「んー?青石じゃーん。どしたの急に?漫画借りてたっけ?」 「いや…ちょっと変なこと聞いて申し訳ないんだけど…鞍馬さんはデジモンの幽霊って聞いたことある…?」 「はぇ?」 〜〜〜〜〜〜〜 きっかけはちょっとした出来事であった。 グレイモンと出会ってからこっち、不思議な出来事にすっかり縁が深くなってしまった青石守は、その日も現実世界にリアライズしてきたデジモンの対処に当たっていた。 今回の敵はダークナイトモン。あのナイトモンの亜種で、強さといえば並の完全体ではない。 とはいえ、相手をしたのは推定成熟期(というか測定不能と出るから推定できるかも不明)だが、世代を超えた規格外な戦闘能力を持った青いグレイモンである。死闘の末、ダークナイトモンを撃破することに成功したのだが。 『グフゥ…余を倒すとはなかなかの手練れ…しかし余はただでは死なぬぞ…!貴様の魂をあの世に連れて行ってくれるわ…青石守ゥゥゥ!!!!』 不穏な言葉を残してダークナイトモンは黒い粒子となった。デジモンは戦いで斃れる際はデジタマを残すもの。しかし、今回の敵はそうではなかった。そこから違和感はすでに感じていたのだ。 それからしばらくして、ふと携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきた。何でか知らないがやたらと某国のエージェントと縁が深い守は、いつもの如く使い捨ての番号でかのエージェントが接触を図ってきたと思ったのだ。 慣れた手つきで(某国のエージェントとのコンタクトに慣れてる事はおかしいだろうと言われるだろう。彼もそう思うのだがどうしようもない)電話に応答した守。 『…ククク…貴様の魂をあの世に引き摺り込んでやるぞ…青石守…』 電話口の声は、低くしゃがれていたが、あのダークナイトモンのそれであった。 その後も同様の出来事が何回も起きるので、守としても気が滅入ってしまったのだ。 普段エロビデオばかり蒐集しているがここぞという時に知恵袋になる年配のディノレクスモンは、このような話に心当たりがないという。 普段のようにコンタクトをとってきたエージェントの襟首とっ捕まえて話を聞けば、そのような事例は確認されたことがないため、一度本部(どこだよ)に持ち帰って調査してくれるとのこと。奇妙な人脈に感謝したいところだが、いつも不意に接触を図ってくるエージェントは今回に限って続報を持ってきてくれない。守としては八方塞がりだ。 元はと言えば死んだはずのデジモンがデジタマに戻ることなく敵に取り憑いているなんてお化けみたいじゃないか。そう思った矢先、お化けという単語で心当たりがあった守は、知り合いの鞍馬りんねに聞いてみたのだ。 「いやー…聞いたことないわ。第一デジタルの生物に幽霊なんてあると思う?現実世界ですら幽霊の存在なんてはっきりしないのに。」 「そっか…そうだよな。ありがとう。他をあたってみるよ。」 「エージェントのおじさんもディノレクスモンもダメだったんならチリンくんに聞いてみたら?ぶっちゃけると私よりも高位の霊とやり合ってる奴だし。…大丈夫?だいぶこたえてんね。」 「不安っちゃ不安だからね…実体持ってリアライズしてくれる敵デジモンの方がありがたいって思う時が来るとは思わなかったよ。」 「大変だねぇアンタも…」 具体的な助けは無理だったが、協力的なアドバイスをくれたりんねに感謝しながら、守は次の策を考えるのだった。 〜〜〜〜〜〜 「ふーむ…。話を聞いた限りでは呪霊の類に大変似通っているのですが…。デジモンで斯様な例があるとは残念ながら聞いたことがありませんね多汗症≪アオイシ≫さん…。」 「そっか…チリンくんでもお手上げか…。ありがとう。