豊洲のデジ対に新人が入ってきた。 正確にはデジ対に入ってきたのでもないし新人と言っていいのかも怪しい。 「秋田弘です。皆さんよろしくお願いします。」 朝のデジ対オフィスで挨拶した長身の青年は文科省のキャリア官僚である。 今日からはデジ対総合庁舎の低層階にある養護施設『ユーカリのいえ』の副園長である。 「ぼくはアルマジモンです。よろしくおねがいします。」 少し気の抜けるような声で続いて挨拶したデジモンは、弘が13歳の時にパートナーとなった。 近所の子供たちと一緒にデジタルワールドに転移し、共に選ばれし子どもとして冒険したのだ。 リアルワールドに帰還した弘は、長期間学校に通えなかったことによる学力低下に悩まされた。 彼自身の学力はそこまで下がらなかったが、共に旅した子どもたちの学力回復には苦労した。 特に、パーティーのリーダーであるみゆきは、ただ一人の年上だったこともあって弘が勉強を手伝えずに相当に苦労をした。 その経験から弘は文科省の官僚を目指すようになった。 デジタルワールドから帰ってきた児童生徒の学力回復プログラムの実現が彼の夢である。 だがしかし、その夢は一向に進展していなかった。 文科省に入って程なく、テイマーであるという理由でデジタル文化振興室へと転属になった。 バリバリの文系かつ教育系であり小中高の教員免許も国語科で取った弘にデジタルワールド関連技術の仕事などできるはずもない。 しかしそんな彼をデジ文のメンバーは邪険に扱うことなく、多数派である理系のメンバーらが苦手としていた仕事を任せた。 文科省本省との連絡や折衝、外部機関との渉外、提出書類の作成、等々……。 室長である芦江ケイコ女史の負担は大きく減り、彼女が研究時間は大きく増えた。 弘のほうも、自分たちと同じ幼馴染姉さん女房夫婦のケイコとメグルに親近感を持っていた。 デジ文の仕事はやりがいのあるものではあったが、彼の夢はその間まるで進んでいなかった。 そこに来て養護施設への異動である。彼の心の底から落胆した。 「豊洲へようこそ。慣れるまではいろいろと大変だろうが何でも言ってほしい。」 「何かと苦労するでしょうが私たちでよければ手助けします。」 芦原夫妻が順に握手を求め、それに応じる。 「ありがとうございます、お二人の噂はデジ文にも届いています。」 宇佐美局長代理は事前に会っているので離れて様子を見ており、テリアモンだけが歩み寄って挨拶をしている。 詩虎とベルゼブモン、酒多とナニモンも次々と寄ってきて握手する。 声を掛けられていたのか、磐田や鏡見、風吹といった未成年の協力者達も顔を出していた。彼らも弘に挨拶をしていく。 最後に彼に寄って来たのは名張である。今日はホークモンもレナモンも連れていない。 「や、この前ぶり。昨日持っていったアレは?」 「あれなら酒多さんって人にお願いしました。」 酒多のデスクの上には紙袋が置いてあった。 先日、名張がビリーから無理矢理預かって弘に渡した品物、佐世保銘菓「ぽると」である。 おそらく後で酒多が皆に配るだろう。 「それでは秋田さん、下の『ユーカリのいえ』の方にご案内します。こちらへ。」 芦原ドウモンが弘を連れてオフィスの外に連れ出すと、倫太郎が名張に近づいてきた。 「おい名張、説明しろ。」小声で話しかける芦原倫太郎。 「『ユーカリのいえ』は人数を減らしてる。そこに文科省のキャリア組が来た。」 隣接する都立デジモン学園は騒動の渦中にある。 警備がギズモン部隊に変更され校長がFE社から送られて以降、不祥事が続いている。 卒業デジモンによる犯罪の増加、卒業デジモンを採用した企業からの一般常識や学力の不足に対する抗議。 卒業デジモンの八割以上がFE社や陸上自衛隊に就職している事実と、就職したデジモンが短期間で退職し行方不明になっているという噂。 更には警備のギズモン部隊も市街地で大規模戦闘をしただの災害救助に出動できないだので批判が出てきている。 最近では謎のオロチモンによる工場襲撃で定数を満たせなくなっていることも槍玉に挙げられている。 そんな状況下のため、デジ対では保護した子供とデジモンを可能な限り豊洲以外の保護施設に移送している。 現在は他に移送先のない数組だけが豊洲の施設で保護されている。 新たに人を増やす、それもわざわざキャリア官僚を寄越す道理がない。 「お前の差し金か?」半ば確信を持って倫太郎は尋ねた。 「秋田くんはこの先に必要な人物だ。」明言ではないがその言葉は肯定したも同然だった。 「彼のことをよろしく頼む。彼は自分の人事に疑問を抱いているけど理由を説明するわけにはいかないんだ。」 周囲に聞こえないよう、小声で話す名張。 「メンタルがやられないよう支えてやってほしい。」 「わかった、任せろ。」倫太郎は小声で即答した。 「……施設の紹介はこんなところですね。」 説明を終えたドウモンは、弘の表情に何かを感じたのか更に言葉を続ける。 「……何か気に掛かることでもお有りですか?」 「あっ、いえ……その。」 まさか『なぜ自分はこんなところに左遷されたんでしょうか?』などと言うわけにもいかず弘は言葉を濁す。 「意味のない物事なんてありませんよ。」そんな彼の考えをドウモンは見抜いているようだった。 「あなたは何かに必要とされてここに配属されたのでしょう。」 そう言うドウモンと、テイマーを不安そうに見上げるアルマジモン。 「ここには居る意味の無い者はいません。それはあなたも同じです。だから……」 そこでドウモンは弘をまっすぐに見据える。 「もう少し明るい顔をなさい。そんな顔では子どもたちが不安になります。」 そう言って歩き出したドウモンは、数歩だけ進んで弘の方に振り向く。 「聞いていますよ、あなたも子供の親なのでしょう?」 博士には1歳半になる均という息子がいる。 「……そうですね。」すこしだけ明るくなった表情で、弘はドウモンに続いた。