――微睡の先で今日もまた、わたし、安里結愛は甘い甘い悪夢を見る。 「ねえねえ!あれ見て■■!」 夢の中で『わたし』はどこかの街並みを歩いている。 知らない騒音、知らない景色、知らない人混み。 『わたし』にとってもそれらは押し寄せる未知の情報の波で、ともすれば溺れてしまいそうになるけれど。 それでも『わたし』に不安はなかった。 「あ~も~なんすか騒々しいっすねぇ…なんすか?■■■」 なぜならどんな荒波にもまれようとも、しっかりと手を握って繋ぎとめてくれる彼女がいるから。 いつも『わたし』の言葉に答えてくれる、安らぎをくれる声。だから…/あの頃よりも少し、覇気もなくしわがれた声。それでも… 間違えようがない。 「ほら、ちゃんと前見て歩く。あんまりきょろきょろしてるとまた転ぶっすよ?」 前を見上げれば、雑に纏められてゆらゆらと左右に揺れるポニーテールの後ろ姿。 ぶっきらぼうな言葉からだけじゃ、今彼女がどんな表情をしているかは窺い知れない。 でもね?どんなに口ではすげないことを言っても、いつも気遣ってくれているその優しさは誰よりも『わたし』がよく分かっているよ/どんなに時が経って姿形が変わっても、困っている子は放っておけないその優しさは変わっていないって、誰よりもわたしがよく分かっているよ。 だから『わたし』はこれ以上ないくらいの笑顔を彼女に向ける。 まるで親に餌付けされた雛鳥のように、とび切りの親愛を込めて。 「■■!聞いて聞いて!あのね…!」 ぴたりと、幾多の雑音の中からわたし達の足音だけが消えうせる。 観念したような大きな溜息の後、彼女が振りむき、そして… 「…聖心ちゃん!!」 …そして、いつもその前に目が覚めるのだ。 跳ねるように飛び起きたのは深夜1時、茹だるような夏の夜。見慣れてきた自分の部屋の中。 蟋蟀の声を遠くに聞きながら、伸ばした手は虚空を掴んだ。 「……っ」 ゆっくりと、握りしめたこぶしを開く。 確かに繋いだはずの温もりは、今は露と消えていて。 「わたし、は…」 見上げた鏡に映る顔はひどく青白く、さながら醜く常世にしがみつく亡霊であった。