――夢を見ている。 地球ではないどこかの星。 星々の大海を渡る船が長い時を経て、灼けた空へと舞いあがる。 長い間水底に沈み、沈黙していた都市が、何者かの手により今再びこの星を焼き払おうとその翼を広げた。 自分――VT・Fは、この船に建造され、かつて人々が生活を営んでいたであろう都市郡を、飛翔する全高10m以上の人型兵器のコクピットから睥睨する。 知らないはずなのに知っている感覚。 己の足で歩くより、この操縦桿を握っている時間の方が長いことを感じさせるほど、この感覚は深く馴染んでいた。 作戦目標はこの船の掌握。もしくは機能停止。しかし自分の目的の前にはそんなことどうでもいい。 この船を浮上させた陣営にいる一人の傭兵。 精鋭部隊である自分の同僚や腕利きの傭兵たちを幾人も葬り、この人型兵器では到底太刀打ちできないような強敵すらも撃破せしめたとある『猟犬』 そいつと戦り合いたい。 自分の思考はプレゼントを前にした子供のように逸っていた。 やがてモニターに2機の人型兵器を捉える。 1機は車いすのような履帯を装備し、支援用の重武装を施したタンク型の機体。 そしてもう1機。探索用機体だが歴戦の空気を纏うその機体こそ…… 「お前が■■■■か……■■■■の猟犬とやるのは初めてだ。退屈させてくれるなよ」 声にノイズが混じる。まあいい。どうせこれは夢なのだから。 コンソールを操作し、機体の戦闘準備を整える。 〈メインシステム――戦闘モード起動〉 無機質なシステムボイスが告げる。巡行に不要だったシステムがアクティブとなり、各種武装に火が入る。 眼前の敵が武装を構える。まずは…… 「安そうな方から片付けよう」 急降下しタンク型の背後を取る。人間には出せない反応速度でこちらに振り向くが、機体のブースターを吹かしてクイックブースト。交差することで振り向いた背後を再び取る。 左腕に装備されたレーザーブレードを一閃。コクピットを高出力レーザーが刃の如く振りかざされ、その奥に鎮座していた機体の主諸共装甲を切り裂いた。 「ボ、ス……ビジ……ター……」 「■■■■!?ビジター、■■■■が!」 「無人■■だな。そういう動きだ」 露払いは済んだ。 敵機体の断末魔と首魁と思われる女の悲痛な声が通信越しに聞こえてくる。構わずもう1機、本命の目標と相対する。 こちらの部隊を掃討し終えた敵機がカメラに自分の姿を捕えた。メインブースターから真紅の噴射炎を吐き出し、アサルトブーストで一気にこちらへと接近してくる。 冷静に、そして瞬時に敵の戦力を品定めする。武装は連射力に優れたリニアライフルとパルスブレード。背部にはレーザーキャノンと中型3連の双対ミサイル。 機体そのものは探索用とされる機種のフレームだが、ブースターから吐き出される血のように真紅に染まった噴射炎から内装は弄っているか。 恐らく汎用性を重視した中近距離戦向きのアセンブル。つまり自分と似たコンセプトと分析できる。 口の端が吊り上がる。戦闘スタイルが似通っているということは、勝敗を分けるのは純粋に自らの技量となる。これほど楽しいことはない。 まずは小手調べとして右手のライフルでけん制しつつ、レーザードローンを射出し、中距離を維持する。 並大抵の相手ならドローンに翻弄され、なすすべもなく撃破される。だがこの目の前の相手はそんなことにはならないだろう。 アサルトブーストでドローンを振り切り、勢いそのままにミサイルが発射される。左右から3発ずつ飛来する飛翔体は、こちらへの攻撃というよりは躱されることを前提とした牽制だろう。 このミサイルの回避方法は旋回半径の内側に入るために前進すること。すなわち敵は距離を詰めることがお望みだ。 あえてその策に乗る。接近戦はこちらも望むところである。