※太線(━━━━━━━━━)は語り手の変わる場面転換、細線(─────────)は語り手の変わらない場面転換を表しています。 「なぁ…本当にやんのかよほむらぁ…」 「ここまで来ちゃったんだし…ここでやめて帰るわけないでしょ!」 深夜3時、暗闇の中。私たちはとある建物の前にいた。 「私は…あの人の正体が知りたい。」 ───────── 遡ること十数時間前。 「まず結果から言うと…Invisible Kindnessさんの正体はわからなかったわ。」 例の掲示板で見つけたジャーナリスト"名張茜"は、私たちに調査結果の報告をしていた。 「あなたに届いていた手紙と荷物、差出人の情報は完全に抹消されていて追えなかった。一番新しい一通を除いてね。」 デジヴァイスが届いた何日か後に送られてきた手紙のことだ。 いつもと違ったタイミングで届いたから、少し疑問に思ったことを覚えている。 彼女は一枚の写真を取り出した。 「ここの住所が割り出せた。」 その写真に写っていたのは、フェンスで囲われ監視カメラの数がやたらと多いことを除けば、無機質でありきたりに見える建物だった。 「この建物…なんなんですか?」 「まず登記簿を取ってみたんだけど…この名前…覚えがあったりするかしら?」 所有者の欄に記されているのは、『株式会社出海コーポレーション』と言う名前だった。 「覚えは…ないです。」 叔父さんや叔母さん達は何か知っているかもしれないが、聞いたところで多分教えてくれない。 あの人たちはそう言う人達だった。私がいくら親のことを聞いても、本当のことは一度も教えてくれなかった。 「そう…聞き込みもしてみたんだけど、近隣の人たちもここが何に使われてる建物か知らないみたい。研究所だとか、工場って噂はあったみたいだけど…所詮は噂ね」 研究所…どうしてそんなところから手紙が? 「それと、ここ10年ぐらい前から人の出入りがないらしいのよ。行ってみたけど、中に人がいる様子もなかった。セキュリティシステムはしっかり動いてたけどね」 「なるほど…そのシステムって年式はいつ頃のものですか?」 「そこは調べてないけれど…多分新しくはないと思うわ。……どうしてそんな事を聞くの?」 「いえ、特に理由は…ありません」 私は資料を受け取り、謝礼を支払ってその場を後にした。 ━━━━━━━━━ 「なあほむら…まさか行く気じゃねえだろうな…あそこに…」 帰り道、俺はほむらにそう聞いた。 「行くよ。」 彼女はそう一言だけ、はっきりと答えた。 「おめぇが行かなくたってよぉ…多分あの記者に任せりゃ行ってくれたと思うぜ?」 あの女、多分タダの記者じゃない。手練れのデジモンが隠れている気配がずっとあったし、 デジヴァイスの機能で姿を消している俺の事を確実に目で追っていた。おそらく、荒事にも慣れているのだろう。 「それじゃダメ。たぶん、私を呼んでるんだと思う。」 「呼んでる?」 「一通だけ差し出し元を隠してなかったのは、多分私をあそこに来させるためだと思うの。」 「オイオイ…罠でもあったらどうするつもりだよ…」 「大丈夫だよ、私を罠にかけるような人いないし。それに…何かあってもキミが守ってくれるでしょ?」 そう言いながらほむらは笑って俺を持ち上げ抱きしめた。 こうされてしまっては、俺がついていく前提かよ!と言う文句を俺は飲み込むしかなかった。 ───────── 「──────本当に大丈夫なんだろうなぁ…」 「大丈夫。あのデータ通りならここのセキュリティシステムは古いから。」 まるでスパイのような黒いボディスーツに身を包んだほむらは、そう言ってデジヴァイスの側面に触れた。 すると、周囲の空間がデジタルワールドに似たものへと変貌していく。 「うん…大丈夫そうだね。シャウトモン、フェンス吹っ飛ばしちゃって!」 「えっ⁉︎いいのかよほむら!そんなことしたら警報どころかすぐ警察だぜ…」 「大丈夫!ここで壊れたものはリアルに反映されないから。最新のセキュリティだとそれも検知しちゃうらしいんだけど…ここは大丈夫みたい。」 「そう言うことなら…!」 俺はギターを構える。 「ソウル…アーバレストぉ!!!」 ギターの音色と共に炸裂した歌声が、フェンスを吹っ飛ばした。 「いや〜相変わらず気持ちいい歌声だよね〜」 「そんなにホメんなよなぁ〜」 「行くよ、シャウトモン」 俺たちは建物の敷地内に足を踏み入れた。 建物は三階建てで、白い外壁をしている。一見すると、学校ってやつの校舎にも似ていた。 「さーて…じゃあシャウトモン、進化しよっか。」 「は?ラウドモンになって全部吹っ飛ばせってか!?」 「もー…違うって。」 驚く俺を、ほむらは笑って宥める。 