二次元裏@ふたば

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18917 B24/09/08(日)03:05:07No.1230414082+ 08:55頃消えます
そして、夏が終わる。

灼けるような陽射しが、厳めしく大地を睨めつけていた。
8月下旬。連日続く全国的な酷暑の影響は、ここ札幌レース場といえど例外ではなく、
客席から湧き上がる歓声がその熱気を後押ししているようだった。
そう、レース。その最中である。
だというのに、チルアウトはコースの真ん中にうずくまり、恨めしげに地面を眺めていた。
(ああ……)
足が、痛い。抱えた右膝がズキズキと疼く。
脂汗を浮かべて視線を上げると、ちょうど、遥か前方のコーナーを後方集団が回っていくのが見えた。
(待って。……置いていかないで)
痛みに朦朧とした頭に、泡のように様々な思考が浮かんでは消えていく。
よりによって、どうして「今日」なんだろう。
こんなはずじゃなかった。今日はいつもより調子がよかったのに。今日ならやれる気がしていたのに。
今日が、最後のチャンスだったのに。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
124/09/08(日)03:05:34No.1230414151+
未勝利戦。
トゥインクル・シリーズ最初の一歩であり、多くのウマ娘にとって……最後となるレース。
毎年多くのウマ娘がメイクデビューを果たすが、何人もがレースで競い合って勝ち上がれるのは一人だけ。
『最初の1勝』という狭き門をくぐれる者は、全体の僅か三割程度にすぎない。
そして、チルアウトもその例に漏れず、そうした『その他大勢』の中の一人だった。
「……骨折、ですか」
医務室で告げられた言葉を、チルアウトは呆然と反芻した。
幸いにして軽度であること、安静にしていれば日常生活にはすぐ戻れるであろうこと、
そして当然ながら、レースへの復帰は当面の間不可能であること。
そうした医師の説明が、現実感を失ったようにチルの脳裏をすり抜けていく。
(……さい、わい。幸いって……なんだっけ?)
重い頭をのろのろと上げると、壁に備え付けられたモニタの中継がチルの目に飛び込んできた。
そこに映っていたのは、ちょうど先程出ていたレースのウイニングライブだった。
「あ……」
224/09/08(日)03:05:52No.1230414202+
見知った顔がそこにいた。同じレースを走っていたウマ娘たち。
涙の跡が隠しきれない顔で、満面の笑みで勝利を報告する栗毛のウマ娘がいた。
強張った笑顔で、それでも気丈に舞台を彩るバックダンサー達がいた。
勝者にとっては新たな門出を告げる舞台。
敗者にとっても、応援し続けてくれたファンに感謝を伝えられる──最後の大舞台なのだ。
そしてチルは、その場に立つことすらできずにここにいる。
その実感がじんわりと広がっていくと、ぼんやりとした心持ちが急速に現実に引き戻されていった。
(ああ、そっか。そうなんだ。私の夏は──)
(私のトゥインクル・シリーズは。本当に、これで終わり、なんだ)
なんの覚悟もしてこなかったわけではない。
それでも。簡単に受け止められるほど、割り切っていたわけでもなかった。
思いがゆっくりと形を成したように込み上げてくると、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
それでもなお、チルはまばたきを忘れて画面の中の光景を見つめ続けた。
324/09/08(日)03:06:14No.1230414263+
そして、秋がやってくる。
「はぁ……」
トレセン学園の中庭のベンチで、チルは憂鬱な溜息をひとつ吐いた。
その視線の先にあるのは、渡り廊下を隔てた先にあるコースの喧騒だ。
秋口は新たなGI戦線の幕開けのシーズンであり、ゆっくりと学園全体が熱気に包まれ始める時期でもある。
だが、その中にもう自分はいられない。
すでにある程度の結果を残したウマ娘ならいざ知らず、
夏を越えられなかった未勝利ウマ娘の長期休養が明けたところで、もう中央に走れるレースは無いのだ。
出会いと別れの季節といえば春だが、トレセン学園においては秋もまた別れの季節である。
地方に移籍して再出発を図る者。レースの世界から身を引いて別の道へと進む者。
様々いるが、チルはまだ自身の進退を決めかねていた。
と、その時。
「ふむむ。物憂げな顔ですね。センチメンタルな季節ですか?」
「……え? っひゃあ!?」
突然、それまで気配を感じなかった隣から声をかけられてチルは飛び上がりそうになった。
424/09/08(日)03:06:34No.1230414327+
見覚えのない顔だった。どこか儚げな、けれど不思議と安心感のある、人懐こそうな雰囲気の子だった。
「おや、失敬。驚かせてしまいましたか」
「いえっ、ごめんなさい。こっちこそ……ちょっと、考え事してて」
「なるほど、なるほど。マーちゃんもこのベンチで考え事をするの、好きですよ。絵になりますので」
「……え?」
言っている意味はよくわからなかったが、ひとまず気を取り直してチルはベンチに腰掛け直した。
