襲撃側の被害が拡大し一時後退、防衛側も補給のために一旦下がる。 状況が小康状態になった今がチャンスだ。 「破星巨砲(ばすたあらんちゃあ)、三連射!」 レイヴモン・雑賀モードの本来の必殺技、それを一気に三発も放つ。 そのうちの一発だけは、特殊なトリプルタンデム弾頭だ。 死者蘇生ポーションの「生存」にステータス書き換えを強制するコードを「破壊可能」に置き換えた、破壊不能属性無効化の第一弾頭。 レッドデジゾイドを情報圧縮コードで高密度化した徹甲弾の第二弾頭。 そして転送プラグイン「ショートカット」の転送先マーカー弾の第三弾頭。 破壊不能無効化・装甲貫通・マーカー設置・転送の四段構え。 「当たれぇ!」 初弾と三弾は陽動、本命は二弾。エントランスの巨大な扉に着弾し、爆炎が覆い隠す。 マーカーの設置信号を受信すると即座に発動待機状態のショートカットプラグインが起動する。 一瞬だけ視界が暗転し、すぐに復活する。天井の高い、幅の広い通路だ。少し涼しい。 僕は進化解除し、ホークモンをシュリモンに進化させる。 人類の兵器を使えないレイヴモン・雑賀モードは継戦能力が低い。ましてや屋内戦で飛行型は不利だ。 「シュリモン!警戒しつつ先へ急ぐぞ!」 「あいよ戦友!……だけど敵の気配とか感じられへんで?」 「……みたいだね?」これは何かの罠か?正直言って一華の戦術は予想がつかない。 穂村君と出会う前の彼女だったら負ける気がしないが、今の彼女の性格は昔とはまるで別人で優先順位が読みきれない。 ここに伏兵や自動迎撃ユニットを薄めかつ多重に配置して消耗を狙うと思ったのだが……本当に変わったな、一華。 ……何かの罠だとしてもこちらに今出来ることは限られている。僕とシュリモンは先へと走り出した。 走り出して程なく茜から通信が入った。 「もう一度言ってくれ、茜!それは本当なのか!」 『マジのマジよ!図書館の扉が開いているの!私たちも突入するけどいいわよね!』 「……ああ、頼む。十中八九罠だが、今のところ通路に脅威はない。来れるメンバーは連れて来てくれ。」 『罠、ねぇ……やっぱり分かってないか。いいわ、雷切と砂霧さんは艦の直掩に、蜈蚣切は入口に留まって警戒、他は私についてきて!』 茜の言葉に少し引っかかるものを感じながら先を急ぐ。……分かってない?僕とシュリモンのコンビで察知できない罠はそうそう無いはずなんだが……。 結構な距離を進んだ先に一人の女性が立っていた。青白くて長い髪の若い女性……しかしその頭にかぶるヘルメットのバイザーは見た記憶がある。 スプシモンのバイザーと同じもの。つまりこの白いワンピースの女が……! 「首魁自らお出ましとは随分な歓待じゃないか。」僕は100メートルの場所で一度止まり、そこから歩きながらゆっくりと近づく。 シュリモンは……今から影に隠れても遅いか。不意討ちを警戒して出したままにしたのは失敗だったな。 相手の様子を窺いながら、腰に提げたXP-100に手を伸ばす。 こいつはハンドガンと言いながらかなり大きい。しかも単発式で一度撃ったらおしまいだ。 そのかわりマークスマンライフルのような命中精度を誇る。 僕の技量で究極体相手に絶対外さない距離……50メートルまでは近づけるか? 「はじめまして、エンシェントモニタモン。……と言っても、君は僕のことは知ってるんだろう?」 90メートル、相手は動かない。 「でも一応名乗っておくよ。名張蔵之助、いわゆる『忍者』ってやつだ。もっとも……」 80メートル、息づかいにあわせてわずかに動きが見える。置物ではなさそうだ。 「君たち、というかこの世界の『忍者』とは異なる存在、ということは知ってるよね?」 70メートル、相手の影は周囲の照明に対して不自然な点はない。