最近、副社長の儂に対する評価が厳しい。いや、正確には儂ではなく『人事部長』の儂に対してなのだが。 一体何が気に食わないというのだ……? 戦闘能力だけでなく美容部門の業績アップでも多大な貢献をしている火行次席。 火行の部下や美容事業部だけでなく、他の戦闘部門や一般職員への気遣いやメンタルケアも抜かりない。 あやつの経営するバーも好調だと聞くし経営者としての能力は疑う余地がない。 それ故、『人事部長』の儂は副社長にMs.レアの火行筆頭への昇格を進言したのだが…… 『ほぉ……貴方にはそのように見えているのですね?ふぅむ……』という言葉とともに冷ややかな目で見られた。 後になって進言は却下という短いメッセージだけが届いた。 儂自身は同期して知っただけだがそれでも記憶にあるあの視線は肝が冷えた。 ともあれ『人事部長』の儂は最近どうも様子がおかしい。 木行次席の限界っぷりを見てかなり無茶な求人まで出すようになっておる。 昔はあのような破れかぶれな事をするような儂ではなかったはずなのだが……。 とはいえ、こちらとしても他人事ではない。同じ『儂』だから、という意味ではない。 最近、都立デジモン学園に対する風当たりが厳しいのだ。 FE社で使う用、あるいは自衛隊のギズモンの材料用として供給するために卒業基準を大幅に引き下げた。 そうしたら、FE社でも使い途の無いようなクズデジモンまで卒業するようになってしまった。 そういうクズ共が就職先やプライベートでトラブルを起こすようになりおった。 おまけに食うに困って強盗などの犯罪にまで手を出す始末。 性能の低い連中は全部まとめて自衛隊送りにしようとしたら彼奴ら、 『予算と人員が足りないからそんなに送られると対応できない。ギズモンの基礎性能も低下するおそれが……』 とか抜かしおった!こちらの警備に回す分が足りないとか言っておいて! そんなクズどものやらかしのせいで、入学を希望するテイマー持たずの『野良』デジモンがいなくなってしまった。 最近はデジ対も保護したデジモンやテイマーを積極的に他地域に移動させておるから、そちらからの供給も無い。 それ故、これから行われるイベントの重要性が増しておるのだ。 『デジモン権利大会』……内外のデジモン保護団体や公的機関の関係者を集め、デジモンの権利を確保し、デジモンとの共存共栄を謳うフォーラム。 FE社はその協賛会社……となっているがその実は主催者も同然である。 なにせ主催団体の『デジモンの権利を考える会』は、FE社が金を出して設立されている。 協力している『デジモンフレンドネット』も、しっかり金づると弱みを握っておるから儂の言いなり。 こういうデジモン保護団体が、反デジモン団体の攻撃から逃げてきたデジモンをFE社に供給している。 その反デジモン団体も、実は保護団体と同様に儂らが作ったり動かしたりしている連中だ。 もはや学校が当てにならないので、そちらの供給がメインになっているのが現状だ。 オープニング会場は神宮球場になった。 本当は国立競技場を使いたかったのだがなぜかサッカー日本代表の国際試合が急遽決まったとかでこちらに変えられた。 急に、しかも無理矢理変更させられたのでかなり文句も出たし不可解ではあった。 しかし支払額を七割引くと言われ儂はその場で承諾した。 そしてそのオープニングがもうすぐ始まる。 今イベントの特別オブザーバーとして招待させ…招待されたこの儂が開会を宣言する。 そのまま人とデジモンの共存とそのための権利を謳った演説を行う予定だ。 これで内外両方に我々FE社の素晴らしさを喧伝し、新たな人材を獲得するのだ! ……こういうのは本来なら木行筆頭の仕事だと思ったのだがな。 だが筆頭は行方不明で次席はシステム管理であの有り様。 その次の実力者と言うと……さすがに女子高生のバイトに任せられる話ではない。 まあよい、もう出番だ。 儂は歩いてマウンド上に設置された演台に立つ。 