そんなチルの足元に(自称)マーちゃんの視線が向けられると、その目が少し悲しそうな色を帯びる。
「……その足。包帯をしていますね」
「あ、これ……レースで怪我しちゃって。もうギプスは取れたんだけど」
「おやや。では、このマーちゃん人形はいかがでしょう。
 ラブリーな人形を窓際に飾れば、気力十分。身も心も癒やされること請け合いです」
そう言うと、彼女はどこからともなく自分そっくりの人形を取り出してきた。
「あ、あはは……ありがと。……あ」
意外な押しの強さについ受け取ったところで、はたと自分の現状に気付く。
「……ごめん、いいんだ。この足が早く直ったところで、もうここに私の居場所はないから」
524/09/08(日)03:06:52No.1230414372+
ぽつり、ぽつりと、チルはこれまでのことを話し始めた。
田舎から夢と期待を背負ってトレセン学園に入学し、中央の壁の厚さを知り、『その他大勢』の一人になって。
必死に足掻いて、けれど何者にもなれず、燃え尽きるような終わりも迎えられずにこうして燻っている現状を。
初対面の相手に語るようなことでもあるまいに、なぜだか堰を切ったように思いが溢れて、止まらなかった。
マーちゃんもただ静かに、隣で話を聞き続けていてくれた。
「……ごめんね。変なこと話しちゃって。こんなこと、急に聞かされても困るよね」
「いいえ。いなくなってしまうのは……忘れられるのは、誰にとってもつらいことです」
そうだ。きっとちっぽけな自分など、あっという間に忘れ去られてしまう。
こんなことはありふれた話なのだ。華々しい戦績も、鮮烈な蹄跡も無い。
毎年大勢現れては消えゆく、さざ波のような存在がチル達未勝利ウマ娘だ。
だけど。
「みんなが私のことを忘れたら……私、最初からいなかったのと同じなのかな」
624/09/08(日)03:07:07No.1230414416+
風が吹いて、木々が潮騒のようにざわめく。
少しの沈黙があって、マーちゃんが静かに話し始めた。
「ヒトは、忘れてしまうものです。喜びも、悲しみも。些細な思い出も、きっと栄光も」
「…………」
「だけど、引き出しの中からマスコットを見つけた時のように。ふと綴じられたアルバムを開いた時のように。
 しまい込んで忘れたものを思い出すことだって、あるものです」
「……でも、私、思い出してもらえるような何か、残せなかったよ」
チルの、渡されたマーちゃん人形を抱える手に、ぎゅっと力が籠もる。チルは、なんの爪痕も残せなかった。
「そうかもしれません。だけど、あなたの海はここじゃない」
「海……?」
奇妙な単語にチルが首をかしげたその時、先程よりも強い風が吹いた。
木々が波飛沫のような音を立て、突風がチルの抱えていたマーちゃん人形をさらっていく。
「あ、わっ。いけない、いけない」
724/09/08(日)03:07:24No.1230414459+
幸い、数mほど先まで人形が転がったところで風がやんだので、チルは立ち上がってひょこひょこと歩き出した。
(……あ)
歩き始めて、ふと気付く。
包帯を巻いた右足は相変わらず不自由だけれど、不思議と、前に出る心は軽くなっていた。
(そっか。私……まだ、歩けるんだ)
「なんだか、ちょっと気分が軽くなったかも。お話、聞いてくれてありがとね。えっと……」
そういえばまだ、あの子の名前をちゃんと聞いてなかった。
そう思ってチルがベンチを振り返ると、そこには誰もいなかった。
「……あ、れ?」
数秒ほど立ち尽くして、ハッと我に返る。そうだ、人形を拾わないと。
チルが落ちていた人形を拾うと、幸い、あまり汚れていなかったのでひとまずは安堵した。
誰をモチーフにしているのかわからないけど、中々可愛らしいウマ娘のマスコットである。
……それにしても、どうしてここに落ちていたんだろう?
落とし物かもしれないが、なんとなく自分が持っておくべきだ、という気がしてチルは人形を抱き直した。
どこかで波の音が聞こえた気がして、すぐに聞こえなくなった。
824/09/08(日)03:07:39No.1230414489+
それから、何度目かの夏が過ぎ、やがてまた秋が訪れた頃。
「ねー、見て見てコレ!」
「なに、急に。ウマッター? ……え、何これ! カワイイー!」
児童向けの市民レースクラブで、ウマ娘達がある動画を見て盛り上がっていた。
その日、ウマッターでトレンドに上がっていたのは、とある地域の伝統行事の練習風景。
美しい伝統衣装を纏い、神社の参道をウマ娘が駆け上がる、地元で連綿と受け継がれてきた祭礼行事。
その今年の走者のトレーニング風景で、人形を縫い付けた仮衣装で走る姿が可愛い、とプチバズっていたのだ。
「こーらー! あんた達、もう練習始まるよー! スマホしまいなさーい!」
「ゲッ! コーチ!」
「まったくもー、何見てんの……ハイ、練習後まで没収!」
「ギャー!鬼ー!」
「……え。この子って……」
ふと、女生徒の手からスマホを没収しようとしていた栗毛のウマ娘の手が止まった。
924/09/08(日)03:07:59No.1230414532そうだねx3
灼熱の時は終わり、ヒトもウマ娘も、その多くは等しく凡庸な日々へと帰る。
それでも、人生は続く。

