【登場キャラクター】 ・杏・パス・タファリ&ミートスパモン・イカスミパスタモン・フライングスパモン(No.94) ・八王子蘭(自創作キャラ)&デジタマモン(No.126) ・キツネウードモン ・タヌキソバモン ・アマクチイチゴスパモン ・アマクチバナナスパモン -----------------------------------------------  デジタルワールド。  それは電脳空間に広がり、データ生物「デジタルモンスター(デジモン)」が闊歩する弱肉強食の世界である。 「蘭。何故俺の料理を喰わない?」 「ん? そりゃあ、デジタマモンの料理よりもこっちの方が美味しいから……」  そんなデジタルワールドの荒地で、人間の漂流者である大学生の女性「八王子 蘭(はちおうじ らん)」は、体育座りでデジタルカップ麺を啜っていた。  蘭の傍には、彼女のパートナーである卵型のデジモン「デジタマモン」が、不機嫌さを隠そうともせずに座っている。 「それは、お前が舌馬鹿なんだ!」 「売店で買ったこのデジタル麺、凄く流行っているみたいだよ。デジタマモンも食べなよ」 「いらん! 俺は俺の料理を食べる!」 「そんなに怒らなくても……」  mensky。そんなロゴが刻まれたカップ麺を食べ終えた蘭は、ポーチから取り出した「ゴミ箱」にジャンクデータを押し込み、デリート処理する。  蘭はデジタルワールドの漂流者にして、デジモンハンター。  彼女のポーチには、便利なデジタルアイテムが沢山圧縮処理されているのだ。   「さぁて、ご飯も食べたし。今日こそ捕まえますか! "ホーリーデジタマモン"を!」    食事を終えて空腹がまぎれた蘭は、デジタマモンに笑いかける。  ホーリーデジタマモン。  それは、「出会えばあらゆる望みが叶う」と噂される、実在すら疑わしいほどの幻のデジモンである。 「まったく! 俺はどうしてこんな失礼な人間と組んだんだ!?」  一方で怒りが収まらないデジタマモンは、苛立ちと共に、自作のデジタルサンドイッチの残りを飲み込む。  デジタマモンのパートナーである蘭は「デジモンハンター」であるが、彼女が狙うデジモンはただ一種、幻のホーリーデジタマモンのみ。  そして、デジタマモン自身もまた、ホーリーデジタマモンを捕まえたいという欲がある。彼はホーリーデジタマモンからもたらされる富で、「自分のレストランを構える」という夢を叶えたいのだ。 「さっさとホーリーデジタマモンを見つけて、億万長者になって。そうしたら、お前なんぞとの関係も解消だ!」  ホーリーデジタマモンを捕まえるという共通の野望。  そして、かつてデジタマモンが蘭に貸した、無銭飲食代の借金……  その二つだけが、「人間」と「デジモン」である「八王子 蘭」と「デジタマモン」を、行動を共にするパートナーとして結び付けていた。 「まぁまぁ、そう怒らないでよ、デジタマモン。機嫌を直して、空を見上げなよ。今日は電脳嵐も出ていないし、良い天気だよ」 「誤魔化すんじゃない!」 「こんなに気持ちの良い空だと、ホーリーデジタマモンだってきっと気分よく……」  電脳の青空を見上げた蘭は、目を見開く。  そこには、彼女が毎日のように想像した生物が飛翔していたのだ。 「……。ほ、ホーリーデジタマモンだっ!」 「何っ!?」 「ほら! 見て、見てみてみてみて!」  蘭に身体を揺すられたデジタマモンも、空を見上げる。  そこには確かに、「ホーリーデジタマモン」らしきものが飛んでいた。 「捕まえようっ! 行こう、デジタマモン!」 「おぉっ!」  蘭とデジタマモンは、デジ取り網や、ダウジングロッドを手に、どたばたとホーリーデジタマモンを追う。   「「…………」」  そして、彼らの姿が消えたころ。  デジタルカップ麺の香りが残るその場に、二匹のデジモンの姿が現れた。 「うっふっふ」 「くっくっく」  キツネウードモン。  そして、その友人のタヌキソバモンである。 「あっはっはっは! 上手く化かした! 引っかかった、引っかかったぞ! ホーリーデジタマモンなんて、いるわけないのに!」 「ご麺ね、デジモンハンター!」  彼ら二匹は人やデジモンを欺く麺型デジモンである。  