「急に焼肉奢ってくれるなんて〜どう言う風の吹き回しですかせんぱ〜い?」 燈夜を茶化す様に、ほむらは笑いながらそう言った。 「やめてよほむらちゃん先輩なんて言うの〜!」 「えへへ、じゃあ頼んじゃっていい?」 「遠慮しなくていいよ〜」 ほむらは店員を呼ぶと、いくつか注文をした。 「─────あとはー…燈夜ちゃんは何飲む?」 「うーん…とりあえずビールかな」 「じゃあ大ジョッキ二つで!」 数分ほどで、ジョッキがテーブルにサーブされた。 「「かんぱーい!!」」 二人とも、一気に半分ほどを飲み干した。 「それで〜…何で急に奢るなんて言ってくれたの?」 「あはは…この前の掲示板の話…あるじゃん?」 「もしかして!何かわかったの?」 ほむらは興奮した様子で一瞬立ち上がったが、すぐに座った。 「いや…むしろのその逆で…アテが外れちゃってさ、だからこれ…そのお詫びなんだ」 実際のところ、彼女はある種の手がかりを掴んではいたが、とてもそれを話せる状況にはなかった。 「そっか…そう言うことなら、いっぱい頼んじゃおっかな〜」 ───────── 「なんか遅いねー…」 「まぁ、お客さんたくさんいるみたいだしさ。…ほむらちゃんの荷物重そうだけど、何入ってるの?」 ほむらのリュックサックにはぎゅうぎゅうに何かが詰め込まれており、燈夜の疑問は当然のものだった。 「あっ…これ?別に大したことじゃないんだけど…ちょっと調べ物してて。」 「へ〜…なんの?」 「えっと…そのー…錬金術の…」 ほむらは少し小声になりながらそう言った。 一般的に考えれば、錬金術はオカルトの部類に入る。彼女は、怪訝な目で見られるかもしれないと思っていた。 「へ〜、そうなんだ。やっぱり鏡華様からの命令?前の埋蔵金の時みたいに」 しかし、燈夜の答えは彼女の予想に反するものだった。 「えっ…何で鏡華さんの命令だって思ったの…?」 「だって鏡華様って錬金術師でしょ?」 「………⁉︎」 ほむらの脳内に、燈夜の言葉が響く。 「もしかしてー…知らなかったの?」 「うん……知らな…かった…」 (やっちゃったかもな…鏡華様にバレたらマズいかも…) 動揺するほむらの様子を見て、燈夜はそう焦らずにはいられなかった。 ───────── 「こちら特上盛り合わせと、ホルモン盛り合わせになりまーす」 焦燥と動揺が立ち込めるテーブルの空気を変えたのは、サシと赤身の美しいコントラストだった。 「おぉ〜…!」 「早速焼いちゃおっか!」 ジュッ、と言う音色が、空気感を一気に盛り上げる。 網に載せられた肉の脂がジュワジュワと溶けて行き、メイラード反応によって全体がこんがりと褐色へ変化する。 香ばしく蠱惑的な香りが、二人を誘惑する。 「んん〜〜!!」 「美味しい〜!!」 一度口に入れば、特上タン塩はレモン汁を纏い、豊富な弾力と芳醇な旨味で二人を楽しませる。 特上カルビは美麗な霜降りで見た目から二人をもてなし、脂の旨味も一際素晴らしい。 特上ロースは程よく筋肉質な歯ごたえと肉の旨みを二人に容赦無く浴びせかけた。 「オイラも食べる…うまぁ〜い!」 姿を消し燈夜についてきていたクリアアグモンも、こっそりと舌鼓を打っていた。 「いも焼酎ください!」 「私はレモンサワーで!」 当然、酒もどんどん進んでいく。 2杯、3杯……6杯、7杯… しかし、二人はその程度で満足する者たちではなかった。 「美味しかったぁ〜ご馳走様ですせんぱ〜い!」 「もちろん二軒目行くよね、ほむらちゃん?」 「よろこんで〜!」 ━━━━━━━━━ 焼肉屋を出て数時間、私と燈夜ちゃんはバーや居酒屋を4軒ほど回った。 私もまぁ…だいぶ酔ってると思うけど… 「ほむらちゃん…お酒〜…つーよいねぇ〜…ふぁーあ…」 燈夜ちゃんは完全に出来上がっていた。 「せっかくだから今日泊まって行ってよ!ウチ近いし!」 飲み比べを挑まれて…普通に勝って潰しちゃった私も悪いしね… 「やった〜………」 「燈夜がこんなにベロベロなの、オイラ初めて見たよ〜」 「うわぁ!誰⁉️」 下の方から声がして、思わず声を上げてしまった。 「オイラ、クリアアグモン。燈夜から聞いてなかった?」 「あー、君が〜…君も燈夜ちゃんに肩貸してあげてよ」 さっきからずっと居たのかな…? 燈夜ちゃんの手首を見てみると、私のValに似た時計が装着されていた。 これで姿を消していたらしい。 「オイラの身長じゃあ…無理かな〜…」 「それもそっかぁ〜」 ───────── 燈夜ちゃんが耳元ですーすーと寝息を立てている。 私は彼女をおぶって、家までの道を歩いていた。 