【登場キャラクター】 ・シグー(慈救)&キメラモン(No.92) ・八王子 蘭(自創作キャラ)&デジタマモン(No.126) ・ジン ツジハ&デジタマモン(No.184) ・デジメンタマモン?(デジモンNo.40) --------------------------------   「キメラモン……」  デジモンイレイザーの尖兵である少年「シグー」が、崩れ落ちていくパートナーへと、呟く。  合成デジモン・キメラモン。  様々なデジモンの身体的長所を繋げ合わせた巨体と、恐るべき闘争本能を有したこのデジモンは、たった一体の完全体デジモンによって倒されてしまったのだ。 「嗚呼。とうとう君は進化してしまうのか、デジタマモン」 「そうだ、ツジハ。ここが終点だ。俺たちの旅は、ここで終わる」  キメラモンを倒したデジタマモンから、切れたベルトが滑り落ちる。  パートナーである「ジン ツジハ」がデジタマモンを見下ろす中、彼の殻は砕け、秘められていた金属の龍が出現した。 「デジタマモン、究極進化】  それは、決して呼び覚ましてはいけない、封印されたデータ。  究極体デジモン「ムゲンドラモン」は、自らが破った殻を踏み潰し、天へと咆哮する。同時に、デジタルの空がねじ曲がった。 ●●● デジモンイモゲンチャー サイドストーリー 「蘭とホーリーデジタマモン」 ●●● 「で、デジタマモン。空が、歪んでいるよ」 「な、何なんだアイツ……!?」  その一方。  願いを叶えるというホーリーデジタマモンを求める二人、デジモンハンターである「八王子 蘭」と、彼女のパートナーである「デジタマモン」は、茫然と立ちすくんでいた。  蘭とデジタマモンにとって、ツジハと彼女のパートナーであるデジタマモンは、かつて共にデジタルトンカツを調理して食べたこともある仲である。  だが、そんなツジハたちは、今や尋常ならざる現象の中心にいる。ツジハのデジタマモンから進化したムゲンドラモンは、倒したキメラモンのデータを強制的に取り込んでいくのだ。  【ムゲンドラモン、強制ジョグレス進化】  ジョグレス進化。  それはデジモン同士の融合進化であり、ムゲンドラモンのデータはキメラモンのデータと混ざり合っていく。   【強制ジョグレス】【強制ジョグレス】【強制ジョグレス】  ムゲンドラモンが行使する強制ジョグレスの対象は、キメラモンだけに終わらない。  彼は周囲の他のデジモン、そしてデジタルワールドの地形データすらをも抉り取り、一体となって自らを造り変えていった。 「逃げるぞ、蘭!」 「で、でも。あのままじゃツジハさんが巻き込まれ……!?」 「馬鹿。そんな事言ってる場合か!? 流石にあいつもパートナーを喰ったりはしないだろ。それより、危ないのはこっちの方だ!」  空がねじれ、地面が割れる中、デジタマモンは蘭を無理やり引っ張って走る。 「死にたくなければ、走れっ!」 「ひいいいっ!」  デジタルワールドが抉れ、多くのデジモン達がムゲンドラモンへと飲み込まれていく中、破滅の中心から逆走するかのように蘭たちは走る。  だが、その途中で蘭は盛大に転んでしまい……地面に倒れた彼女は、その視界の先に、あるものを見てしまった。 //蘭。どこに、行ってしまったの?//  地面に開いた、手のひらほどの亀裂の先に広がる、現実世界の光景を。 //お願い。お願いだから// //早く帰ってきて……!//  実家に続く駅で、デジタル災害に巻き込まれた自分を、今も探し続ける家族の姿を。 【ミレニアモン、強制ジョグレス進化】 「蘭! 何をやっている! はやく、早く立てっ!」  デジタマモンは転んだ蘭の身体を無理やり起こそうとするが、蘭は立ち上がろうとしない。 