「おはよう」  春の陽気のように穏やかな声が、辺りの草原を風の如く撫でた。 「……人間は『こんにちは』っていうらしいよ。今の時間ならね」  それに刺々しい声で応えたのは、赤い三角帽子に真っ赤な装束の、如何にも魔女然としたデジモン。  彼、又は彼女は、億劫げな表情のまま、自身の顔を丸ごとすっぽり握れるほど大きな手の指で太陽を指した。  陽の色は橙色。いよいよ地平の向こうへ帰宅しようかという頃合いだった。 「『こんばんは』でも良いかも」 「ああ、そうなんだ。起きたら決まって『おはよう』じゃないんだ」 「そりゃあ『人間は』ちゃんとしてるからね。夜寝て朝にきちっと起きるんだよ」 「うーん、偉いねえ」  ウィッチモンの口が何か言いたげに開き……結局、何も喉の奥から取りされること無く閉じられた。  致し方ない、トリエラには罵倒も皮肉も、いくら言っても効きやしないのだから。  それはそれとして。 「今日までの頼まれごと、あったんじゃなかった?」 「んーー……あったっけ?」 「……山に凶暴なデジモンが出たから追い払って欲しいって」 「ああ、はいはい」  トリエラはなおも起き上がらず、そのまま草の上を行儀悪くごろごろと転がって、近くにあった自分の荷袋からごそごそカレンダーを取り出しながら頷く。  持ち運びやすい手帳型ではなく、卓上に置いて、月の終わりに紙を一枚めくって後ろに送るタイプのものだ。旅の疲労でややくたびれてきているそれは、ウィッチモンが散々キレながら、口を酸っぱくして言い聞かせて、ようやく彼女に持たせたタスク管理ツール。 「でも、もっと余裕があったような気がするけど。ええと、ウィッチモン? 今日は何日?」 「8月14日」 「……うわあ」  ウィッチモンが半目で、トリエラの肩越しに彼女が持っているカレンダーを覗き込む。  今日の四角い枠には、美しい文字で「ロードナイト村依頼、期日!」と書き込まれていた。  トリエラ直筆の書き込みである。 「うわあ、じゃない」  目をぱちくりとさせているトリエラをウィッチモンが睨む。  トリエラは実力のあるテイマーだ。加えて誰に対しても寛容であり、慈愛に満ち、好奇心旺盛。美徳だけを数えたならば、彼女はウィッチモンにとっても間違いなく最高のパートナーと胸を張れた。  しかし、その誇りはいつも傷だらけである。トリエラの致命的とも言えるルーズさによって。 「トリエラ、今から行くよ。そうすれば夜には間に合うだろ」 「そうかなあ……そうかも……」 「分かったらさっさと荷物背負って準備して。風の魔術で運んでいけばそんなに時間掛からないはずだからそこから……」 「ウィッチモン」 「何」 「気づいてくれて、ありがとうねえ」 「……」  ウィッチモンは嘆息した。  そろそろこの二人の感覚の違いについても諦めるべきだろか。どちらかというとウィッチモンは人間寄りの感性をしているのだから。 「良いから、急げ」  鼻歌交じりに身支度を整えるトリエラの顔の横で、拍子を取るようにぴこぴこと跳ねる長くとがった耳を見つめながら、ウィッチモンはもう一度彼女を急かした。 ********** 『トリエラ』 年齢:不明 身長:200cmくらい デバイス:デジヴァイス01のようなもの(木製) 『トリエラ』は正確な発音ではない。これは人間が発音できるように発音を寄せたものである。 背が高く、長くとがった耳が特徴の女性。 最近異世界からウィッチェルニー経由でデジタルワールドにやってきた。目に映る全て新鮮で興味深い為、基本的にいつでも機嫌がいい。 気性は穏やかで誰にでも好意的。人間さんはいつもせかせかと頑張ってて偉いなあって思います。だからいつでも、なんでも頼ってね。 悪く言えばたいへん大雑把で、なおかつ気まぐれで移り気である。頼んだ仕事をいつ果たしてくれるかは予測不能。依頼の際はしっかり期間を区切りましょう。ちゃんと覚えてくれてます。(パートナーが) 最近、パートナーに請われてちゃんと暦というものを持ち歩くようになった。でもたまにうっかりしちゃうこともある。 いつ頃から生きているか、今何歳かと問われても分からない。命数をいちいち数えてお祝いするのは人間さんたちの習性だしね。 戦闘においては高級プログラム言語を駆使した魔術でパートナーと連携を行う。基本的には何でもできるが、好きな属性は風と炎。 *********** ウィッチモン 成熟期/魔人型 プライドが高く、上昇志向の持ち主。几帳面で気性が荒い。 ライバルのウィザーモンをいてこますためにデジタルワールド行きを計画。トリエラを優秀なテイマーと見込んでスカウトし、共にやってきたが、最近はもっぱら全てにおいて気の長過ぎる彼女にキレたり呆れたりで忙しい。こんなの殆どあいつの秘書じゃないか… その為、いつもイライラしているが相手を嫌っているわけではない。基本的に「物事を思い通りに運べない自分」へ憤っているだけ。 戦闘においては氷と風の魔術を操る ***********