「…師匠?」 「いきましょうドウモン。私達はこの護符を広告店に届ける仕事がのこってます」 「たしかに…それじゃあ師匠。お先に失礼します」 「お先に失礼します…クズハママ」 若きデジモン達(今は人間のテクスチャを纏ってホステス姿だが)は クズハママの言う通りお店を後にする…彼女たちは気が付かない… とあるデジモンが通り過ぎているのに”認識できない”のだ…。 ズルッ…ズルッ… クズハママの前にやってきたデジモンは ベツモンというにはあまりにもひどくやつれボロボロの… クズハママはというと…当たり前のようにシャンパングラスにお酒を注ぐ。 ズルッ…ズルッ… 「おれ…ベツモンっていう」 「ソンナノイナイヨ」 「すげぇ悪いことしちゃったなってなって俺謝りた」 「ソンナノイナイヨ」 「イソノインナナヨ…どこにいるか聞いて回って」 「ソンナノイナイヨ」 「これが…」 「ソンナノイナイヨ」 「………」 店内の照明が明滅を繰り返す。 クズハママはベツモンの質問を無視する様に… ”イソノインナナヨ”のアナグラム…”ソンナノイナイヨ”と唱え続ける。 一時期彼女を除けるためだと噂になった”解呪ミーム”であるが… ベツモンと彼女は居なくなることはない…怪異として”実体化”している。 「あら…だんまりかしら?」 「あんた…デジモンだな…ヒトに化けてる…」 「そりゃそうよ…これでもクラブのママをしてるんだから。  デジモンのまま接客できるのは最近になってからよ」 「それに…いつまで彼の後ろに隠れてるつもり?」 「??」 ベツモンは認識していない様子だが…クズハママの目にはシッカリと映っている。 彼に隠れた一人の女性…元は美しいのだが、その瞳は大きく零れ、ぎょろぎょろと蠢いている。 「…見つけてくれてありがとう」 「最近の貴女は怪異としてデカくなりすぎ…釘をさすから覚悟して頂戴」 「ありがとう」 グリュッ…ブチュッ… イソノインナナヨの手のひらには血がべっとりとついた二つの眼球が包まれている。 意識せぬ間に彼女の美しい顔から、その妖艶な目がくりぬかれたのだ。 タタッ…パタタ… だが…クズハママは”眼窩を空けたまま”彼女たちを”見つめ”続ける。 纏っていたドレスは眼窩からこぼれた血で染まってゆく。 「ねぇ…前々から気になってたんだけど…  ”見つけてほしい”のに、どうしてナナヨちゃんは”瞳を奪うのかしら”?」 「ありがとうありがとう」 ブヂッ…ブヂヂ…バチュッ… イソノインナナヨはカタチをヒトから黒い塊と化し クズハママのカラダを八つ裂きにしはじめる… ブヂュッ…グリュッ…ブシャアアアア… 四肢はばらけ、クラブは血で濡れ、衣服も引き裂かれてゆく クズハママというミンチが作られているのに言葉が止まらない。 さっきまで作られたミンチは紙くずに化け、ナナヨの背面でクズハママはお酒を楽しむ。 「恥ずかしいなら言ってあげましょうか…”彼に見つけてもらいたくないからよ”」 「!!」 頭も首も胸も胴も腰も脚も…彼女の手際にしては感情的に執拗に… まるでナナヨの恥ずかしい一面をしられまいとムキになっているとすら思える所業。 ミンチを作ったとおもったら紙くず。姿を見せたクズハママはかたっぱしにミンチにする。 ベツモンはなにがなんだかわからない様子。切り裂かれた血まみれの紙くずが室内に溢れる。 イソノインナナヨはクズハママの胴を二つに割く。 イソノインナナヨはクズハママの頭をかち割る。 イソノインナナヨはクズハママの乳房をもぎ千切る。 紅いカーペットが血みどろに…照明のシャンデリアも紅く染まる。 しかし…いくら惨殺しようと次の瞬間には、 他のテーブルで眼窩のないクズハママは悠々とお酒を楽しんでいる。 「私は善良なデジモンでも…聖人でもないの…  先に私の尾を踏んだのは貴女の方なのよ…ナナヨちゃん…」 「なぁ…もしかして…」 「!!」 イソノインナナヨ…実に美しい少女の目の前には、 涙を瞳から溢れさせたベツモンがいた… 「ナナヨ…ちゃん! ようやく見つけた!! あいたかったよぉ!!」 「見つかっちゃった…ベツモン…わたし…わたし…」 感動の再会…ベツモンのその両手は… 「おれ…おれ…!!」 「ッッ…!!」 イソノインナナヨの首に伸びる。 「あやまりたかった!! ずっと…ずっと…ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと」 「ガッ…ガ…グッ…ガ…」 彼の腕は万力のようにその首を締め付ける 「ごめんなぁごめんなぁごめんなぁごめんなぁごめんなぁごめんなぁごめんなぁごめんなぁ」 「ガッ…ガハッ…ァ…アア…!」 前のめりに泣きながら…ベツモンはナナヨの首を絞め続ける… 「なぜイソノインナナヨは執拗に見つけてほしがる癖に瞳を奪うのか…  なぜベツモンは贖罪を求め続けて居るのにさまよい続けていたのか…  私はクラブのママをやっているけど…デジモンであり陰陽師…  怪異に大規模干渉はできなくても…デジモンになら干渉できる…  だから…私は”ベツモン”に”イソノインナナヨを見える”ようにしたわ」 冷淡に言い放つクズハママ。 