「ラウドモンの力で指向性を高めた特定の周波数の音波を、監視システムの制御盤に直撃させて破壊するの。そうすれば、警報鳴らさずに建物に入れるってわけ。」 「あー…んー…おお?」 正直何言ってんのかわかんねえ。 「昼のうちに物理学科の友達に計算しておいてもらったの。準備ができたらこの空間を解除するから、その瞬間に建物に向かって放射して。」 「お…おう。とりあえず気合い入れていくぜ!ブラックシャウトモン、超進化!」 デジヴァイスが光ると、俺の体に力が漲る。 両腕を装甲板が覆い、両肩に装着されたスピーカーから後ろにケーブルが伸びる。 それらのユニットに見合うように俺の体が巨大化し、肩のスピーカーからはさらに装甲が展開され胸を覆う。 最後にヘッドホンから顎に向かってチンガードが装着され、額には髑髏の描かれたプレートが出現する。 「ラウドモン!」 「じゃあ乗せて〜」 俺はライブの時に度々やるように、ほむらを背に乗せた。 「えっとこの数値は低くして…それでこっちは…」 俺の背中、ちょうど首筋の辺りのアーマーには端子やイコライザーなんかがある。 これは元々、ほむらの音響機材を使って進化していた時、ミキサーやアンプがちょうどこの辺りに取り込まれていた名残だ。 デジヴァイスで進化するようになっても、それは変わらずそこにある。 「できた!」 ほむらは俺の体を伝って下に降りた。 「3で解除するから、その瞬間に撃って!」 「わかったぜほむら!」 「いーち!にーの!」 よし、次だ! 「あっちょっと待って」 「なんだよもう…」 「耳栓忘れてた」 耳栓をしたほむらは、再び俺の背後に隠れる。 「いーち!にーの!」 今度こそ気合い入れていくぜ! 「さん!」 「待ちたまえ君たち!」 周りの風景が元に戻ると、そこには緑色の帽子を被った男がいた。 「やば…人いたの⁉︎」 「ほむら、逃げるか?戦うか?」 「だから待つんだ。君たちがここへ来るように仕向けたのは、私だ。」 「じゃあ…あなたが…Invisible Kindnessさん…?」 「残念ながらそれは違う。…とりあえず、私に着いてきてほしい。」 ━━━━━━━━━ 私たちは、促されるまま建物の中に入っていった。 「セキュリティシステムは一時的に私が解除しておいた。まさか破壊する気とはね…流石だよ。」 「あの…Invisible Kindnessさんとは…どう言う関係なんですか?」 「……強いて言うならば…パートナーだろうか。」 優しげだが、何かを探っているような、何かを考えているような話し方。あんまり好きじゃないな… 「しかし…まさか口座にハッキングまで仕掛けてくるとはね。対処には少し苦労したよ。」 男は一つの部屋のドアを開け、中に入ると私たちに座るよう促した。 「ここはしばらく使っていなくてね…少し埃っぽいが許してくれ。」 掃除をして椅子を用意したようだけど、少しの薬品の匂いと…若干の生臭さがある。なんの部屋だったんだろう? 「デジヴァイスを使いこなしているようだね。きっと送り主も喜ぶだろう。」 「手探り…ですけどね…」 何を考えてるんだろう…この人。全然感情がわからない… 「んで、どうしてほむらをここに呼んだんだよ。」 「………ほむら、君に渡したいものがある。」 その人差し出してきたのは、革のカバーで包まれた手帳だった。 だいぶ使い込まれていて、艶が出ている。 「これ…なんですか?」 「これは…手記だ。」 なにそれ…?とりあえず…中身見てみようかな… ━━━━━━━━━ 錬金術とは何か。 錬金術とは化学であり、オカルティズムであり、医学でもある。 あらゆる物ととても親和性の高い術だ。 錬金術の知識を持った者が他に熟知している事柄と組み合わせることが、錬金術を上手く扱う筋道となりうる。 私の場合、それはデジモンだった。 人の願いに呼応し形を変え、いかなる形態にも変化しうる物。それがデジモンだ。 その二者の組み合わせは、当然の如く素晴らしい成果を発揮している。 私の体は老いなくなった。傷がつくことすらない。 生きている人間を素材とすれば人体すら錬成できた。 だがこれは失敗だ。 錬金術の本質は無を有に、有をさらに多くの有に変える。つまり価値を高めること。 なの ━━━━━━━━━ …ページが半分破り取られている。後のページには整然とした文章と、それに見合わない微妙に拙い図解が綴られている。 「君が持っておくべきものだ。それを…それを書いたのは…支援者…つまり君の母親だ。」 「い…生きてるんですか⁉︎どこにいるか知ってるの!?」 「私がそれを教えてしまっては…意味がないんだ。…すまない。」 「どうして?お母さんに会いたい!」 