「どうした、足を怪我したのか!? 良いから立て、このままじゃ!」 「立って、どこに行くの?」 「何?」 「沢山彷徨ったけど、ホーリーデジタマモンなんて、どこにもいなかった」 「蘭……?」 「何でも望みを叶えてくれる、幻のデジモン。そんな都合のいい存在、いるわけがなかったんだ!」  蘭は涙をこぼした。  それはデジタルワールドの歪みがもたらした、一瞬だけの接続だったのか。現実世界の光景はもはや映らず、亀裂は二人を飲み込むほどに大きくなっていく。 「もう嫌だ! 私はこんな世界で、死にたくなんかないっ!」 「私は、私は! 元の世界に帰りたい!」 「絶対に、帰らなくちゃならないの!」 【ズィードミレニアモン、強制ジョグレス進化】 「邪魔を、しないでぇっ!」  ミレニアモンという名の破滅が迫り、蘭が自暴自棄に叫んだ、その瞬間。  蘭の「願いへの執着」と「デジタルワールドへの憎悪」が、彼女のパートナーであるデジタマモンのデータに流れ込み、侵食し、膨張し、殻を破り、その身体を書き換えた。  進化の頂点、究極体へと。 ●●●  ツジハは、ねじれた空を見上げる。そこには、二体の巨大な邪竜デジモンが相対していた。 「最後の相手が、デジタマモンの暗黒進化体とは……これも因果だな」  一体は、鎖で縛られた双頭の竜。自らのパートナーであるデジタマモンの成れの果てである、「ズィードミレニアモン」のような、なにか。  そしてもう一体は、大顎と大量の目を有する、おぞましき闇の卵竜。八王子蘭のパートナーであるデジタマモンが究極進化した「デビタマモン」である。 【"ブラックデスクラウド"】    デビタマモンは、その大顎で破壊の古代魔法を……高等プログラム言語を詠唱し、触れるものをデジタル分解する黒いガスを吐く。  ズィードミレニアモンのデータを黒いガスが侵すが、消滅箇所を瞬時に再生させた彼は、デビタマモンの身体へと食らいつき、ゼロ距離砲撃をした。 「ふっ。私のデジタマモン。君は混ざり過ぎて、もうそこにいないのかもしれないな」 「…………」 「だが、それでも私たちはパートナーだ。そうだろう?」  二体の邪竜デジモンが戦う中、ツジハは黒いデジヴァイスを掲げる。  デジヴァイスに刻まれた"怠惰の紋章"が輝き、その光に吸い寄せられるように、デビタマモンを食い千切ったズィードミレニアモンは、地上のツジハへと向かう。 「旅がこれで終わりなのは残念だが……」 「君だけに、悪者を押し付けはしないさ」 「私も最後まで、共に行こう」  ツジハの身体は光となって溶け、彼女を飲み込んだズィードミレニアモンと一つとなっていく。 【ズィードミレニアモン。マトリックス・エボリューション』   それは、怠惰の紋章を媒介とした、人間とデジモンの融合進化。 『ベルフェモン:レイジモード!』  戒めの鎖を引き千切り、進化の果てに権限した超究極体……七大魔王デジモン・ベルフェモンは、破壊の詠唱を続けるデビタマモンへと腕を突き出し宣言した。  理由はわからない。だが、そうしないといけない気がしたのだ。   『二手で、詰み。だ』 【"ダズリングアイ"】  デビタマモンの大量の目から、幾多もの致死光線が照射される。  だが、ベルフェモンは引き千切った鎖を操り、デビタマモンの身体をその眼ごと縛り上げた。 『1。"ランプランツス"』 【アガァアアアアアアアッ!】  ベルフェモンの操る鎖は黒き炎を纏い、デビタマモンの全身を焼く。  デビタマモンの目が焼き潰れるが、彼は苦しみながらも呪言で鎖を消滅させ、暗黒のガス"ブラックデスクラウド"を放出しようと大顎を開く。 『2。"ギフトオブダークネス"!』  だが、破壊の詠唱は止まった。  