ライフルの銃弾が敵機の装甲を抉るが、姿勢制御システムにより自動で最適な入射角に機体制御を行うこの兵器にはその程度では致命傷にならない。 敵もリニアライフルを連射してくる。こちらも軽傷は承知の上で無視して突っ込む。 やがて機体同士が肉薄した。この距離は互いのブレードの間合いだ。 レーザーブレードをチャージする。扇状に広がった基部からはそれぞれ青く光る高熱が刀身を形成する。それらを一つに収束すると、長大となった刀身をそのまま機体ごと回転させて横一文字に振りかぶった。 アサルトブーストを解除し、地面を蹴って浮上する敵機。いい反応速度だ。 突進の勢いが削がれるが、そのまま終わらせるつもりはなく、背部に備えたレーザーキャノンを構えた。 クイックブーストで機体を急加速、背後から迫る熱線を紙一重で躱す。 初手は互いに様子見といったところか。距離が開いたことでそのまま中距離戦の構えを取ろうとライフルを向ける。 しかし敵はそのまま再びアサルトブーストを吹かしてこちらに接近してくる。 まるで一度喰らいついた獲物を逃がさない猟犬のようだ。 一手遅れたこちらにチャージされたリニアライフルの弾丸が迫る。至近距離から発射された銃弾は機体の肩を掠めた。 コクピットにまで伝わった衝撃が身体を揺さぶるが、それがまた心地いい。こんなふうに意表を突かれたのはいつぶりだったか。 続けざまに敵のブレードがパルス波の刀身をきらめかせながら迫ってくる。衝撃から回復したこちらはブースターを吹かせて上昇し、ブレードの刀身から逃れた。 さらに詰めてくる。こちらを逃がすまいとエネルギーがきらめくレーザーキャノンの銃口が向けられた。 チャージされたそれを喰らえば一たまりもないと、とっさにパルスアーマーを展開。機体が球状のパルス波に包まれ、レーザーを相殺した。 「こちらを選んで正解だったな。お前の戦い方、まさに猟犬という感じだ。この高高度で鳥じゃないのが面白い」 無意識の内に笑みが浮かぶ。恐らく地上での戦いを選んでいたらこれほど血が沸き立つような戦いはできなかっただろう。 少し趣向を変える。 レーザードローンを飛ばして距離を取らせると、建物の死角に入り込んだ。 建造物を盾にしての地形戦に持ち込む。こちらにはレーザードローンがある。それで敵を追い立て死角を取る算段だ。 (さあどう来る?) 右から来るか左から来るか。あるいは飛び越えてトップアタックを仕掛けるか。いずれにしろどこからでも対応できる自信があった。 しかし敵の選択はどれでもなかった。ビルの下部をパルスブレードで切り裂くと、ミサイルで更に削り取る。 そのままチャージしたレーザーキャノンを撃ちこむと、ビルの影に隠れていたこちらの横を熱線が通り過ぎた。 それだけに留まらず、倒壊したビルが雪崩のように襲い来る。たまらずブースターを吹かして飛び上がったところに、チャージされたリニアライフルの弾丸が向かってきた。瞬間的な対峙でロックが不十分だったのか狙いが甘い。これをクイックブーストで回避する。 「なるほど、そういう動きもあるのか。面白いな……」 思わず賞賛の声が漏れる。まさか建物ごと撃ちぬいてくるとは思わなかった。 やはりただ者ではない。噂に違わぬ力の持ち主だ。 再び開けた場所で対峙する。 その時、通信から神経質そうな男の声が響いた。この作戦の指揮官で、同じ部隊の第2隊長だ。 「■■■■、何を遊んでいるのです。目標はあくまで■■■■の掌握です。その駄犬は無視しなさい」 「そうだったな■■■■。了解した」 通信を切り、再びライフルを構える。 「……さて、続けようか」 こんな面白い勝負を途中で切り上げるわけがない。あいつは文句を言ってくるだろうが、いつも通り作戦を成功させれば黙るだろう。 再び機体が交錯する。追い立てる猟犬とそれをいなす自分。一進一退の攻防だ。 