「ねぇクリアアグモンくん。燈夜ちゃんとはどのぐらい一緒にいるの?」 「燈夜が幼稚園の頃にお父さんとお母さんに助けてもらってからだから…結構長いね〜」 「そっか…」 親…か。きっと仲良かったんだろうな、燈夜ちゃんは。 「…大丈夫、ほむら?」 「えっ?大丈夫大丈夫!燈夜ちゃん軽いし!全然平気!」 今の話の逸らし方…下手だったな〜… 「そ…それよりさ!燈夜ちゃんとケンカしたりしたことある?」 「そりゃ何度かはあるよ〜」 「ふーん…………私もさ、シャウトモン…私のパートナーとケンカ…ってほどじゃないんだけど、ぶつかることよくあってさ。このままの関係でいいのかなって…思う時もあって。」 「でも…それでほむらはシャウトモンのこと嫌いになった?」 シャウトモンは…私と一緒に歌ってくれて…私の無茶にも付き合ってくれて… 「そんなことない!」 「じゃあ大丈夫だよ〜きっと相手もそのこと、わかってくれてるはずだから。」 私がそれに返した言葉は、きっと彼には聞こえなかったと思う。 辺りに突然、何かの咆哮が響き渡ったから。 「今の何!?」 デジヴァイスが何かを知らせる様に、激しく振動している。 「デジタルゲート警報…?」 付近でデジタルゲートの発生と、デジモンの侵入を検知しました。 戦闘可能なデジモンを随行させていない場合は、避難を推奨します。 ホログラムの画面に、物々しい字面が並ぶ。 家までは…まだ遠い。きっとシャウトモンを呼んでも時間がかかる。どうしよう… 悩む私の頭上を、何かが通り過ぎた。一瞬遅れて辺りに吹き付ける強風。 「……っ!今のがデジモン!?」 「オイラ…見たことある…あれは…」 私たちの前に、巨大な鳥の様なデジモンが舞い降りる。 「パロットモンだ…」 バチバチとパロットモンの眉間に稲妻が走る。 「これって…まずいよね…?」 「燈夜と逃げて!オイラが時間を稼ぐから!」 「えっ!?一人じゃ無理だって!私もやる!」 ちょうど相手の近くに電柱がある。錬金術で拘束に使えるはず。 「土よ!我の求めに応じ!パロットモンを拘束しろ!」 電柱の属性って…土で合ってるよね? 「…ほむら?なにしてんの?」 ……何も起こらない。なんでだー?詠唱した属性違ったのかな…それともイメージが上手くいかなかったから…?確かに土のイメージの音楽ってあんまりわかんないけど… 私が考えている途中、パロットモンが稲妻を私たちに向けて発射した。 「ドリームミサイル!!」 「あっ……ぶな…!ありがとクリアアグモン!」 クリアアグモンが攻撃してくれたおかげで、少しだけ軌道が逸れた。 逃げるにしても…あの雷は射程と速度が桁違いだ。正直燈夜ちゃんを守れる自信がない。それに、クリアアグモンを置いていけない。 「………んー…?ほむらちゃん…クリアアグモン…?ないしちょっとよ?」 私の背中の燈夜ちゃんが目を覚ました。 これでなんとかなるかも! 「寝ぼけてる場合じゃないよ燈夜ちゃん!あれ!」 「…⁉︎何あのデジモン!」 「わかんないけど…私たち襲われてる!」 「よし…行くよクリアアグモン!」 少しおぼつかない足取りで、燈夜ちゃんは立ち上がった。 「うん!クリアアグモン進化ー!」 彼女のデジヴァイスが輝きだし、それに呼応するようにクリアアグモンの体も光る。 彼の体が一度分解し、バラバラのブロック状に変化した。 そして、さっきよりもパーツ数の多い、巨大な姿が組み上がっていく。 データの輪を彼が通り抜けると、その姿は赤い恐竜になっていた。 「ティラノモン!」 「ダメだぁ…気持ちわるい…」 急に燈夜ちゃんが倒れそうになるのを、なんとか支えた。 進化に体力を使ってしまったみたいだ。 パロットモンはそんな様子を見てか、再び雷撃を私たちに向け放った。 「させない!!ぐあぁっ…!」 彼は私たちを守るため、その雷撃をモロに受けた。 「ティラノモン…大丈夫…?」 「オイラなら…平気!ファイアー…ブレス!」 放たれた火炎球はパロットモンに命中した。しかし、有効打になっているとは言えない様子に見える。 「ダメだ…燈夜、超進化しよう!」 「ごめんティラノモン…さっきからやろうとしてるんだけど…」 彼女のデジヴァイスの画面に表示されているゲージは、3分の1弱といったあたりで増えたり減ったりを繰り返している。 悪酔いのせい…? 「なら、このまま行く!」 ティラノモンはパロットモンへと走って近づき、掴み合い始めた。 両手で翼を握りしめ、至近距離で火の玉を何発か。 しかし、ティラノモンは稲妻で吹き飛ばされ、また距離を空けられてしまった。 