ところで俺のこと変な呼び方しなかった?…とはいえ、こうなると手詰まりだなぁ…。」 「私も含めてですが、今世で人間ができることはそう多くありません。ですが、解決するために尽力するその姿は必ず天は見ているものです。いつか報われる時は来ますよ汗の噴水≪アオイシ≫さん。気休めですがね。」 「それでもありがたいよ。徳が高い言葉をありがとう。ルクスモンにもよろしく。いや待ってやっぱり変な呼び方してるよね?」 チリンからの激励を受けながらも、守は策がだんだんと尽きていくのを感じ、焦っていたのだ。 だからだろうか、普段は取らない策を考えついたのは。チリンの寺を後にしながら、守がコンタクトを取ったのはあの男であった。 「すんません秋月さん、忙しいのに…」 「いや、俺の事はいい。それより君からコンタクトを取ってくるのは珍しいな。四季めもり絡みか?」 「いやぁ違うんです。かくかくしかじかで…」 夜、人気のない公園で守は秋月影太郎と落ち合った。影太郎の立場上、あまり守としては積極的な接触が憚られる相手だが(某国のエージェントと懇意にしてるのに何を今更な話だが)、背に腹はかえられぬとの思いで連絡を取ったのだ。影太郎としてもデジモンの生態に関しては少なからず詳しい。ダークナイトモンの死霊について何か有力なヒントが得られればと思ったのである。 「ふむ…残念ながら俺もそのような現象には心当たりがないな。仮にデジモンが霊となって他者に取り憑くとしよう。そうするにはデジモンの『完全な死』が前提となるはずだ。」 「完全な死?」 「デジモンは斃れる際はデジタマを遺す。遺されたデジタマから孵ったデジモンは基本的に斃れたデジモンとは別なことが多いが、ごく一部に記憶や習慣が引き継がれることがある。これはいわゆる輪廻転生にも似たシステムで、死ぬという概念が希薄なんだ。いわばデジモンの生命に関して普遍の法則と言える。このデジモンに完全な死を与えるにはどうしたら良いと思う?」 「…デジタマを破壊する?」 「そうだ。そうすればデータそのものが消え去る。デジモンにとっての完全な死だ。」 そう語った影太郎の表情が、少しだけ曇ったのは守は気づかなかった。 「話を戻そう。ダークナイトモンのリアライズに際し、君はグレイモンと共に戦い、これを倒した。そうだな?」 「そうですね。でも…」 「デジタマは遺されなかった。黒い粒子となって消え、数日後、君の携帯にダークナイトモンからの連絡が来た、というわけだ。俺の推論なんだが、そのダークナイトモンはまだ死んでいない。いや、死ぬ直前で特殊な技能を利用し、デジヴァイスである君のスマートフォンに何らかの作用を起こした。…あくまで推測だがね。」 「俺のスマホに!?そんなことができるんですかデジモンって!?」 「無論そんな話は俺も聞いたことがない。考えられるならそのダークナイトモンが特殊個体だったということだ。」 「そんなことが…」 「あり得ない話ではない。君のグレイモンが何よりの証拠だ。デジモンにとってイレギュラーはそう珍しくないんだよ。」 「特殊個体…」 影太郎の言葉を反芻し、守は考え込む。原因についての目測はある程度ついた。問題は敵の目的と、どう対処するか、この二つになる。 「まったく、君はイレギュラーなデジモンを引き寄せやすいのか…。興味深いことこの上ないがな。」 「いやぁ…こっちとしては困りもんですよ…。どうしたもんかな…。」 「直接的なアクションはまだ取って来てはないのだろう。目下のところ影響は君への精神攻撃だ。原因があくまで推測しかできない以上、対処も言わずもがなだ。何か直接危害を加えて来た時に対処療法的に応戦するしかない。」 「そうなるか…。」 「俺としてももう少し調べてみよう。