しばかりの興味、あるいは完全なる興味本位のままにその場に足を踏み入れた。温い闘争がそこにはあった、おためごかしのような、あるいはお遊戯会のような戦いが。それもまた悪くはないがぶつかり合いと言うのはやや遠い。  自分と言う人間がどうしようもなく闘争とそれより産まれる可能性を愛している破綻者だと斡旋屋は理解している。おおよそ傷つけあうことを好むような破綻者はそう相違ない。  今日戦った三上竜馬と言う人間が、鉄塚クロウと言う人間が、あるいはデジモンでもいい、図書館の主とて、その存在は生命倫理にあふれている。三上竜馬は本人が思っていない以上の暴力性を宿しているが、しかし人間然として必要でなければ振るわないように意図している。きっと派手に暴れてどこかに飛んで行った鉄塚クロウも同じだろう。きっと会えなかっただけでまだ他にもいるはずだ。例えば可能性を感じるのは愛狼と呼ばれていた少年だろう、ためらいなく人を刺す胆力は少年ながらに素晴らしいものだと感じた。しかしまだ未熟だ、あれが育ちきればきっといい闘争の輩として並び立つだろう。その日が来ることを楽しみにしている。 「浮気か?俺が今目の前にいるというのに他の誰かを考えている」  思考にふける、声がかかる。来たのはそんな言葉だ、意趣返しの様にそう言われた、斡旋屋にはその言葉の覚えがある。ここに閉じ込められる前だ、男の仲間らしい人間がこちらに援護か何かをしたのか少しばかり蚊帳の外に置かれた時にからかうようにそう言ったのだ。 『よぅ、俺を前に浮気だなんて大胆じゃないかぁ!妬けるねぇ……俺を前戯にしてそんなに具合良かったかい、アイツら』  確かそんなことを言った。別に戦いに浮気も糞もない、必要ならばまとめて吹き飛ばせばいいのだが男は理屈の手前乱入者を吹き飛ばせなかったのだろう。律儀な男だ、そんなところもいいのだが。 「いいや、ちょっとばかし思い出すことがあっただけさF」  Fと、男の名を呼ぶ。あったばかりで関係は短い。その名が本名か偽名かすらもわからない。だがそんなことはどうでもいい。そもそも名前と言う者はただ識別を表す言葉でしかない。そう、人間が作り出したつまらぬ意義そのものだ。例えば空を羽ばたくワタリカラス(Raven)が自らの存在意義について思想するだろうか、きっとそんなことはするまい。  だから重要なのは自分とFがここにいるという事実だけで十分だったのだ。 「閉じ込められちまったなぁ」  そんなことを愚痴るように言う。Fは笑った。 「邪魔が入らずに済む」  なるほど、そう言う考えもあるのか、悪くないな、と思う。 「俺はさ、まあ戦争の犬だからよぉ、乱痴気騒ぎって奴が大好きなんだ、そう、闘争って奴は人の可能性を見せてくれるんだ、だから愛してるんだ、だからタイマンだろうとゴチャマンだろうと知ったこっちゃないって思ってた」  どうにも今日は感情を、思考を動かされる日だな、と斡旋屋は思う。至高のパラダイムシフト、あるいは精神の変調。 「だがよ、今この瞬間だけは俺はお前に同意するしかないんだ、なんでだろうな?今お前とここにいれば誰の邪魔も欲しくないと思っちまうんだ」  言って、踵で地面を蹴っ飛ばす。履いている靴には鉄板が仕込んであるから硬い音がなった。 「なあFよぉ、俺とお前がこの世界で戦って持つと思うか?」 「ないな、壊れて終わりだ」 「だよなぁ……んでさ、実は俺結構嫌われてきたんだよね」 「ああ、知っている、だからこそお前と出会った」  そうかい、と、一言、そして見る、Fの瞳に自分の瞳をそらさないように。 