蘭たちが目撃したホーリーデジタマモンは、彼らが麺データから加工したフェイクだったのだ。   「だけれどね、アイツら、きっと喜んでくれると思うな!」 「幻なんかよりも、もっと素晴らしき「麺の世界」を知ることになるんだから!」  キツネウードモンとタヌキソバモン。  悪戯デジモンであり、「彼方のデジモン」の眷属でもある彼らは、蘭とデジタマモンを待つであろう運命を想い、楽しそうに笑った。 〜〜〜 デジモンイモゲンチャー サイドストーリー 「渦巻く深淵! イカスミパスタモン」 〜〜〜 「ホーリーデジタマモン。ホーリーデジタマモン……! ぜ、絶対に! 逃がさないっ!」  全速力でホーリーデジタマモンを追う蘭は、走りながら、圧縮デジタルアイテムの解凍処理を始める。 「"エニグマ"ッ!」  蘭に並走するパートナーのデジタマモンが、精神に作用する黒い光線「エニグマ」を上空のホーリーデジタマモンに照射するが、ホーリーデジタマモンは全く意に介さずに、空を飛び続ける。 「何だ? エニグマが効いていないぞ! 完全体のパーフェクトデジモンである、この俺の技が!」 「ホーリーデジタマモンは、きっと清らかで聖なるデジモンなんだよ。邪悪な光線なんて通用しないのかも!」 「何が邪悪だ!」 「だから、これを使おう!」  解凍処理が完了し、蘭が取り出したアイテムは、大きな筒型のデジモン捕獲装置である。 「そんなものが通用するのか? 清らかで聖なるデジモンに? 大安売りの処分品だったろそれ!」 「泣くのは試してから! これで、どうだっ!」  蘭は筒のトリガーを引き、筒から飛び出したデータネット弾が、上空のホーリーデジタマモンに見事命中する。  展開されたネットはホーリーデジタマモンに絡みつき、その身体が地上へと落下していく…… 「やったー!」 「何でそれは通じるんだよ!?」 「つ、ついにねんがんのホーリーデジタマモンを……!」  ネットの落下位置に、蘭は息をきらせて駆け寄るが、彼女が見たものは、ネットからまろび出る麺データの塊だった。   「麺?」 「麺だな」  それはホーリーデジタマモンではなく、キツネウードモンとタヌキソバモンが造り出した、デコイ麺データ。  意思もなく、ただターゲットを誘き寄せるためのデータは、その役目を終えて分解し、デジタルワールドの土へと還っていった。 「ほ、ホーリーデジタマモンは?」 「悔しいが、偽物だろうな。俺達は性悪デジモンに騙されたんだ!」 「そんな! じょ、冗談やめてよデジタマモン。 やっと、やっと帰れるって、思ったのに……」  蘭は後ずさり、そして背中に固い感触を覚えた。  彼女が振り返ると、そこには、先ほどまで無かったはずの建物が。 「……えっ?」  突然現れたとしか思えないその建物は、どうやら小さな飲食店のようだった。 「"Mensky喫茶ムゲンマウンテン"?」  デジ文字で書かれた看板を読んだデジタマモンは、殻を傾げる。  かつて各地のレストランをリサーチしたこともあるデジタマモンであったが、そんな店はかつて聞いたことがない。 「ん? "飲食代はタダ"だと!? そんな馬鹿な。慈善事業のつもりか?」 「タダならさ……ちょっと疲れたし、休憩しようよデジタマモン」 「おい、蘭」  いくら何でも、胡散臭い。  警戒するデジタマモンであったが、憔悴した蘭は店内へと入っていき、デジタマモンもその後に渋々続いた。 「いらっしゃーい!」 「わっ!?」 「わお! 人間のお客さんだぁ、久々で嬉しいな!」  入店した蘭とデジタマモンを出迎えたのは、若い人間の女性であった。   「Mensky喫茶ムゲンマウンテンに、ようこそ〜!」 「私は店長の、「杏(アン)・パス・タファリ」! で、こっちがパートナーの「ミートスパモン」!」 「HeyMENs」 「この喫茶の名物は、何と言っても、麺。麺! 麺!!」 「お姉さんとタマゴ君には、ここで「麺の世界」を存分に堪能してもらっちゃうよ!」  テンションの高い杏に圧倒されながらも、蘭とデジタマモンは勧められたテーブル席へと付く。 「えーと、メニューは」 「ふっふふふ。当店イチ推しのおすすめメニューがあるんだ! それにしてみる?」 「あ、ならそれで。デジタマモンの分もお願いします」 「OK! アマクチイチゴスパと、アマクチバナナスパね!」 