「さて…リアルワールドの仕事はお前で最後だ…大人しく従ってもらえると助かる。」 刀を目の前の相手の首筋に当てる。 「ま…待ってくれ…私は何も…!」 「だろうな。だがこれもイレイザー様の命令…貴様は用済み…だそうだ。」 私は仕事を終わらせた。 ───────── 人間を始末するのは面倒だ。デジモンと違って体が残る。 この男が作った記憶消去プラグインのおかげで、今回はだいぶ楽に済んだ。 帰るとするか。 「近くの新しいポイントにゲートを開いてくれ。」 「了解ですホムコールモン様。30分ほどお待ちください。」 時空に穴を開けるためには大きなエネルギーを必要とする。 しかし、一度デジタルゲートが開いたことのある箇所はDWとRWの垣根が薄くなり、またゲートを開きやすい。 我らの軍はそれをポイントと呼んでいる。 今回の出張は、新たなポイントを何箇所か見つけることも目的の一つだった。 さて…開通までどうしようか… ───────── しかし…この偽装用テクスチャは窮屈だ…その上、今いるエリアは最初にRWに来た場所よりかなり南。 部下達ほどでないにしろ…この暑さは堪える… 「ふぅ………ん?」 ふと、目の前に咲いていた花が目に入った。 「これなら…ちょうどいいかもな。」 白く大きい花びらに、長く少し赤みがかった花柱。 確かこれは…ハイビスカスとか言ったか。オイナが喜びそうだ。 一輪摘み取ってみる。 このままにしていてはしおれてしまうかもしれない。 確か、瞬間的に冷凍し新鮮さを保つ手法があったはずだ。 「ペルティエ」 窮屈ではあるがこのテクスチャはよくできていて、能力の行使を妨げない。 「しまった!」 私の冷凍能力はあまり器用ではない。 花だけを凍らせたかったのだが、出来上がったのは花を内包した氷塊だった。 仕方ない…せめて形だけでも整えよう。 左手の熱を使い、氷をきれいな正方形に変える。まあ…これでも悪くはないだろう。 ───────── [認証しました。ホムコールモン。] ゲートを抜けた途端、設備の無機質なアナウンスが耳に飛び込んでくる。 「おかえり!ホム!」 が、飛び込んできたのはアナウンスだけではない。 「飛びつくのはやめろオイナ…」 「帰ってくるのおーそーいー!」 「2週間程度だろう…それぐらい我慢してくれ…」 「ホム…少しって言ったのに…少しって言ったのにぃ〜!」 マズい…彼女の顔が歪み出している。 「ああー…頼む、泣かないでくれ…」 これだから子供は苦手だ… 「そ…そうだ、おみやげがあるんだ。」 私は氷のキューブを取り出す。 「これはリアルワールドの花だ。綺麗だろう?」 「わぁ〜…ほんとだ〜…」 よし…これで機嫌は治っただろう。仕事の時間だ。 「マーメイモン、私がいなかった間の情報を。」 「かしこまりました。こちらが新たに捕縛された脱走兵のリストで─────「ねえホム!」 リストを受け取ろうとした途端、オイナがそれを邪魔してくる。 「なんだオイナ…私には仕事があるんだ…」 「だーめ!もっと一緒にいてー…!」 はぁ…本当に苦手だ… 「ユキダルモン、オイナを頼む…」 「お言葉ですがホムコールモン様、オイナ様は随分寂しがっておられました。もう少し構ってあげてもよろしいのでは?」 「──────君はオイナの味方…か。仕方ない…マーメイモン、一旦仕事はキャンセルしよう。」 「はい、かしこまりました!」 心なしかマーメイモンまで嬉しそうにしている。 「君までそっち側か?全く…オイナ、君という子は…」 本当のところを言うと、私も少し嬉しかった。 ───────── しかし、構ってやると言っても、何をしてやればいいのかよくわからない。 「でー…オイナ、私は何をすればいいんだ?」 「ねぇねぇ、氷の出し方教えてよ!」 「出し方?」 「私にもできるよね?」 「そりゃあー…できるとは思うが…」 参ったな…私の力と彼女の力は違う。私に教えられるだろうか… 「おーしーえーてー!」 「……わかった。外に出ようか。」 ───────── アイスデビドラモンとの戦いの後、我が軍は拠点を山あいに移した。 山の中を削って作られたため偽装力は高いが、前の拠点よりも庭が狭い。 そのうえ遊具が設置されているせいでいまいち締まらない見た目だが…まあオイナのためだ、仕方ない。 「よし、じゃあ手を出して。」 「わかった」 彼女は私の真似をして、右手を伸ばした。 「集中して…氷を作ろうとするんじゃなく、温度を下げようとするんだ。」 「うーん……!ダメ…できない…やっぱり私じゃだめかなホム…」 オイナは残念そうにしているが、手に水滴が集まっている。どうやら、凝結点までは温度を下げられているらしい。 「いいや、素質はあると思うぞ?だって君は───────」 オキグルモンなのだから。そう言おうとして、言葉に詰まった。 なぜだ?なぜ私はそんなことが言えない?この子だって最初に自分でそう名乗っていたではないか。 私は…私は何を恐れている…? 「ねぇホム…大丈夫?」 「ん?あ…ああ。大丈夫に決まってるさ。」 何かを誤魔化す様に、私は一つ咳払いをした。 「オイナ、君はちゃんと力を使えてる。氷は作れなくても、温度は下げられてる。」 「ほんと!?」 「ああ。きっと、すぐにでも…私より上手に氷を扱える様になる。」 そう言いながら私は彼女を抱き上げ、右肩に乗せた。 …少し身長が伸びたか? 「二人で力を合わせてみよう。そうすれば、感覚を掴めるかもしれない。せーので行くぞ?」 「わかった!」 「「せーの!」」 その掛け声と共に、周囲の空間の気温が下がり始める。 先ほどまで晴れていたのに、急に周囲の天気が変わり、曇り始めた。 頬に何かが触れる感触。冷たい……これは──── 「うわぁ〜…雪だー…!」 氷雪系デジモンは雪が降るとわけもなく心が躍るらしい。 「あっ!ユキミボタモンだ!」 彼らもこの雪に誘われたのだろう。 「待て〜!」 オイナは私の肩から飛び降り、彼らを追いかけている。楽しそうだ。 私はそんな彼女を、ただ眺めている。そんな時間が数十分ほど続いた。 「ねぇねぇホム!」 「ん?なんだ?」 「お腹すいた!」 「そうか。…雪でだいぶ汚れてしまったな。お風呂に入ってからご飯にしよう。今日は何がいい?」 「カレー!」 「そうか、モジャモンに頼んでおこう。」 屋内に戻る私の指を掴む様にして、オイナが私と手を繋ごうとしている。 私はその手を、握り返すことができなかった。