原稿の内容は昨日のうちに転写済みだ。 客席を見回すとほぼ満席……何割かはこちらで雇ったエキストラだが。 こちらが招くまでもなく、取材や中継の依頼も来ていた。 思ったよりも世間の注目度が高いな……これは我々FE社のイメージアップのチャンスだ。 儂はマイクのスイッチが入っていることを確認すると少し息を吸い込んだ。 「会場にお集まりのみなさ 「見事なものだね。」 昨日マスコミに化けて神宮教場に入っていた名張蔵之助は、そこで自身が撮影した動画のスチルを眺めていた。 「胸と腹に一発ずつ、ちゃんと頭を残して、誰が死んだのかをはっきりとわかりやすくさせている。」 彼らの実力の程は知っていたが、こうして目の当たりにすると戦慄を覚える。くれぐれも敵に回したくはない。 さすがにTVで放送された映像には映されていないが、ネットの生中継は録画から死体の画像が流出している。 AMRの対デジモン弾では生身の人間は容易く砕け散る。頭と腕と下半身だけを残してDr.ポタラは死んだ。 ただし死んだのは『校長』と呼ばれる個体で、Dr.ポタラはまだ何人もいるらしい。 その情報を蔵之助は海津真弓から聞き及んでいた。 「ふうん、死体を見たところで意外と何の感慨も湧かないもんなんだね。」 背後からその海津が画像を覗き込んでいた。 ここは蔵之助のオフィスのである。二人以外の人影は見えない。 「やあ、どうかしたかい?」蔵之助がにこやかに尋ねると、 「AADの家宅捜索がTVで中継されてるよ。見る?」無表情に海津が言った。 TV放送をモニターに表示させると、段ボール箱を抱えた捜査員が何人も雑居ビルの中から出ていくのが映し出された。 昨日Dr.ポタラが殺害された直後、主要なマスコミ各社に犯行声明が届いた。 差出人は『人間をデジモンから守る会』と『AAD・アクトアゲインストデジモン』の二団体の連名。 その二団体はどちらも自分達の犯行ではないとコメントを出したが、今日未明に強制捜査の令状が裁判所から発行。 そしてまだ朝と呼べるような時間にはもう家宅捜索である。 「あーもうこれずいぶんあからさまに潰しに来たねえ。これ名張さんの仕掛け?」 「ううん、六角さん……と言うか、公安と警察庁がもう俄然やる気でね。」 のけぞるようにして海津を見上げる蔵之助。 「ほら、ちょっと前にオノゴロ市で警官が多数行方不明になったじゃない?どうもあれがFE社絡みらしくてさ?」 姿勢を戻すと何事か操作すると、ディスプレイにいくつかの資料が表示される。 「状況から見て金行次席の仕業っぽいんだが……あれが決定打になったみたいだね。」 イスをぐるりと回転させて蔵之助は海津と向き合う。 「一部の国会議員から、厚労省に対して医療機関向け薬剤の製造分担を地方重視にする案が打診されてる。」 それを聞いた真弓の口角が僅かにあがる。 「表向きは災害時の医薬品不足に対するリスク低減と地方経済の活性化が目的、ってなってるけど……。」 「FE社を公共医療から締め出す算段、だね?」真弓の言葉に蔵之助は軽く頷く。 「FE社以外の製薬会社はすっかり乗り気だよ。連中、新参者にシェアを食い荒らされたのが気に食わないんだね。」 わざとらしい笑顔の蔵之助。目はまるで笑っていない。 「官公庁との渉外を担当していた広報部長と人事部長の双方が行方不明ないし死亡、というのが大きいのかな?」 真弓の方はほとんど表情を変えない。 「だろうね。少なくとも人事部長は表立って動けなくなったはずだ。出てきたら……」 「自分が違法なクローンであること、そしてFE社が違法なクローンを大量に作っていることが明るみに出る。」 真弓がそう言うと蔵之助は人差し指を彼に向けた。 「Exactly!」 「じゃあ、俺の方も作戦を始めるね。」真弓はオフィスを出ていった。 どういうことだどういうことだ!一体何がどうなっておる! 数日前、儂のうちの『校長』が殺されて以降、すっかり状況がおかしくなった。 