「「えっ?」」  蘭とデジタマモンは顔を見合わせる。  恐るべき組み合わせの料理名が聞こえた、気がするのだ。 「おい、蘭。大丈夫なのか、この店……?」 「い、意外と美味しいかもよ?」  蘭は冷や汗を流しながら、店内を見渡す。  じーっとこちらを見つめる、スパゲティ型デジモン・ミートスパモンの視線が気になるが、店内の雰囲気は落ち着いており、内装も洒落ている。 「…………」 「どうした蘭」 「ん? いいや、ちょっと昔を思い出してた。家族とこんな感じのお店に食事に来たりしてたなぁって」 「ふん。どうせ味も見た目もしょぼい店だろう? ホーリーデジタマモンを捕まえて、俺の店を構えたその時はなぁ……!」  そんな中。  もう調理が完了したのか。  ミートスパモン……否、別種のデジモンが、料理を席へと運んできた。 「HeyMENs。我はアマクチイチゴスパモン。提供するはアマクチイチゴスパ」 「HeyMENs。我はアマクチババナスパモン。提供するはアマクチバナナスパ」  ピンクのスパモン、黄色のスパモンがそれぞれ給仕するのは、フルーツと甘いクリームがもりもりのパスタである。 「何だこりゃ!? 料理で遊ぶんじゃない!」  デジタマモンが恐るべき料理に憤慨するが、厨房から戻って来た杏は、デジタマモンを見つめて笑った。 「失礼なタマゴ君ね。これは遊びなんかじゃない、本気の麺料理よ! 一口食べればわかる、麺の魅力!」 「俺は喰わんぞ!」 「…………そう?」  デジタマモンは頑なであり、残念そうに息をついた杏は、蘭に近づいてウインクをする。 「タマゴ君はああ言うけれど。きっと、これを食べれば貴方はメンスキーになるはずよ!」 「麺好キー? えぇっと……」 「…………」 「じゃ、じゃあ。一口、いただきます」  杏からの圧を前に、逃げられないと覚悟を決めた蘭は、アマクチイチゴパスタをおそるおそる口にする。  その瞬間口内に広がる、生クリーム、フルーツ、麺、油、そしてデジタルのマリアージュ。  その威力は…… 「あれっ、美味しい!」 「何ィっ!?」 「デジタマモン、これ本当に美味しいよ!」 「それは、俺の料理よりもか?」 「もちろん」 「何ィイイイッ!?」  ショックを受けたデジタマモンが席から転げ落ちる中、あっという間にアマクチイチゴスパを食べてしまった蘭は、デジタマモンが拒否したアマクチバナナスパにも手を伸ばす。 「しょ、正気なのか蘭……!?」 「ふふふ、お姉さんはメンスキーの資質があったのね! ほら、皆! もっと持ってきて!」 「「「MEN MEN MEN MEN」」」  どこに潜んでいたのか。  ラーメン、うどん、蕎麦、ビーフン、春雨。  麺のデジモン達が次々に現れ、様々な麺料理をテーブルに給仕していく。 「美味しいなぁ、幸せだなぁ!」 「おい待て蘭、流石に何かおかしいぞお前!」 「幸せだなぁ、幸せだなぁ、幸せ、しあわ、せ」  慌てるデジタマモンを他所に、蘭は一心不乱に麺料理を食べ続け…… 「私は……しあわせ……」  やがて彼女は失神したように、テーブルに突っ伏してしまった。 「蘭!」  デジタマモンは蘭の身体を揺するが、彼女は起きない。眠っている。  これは疲労とドカ食いによる気絶なのか、それとも。 「タマゴ君。あとは、貴方だけね」 「何だと……!?」 「麺こそ至高の食材。大いなるスパモンのすばらしさを、食わず嫌いの貴方にも教えてあげる!」  杏が手にするスマホ型デジヴァイスが輝き、傍のミートスパモンのデータが、ぶれる。  重なるように映るのは、彼方の存在。ミートボールとパスタが絡み合った、浮遊するおぞましき異形のデータ。  だがそれは元のミートスパモンの姿に収束し、更にその身体が黒く染まっていく。 「ミートスパモン、進化」  それは、より強靭なデータへの「進化」であった。 「イカスミパスタモン……!」  デジタマモンは、イカスミパスタモン、そして迫る沢山の麺データたちを前に、蘭を振り返る。  机に突っ伏す彼女はまだ、夢の中にいる…… 〜〜〜  メールが来ていたのを、覚えている。  次の帰省の時、両親が、私の誕生日をお祝いしてくれるのだと。  良いレストランを予約したから、楽しみにしておいて、と。  