立体映像でもなさそうだ。 「こいつの弾は特別製でね、上位存在であっても『死』は免れない。」 60メートル、銃口を相手に向ける。女性の拳が固く握られている。緊張しているのか? 「この距離ならたとえ裏十闘士であっても外さない。」 50メートル、ここまで近づけば必中の間合いだ。 「さあ、僕のお願いを聞いてくれないかな?」 「……よくも、」女性の口から出た声に聞き覚えがあった。あれ、この声? 「よくも!わたしが置いてったポーションを!あんなことに使ったなあ!」え?ちょっと? 「歯ァ食いしばれバカ親父!」デジメンタル解除音が響く。女性の姿が消え、そこには…… 「い、一華!?」 「パパなんてもう知らない!」同時に出現したゴースモンを置き去りにしつつ一華が猛スピードで吶喊してきた。 「シュリモン!」声を掛けたが反応がない。突然の一華の出現に動揺してるのか!?らしくない! だが問題ない!一華は忍者としては最低クラスの身体能力!僕よりもちょっと下だ! ちゃんと見極めれば避けて取り押さえることなど……なんか速いな?別れる前に見た時の倍近い速度になってない? そう言えば、出発直前からマジメに毎日トレーニングするようになってたっけ。 手にした銃を一華に向けて撃てるわけがない。僕と茜の自慢の娘だぞ! あれ、まずいなコレ。命中精度を上げるために両手で撃てるよう左手フリーだったから、手裏剣とか間に合わないな。 0.3秒で50メートルの距離が詰められる。うわぁ僕より速い! 落ち着け僕、よく見極めて回避できれば、カウンターでワンチャン……脚が、動かない? あっこれアレだ、分身の発生に使う次元多重化技術を逆用して、空間固定化力場を発生させて敵を拘束する技だ。 ただ密着状態でないと使えないから攻撃方法が限定されて…… 一華が右手をより強く握りしめる。拳から次元貫通波動の放射光が漏れる。 やっぱりアレだ、忍者以外が使うと命を引き換えにすると言われる幻の忍術奥義! 「美愚蛮煩魑(びっぐばんぱんち)!!!」 一華の右拳が、僕の顔にクリーンヒットする。 ……ああ、そうか。 一華は、変わったんじゃなくて。 成長、してたんだね……。 気がつくと、僕はその場で仰向けになって倒れていた。 その僕を一華がすごい形相で見下ろしてた。左足で銃ごと僕の右手を踏みつけている。 「あなた!……って一華!無事だったの!?」 追いついてきた茜が一華の姿を見て声を上げる。 「一華!」「一華ちゃん!?」侘助とエンジュも同じような反応をする。 「……一華主任!」「主任殿!」大吾と髭切も追いついてきて……アレ? 「あっ一華さん、お久しぶりです……。」鴇緒君、君まで来たのか! っていうか、誰も僕の心配しないで一華の事ばっかり気にしてるよね!? 「あっママ、エンジュお姉ちゃん、髭切さん、春原さん、鴇緒お姉ちゃん、ついでにお兄ちゃん、久しぶり!」 一瞬だけ笑顔になるけど、すぐにまた憤怒の形相で僕を見下ろす。 「さて、パパ?これは一体どういうことかしら?」 「どう、って何が?」 「ふ・ざ・け・な・い・で!図書館の破壊不能属性をなんとかするために、わたしの死者蘇生ポーションを使ったでしょ!」 やっぱ作った張本人にはバレるよね、うん。 「で、この鉄砲は?さっきの話からすると『不死殺しのポーション』使ったよね?」 右足グリグリしないで!痛いって!父親の威厳が死んじゃう! 「わたしはね、こんなことのためにポーション置いてったんじゃないよ?家族に死んでほしくないからって置いてったんだよ?」 うわぁまるでラスボスみたいな威厳と怖さ。でもここで引き下がっては家長として情けなさすぎる! 「茜!一華を止めてくれ!」 「……えー、でも、母親が娘に暴力振るったら児童虐待って言われちゃうし。」 