地獄の炎を纏ったベルフェモンの巨大な爪が、デビタマモンを貫いたのだ。 【ア、ガッ】  致命的データ損傷を受けたデビタマモンの身体が、分解を始める。  爪を引き抜き、デビタマモンを振り落としたベルフェモンは両腕を広げた。デジタルワールドの全てを吸収するために。   「……デジタマモン」  蘭は、地上へと墜落したデビタマモンの巨体へと近づき、膝をついてその体表に触れる。  デビタマモンの身体は、悲鳴を上げたくなるほどおぞましく、そして痛ましいものだった。 「ごめん。ごめんね。本当に、ごめんなさい……!」 【……………】  言葉にされずとも、蘭は理解していた。  デジタマモンのこの歪な姿への進化は、蘭が心のどこかで抱いていたデジタルワールドへの憎しみを、彼が映し取った結果であるのだと。 「こんな姿じゃあ。フライパンだって持てなくて、困っちゃうよね」 「ずっと一緒だったのに。私は、私は……忘れていたの」 「貴方には、このデジタルワールドで、叶えたい夢があるんだってこと……!」  デビタマモンの身体が、粒子となって散っていき、ベルフェモンへと吸い込まれていく。  だが、蘭は追いすがるようにデビタマモンの残存データを掴み、叫んだ。 「デジタマモン! 私、こんなお別れは嫌なの!」 「やっぱり、私は貴方と一緒に、ホーリーデジタマモンを見つけたい!」 「別れるなら、笑って別れたいよ!」  デビタマモンの焼け潰れた目には何も映らない。  彼は何も視えなかったが、すぐ傍にパートナーがいることはわかっていた。 【蘭……】   都合のいい事ばっかり言う蘭に呆れつつ、デビタマモンは確かに笑った。  それでこそ、蘭らしい。蘭に、一番似合う姿だ。  そう思ってしまったのだ。 ●●●  あの日のことを、覚えている。  バイト先のレストランで皿を洗っていると、何やらホールが騒がしかった。  皿洗いを中断して向かってみると、そこには人間の女と、そいつを囲むスタッフ達の姿があった。  「私はデジモンハンターなの! お願い、飲食代はツケにさせて! ホーリーデジタマモンを捕まえたら、利子付きで返すからっ!」 「ホーリーデジタマモン?」「何だそれ?」「聞いたことないぞ」 「何でも望みを叶えてくれる、幻のデジモンなの! 私はそいつを追い求めていて!」  無銭飲食した人間は苦しい言い逃れをしようとするが、レストランのスタッフ達はそんな妄言を相手にすることなく、「一生タダ働きさせる口実ができた」とほくそ笑む。  だが、俺はその人間が語るホーリーデジタマモンという存在に、興味を抱いてしまった。もしそんな存在がいるとすれば、自分のレストランだって、楽して簡単に作れるということなのだから! 「ホーリーデジタマモン。そんな都合のいい存在……本当にいたら、最高じゃないか!」  少しも調理を任せてくれないこのバイト先には、心底うんざりしていたところだった。  俺はその人間の無銭飲食代を肩代わりして、その日のうちにバイトを辞めた。俺は人間の、蘭のホーリーデジタマモンハントに同行することに決めたのだ。   「良いな、蘭。ホーリーデジタマモンを見つけたら。この借金は返してもらうぞ」 「返す! 絶対に返すよ! デジタマモン!」    俺は蘭と共にホーリーデジタマモンを探して、デジタルワールド中を放浪した。  様々なデジモン。そして、人間たちと出会った。強者にも。弱者にも。わけのわからないトンチキな存在や、胡乱な連中達とも、沢山出会った。  けれども、肝心のホーリーデジタマモンは見つからない。  そして、気が付けば、俺はこんな闇の中にいる。 「デジタマモン」  闇の中振り返ると、蘭が居た。 「蘭?」 「私につき合わせちゃって、ごめんね」 「お前と組んだのは、俺自身が決めたことだ。