まず儂らが支援しておった反デジモン団体がこぞって警察の強制捜査を受けた。 そこで押収されたPCの中から暗殺者に依頼を掛けた証拠が出たという。 そんな訳があるか!これはなにかの陰謀だ! そして時をほぼ同じくしてデジモン支援団体はFE社と癒着しているいう噂がネットで流れはじめた。 食うに困ったデジモンをFE社に就職させ、不当に安価な労働力として搾取・虐待をしているというのだ。 微妙に事実と違うではないか!実験体として使い潰したりスレイヴ型デジヴァイスで無理矢理働かせておるから給料は出しておらんぞ! だいたい噂の出てくるタイミングが良すぎるではないか!明らかに何者かが意図的に流しておる! だが状況証拠が次々と出てきており、FE社の公式SNSアカウントは炎上中。 中野と龍泉は対応で休めない状況だ。やはりさっさとシス管の人員を増やす必要がある。 この様子を見てデジモン支援団体からの援助辞退の連絡も続出しておる。 辞退と言えば聞こえはいいが要するに縁切り宣言だ。 問い質そうと連絡しても、 『はい?Dr.ポタラ?あの人は死んだんですよ?死人の名を騙るのは不謹慎ですよ!』 と、取り付く島もない。 都教委からは死んだ『校長』の後釜をどうするのかと尋ねられた。 そもそも人手不足で半数以上を『儂』で賄っている人事部にもはやこれ以上出せる人材はおらん。 先の天沼鉾襲撃の際に予備を全部失って補充まではまだ時間がかかるそうだ。 まったくクローン製造部はたるんどる!美少女のクローンは喜々として作るくせに! そもそも『儂』が世間的には死んだことになってしまったせいで自宅にも帰れなくなってしまったのだ! やむを得ず捜索班を動員して自宅のマンションを引き払って家財道具は本社の空き部屋に運び込んだ。 幸い、木行筆頭の使っていた部屋が空いたから良かったが……大丈夫なのかあの部屋? 明らかに違法な薬物が大量に保管されていたから闇に流したが……まあ結構な額になったからよいか。 今はそこで寝泊まりしておるが、この前は通りがかった副社長が 『ほぉ……家にも帰らず会社に泊まり込んで仕事とは熱心ですねぇ。もっとも、貴方が本当に優秀なら泊まり込まないで済んだはずなんですけどねぇ?』 と言ってきた。あの時の冷ややかな侮蔑するような眼差し! いかん、いかんぞ!このままでは副社長から見捨てられてしまう! そして今日になってとんでもないニュースが飛び込んで来おった。 都立デジモン学園の国立化と体制変更の特別法案の提出である。 今日も『ユーカリのいえ』副園長の仕事……と言いつつ実質的にはデジ対の皆さんのお手伝いをするか、と思って出勤すると。 「おはよう、秋田くん。」珍しく名張さんが来ていた。なぜか宇佐美さんと芦原さんも一緒にいる。 「秋田、お前に会いたいという方がいらっしゃってる。こっちに来い。」 「えっ、はい、わかりました……けど、こんな朝から?」 芦原さんに連れられるようにして僕は応接室に連れられる。後ろから宇佐美さんと名張さんもついてくる。 「先生、連れてきました。入ります。」芦原さんが応接室のドアをノックをする。……先生? 「おう、入れ。」扉の向こうからの声になぜか聞き覚えがあった。 先生って言われてたし、会ったことのある教職関係かな……と思いながら僕が中に入ると、 「おう、来たな。お前が秋田弘か?」 ……国会議員の巌城権之助が座っていた。 「失礼します。」「失礼します。」「失礼します。」 僕以外の三人は何事もないかのように中に入ってきた。 「おう、そんなとこに突っ立ってないで、とりあえず座れ。」 巌城先生の言葉に僕は我に返り、 「あっ、し、失礼します。」慌てて勧められた席に座った。 「昨日成立した『都立デジモン学園特別法』のことは知っているな?」 厳城先生が切り出す。僕は黙って頷く。知らないわけがない。 正式には『都立電子知性体専門学校に関する特別法』、まだ豊洲にしか無いから実質豊洲の都デジだけが対象の特別法だ。 