「俺をぶっ潰したい人間はきっとごまんと居る。俺を殺したい人間もいる、まあどうでもいい奴らもいたっぽいけどまあそいつらはまたそのうち仕掛けて遊ぶとしてもだ……よぉ、多分そいつらが少しでも結託すれば外部からもぶっ壊されそうじゃない?この空間」 「人為的であるならその可能性は十分あるだろう」 「だよな……だけどなぁ、俺はこの瞬間を誰にも邪魔されたくないんだ、勝手かな?」 「ああ、身勝手だ」 「だよなぁ」 「だが、同意だ、お前とのこの瞬間をどこの誰にも渡してなどやる物かよ」 「そうか、嬉しいな、なんかこう言う意見が誰かと会ったのは初めてなんだ、元居た世界でも俺は異常者みたいでさ」 「愚痴か?」 「いや?ただの事実確認……まあいいや、ま、ぼーっとしてると俺を叩き潰したい誰かが必ずここに来る、だから」 「ああ」 「そうなる前に殺し合おう、この世界ってあの図書館の中とは切り離されてるんだろう?だったら俺はお前を殺してお前は俺を殺せるはずだ」  だから、 「俺は戦争の犬、あらゆる人間に闘争をまき散らす、だが今だけはお前を見る。お前だけ見る。お前もそうしろ、そしてもしも俺を見続けるなら――」  自らの首を親指で横に沿った掻き切るようなジェスチャーをする。首を刎ねるサインだ。 「ここで俺を殺せ、俺の首を誰にも渡さず、お前の手で刈り取って見せろ――!!」  いい、左腕を掲げた、バイタルブレスが輝いた、進化の光だ。しかし、本来既に究極体、それもバーストモードのレイヴモンにその先など存在しえない。  だからどうした?  液晶が光る。ダウンローダーの文字が明滅する。デジモンの進化の順序を無視しあるいはその道筋すらも蹂躙する力が、斡旋屋の精神に呼応するように。なあ、そうだろ俺の敵、お前に見せてやりたいんだ、言ったよな、極限だって、だから極限を超えて見せよう。 「レイヴモンッ!!!!進――――――――化!!!」  くる。くる。くる。闘争を呼ぶ烏が羽ばたき、そして新たな姿を得る。 【レイヴモン:バーストモード/OW(オーバードウェポン)/” VERDICT DAY”】  理解する。それは正しく世界を焼き払う暴力。なるほど、たった1人の相手には過剰な力だ。  しかしFにこそこの力はふさわしい。  焼き払わなければならない、そして見せよう、今究極体の上をさらに超えて見せたように。  可能性と言うものを。 「決着をつけよう、F」  〇 退屈に支配されていた。アリーナの頂点に立ち、されど渇きは満たされなかった。 挑みに来るのは己の力を勘違いした凡夫ばかり。大抵巨体に任せた力任せか、あるいは数を増やしての包囲か、たまに工夫を凝らしてきた目を見張る奴もいたが、やはりこの身には届かなかった。 今日もそんな戦いばかりかと思っていた。実際そうだった。中にいたのは固いだけの玩具か劣化コピーしか作れないコピー機、増えるしか能のない数任せのやつもいたか。盾の試運転という名目がなければ早々に片づけて帰っていたところだった。 だから目についた。目の前にいる男に。こいつは自分の同類だ。どうしようもなく闘争を求めている。身を焦がすほどの戦いの熱に魘されている。 ああ、こいつならあの日見た夢の『あいつ』と同じように、どうしようもなく楽しい闘争を演じられるだろうか。 予感は当たった。目の前の男は誰かれ構わず闘いを挑んだ。老若男女、戦闘に向く者向かない者。無限に増殖するトループモンを進化させ、烏の羽で図書館を覆いつくした。 ただ増えるだけならこれまでいくらでもいた。