久々に私に会えるのがとても楽しみだ、と。  私も楽しみだった。  だけれど、私は行けなかった。  実家に向かう道中、私はデジタル災害に巻き込まれ……気が付けば、デジタルワールドで倒れていたのだ。    「私はきっと、もうこの世界から帰れない」 「大学も退学になってしまう」 「みんなきっと、私の事を、忘れてしまう……」  もう、仕方が無い。  だから、麺を食べよう。  デジタルワールドは弱肉強食の厳しい世界だけど、麺だけは私を包み込む。  麺はどこまでも寛容で美味しくて、広く優しいのだから。 「ラーメン。パスタ。ビーフン。焼きそば。うん、みんな大好き。幸せだね」 『蘭。お前は、俺の料理が喰えないのか?』 「うん?」  何か、声が聞こえたような気がする。  でも、気のせいだろう。  私の前には闇と麺しかないのだから。 「おそば、うどん。これも好きだ。やっぱり幸せだね」 『呆れたやつだ。麺ばっかりで、飽きないのか?』 「うーん。でも、好きなんだよね、麺類。よく食べてたし」  私は思い出す。  大学に入って一人暮らしを始めてからは、安いうどんやパスタが毎日のお友達だった。  だからこそ、あのメールが余計に嬉しくて。  家族と、ちょっとランクアップした、美味しい料理が食べられるのだと。    もしもあの場所に行けたら、私は何を食べられただろう?  ステーキかな。  お寿司かな。  パフェもいいな。 「あれ? 私は……」    私は何かを、忘れている気がする。  そう思って顔を上げると、広がった麺料理の向こうには、闇の中で輝く美しい金色の羽根を生やした卵がいた。 『蘭』  それは、ホーリーデジタマモン。  望みを叶えると言われる、聖なる幻のデジモン…… 『お前は、俺と一緒に捕まえるんじゃなかったのか? ホーリーデジタマモンを!』  だけれど、瞬きしたとき、そこにはホーリーデジタマモンの姿はなく。  この世界で出会ったパートナーであるデジタマモンだけが、闇の中で呆れるように私を見上げていた。 『それにお前は、まだ俺に借金を返していない』 「デジタマモン」 『どうなんだ? 蘭! 答えろ!』  そうだ。  私は、現実世界に帰らなくちゃいけない。  帰って、改めて誕生日をお祝いしてもらうのだ。  ホーリーデジタマモンを捕まえることが出来れば、その願いは、きっと叶う。 「勿論だよ! 決まっているじゃない!」  それだけでない。  お釣りが来るほどの、もっともっともっと沢山の素晴らしいものが、手に入るかもしれないのだ! 「二人で一緒に捕まえよう、ホーリーデジタマモンを!」  私はデジタマモンに手を伸ばす。  瞬間、イカスミが溶けるように闇が晴れ…… 「……!」  目を覚ました蘭は、変貌した店内を見る。  店の床は麺型デジモンで埋まり、デジタマモンが彼らから攻撃を受けているのだ! 「デジタマモンッ!」 「お、起きたか、蘭!」  蘭がポーチからデジタルアイテムの一つの解凍を始める中、杏がパートナーのイカスミパスタモンへと叫ぶ。 「イカスミパスタモン! 私たちの素晴らしき麺類サイコーの世界に、二人丸ごと絡めとっちゃおう!」 「Amen。"コンネーロ・ディ・セッピエ"!」  イカスミに濡れ、イカを連想させるデータから構成される翼と環は、さながら漆黒の麺の堕天使。  イカスミパスタモンから黒い奔流が立ち昇り、デジタマモンもまた、応戦すべく最大の必殺技を放つ。 「"ナイトメアシンドローム"ッ!」  デジタマモンの身体から、巨大な暗黒弾が発射され、黒い奔流とぶつかり合う。  二つの必殺技はぶつかり合い、打ち消し合って四散したが、蘭たちの状況は悪かった。  この場には、イカスミパスタモンだけではない。彼の支配下である、沢山の麺デジモン達が蠢いているのだ。 「麺じゃないくせに、やるね! でも、私たちの麺への信仰心は、その程度じゃあ壊れないよ!」 「そうか。だが、その信仰心は見たところ、清らかなものじゃあなさそうだ!」 「? 何を言って」 「"エニグマ"!」  デジタマモンの身体から、黒い光線が照射される。  それは、肉体にダメージを与えるものではない。敵対者の精神に作用する光である。 「愚かな。