だから、あなたがどこかで走り続けているのなら。
“ここにいるよ”と、手を振っているのなら。
「……そっか。あんたもまだ、走ってるんだね」

たとえ、名前が朧げだったとしても。
顔がよく思い出せなかったとしても。
きっといつか、誰かがあの夏を思い出すのです。

【了】
1024/09/08(日)03:20:49No.1230416160+
書き込みをした人によって削除されました
1124/09/08(日)03:21:38No.1230416257+
未勝利戦が終わりを迎える9月第1週に合わせて仕上げたかったのですが完成しませんでした
私は…遅い…
https://youtu.be/spwNQ1_krec?si=3emiNE3Rxs8Jb6Ro&t=126
こちらは原作のチルアウトさんです

元々は完全創作のモブウマ娘を主題に書こうとしていたのですが
原作と馬名被りしていないか調べていた時にこの子を知り
この子のことを書きたくなりました
1224/09/08(日)03:34:00No.1230417554+
えっ!こんな時間に怪文書を!?
1324/09/08(日)03:34:44No.1230417617そうだねx6
上手く表現できないけどなんていうか...いいもの読めたなぁ...って感じ
1424/09/08(日)03:39:34No.1230418035そうだねx3
いいもの読ませてもらったけど絶対投下する時間間違ってるって!
1524/09/08(日)03:50:21No.1230418799+
新しい活躍の場を見つけた現実の子の怪文書
そういうのもあるのか
1624/09/08(日)03:57:17No.1230419246そうだねx1
>上手く表現できないけどなんていうか...いいもの読めたなぁ...って感じ
ありがとうございます
心底うれしいです
>いいもの読ませてもらったけど絶対投下する時間間違ってるって!
書き上がったテンションでそのまま投下しましたが割と後悔してます
詳しくないけど日を改めて再投下するのはなんかルール違反な気がしますね…
また次があったら気をつけます…
1724/09/08(日)04:11:29No.1230420184+
https://db.sp.netkeiba.com/horse/2014102398/
この子か…
1824/09/08(日)04:35:22No.1230421369+
その他大勢のその後って世界観広がって良いね
元ネタは上げ馬かな
1924/09/08(日)08:26:49No.1230437400+
もっとたくさん届いてほしい


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