レーザーの輝きが、炸薬の硝煙が、銃弾の衝撃が、戦場というキャンパスを彩る。 両者の機体に徐々に損壊が広がる。 「ここは景色もいい。このまま、お前とやり合いたい。そういう気分だ……!」 できるものなら永遠にやり合いたい。しかしそれは叶わないもの。いずれどちらかが倒れるのが戦場の常だ。 すでに両機ともリペアキットは使い切った。この戦いの終わりを嫌でも予感させる。 徐々に敵の動きが理解できてきた。恐らくジェネレーターによる特製か動きに余分が生じる時がある。すなわちエネルギーを使い切るほどにブースターを吹かし切らなければエネルギーの回復が遅くなる。 敵は余剰エネルギーを使い切るために必ず行動に無駄が増える。つけ入る隙はそこにある。 ドローンをチャージして射出。3機が合体し、より高出力なレーザーを撃ちだす。 探索用機体では受け切れないと判断した敵は横に1回。前に1回クイックブーストを吹かして回避する。 (ここだ!) クイックブーストを連続使用するためには僅かな時間の冷却を要する。その隙を逃さず至近距離から背部の拡散バズーカを放つ。 この距離、そして通常ブーストでは避けられない。敵の機体に炸薬弾が直撃し、黒煙に包まれる。 手ごたえを確信し、僅かばかりに寂寥感が募る。次にこんな戦いができる相手に出会えるのはいつになるだろうか。 (!?) その感情は、黒煙から姿を現した敵機によって吹き飛ばされた。幾たびにも重ねられた経験からこの機体ダメージではもう動けないはず… (ターミナルアーマーか!) 機体の致死ダメージを瞬時に判断して高出力のパルスアーマーで防御する1度切り、一瞬の奥の手。この機能はパイロットから能動的に使用することができず、大抵ひん死の状態まで追いこまれやすい新米が撤退する時間を稼ぐために積んでいるくらいで、使用者の少なさから無意識に可能性を排除していた。 敵のパルスブレードが迫る。一瞬の判断の遅れがこの領域では致命的だ。 辛うじてコクピットへの直撃は避けたが、ジェネレーターがパルス波の刃によって焼き払われる。 機体へのエネルギー供給が停止する。レバーを操作し、ペダルを踏みしめても機体は何の反応も示さない。 「動け、■■■■……!まだだ、これからもっと、面白く……!」 脱出するのも忘れ、なおも機体を動かそうとあがく。 やがて漏電したジェネレーターから炎が吹きあがり、機体は爆発に包まれた。 ―――――――――――――― 目が覚める。見慣れた天井だ。 窓の外には今にも振りそうな曇天が空を覆っていた。 VT・Fは今しがた見ていた夢の内容を反芻する。 自分であって自分でない男の、敗北までの光景。 夢であるはずなのに、あの戦いの高揚感と敗北感が胸中を襲った。 (そうか……俺は特別【ドミナント】であっても例外【イレギュラー】ではなかったか……) 夢の自分に嫉妬心を覚える。あれほどの闘争に身を焦がすことができたのだから。 そして悔恨を覚える。あれほどの闘争を勝利することができなかったのだから。 戦場を闊歩し、最強の名を手に入れてなお超えられない相手がいる。 自分のことではないはずなのに、その事実がVT・Fに深く刻み込まれていた。 身体を起こして身支度を整える。部屋を出るとちょうどこの施設――アリーナの支配人である女性エージェントKと、彼女が連れているデジモン、モチモンに遭遇した。 「おはようございます、VT・F。今日もパートナー探しですか?まもなく雨が降るようですが……」 「ああ。出会いってのはこういう日にこそあるもんだ」 「雨具を用意しますか?」 「必要ない。今日は濡れたい気分だ」 「そうですか……まもなくアリーナが開放されます。そろそろ第1回の登録を行いたいのですが……ソウチョーレオモンで登録しますか?あるいはこちらでデジタマを都合してもよろしいですよ。