それこそ元となる脅威というのなら以前倒したアーマゲモンの方がよほど高いだろう。 だがこいつはそのむき出しの闘争心でこちらに挑んできた。単なる数任せで押してくることなく、戦術を練ってきた。 光剣で消し飛ばせばその穴を埋め、複数体でこちらの盾を押し留め、デジモンの能力を活用してこちらの喉元に刃を掠めさせてきた。 トループモンを進化させ、レイヴモンをバーストモードにし、一体一体の質を上げてきた。 何より、熱量が違った。男の発する熱。闘争心を薪にし、戦いを全力で楽しむ熱。久しく感じなかったものだ。 ああ、お前は燃え殻に火をつけた。この日のために磨いてきた全て。今の全力を出すならここが相応しい。 レイヴモンが更なる高みへと至る。限界を超え、己すら燃やしてこの戦いへの勝利を掴もうとしている。バーストモードの更に先、OWの力を顕現させる。 術師どもが作り出した閉鎖空間に罅が入る。なるほど、あれなら世界の一つ滅ぼすというのも大げさではないだろう。あるいは、破壊耐性を施したという図書館にも通じるかもしれない。 「ああ、終わらせるのが勿体ない……このまま、お前と戦り合いたい。そういう気分だ」 「主……」 マグナモンがこちらに目配せする。 黄金の騎士の目には力が籠っている。この目の前の脅威を討ち果たせるのは自分だけだと。声なき言葉が訴えている。 そうだ。それでいい。これを超えてこそロイヤルナイツ。これを超えてこそランク1だ。 「そうだ。デジモンの本質は闘争と進化だ。今のお前のその姿も、そしてこれから俺たちが見せる姿も、全てのデジモンが持つ原初の欲求に身を委ねたから至ったものだ。ああ、俺たちはまだ先に行ける。主義主張も、立場も使命も要らない。今この瞬間は、力こそが正義だ」 ディーアークが黄金に輝く。マグナモンの黄金の鎧が白い光を纏う。ゴールドデジゾイドが変質し、何人も傷つけることのできない白金の身体に変わる。 これが今の全力。だがまだだ。まだ足りない。こんなものじゃない。まだ俺たちは先に行ける。先に行くために目の前の敵を倒す。 眼の前の男――斡旋屋の口角が吊り上がる。恐らく自分もそんな顔をしているのだろう。自分の高みへ付いてくる。そんな男が目の前にいる。二人の心は一致していた。 「ああ……いい……最高だぜF……そうだ。更に進化しろ。お前の全部を吐き出せ。誤魔化しようのない剥きだしの闘争心を見せろ!全部全部燃やし尽くして俺を殺してみろ!!」 「ああ。いいだろう。カードスラッシュ――」 ホーリーセブンズ スピードセブンズ グランドセブンズ ワイルドセブンズ リバースセブンズ ダークセブンズ ミスティセブンズ デジタルワールドに伝わる伝説の7枚のカード。その力を取り込んだマグナモンの身体が7色に輝く。ミスティセブンズとダークセブンズは本来相手へのデバフ効果を発揮するが、そんな不完全燃焼は許さない。宿している力のみを取り込む。 「ここからは俺たちも未知の領域だ。さあ……ケリを付けよう」 「ああ!!恨みっこなしだ!!愛してるぜ兄弟!!!」 天へと掲げたレイヴモンの右腕に砲身が生成される。構える当人の倍はある大筒がまっすぐとこちらに向けられた。 砲口が唸りを上げる。世界が吸い込まれ、固められ、砲弾と化す。迸る奔流は砲を構える烏を、その主すらも食い尽くさんとする。 眩く輝く方向に目を細める。数瞬の後に放たれる暴力を真正面から見据える。 恐らく図書館に集ったデジモンの中でも、この一撃を受けて無事で済むものは片手の指で足りるだろう。 ――そして自分たちは、その片手の指の一本だ。 