東京都だけで運営させるには国家戦略への影響が大きすぎる、都教委には運営能力が欠けている、などの声を受けて提出されていた。 提出したのは目の前の厳城先生を中心とする議員団。今特別国会で昨日成立したばかりだ。 提出前から文科省の同期や先輩からSNSでこっちは法案のせいですごく大変だ、お前は暇そうでいいよな、などといった愚痴が流れてきていた。 いざ施工となったらこっちもいろんな影響があるんだろうな、と思っていた。いたんだけど……。 「知っての通り、今の都デジは校長が不在だ。こっちのほうも決めなくちゃならんのだが……」 そこで厳城先生は身を前に乗り出した。僕は気圧されて少し後ろに下がる。 「都デジ、いや……国立デジモン学園の校長に、お前が推薦された。」 「……………………………はい?」 「お前にデジモンの学校の校長を任せたい。」 すいませんちょっと理解が追いつかないんですけど?僕が?デジモン学園の?新しい校長? 「……まぁ、いきなり言われて驚くのはわかる。すぐに返答しろとは言わん。しばらく考えて……」 「やります!」気がつくと僕は身を乗り出して厳城先生の手を握っていた。 「やらせてください!是非!」 「あっ、おお、その、そうか……」今度は厳城先生が引き気味になった。慌てて僕は手を離すと席に戻る。 「あっそうそう秋田くん、警備も自衛隊から民間の警備会社に委託する事になったんだけど……」 それも知ってる。ギズモン部隊の定数が維持できないから学園警備から外すって話。 「今度から僕の会社が警備を請け負うことが内定してるんだ。まぁ、デジモンのいる警備会社って少ないしね?」 たしか名張さんの本業は警備会社だったか。あれ?配信業じゃなかったけ?不動産だったかも? 「まあ話が早く終わって助かるぜ。俺はこれから特別国会で忙しいからな。失礼するぞ。」 そう言えばまだ特別国会の会期中だった。厳城先生は退室する間際に 「ま、なるべく早く施行されるよう頑張ってみるから、お前らも頼むぜ。」そう言い残した。 ……僕が、デジモン学園の、校長。 「よかったな、秋田。」芦原さんが僕に近づいてきた。 「お前のやりたかった『帰還児童の学力回復プログラム』、実現できるぞ。」芦原さんが優しい目で僕を見た。 「…………はい!」 『人事部長』の儂は追い詰められていた。 人事部からは出せる人材がいない。五行から出すなどもってのほか。FE社の裏の顔を知らない表側の人間にはやらせられない。 そうこうしてる間に反デジ団体は壊滅しデジモン支援団体は逃げて行き、都教委も例の法案が成立してからは露骨にこちらを避けている。 そしてとうとう新しいデジモン学園校長が国から発表された。 文科省のキャリア出身?デジ文での活動実績あり?デジ対の保護施設の副園長?しかもテイマーだと!? いつの間にそんな人材が生えてきたというのだ!あんなに盛られた奴相手に今こちらが用意できる候補で対抗できるわけなかろう! こんな時に限って統合基幹個体は天沼鉾におらず、この数日は定時同期が行われていない。 なんでもロードナイト村とかいう所にオルディネモンが出現し、その対処に出ていったらしい。 取り残された『計画主任』はできることがなくオロオロとしている。 することがないなら呼び寄せてこちらの手伝いでもさせるかと思ったが……やめだ。 あの統合基幹個体、いやクロックモンが探索班もろとも不在だというならこれはチャンスだ。 今のうちに捜索班全員の制御権を掌握し、儂がリアルワールド側での統合個体になってやろうではないか! 『計画主任』を呼んでしまうと制御権を横取りされかねん。同じ『儂』なのだから信用できん。 見ておれ五行の脳筋ども、そしてクロックモン! 貴様らをこのリアルワールドから、FE社から追い出して、儂が永遠の命を手にするのだ! 解説 フォーラムの演説会場が比較的狙撃しやすい神宮球場になったのは蔵之助の差し金です。