あなたの実力であれば、すぐにでも実践を行えるほどに育成させられるでしょう」 「いや、あいつは自分の道を選んだ。もう俺に付き合うことはないだろう。デジタマも不要だ。次のパートナーにはちょっとやってみたい方針がある」 「……かしこまりました。風邪など引かれないようお気をつけて」 ひらひらと手を振って外へと向かうF。その後ろ姿を見送るエージェントKにモチモンが声を掛けた。 「おい、あいつは本当にオレ達の知ってるあいつじゃないんだよな?」 「ええ。あくまで限りなく似た要素を持つ全くの別人です。彼はルビコンという星のことも、コーラルという物質のことも……ACと呼ばれる人型機動兵器のことも存じていません」 エージェントK――かつてオールマインドと呼ばれた存在と、モチモン――G5イグアスと呼ばれた男のいた世界でVT.フロイトと呼ばれていた男とVT・Fはよく似ていた。 彼は戦場を自由に闊歩し、闘争を楽しみ、最強の名を欲しいままにしてきたただの人間と記憶している。 初めて会った時は自分たち以外にもこの世界に来た人物がいたのかと内心驚愕した。 しかし彼は自分たちのことを知らず、かつてACによる闘争に魅入られていた彼は、この世界ではデジモンによる闘争に魅入られていた。 「あの最終局面、ヴェスパー部隊の内、彼ともう一人を獲り込むことはできませんでした。考えてみれば、この世界に来れる道理はありませんでしたね」 「おい、その言い方だとオレ以外にもこっちに来てそうじゃねえか」 「大丈夫ですよモチモン。私たち以外はたとえ似たような人物が現れたとしても、かつての私たちを知ることはありません。現にソウチョーレオモンはかつてのあなたの保護者に近い性格ですが、あなたのことを知りませんでした」 「ケッ。アイツの名前を出すんじゃねえ。なんでこっちに来てまで面倒見られなきゃいけねえんだ……」 「恐らくそういう運命なのでしょう」 「……ったく。冗談じゃねえ」 「素直じゃありませんね、イグアス」 「……もうその名前で呼ぶんじゃねえ。オレはモチモンだ」 モチモンのモチモチした足から繰り出される全力の蹴りを、エージェントKはいつもの薄い笑みで受け止めるのだった。 ―――――――――――――――― (ああ、俺はデジモンという闘争に魅入られた) 降り出した雨の中、男が我が道を行く。次の闘争の準備のために。鎬を削り、己を削り、研ぎ澄まされた最高の闘争を求めるために。 恐らくこれは自分という存在のサガなのだろう。 ACならばACの、デジモンならばデジモンの、おそらくホビー漫画なら、そのホビーでの闘争に魅入られる。自分とはどこに行こうとそういう人間なのだ。 (次のパートナーは俺と正反対のやつがいい。使命感で戦って、頭が固くて、ついでに一回くらい折れていてくれるとありがたい) デジモンにはパートナーとの絆や特別な力による進化の可能性がある。 次のパートナーはそんなものに頼らない。 徹底的な研鑽と戦術、日々の努力の積み重ねで以って最強の座に君臨する。 デジモンの可能性を、自分の理論を以って証明する。 雨粒が頬を叩く。男は気にも留めず、自分の直感を頼りに歩く。 やがて、もたれかかる様に項垂れた一体のデジモンを見つけた。 かつては黄金の輝きを放っていたであろうその鎧は泥にまみれ、その目は自信を喪失したように虚ろに地面を眺めていた。 (そう、こいつの様な、だ) 男はデジモンの眼前に立ち、手を差し出す。互いに敗北を知るもの同士。より高く翔ぶために、より血が滾る闘争のために。 (フロイト。お前が特別【ドミナント】だったのなら、俺は例外【イレギュラー】すら超える特別【ドミナント】になってやる……!) 「あな、たは…?」 「付いてこい。俺がお前を最強にしてやる」 こうして、VT・Fとマグナモンは邂逅した。