大船に乗ったつもりで…とは言えないが、何かあった時はまた連絡してくれ。」 「ありがとうございます。みんなに助けられて俺は幸せもんっすよ。」 「君の人望のなせる技さ。」 お世辞なのか本心なのかわからない、どこか茶化した言い方でそう言い残すと、影太郎は闇夜に溶けていった。 公園を後にしながら、守はひとり色々と考えていた。 敵の詳細についてはある程度目処がついた。対処療法的に対応するなら、どこか人気のないところに行く必要がある。 家族や友人たちに危害が加わらない場所へ。となると裏山が一番か?グレイモンやディノレクスモンの力も借りられるし…。 …あっそういえば妹のお迎えお願いされてたっけ。早く迎えに行ってやらなきゃ。 非日常と日常が混在した思考に気づき、守はひとり声を押し殺して笑った。不思議なものだ。こんな日常に慣れてしまうとは。 だからだろうか。遠くから聞こえた爆音に気づくのに、ワンテンポ遅れたのだ。 「なんだ!?デジモンか!?」 街の中心部だ。そこで巨大な影が蠢いている。 ニーズヘッグモン! 体内に莫大なエネルギーを溜め込み、常に暴走状態にある超巨大デジモン!翼から放たれる光は熱暴走レベルを表し、危険レベルに近づくほど赤くなっていく!破壊と吸収を繰り返し、通った後には何も残さない!必殺技は体内のエネルギーを凝縮して放つ『ルウダメント』だ! 「でっか!?あんなデジモンが暴れたら街はひとたまりもないぞ!?」 デジモンのリアライズは場所もタイミングも選ばない。あんな巨大獣までいるなんて…。守は間の悪さを呪う。 すぐにグレイモンやディノレクスモンを呼ばないと…。だが、裏山からデジモンたちを呼び出し、戦いに行こうとした瞬間。 「…!?」 体が言うことを聞かず、突如として倒れてしまった。足がもつれてしまったとかではない。明らかな異常事態だ。 『マモル!マモル!ボク、戦う!』 スマホの画面に、メッセージアプリ越しに相棒の言葉が表示される。 『守や!アレはワシらが出張らねばどうにもならんぞ!!』 手から転げ落ちたスマホから聞こえるディノレクスモンの声が遠くに感じる。 手足を動かすどころか、声すらも出せない。 (なんだ…?何が起きてる…?こんな時に…) 脂汗が噴き出る。人々の悲鳴が聞こえる。 『クックックッ…いいザマだなぁ青石守ゥ…』 スマホから不意に聞こえてきたのは、あの忌々しい怨霊の声。 (ダークナイトモン…!) 『余のことを嗅ぎ回っていたようだが、もう遅い。貴様は余の術中に嵌まり込んでいるのだ。最早貴様に生き残る術はないぞ。』 なるほど、この異常の原因もこいつか。守は自由にならない体でほぞを噛んだ。 『余の死亡遊戯により、貴様の体は余の怨念と一体化した。貴様の生殺与奪は余の思い通りというわけだ。』 敵に体の自由を奪われ、さらに脅威が街を襲っている。万事休すか。 『無力な自分を呪いながら死ぬがいい!青石守!』 スマホのコンソールがブラックアウトする。 「ち…く…しょう…!」 絞り出した声は、怨嗟の言葉しか紡げなかった。 瞬間、大咆哮が二筋、街に響く。 暴れ出たニーズヘッグモンに、グレイモンとディノレクスモンの二体が襲いかかっていた。守の指示を待たず、裏山から出撃したのだ。 遠目にはサムライレガレクスモンの姿もある。りんねも戦っていることの証左だった。 (みんな…) 朦朧とする意識の中で、戦ってくれている友人たちに思いを馳せる。 「グオオオオオオオオオオ!!!!」 「これグレイモン!!無闇に暴れるでない!!ぐおおお!!!此奴強敵じゃあ!!!!」 「今日はクラブのお姉ちゃんたちにヨチヨチしてもらうつもりだったのにぃ!!秘剣さくらふぶきぃ!!ぐわぁ!!」 