「私にできることは…君にヒントを与えることだけだ。私が答えを授けても…それは好転を導かない。理解してくれ。」 「さっきから知った口利きやがって!テメェにほむらの何がわかんだよ!」 「全てだ。過去、現在、そして未来すらも。」 掴み掛かろうとしたシャウトモンが、何かの力に弾かれる。 「大丈夫シャウトモン⁉︎」 「俺は平気だ…アイツ…人間じゃねえな…!」 「私は、古代に通じし導く者。そして…君達親子の幸せを願う者だ。」 「何が導くだこの野郎!」 「…許してくれ。」 彼の手が光り、その明るさに目が一瞬眩む。 次に目を開けた時には、私達は家にいた。 「クソッ!……なんか…前にもこんなことあったような…?」 私の手に残された手記だけが、今の出来事が夢でないことを示していた。 「お母さん…生きてたんだ…!」 ━━━━━━━━━ FE社、火行オフィス。 「あら桜島さん、残業かしら?」 「鏡華様⁉︎どうしてここに?」 見慣れぬ来客に驚く燈夜。 「少し貴女と”お話”がしたくてね。」 鏡華は燈夜の隣に座ると、手に持った紙袋から林檎を取り出した。 「食べる?」 「あ…はい、いただきます…」 丸のままの林檎に齧り付く二人。  「あっ…甘いですね」 その声を聞き鏡華は少し微笑むと、少し手に力を加えた。 すると、彼女が手に持った林檎が齧り付く前の状態へと戻った。 「錬金術っていうのはね、常識では考えられないことが可能なの。」 鏡華の目が金色に光ると林檎はその材質を変え、林檎の形をした黄金に変化した。 「この程度の錬成なら、杖を使うまでもない。」 鏡華の目が、今度は紫に光った。すると、林檎型のそれは塵と化す。 「何が言いたいかというとね…」 彼女は燈夜の目を見る。 「最近、わたしの周りを嗅ぎ回ってるみたいだけど…下手なことをするとこうなるわよってこと。わかった?」 「は…はい…わかりました…」 彼女は、流石にこの場では表面上の同意を示す事にしたようだった。 「じゃあ、お仕事頑張ってね。」 鏡華は立ち上がり、火行オフィスを後にした。 「あら、クリアアグモン君に差し入れするの忘れちゃったわ。」 ━━━━━━━━━おまけ━━━━━━━━━ 雑談に投げた一レスとその続き ───────── 「うわ〜思ったよりたくさん人きちゃったな〜…」 「で、誰に依頼すんだほむら?」 「うーん…ハッキングの人たちには…あの人の銀行口座とか追ってもらおうかな…」 「んで、リアルの方は誰に頼むんだ?」 「そうだね〜…この西の電脳探偵ってひ「そいつはやめといた方がいい気がするぜ」 「なんで?」 「なんつーか…こう…下心みたいなモンがある気が…」 「別にいいけどね〜一晩ぐらいなら。」 「お前なぁ…」 ───────── 「ダメかぁー…」 「どうしたんだよほむら?」 「ハッキング組の藤堂くんと龍泉ちゃん、どっちもダメだったって…」 「マジかよ。あいつら腕のいいハッカーなんじゃねえのか?」 「情報に辿り着いても出てくるのは全部デタラメな偽物な上に、プロテクトを突破するたび新しいプロテクトが出てきて終わりが見えないって…まるで誰かがずっと監視していて、後からどんどん継ぎ足してるみたいだって…」 「なんつーかブキミな話だな…」 ━━━━━━━━━鏡華の手記:冒頭━━━━━━━━━ 錬金術とは何か。 錬金術とは化学であり、オカルティズムであり、医学でもある。あらゆる物ととても親和性の高い術だ。 錬金術の知識を持った者が他に熟知している事柄と組み合わせることが、錬金術を上手く扱う筋道となりうる。 私の場合、それはデジモンだった。 人の願いに呼応し形を変え、いかなる形態にも変化しうる物。それがデジモンだ。 その二者の組み合わせは、当然の如く素晴らしい成果を発揮している。 私の体は老いなくなった。傷がつくことすらない。 生きている人間を素材とすれば人体すら錬成できた。 だがこれは失敗だ。 錬金術の本質は無を有に、有をさらに多くの有に変える。つまり価値を高めること。 なのに私の行った人体錬成は多くの素材を必要とし、その上生まれたものは一人だけ。 つまり、価値が下がっている。こんなものは完全な錬金術とは言えない。 錬成で生まれた子供は、私の罪と失敗の象徴となった。 目を背けたくてたまらなく、抱きしめたいほどに愛おしく、殺したいほどに憎らしい。 彼女の名前を口にするたび、私に表しようのない苦しみと喜びと怒りが迸る。 ほむら。 死者を蘇らせることができれば彼女の素材となった二人、言うなれば両親をこの世に呼び戻せる。 それだけじゃない。私が今までに手にかけた人々も全て呼び戻せる。 だからこそ、私は止まることができない。