謝る必要はない。それに、それはこっちの台詞だぞ。どうしてお前がこんなところにいるんだ!?」 「だって。あのまま一人で逃げたんじゃあ、私はこれからの人生、ずっと後味悪いだろうしさ」  蘭には、こんな場所に来てほしくはなかった。だが、蘭は俺の身体を抱えるようにして、闇の中に座った。  俺に触れるその手は、震えている。 「ここは宇宙みたいに暗いよね。せめて星でも見えないかな」 「見えるわけないだろ。ここはベルフェモンの中だ」 「そっか。でもさ。見えたらきっと綺麗だよね。私、流れ星って好きなんだよ」 「知ってるよ……俺達は、ずっと一緒に旅してたんだからな」  蘭と共に深い闇を見上げる中、俺は気が付いた。  何か、闇の中に光が瞬いている。ような気がしないでもない。 「おい、蘭。あれ」 「?」  闇の中から、きらきらした沢山の流れ星が落ちてくる。  だが、それは星ではなかった。 「…………」「…………」「…………」「…………」 「…………」「…………」「…………」「…………」 「…………」「…………」「…………」「…………」  それは胡乱の権化。デジメンタマモン(仮称)達であった。 「げっ。連中も吸収されたのか」 「でもこんなところじゃあ、贅沢は言えないよね。折角だし、お願いごとをしよっと」 「正気か?」  俺はドン引きするが、デジメンタマモンの流星群は続いている。  蘭は都合の良い願いを唱えはじめ、あの不気味な連中を星に見立てるのは正直どうかと思うが……俺も願いを唱えることにした。  望みを叶える、ホーリーデジタマモン。  実在するなら、現れろと。 「…………………………………………」  銀色の輝きを放つ、一体のデジメンタマモンが、星となって流れ落ちていく。  そいつが墜落し、再び空に闇が戻った時、蘭は楽しそうに笑った。 「あはは。やっぱり駄目かなぁ?」 「どうだかな。だが、俺達らしいかもな。思えば俺達はいつもこうだった」 「そうそう。噂を聞いては向かって、また別の噂を聞いて……んでもって、いつも空振り!」 「楽をするためにホーリーデジタマモンを探しているのに、これじゃ普通に働いて金を稼いだ方が早いような気がしていたよ」  いつしか、蘭の震えは止まっている。  それに安心した俺は……ずっと黙っていたことを、つい零してしまった。 「だけどな、蘭。俺は楽しかったんだ。お前との旅が」 「うん。私もだよ、デジタマモン!」 「だからこそ、俺はこの期に及んで、ホーリーデジタマモンを見つけたいと思っている」 「それは、私だって!」  流れ星はもう見えない。だが、俺は。  俺達は、もう一度、唱えた。  現れろ、ホーリーデジタマモン。  あらゆる不条理を超えて、不可能を、可能にしろ。  俺と蘭の望みを、叶えてみせろと! 「あれ? デジタマモン……」 「?」  ベルフェモンの闇の中で、俺のデータが強く輝いている。  俺の中に、蘭と共に望んだ願いが流れ込み、俺は誰も知らない未知のプログラムへと変わっていく。 「その、姿は」  殻の一部が割れ、金色の翼が生える。光輪が闇を照らし、割れた空から光が差す。 「デジタマモン……究極進化!」  光の奔流の中、俺は蘭の手をとって、暗闇を切り裂き飛翔した。 「ホーリーデジタマモン!」 ◎◎◎ 「……………………………………………………」  巻き起こる光の柱と共に、ベルフェモンから弾きだされた銀色のデジメンタマモンが、空を見上げる。  「願いの紋章」を外殻に宿すそのデジメンタマモンが見たものは、光輪を掲げ、金色の翼を生やした卵デジモンであった。 「ホーリーデジタマモン、あれ!」 「!」  