「うっさい!こんな時に青石はどこで何をしてんの!?」 長大な体を振り回しながら暴れるニーズヘッグモンに、懸命に応戦するが、抑え込めない。パートナーである守が所在不明な以上、グレイモンとディノレクスモンは十分な力を出しきれない。となると頼みの綱はりんねとカブトシャコモン、もといサムライレガレクスモンだ。 しかし、必殺の一太刀を叩き込むものの巨大な敵の圧倒的なパワーには苦戦を強いられた。 「…もし、そこの方?」 鈴が鳴るような声が、突如として守の耳に染み入った。自由にならない身体をなんとかもぞもぞさせ、その人影を見上げる。 「あ…なた…は…」 「おお、生きておったか。見たところ妖術か何かの類に身体を蝕まれておるな。」 以前共闘した狐面の少女が、どこからか現れ守の傍に立っていた。その隣には刀を携えたデジモン───ブシアグモンの姿もある。 「彼奴は私が斬ります。その前に其方を安全な場所に────!?」 彼女が言葉を紡ぐ前に、守はその手を掴んだ。 「たた…かって…ます…!おれの…なかまが…なか…ま…を…たすけ…」 「…御意。ブシアグモン!」 「合点!」 ブシアグモンは即座にワープ進化し、ガイオウモン厳刀ノ型へと姿を変える。そのまま敵に2人で突撃していった。 みんな戦っている。俺は何もできないのか…?守は無力感に苛まれながら地面に這いつくばっていた。 これがダークナイトモンの意図したものなら、敵の思惑は成就したと言えるだろう。 守は悔しかった。自分がこうなったことそれ自体ではない。体の自由を奪われたことで、仲間達を助けに行けないことに、である。 どうすれば良い?何をすれば状況を打破できる…?動けない代わりに頭をフル回転させる。しかし、現実は無常である。そもそも一般人寄りの守に、具体的な状況打開策は想起できなかった。 それどころか、降ってくる異物に対応することもできなかった。 花火の如き落下音と共に、青い巨体が降ってくる。幸いにも直撃を免れた守は、疲れと不調で霞む目でそれがグレイモンであることをようやく悟った。 (グレイモン…!) 自分がいない間も懸命に戦ったのだろう。規格外のパワーを持つ彼でも、ニーズヘッグモンに正面からは勝てなかったのだ。落下のダメージで息も絶え絶えなグレイモンは、口の端から泡を出しながらもなんとか立ちあがろうとする。しかし、過度のダメージがグレイモンの足腰を蝕み、それを妨げる。 いつしか、グレイモンも近くに倒れている守に気づいた。 「グルルルルルルル」 「ご…め…グレ…モ…から…だが…!」 途切れ途切れになりながらも、なんとか状況を伝える。 直接言葉が通じないグレイモンも、その様子から何かを察したようで、守を気遣うように頭を近づける。こんな時まで他人のことを気遣うなんて。守は無邪気な相棒のそんな姿に胸を打たれ、無力感で頭がいっぱいになった。ダークナイトモンの野郎に体を取り込まれていなければ… …取り込まれていなければ…? 取り込まれた?本当にそうか?今倒れているとはいえ、それまでは電話にかかるまでは自由だった。 奴はこれを術だと言った。ブシアグモンも妖術の類と言った。本当に俺は身体を敵に奪われたのか? 死力を尽くして自由の効かない身体を動かし、落ちているスマートフォンを手に取る。ブラックアウトしている画面。 (いや…違う…?) 無我夢中で画面を指で触ると、触れた部分が若干薄い黒色になった気がした。気がしただけでも良い。何かしなければ。守は死力を尽くして画面を指で擦った。 擦るたびに画面から黒い粒子が飛び散り、守の指に吸い込まれていく。 黒い粒子が指に溶け込んでいく内に、頭の中にかかっていたモヤが晴れたような気がした。 (ダークナイトモンの狙いはこれか…) 黒い粒子となってデジヴァイスであるスマートフォンに取り付き、その操作を妨害した上でそこから身体に少しずつ侵食する。ダークナイトモンの計画の全貌。なぜかその情報が頭に入ってきた。今画面を必死に擦っているのは、デジヴァイスの操作を取り戻すためだ。 『ククク…今更気づいても遅いわ青石守。貴様の身体は余の意のままだ。あともう少しで貴様の身体は全て余のものとなる。』 脳内に直接ダークナイトモンの声が響く。その証拠に、守の左手が首にかけられた。 「が…ぁ…」 「グオン…!?」 グレイモンが心配そうに唸る。 体に侵食していた分、より行動干渉ができるようになったのか。息苦しさに喘ぎながら、守は冷静にダークナイトモンについてそう分析する。 だが、光明でもあった。ダークナイトモンが侵食したことで、より敵の思考が頭に入ってくるようになった。加えて、ダークナイトモンの口ぶりからして侵食はまだ完了したわけではない。 「…ざけんな…」 絞り出すように呟きながら、守は右手で左手を力強く掴んだ。 『バカな…!?まだこんな力が!?』 「ふざけんな…俺の…から…だ…は…俺のモンだ…!!俺の身体に入ってきたならァ…!!俺に従いやがれ!!!!」 死力を尽くして守は吠えた。 それが合図となったのか、身体の自由が戻った。 「ちくしょう!」なんとか立ち上がるも、身体はまだ万全とはいえない。フラフラだ。 『おのれ!もう一度術を!!』 「その手には乗らんぞ…!!」 無我夢中で画面を指で擦りまくる。黒い粒子が画面から飛び散り、水に放たれた墨汁の滴のように霧散していく。 『やめろ!余の命が消えてしまう…!』 「デジタマを残せばよかったなァ!!お前の負けだ!!」 画面から黒い粒子を完璧に取り払うと、画面になんらかの光が出た。文字通り、それが状況を打開するための光明であるが、守はそれに気づかなかった。 それでも、ただできることをしたかった。 「力を…みんなを助けられる力を!!」 無我の境地で光る画面にタッチする。 瞬間、守と、近くにいたグレイモンを黒い光が包んだ。 二つの光が一つに融合していく。 グレイナイツモン! ダークナイトモンとグレイモンの力を併せ持った竜騎士型デジモン!必殺技は、ドリルランスを構えて敵に突撃する『ギガーススパイラル』、炎の巨大竜巻で敵を焼き尽くす『ヘルインシネート』、2本のキャノン砲から放つ『デス・デストロイヤー』だ! ーーーー サムライレガレクスモン、ディノレクスモン、そしてガイオウモン厳刀ノ型の3体の究極体を持ってしても、ニーズヘッグモンを食い止めるのは至難の業だった。 「…策ある?あたしもう無いわ…」 「斬る。ただそれのみ!」 「血気盛んよのぉおなごよ。和服なのは儂的にポイント高いんじゃが…」 「お喋りをしとる場合じゃないぞ。拙者の剣も通用せんかった。」 「我らもだ。刀が通らぬ相手となると苦しい。」 「しかして霊能探偵の娘の言う通りもう万策尽きておるぞ。オーガフレイムが効かぬ。グレイモンも吹き飛ばされた。」 「結局青石はまだ見つからずか…。」 彼らの語らいも、ニーズヘッグモンの地の底から響くかの如き咆哮にかき消される。 「来るぞ…」誰からと言わず言葉が漏れた。勝算のない戦い。誰もが覚悟を決めた、その時。 『ギガーススパイラルァァァァァ!!!!!!』 紫電の流星が地を駆け、ニーズヘッグモンの巨体を揺らがせた。鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、ニーズヘッグモンはその巨体をゆっくりと地面に倒す。 「!?」 「なんじゃ!?何が起こった!?」 「新手か!?」 「いや、奴さん敵の敵のようだぞ!!」 