いや今更どの口が言ってんの!?なんでそんな困ったような顔してるのさ!! 「シュリモン、もう動けるか?」 「いやぁ、無理や。ワイはお嬢に向ける刃は持ってへんねん。」 !!……さっき動かなかったのはそういう事か、この裏切り者! 「じゃあ侘助!一華を拘束しろ!」僕の命令に対して最初に答えたのは侘助じゃなかった。 「蔵之助さん、私はこれは蔵之助さんのほうが悪いと思うなあ。」エンジュが口を挟む。 「悪ぃ父ちゃん、俺、エンジュの豚だから。」 「せめてそこは犬って言ってよ!息子が豚を自称するのちょっとキツイんだけど!?」 ええい、どいつもこいつも!仕方ない! 「鴇緒君、頼む、一華を……鴇緒君?」なんでそんな冷たい目で見てるのかな? 「名張さん……私の本当の姿を知ってて言ってます?」 「そりゃもちろん、由良比女にして須勢理毘……あっ。」 由良比女はあの島での須勢理毘売命、大国主命との結婚に際して父神である素戔嗚尊と対立した逸話のある…… 「私が、父と娘の喧嘩で父親の味方をすると思いますか?」 …………そりゃそうだあああ!しまったあああああ!! こうなったら最終手段だ、もう彼らに頼るしかない! 「春原君、髭切君、いちぶごわぁぁっ!」こっちが言い終わる前に髭切君がジャンプして馬乗りになってきた! 重い重い!重装型ガードロモン重すぎ! 「社長、今我々に、グランドテイマーである一華殿への攻撃を命令しようとしたか?」 おかしいなガードロモンって表情変わんないはずなのに髭切君の顔がすごく怖いよ。 動きを完全に封じられた僕の手から、一華がXP-100を取り上げる。 「もうこんなことはやめようパパ?」言いながらボルトハンドルを操作して排莢する。 ………………おかしいな。ついさっきまで全てが順調、計画通りだったのに。なんでこうなるんだ? 「あー、その顔、やっぱりまだ分かってないのねあなた。」茜が近づいてきて僕を見下ろす。 「分かってない?さっきもそんなこと言ってたけど、何がだい?」 「私はね、今回の助ちゃんの作戦が失敗するって分かってたのよ。」 「……だから、なんで?」 「あのね、一華にはあるけれど、あなたには欠けているものがあって、それが決定的な差になってるのよ。」 「だからそれは何なんだよ!教えてくれよ!!」 僕が叫ぶと茜はひとつため息をついて、腰に手を当てて言った。 「あなた、ビジネスパートナーはいっぱいいるけど友達は全然いないのよ、一華と違って。」 「…………………………それが、理由?」 「そうよ。利益でしか繋がってない相手は、利益がなくなれば繋がってくれないの。」茜はそう言うと一華を見る。 「利益以外のことで動く者、利益以外で繋がってくれる相手には、たとえ利益が無くなっても繋がってくれる、助けてくれる。」 その言葉に一華の顔が少し赤みを増す。照れてるんだ。 「砂霧さんもドウモンさんも、みんな一華のこと心配してたのよ?聞いた話だと希理江ちゃんや竜馬くんも心配してたらしいわ。」 ……そうか。家族から離れて、穂村君と旅するようになって。一華には、たくさんの友達が、できたんだな。 「あの外の大戦力を見ればわかるでしょう?エンシェントモニタモンの戦力も多いけど、かなりの数が一華の呼びかけで集まってるのよ。」 「わたしじゃないよ、映塚さんがすごいだけ。」そう言う一華はもう真っ赤だ。 「……子はいつか親の背中を越えていくって言うけど、こうも早くに越されちゃうかぁ。」 ああ、一華は、僕なんかの手には収まらない、立派な娘だ。認めよう。 「わかった、僕の負けだ。図書館のことは諦める。」 ああ、負けだ負けだ。でも……なんでだろう、そんなに悔しくはないな。 負けること以上に嬉しいことがあったから、なんだろうね。 (中編に続く)