デジタマモンが進化した姿……究極体デジモン「ホーリーデジタマモン」の不思議な力で共に飛翔する蘭は、ベルフェモンを指さす。  強制ジョグレスを重ねるベルフェモンは、その身体をさらに肥大化させていた。 『グオオアアアア!』    ベルフェモンは、強制ジョグレスを拒絶したホーリーデジタマモンを睨み、腕を突き出す。  混ざり過ぎた魔王型デジモンの中には、ツジハも、彼女のパートナーの意識も、もうどこにも残っていない。だが、彼は宣言した。   『一手。ソレデ充分、ダ!』  ベルフェモンの巨大な爪に、地獄の業火が立ち昇る。 『"ギフトオブダークネス"!』  ホーリーデジタマモンと蘭に向かい、ベルフェモンは巨大な爪を振り下ろす。  ベルフェモンへの恐怖に気圧される蘭だったが、彼女は震えを止めて、瞳を開く。  蘭は、確信しているのだ。自分たちが夢見て追い続けたホーリーデジタマモンは、こんな攻撃などに決して負けはしないのだと! 「ホーリーデジタマモン!」 「おおっ!」  蘭の心の奥で、光が瞬く。  その煌めきに応じるかのように、ホーリーデジタマモンは、輝きを放った。 「"ホーリードリーム"!」  それは、不条理を跳ねのける願いの光。  ベルフェモンの爪が纏う地獄の業火が消え失せ、その腕が、粒子となって消えていく。 『オオオ、アァアアアアッ!?』  ベルフェモンは、鎖から獄炎"ランプランツス"を放つが、それはホーリーデジタマモンには届かず、消失する。  超究極体デジモンであるベルフェモンは、狼狽した。こんな理不尽なことがあってたまるか、と。  まるで理を捻じ曲げるかのような力が、ホーリーデジタマモンと蘭を守り続け、ベルフェモンの身体を分解していくのだ!  ホーリードリームの光は、デジタルワールド中へと拡散されていく。  ベルフェモンのデータの結合がほころび、強制ジョグレスで吸収した命が、地形が、建物が、全てが放出され、再生されていく。 『コンナ、コンナコトガッ!』 「願いってのは、どこまでも都合がいい方が、楽しいだろう?」 『フザケルナアアアッ!』  だが、ベルフェモンは未だ立っている。怠惰の紋章が繋ぎとめるマトリックス・エボリューションは、解除されていないのだ。  ホーリーデジタマモンを直接叩き潰すべく、ベルフェモンは前進するが、そんな中。  彼の頭部に、こつんと何かが落下した。 『ッ?』 「…………」  ホーリードリームの光に導かれたのか。  それはデジメンタマモンだった。それも、外殻に何の紋章も刻まれていない、ブランク・デジメンタマモンである。   「………………………………」  物言わぬデジメンタマモンは、常にだれかを選ばないと、物足りないのか。  ブランク・デジメンタマモンの身体が輝きをもち、同時にベルフェモンは驚愕する。自身をベルフェモンとして繋ぎとめる怠惰の紋章が、デジメンタマモンへと吸収されていくのだから! 『何ダ!? 何ナノダ!? 何モノナノダ、オ前ハ!?』 「……………………………………………………」 『馬鹿ナ。コンナ、胡乱なことが」「あってたまる、わけが!」  怠惰の紋章を失い、遂にその存在を保てなくなったベルフェモンは、粒子となって消滅していく。  歪みが止まり、良い天気となった空の下。  黒色の「怠惰のデジメンタマモン」となったデジメンタマモンは墜落して地面に埋まり、やがて傍に立っていた銀色の「願いのデジメンタマモン」に引っこ抜かれて、共にどこかへと去っていった。 「ツジハ。おかしいな? 俺達の旅は終わったはずなのに。何も壊れていない。空も……美しいぞ」 「ふふ。デジタマモン。私も、君も。盛大に読み違えたということだろう」  仰向けになって倒れるツジハとデジタマモンは、キメラモンに乗って去っていくシグーの姿を見た。  