サムライレガレクスモンの言葉を受けつつ、土煙を纏いながら、新たな巨軀がその姿を表す。 「ぐ、グレイモン…!?その姿は…」 「えっうっわ!上にダークナイトモン乗ってんじゃん!!」 『え?…いやいやいや俺は怪しい者じゃなくて!あっディノレクスモン!!俺俺!俺だよ俺!!』 「なんじゃ!?儂は今時オレオレ詐欺にハマるほど耄碌しては…ぬ?」 「えっ青石!?なんで!?」 「「面妖な…」」 全員が面食らうのも無理はない。目の前のダークナイトモン───正確にはグレイナイツモンなのだが───が守の声で話しかけて来たからである。乗っているのは、姿が鎧に包まれて変わっているものの、おそらくグレイモンである。 『なんだかよくわかんねえけど、俺に取り憑いてたダークナイトモンごとまとめて3人で合体したらしい!少なくとも前よりは強そうだよこれ!!』 「なぁんか緊迫感ないな…」 ビルのガラスに映った自分の姿を見ながらのほほんと宣うグレイナイツモン(守)に、りんねが冷静に突っ込む。なんともいえない緊張感のなさが漂い始めていたが… 「■■■■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」 『うわっ!』「あいつもう立ち上がってる!」 「さっきの突進が大して効いてなかったんじゃ!」 『ひどくない!?あれ結構自信あったんだけど!』 「来るぞ!!」 「斬る!ガイオウモン!」 「御意!」 ニーズヘッグモンを前に、4体の究極体が居並ぶ。 『俺たちだけじゃダメだ!みんなで立ち向かうぞ!!』 「グオオオオオン!!!」 守の号令とグレイモンの咆哮を皮切りに、4人は敵へと突撃する!! ニーズヘッグモンは、口から地獄の業火『ルウダメント』を放つ。巨龍の如き火焔が守たちに迫るが、それをディノレクスモンのオーガフレイムとグレイナイツモンのヘルインシネートが迎え撃つ!火焔同士の凄まじい鍔迫り合いだ! 「グオオオオオ!!!!!」 「ぬおおおおお根性じゃああああ!!!!」 『頑張れ2人とも!!!みんなはこの隙にあのデカブツに斬りつけて!!!!』 「…ッ!わかった!サムライレガレクスモン!!」 「合点!『秘剣さくらふぶき』!!!」 「ガイオウモン!我らも!」 「ウム!菊憐一閃・號雷斬!!」 火焔を抑える役目をディノレクスモンとグレイナイツモンに任せ、サムライレガレクスモンとガイオウモンが一斉に切り掛かる。 「■■■■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」 『効いてる…行けるぞ!!』 「グオオオン!!!」 「女子たちよ!!そのまま斬り続けるんじゃあ!!!」 「よし来た!!散々やられたお返し!!やっちゃえ!!」 「ぬううううん!!!!さくらふぶきの名の下に一刀に斬り捨ててくれるわ!!!」 「雑念などいらぬ!!斬るのみ!!」 「せりゃあああーーーーッ!!!!」 鈍い音と共に、切断音が鳴り響く。実際には斬れてはいないが、クリティカルに斬撃が入った証拠である。ニーズヘッグモンの巨体が大きく揺らいだ。チャンスだ!! 「やっちまえ青石!!」 「守!!今じゃあ!!!」 『うおおおおおおおおおッ!!!!!!』 「ガオオオオオオオオオーーーーーーッ!!!!!」 守とグレイモンの咆哮が轟く。エネルギーを砲門に集めていく。渾身の一撃だ。 『死の破壊砲≪デス・デストロイヤー≫ァァァァァーーーーーッ』 全てを焼き尽くす破壊光線がニーズヘッグモンの傷ついた身体を貫いた。 「■■■■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!」 