我がイカスミの深淵は、MENsに侵せるものではない」  耐性があるのか、イカスミパスタモンはエニグマを浴びても平然としているが、彼は気が付いた。  パートナーである杏や、眷属たちの様子がおかしいのだ。 「え? ここどこ!? 家じゃない!?」  精神を狂わせるエニグマの影響か。  杏や眷属デジモンたちは、イカスミパスタモンの隷麺属コントロールから脱してしまったのだ。 「そ、そうか。menskyのオフ会会場か! いや、あれ、記憶が曖昧だぞ……」 「おのれ、麺倒な!」  イカスミパスタモンは怒りを全身から滲ませるが、彼の攻撃がデジタマモンに放たれる前に、蘭のデジタルアイテムの解凍が完了した。  デジタルサングラスをデジタマモンと自身にかけた蘭は、解凍したアイテムである閃光球を炸裂させる。 「きゃあああっ!?」 「ヌゥウウウドルッ……!」  店内に広がる光に視界が眩み、イカスミパスタモンがイカスミデータで光源を覆い隠したその時には、デジタマモンと蘭の姿はどこにもなかった。  混乱に乗じて、店外に逃走してしまったのだ。  眷属が未だにエニグマのコントロール下にあるこの状況では、彼らの追跡は困難だろう…… 「…………」  そして、イカスミパスタモンには、それよりも優先すべきことがあった。 「あぁ、ううう。ま、眩しい。何なの一体……!?」  ようやく眩みから回復した杏は、眼を開ける。  そこには闇があり、異形のデジモン「フライングスパモン」が浮遊していた。 「嗚呼。不甲斐なき、杏・パス・タファリよ」 「ぎゃっ!?」  それは、ミートスパモン、イカスミパスタモンの真の姿。  おぞましいモンスターの姿に、杏は悲鳴を上げて逃げようとするが、フライングスパモンは彼女を逃がす気はない。 「今一度、貴様を我が眷属に迎え入れよう」 「ば、化け物!? こ、来ないでっ!」  現実世界で麺SNSを発足させるほどの麺愛好家である杏は、麺類による現実世界支配を企むフライングスパモンにとっての、最良のパートナーであるのだから。 「二度と惑わされぬように、念入りに、その精神を捏ねて……」 〜〜〜 「今日は本当に散々だった!」 「だねぇ。デジタルアイテムも、沢山消費しちゃったしさ」  蘭とデジタマモンが「Mensky喫茶ムゲンマウンテン」から逃げだした、その日の夜。  一時的な拠点としている町まで逃げ切った二人は、数日間借りている安宿に腰を下ろしていた。 「あの店……町の人、誰も知らないって言っていたね」 「レビューサイトに登録すらされていないとは。接客態度が悪すぎる。星1だ、星1!」 「味は凄く良かったんだけどね。まぁ、もう行く気はしないけどさ」    あの店は何かの悪夢だったとして、さっさと忘れるに限る。二人はそう結論付けた。  デジタルワールドでは、時には突拍子もないことが起きるのだ。   それこそ、願いを叶えるホーリーデジタマモンの実在も信じられるほどに…… 「夕食はどうする?」 「私の分はいらない。麺を……食べすぎた」 「だろうな。暴飲暴食は健康に悪い。反省しろ、反省!」  デジタマモンは宿の共用キッチンへと向かい、蘭は小さなソファに身体を預けて、目を閉じる。 「…………」  過ぎるのは、そうなるはずだった光景。  誕生日祝いに、自分はちょっと良いレストランでご馳走してもらって……家族に大学のことや友人のことなどの、よもやまの話をしているのだ。 「父さん、母さん……」 「おい、蘭!」 「わっ」 「軽食だ。このくらいなら食えるだろう」  キッチンから戻って来たデジタマモンが、蘭の傍に、プリンが入った器とスプーンを置く。 「デジタマモン。作ってくれたの?」 「カップ麺の方が良いとか言うなよ」 「言わないよ、麺は流石にもう入らない……」  蘭は苦笑いしながら、デジタマモンが差し出したプリンを食べる。  味が薄くて、イマイチ美味しくない。  だけれども夜のプリンというものは、何とも背徳感があって楽しいものだった。 「うん。たまには、プリンも良いね!」 「茶碗蒸しだよ馬鹿!」  かくして、今日のホーリーデジタマモン・ハントも空振りに終わった蘭とデジタマモンであったが、彼らは諦めていない。  望むものを掴むため、幻のデジモンを追い求める二人の放浪は続くのだ! [終わり]