パロットモンは飛ぼうとしているが、さっき翼を掴まれたのが効いているのか、上手く飛び立てないでいる。 「ティラノモン!」 「まだやれる!ファイアーブレス!」 そう燈夜ちゃんの声に応えてはいるが、露骨に技の火力が下がっている。このままじゃこっちがやられる… そうだ、火の錬金術なら一回成功してる…私がやるしかない! 「ほむらちゃん!?」 私は、再びパロットモンに向け突進していったティラノモンを追いかけた。 「ねえティラノモン君!」 「ほむら!?危ないから離れろ!」 「私が錬金術で君の炎を強化する!だからさっきみたいに!もう一回パロットモンに掴みかかって!」 「…わかった!」 私のお願い通り、パロットモンを掴んだ彼の尻尾に触れる。 「万物よ!我に応えよ!熱よ!湧き上がれ!」 「ファイアー…!!ブレス!!!!」 最初に撃った物の数倍ほどの威力の火球がパロットモンに直撃し、今度は向こうが吹き飛ばされた。 「やった…成功…!」 「すごいねほむらちゃん…今の…鏡華様みたいで…うぅ…アタマいたい…」 「ありがと…私もちょっとクラクラするかも…」 錬金術使ったせい?それとも…飲み過ぎ? ━━━━━━━━━ デジモンの気配、そして爆発音。 嫌な予感がした俺は、家を飛び出しその方向へと走った。 走っている途中、何かが崩れる音や、さらに巨大な爆発音まで聞こえた。 何かロクでもねえことが起こってる。それだけはわかった。 「あ…シャウトモン…もー…もっと早くきて…」 嫌な予感は案の定当たっていたようで、戦闘の跡が残るその場所には、ほむらがいた。 彼女は俺の顔を見るなり、安心したのか倒れ込んできた。 全く…いつもいつも俺に迎えに来させやがってよ。 「あ、もしかして君が?」 ブロックみたいな見た目をしたデジモンが、俺のことを興味深そうに見ていた。 ほむらが飲みに行くとか言ってたやつのパートナーか? 「オイラクリアアグモン!燈夜のパートナー!」 「あー…俺様はブラックシャウトモン。ほむらのパートナーだぜ。まあ…見りゃわかると思うけどな。」 クリアアグモンのテイマーも、いつものほむらのように浴びるほど酒を飲んできたんだろう。この様子じゃしばらくは起きないだろうな。 「なぁ、ほむらの家に来るつもりでこっち来てたんだろ?人間の上手い運び方、教えてやるよ。」 コツがあるんだよ。 ━━━━━━━━━ 翌日。 ほむらは自室のPCで、ある言葉を検索していた。 八重練・H・鏡華 [検索] 指定した検索キーワードをすべて含む検索結果は見つかりませんでした。 八重練鏡華 [検索] 指定した検索キーワードをすべて含む検索結果は見つかりませんでした。 ここまでは、彼女も一度調べたことがあった。 彼女は検索ワードの頭を消し、ある語に書き換えた。 出海鏡華 [検索] 今までとは違い、ページがいくつか表示される。 ほむらはいくつか表示されたサイトを巡った。そして、ある一つのサイトが彼女の目を引いた。 今よりも個人情報の保護にうるさくなかった時代の、古いHP。 おそらくは学校のものだろう。 出海鏡花。 そこに記されていた名前、そして写真。 自らと同じ苗字。支援者=母親と同じイニシャル。 何よりも、一度だけ会ったことがある上司の顔。それによく似た写真。 燈夜が話していた、八重練・H・鏡華が錬金術師であるという事。母親のものであるという、錬金術について記された手記。 断片的な情報が、一つの答えを導く。 「鏡華さんが…私の…お母…さん…?」 ━━━━━━━━━ 「どういう事…」 鏡花がPCの画面を見つめ、激しく動揺していた。 「どうしたんだ、鏡花。」 「なんで…ほむらが錬金術を…使ってるの…?」 画面に映っているのは、ティラノモンとほむら。数日前の記録映像だ。 どうやら錬金術を使用し、火の力を高めているらしい。この短期間でここまでに成長するとは。さすが、鏡花の娘だ。 「おかしい…なんでホムンクルスが錬金術を使えるの…?錬成ができる錬金人形なんて…存在し得ないはず…」 鏡花、君はまだ気付いていないんだな。だって彼女は、ほむらは… 「それに…どうしてほむらが錬金術の知識を持ってるの…?」 色々な未来を予測してきたが、その何も何故か私がいなかった。 それが能力の制限なのか、それとも別の理由なのかはわからない。 とにかく、私は君の未来が…幸福なものであってほしい。 「私が教えた。私がほむらに君の手記を渡したんだ。」 「ワイズモン…どうして…どうして私の邪魔をしたの!!」 彼女が杖を構えた。 鏡花。私の見てきたものを、君に伝えなければならない。