ニーズヘッグモンの身体は、光に包まれながら倒れ込んだ。それは地面に着地することなく消失した。破壊の限りを尽くした巨龍は、ついに斃されたのだ。 〜〜〜〜〜〜〜〜 守が目を覚ますと、夜空は赤く照らされていることに気づいた。 ニーズヘッグモンに破壊された跡は、火の手は収まってこそいるものの、まだ生々しくその爪痕を残している。 ここはどこだ。みんなを助けなければ。あのデジモンは…さまざまな思考の逡巡のままに守は体を起こそうとした。しかし、全身が火に当てられたように痛むため、顔を苦痛に歪めるだけで動くことはできなかった。 『動かなくていい。事態は収拾した。』 「…あんたか…」 近くから明瞭な、しかし意味のわかる英語の声がかかる。声を出すのも辛かったが、確認のために絞り出した。視界の外から声をかけてきたのはエージェント。 『原因究明に時間がかかってしまった。だがこの分だと…キミは自力で状況を打破したようだな。流石はブルーストーンだ。』 「…そのエージェントみたいな呼び方やめてくれよ…」 「…おっ!目を覚ましたみたいだな!いやぁ倒れてるのを見かけた時はどうしたことかと…」 「…鮫島さん…」 顔馴染みのおじさんの笑顔が見えた。近くには相棒のピコデビモンもいる。鮫島の言うことには、かいつまんで言えばグレイナイツモンとなっていた守とグレイモンは突如として光に包まれ、事件現場から遠くに飛ばされていたとのこと。 共に戦った仲間たちは、今は被害者救助に動いているようで、戦闘には加わらなかった鮫島もそれに参加していたところ、倒れていた守を見つけたとか。守を探していたエージェントを見つけ、これ幸いと引っ張ってきたとのこと。 聞けばチリンも救助活動に参加している様子。 「…?そういえば!グレイモンは!?」 『マモル!マモル!ボク、ここにいるよ!』 スマートフォンから聞こえる少年のような声。 「えっ!?グレイモンか!?スマホの中にいるのか!?」 『ウン!』 『キミのデバイスに変異があったらしい。ディノレクスモンと同じくグレイモンもスマートフォンに入れるようになったようだ。』 「はぇ〜…」 エージェントから説明はあるものの釈然としない。 『全く騒々しくなるわい…だが、守が無事で儂も安心したぞい』 「ディノレクスモン…なんとかなったみたいで良かった…」 ようやく守は一息ついた。事態は解決されたのだ。 『それだけではないぞい守や。このプラグインを見てみるが良い。』 「ん?」アプリケーションの中に見慣れぬアイコンがあることに気づいた。シルエットになっているが、その姿は… 「…ダークナイトモン…」 怨敵のシルエットが刻み込まれていた。しかし、ダークナイトモンの声はもう聞こえない。どういうことだ? 『さっきお主とグレイモンが融合していた姿があったじゃろ?アレじゃよ』 『マモル!マモル!ボクらのお手柄だよ!』 「そうか…そっかぁ…」 長くかかったが、これで解決と相成ったようだ。守はようやく人心地ついた。 『君の得た新しい力というわけだ。ダークナイトモンはデジコアレベルで作り替えられ、君とグレイモンをマトリクスエボリューションさせるプラグインへと変わったらしい。全く興味深い男だな、ブルーストーン。』 「まっ!何で言ってるかわかんないけど、万事解決なら良いんでねえの?青石くん!」 年長者2人も微笑みながら言う。 「はは…お世話になった皆にお礼言わなきゃ…」 守はただただ感謝の思いでいっぱいだった。 『ところで守や?何か言うておらんかったか?』 「ん?…あっ!!!お迎え!!!やっべえ!!うっわ鬼電入ってる!!早く行かなきゃ!!」 『やれやれ、いつも忙しい男だなブルーストーン。』 『マモル!早く行こう!』 (終わり)