「やめ…や…め…」 「私は彼の眼を弄っただけ…そんな関係だったなんてね…」 「やめ…」 「それとも…悪質なミームが混ざりすぎて歪んじゃったかしら」 「や”…め”…ろ”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”!!」 彼女は涙を流した…黒い黒いヘドロのような涙が溢れ出てゆく。 ベツモンは変わらず首を締め付けるが…溢れ出す穢れは止りそうにない。 目から口から鼻から…穴と言う穴から黒い淀みがとめどなく溢れ続ける。 淀みの中では手なのか蟲なのか、それでもないナニカが蠢きあたりを呑みこんでゆく。 クズハママはというと…普段のホステス姿から究極体の姿にお色直しを済ませていた。 「もう…”今回のためだけにお店を用意した”けど…ホントにもう二度と使えそうにないわね」 シャン! 錫杖を鳴らす。円形状店内に設けた柱に張り付けられた特製の札が光り出す。 ナナヨの穢れは止まらない。床は既に漆黒に染まっている。 シャン! 錫杖を鳴らす。天井のシャンデリアよりも光り輝く紋様が闇に沈む店内を照らす。 ナナヨの穢れは止まらない。高級なテーブルもソファも穢れに呑まれ沈んでいる。 ナナヨとベツモンの頭だけが源泉として穢れを吐き出し続けている。 ミシ…ミシシ…ピシッ! 余りの穢れの量に床がきしみ…大量の穢れでお店の床の底が抜けた! 圧倒的浮遊感。とめどなく溢れだす穢れは大きな大きな竪穴に堕ちてゆく。 店の床の下は大きな竪穴…大都市向けの河川氾濫を防ぐために建設されたものだ。 クズハママはイソノインナナヨをおびき出すためだけに特製のお店を使えるコネと金で作り出した。 シャン!シャン!シャン! このままでは河川に大量の穢れが流れ落ちる事になるが、宙に浮かんだクズハママが再び錫杖を鳴らす。 「”胎蔵界曼荼羅”…!!」 天井、そして大きな竪穴の中空に何重にも描かれた胎蔵界曼荼羅が、 大量に溢れ出す穢れを受け止めて浄化をしてゆく。 更にダメ出しとばかりにクズハママから飛び出た裏飯綱が印を切る。 「”奇門遁甲”!!」 ドウモンの際に履修できる不帰の結界。 竪穴の中空で紋様に包まれる黒い淀み。 とめどなく溢れるナナヨの穢れは何度も何度もフィルターをかけられるように 多層胎蔵界曼荼羅による浄化を受ける形となる。 「はぁ…あのイカれたカルト教団で蓄積した穢れはだいぶ抜けたとおもうけど…」 竪穴の壁面にもたれるクズハママ。その面からは血涙が零れ出している。 「まだ孫の顔も見てないってのに…ため込んだ貯蓄を大分使っちゃったじゃない」 この穢れが何かはわからない…デジタルの物かオカルトの物か…それとも両方か。 けれどクズハママの結界はそれを穢れと認識し、浄化をしている。 胎蔵界曼荼羅による浄化は現在も続いている…終わるのは5年か10年か。 クズハママは式神を使ったリモート浄化だ。 種を明かせば今回のお誘いをかけたクズハママ自体も精巧な式神。 長い年月をリアルワールドで過ごしたお狐美魔女陰陽師の実力の一端である。 このあとしまつは天眼教や他で悪さをしたイソノインナナヨを浄化する目的ではあるが、 イソノインナナヨを呪いとして祓いきる…というのは不可能というのがクズハママの見立てだ。 ”トイレの花子さん”を浄化したところで、 ”トイレの花子”という存在は人々の中で生き続けるように。 ”イソノインナナヨ”を浄化をしたとしても、 ”イソノインナナヨ”という存在は人々の中で生き続けるのだ。 クズハママが行ったのは臨時の膿出しのようなもの。 だからこそ…多くの若者たちが作った護符が役目を果たす。 怪異というのは存在を”消す”事は出来なくても、人々の中で”忘れる”事はできるのだ。 今回用意した護符は、彼女いう怪異をじっくりとじっくりと認識摩耗させる代物。 人の世は流行り廃りを繰り返すもの…それをほんの少し加速させてやることで、 彼女の事を知っていても、知識の一つでしかなくなればそれは脅威にならない。 ”秋のこんこんキャンペーン!!” ”全国のコンビニ・ファミレス・飲食チェーン・スーパーで開催中!!” ”みんなも一緒にコンコンしましょ♪” クズハママは彼女のミームが影響を及ぼすであろう地域のライフラインに、広告ポスターとセットで護符を大量頒布。 人の営みがある限り彼女の認識はじんわりと弱まっていくという算段だ。 かつて彼女によって被害をうけた人々の心は早々に恐れを取り除くのは難しい。 それでも…じっくりとじっくりと…時をかけて彼女を忘れさせるしかないのだ。 彼女と恐れが紐づかないように…念入りに念入りに…こればかりは時間でしか解決できない。 ちなみに…キャンペーンによる売り上げは当然…RENAグループの長であるクズハママの利益になるがそれはそれ。 「当然ながらちゃんと生きてるわよー♪」 「誰に言ってるんですか師匠!?10」 依頼160 あとしまつ 了 しかし…それに恐れや不安を抱かせたとたん、アレはまた顔を出すのだ。 「なぁ…」 きっかけがあればいくらでも…彼と彼女は姿を見せる。 「俺…ベツモンっていうんだ」 ヒトと言うのは時として自分から恐れに足を踏み入れる。 「人を探してるんだ…」 その蛮勇は止められない…自ら足を運んだ者たちの脳に。 「イソノインナナヨ…って言うんだけどよぉ…」 イソノインナナヨが顔を出す。 「見つけてくれてありがとう」