ツジハのデジヴァイスに刻まれていた怠惰の紋章は消え失せ、デジタマモンの呪われた強制ジョグレスも、発動しなくなっていた。   「そんな……そんな、都合の良いことあるか?」 「起こっているものは仕方が無い。ならば、享受すべきだろう」  ホーリーデジタマモンと、そのパートナーである蘭の姿が、空に映っている。    ツジハは上半身をゆっくり起こし、傍のデジタマモンへと微笑んだ。 「さぁ、デジタマモン。旅は延長戦だぞ。ふふふ! これから、どうしようか?」 ◎◎◎ 「まさか、ホーリーデジタマモンが、こんな近くにいたなんて」 「そりゃあ、見つからないわけだな」  蘭とホーリーデジタマモンは、眺めの良い丘に腰を降ろし、再生されたデジタルワールドを共に眺めていた。 「さぁ、俺達が探し求めたホーリーデジタマモンは、めでたく見つかったわけだ。後はねんがんの、"望み"を叶えるとしようか」 「早速、レストランを造るの?」 「そうしたいところだがな。旅の途中で色々アイデアが浮かんで……その。まだ上手くまとまらないんだ」  だが、この姿に進化したからには、最高のレストラン建設は遠い日の話じゃない!  ホーリーデジタマモンがそう笑いながら翼を広げると、蘭の傍に空間のひずみが……デジタル・ゲートが現れた。 「あっ……」  ゲートの向こうには、現実世界が見える。  蘭の実家が、映っていた。 「ホーリーデジタマモン。私、まだ貴方に借金を返していないよ?」 「わかっている。だが、一つぐらい、繋がりは残しておきたくてな」 「…………」 「良いか、忘れるなよ蘭! お前は俺に借金があるんだ。それに、お前はいつか、俺のレストランを見なくちゃならない! だから」  蘭は、ホーリーデジタマモンの言葉が終わる前に、彼を抱きしめた。 「忘れない、忘れないよ、ホーリーデジタマモン! だって私たちは、パートナーだもの!」 「おい。泣くなよ蘭。どうして泣くんだ? 別れるなら笑ってって……お前が言ったんだろ!?」 「ホーリーデジタマモンだって!」 「うるさいぞっ!」  蘭は頬に伝う涙を拭い、同じく涙を振り払ったホーリーデジタマモンは、蘭に金色の翼を差し出した。 「じゃあな、蘭!」 「さようなら、ホーリーデジタマモン!」  二人のパートナーは笑ってハイタッチし、蘭は現実世界へ通じるゲートへと走り出す。 「いつか、貴方のレストランを、見に行くよ!」 「ああ! 待っている!」  ホーリーデジタマモンが繋げたゲートを超えた瞬間、蘭は懐かしい感覚を得た。  それは、雨上がりの、土の香り。実家でよく嗅いだ香りだった。 「…………」  蘭は、デジタル・ゲートがあった場所を見る。  そこにあるのは実家の風景だけで、ゲートも、デジタルワールドの痕跡も、どこにも残っていなかった。  だけども、蘭は知っている。  見えるものだけが全てではない。確かにあの世界は存在していて、自分は唯一無二のパートナーと共に、冒険をしてきたのだ。 「蘭?」 「蘭っ……!」  名を呼ばれた蘭は、振り返る。  そこには、蘭の帰りを待ち続けていた家族が立っていた。 「父さん、母さん」  蘭は、家族の下に駆けだした。 「ただいま……ただいまっ!」  蘭は想った。  いつか、自分はあのデジタルワールドを再び訪れることになるだろうと。  その時、自分とホーリーデジタマモンは、きっとまた新たな願いを抱いていることだろうし、また二人で、一喜一憂する羽目になるのだろうと。  生きていくのは決して都合の良いことばかりじゃないし、やはり願いは願いのまま終わることだって、沢山ある。  だけれどなんだか、蘭はそんな未来が、何だかとても楽しみだった。 [終わり]