世界そのものを撃ちだす禁忌の一撃に対峙するは闘争に身を焦がす一人の男。そしてその男に付き従う黄金の騎士。 12枚の白金の盾が主の前で円陣を組む。 顕現するのは絶対の守り。ロイヤルナイツ最硬を誇るマグナモンの本領。デジタルワールドの守護者の輝きだった。 『VERDICT DAY!!!!』 『オールプロテクション!!!!』 砲弾が放たれる。その瞬間、この場を作り出した術師の結界は一切の抵抗もできずに崩壊した。 周辺でコピーレイヴモンに対処していた面々が一様に突如出現した暴威に目を見張った。 そしてそれを受け止めるのは白金に輝く騎士。 12枚の盾、そして彼の鎧が生み出す守護空間が全てを焼き尽くす暴力を受け止める。 (ああ、お前は一つ失敗をした……) VT・Fは分析する。世界そのものを砲弾とするには先ほどまでいたあの隔離空間は小さすぎる。そして破壊耐性が付与されたこの図書館、そして何よりロックスミス・プリドゥエンの能力、世界への干渉に対する耐性強化。これにより世界を変換しきれなかった砲弾はその威力を十全に発揮できない。 相手が並のデジモンであれば、否、例え究極の高みに至ったデジモンであろうと塵一つ残さず葬るに余りあるものだっただろう。 しかし対峙するのはデジタルワールド最高峰の防御力を持つマグナモン。世界を守護するロイヤルナイツである。 彼を撃ち抜くにはそれは十分ではなかった。 「はああああああああああああ!!!!」 白金の鎧が、七色の身体が、12枚の盾が光に包まれる。その場にいた誰もが眩しさに目が眩んだ。 いや、誰でもではない。闘争に身を焦がす男二人。彼らに従うデジモン2体。彼らのみは目の前の光景に心躍らせていた。 全てを賭けた闘争。身を焦がす闘争。相手を蹂躙し己が最強を証明する闘争。その具現がこの光景だった。 光が収束する。砲弾は力を失い、盾は変わらずその輝きを保っている。 先に動いたのはマグナモンだった。手にした大剣、究極戦光剣ジュワユーズを構え、一気に烏の懐へ飛び込む。 黙って見ている烏ではない。反動を無理やり御し、変化した右手の大砲で受け止める構えを取ろうとし…… 『エクストリーム、オルトゥスッ!!!!』 夜明けを意味する光剣が振り下ろされる。黒い烏は右手に構えた大砲ごと両断された。 その主は己の命を吸いつくした砲弾の反動に限界を迎え、従者が消えゆく光景を目にしながら倒れ伏す。 決着は付いた。砲撃の余波で傷ついたものはいない。本体が倒れたことでコピーレイヴモンも消え去った。 この光景を見守っていた者は皆今起きたことにただただ茫然としていた。 彼らを意に介さず、Fは倒れた異世界の同類に近づきその顔を覗き込む。 「終わりか。面白いのはこれからだろう?動けよ」 「ははは……そうしたいのはやまやまだが、もう指一本動かせねえ……ほら、とっとと殺れよ……」 観念したように首を出す斡旋屋。 Fはいつもの飄々とした笑みで男を見下ろしていた。 「いいや、『今日は』俺の勝ちだ。お前の処遇は俺の好きにさせてもらう。更なる高みへ上ってこい。明日の俺はその更に上にいるぞ」 「……はっ、『今日は』ときたか…いいねぇ最高だ……すげえ魅力的だぜその提案……またやりたいもん、だ…………」 意識を手放す男を尻目に踵を返す。 この男の処遇は周りのやつらが決めるだろうが、お人よしの多い連中のことだ。命までは奪わないだろう。 「行くぞマグナモン。残党を処理をして今日の戦いを分析する」 「はっ」 勝者が歩みを進める。次の闘争のために。その次の闘争のために。闘争に身を焦がす男の渇きは未だ満たされず――