『ホーリーアロー、ヘブンズナックル、エクスキャリバーの3連撃で詰みか、雑兵相手にずいぶん手間を掛ける』 「少し黙っていてくれ…、外したくない」 立ち並ぶビルの中で一際高く聳えたそれの屋上に立つのは白銀の鎧に10枚の黄金の翼を持つ最上級天使。 組み立てた戦いの段取りを揶揄する内側からの声に不快感を示しながら彼は遥か遠く…2kmは先の目標を睨んでいる。 福山天明(フクヤマテンメイ)、デジタルワールドという異世界からやって来た天使…セラフィモンをその身に宿し悪の存在と戦う運命を与えられた少年。 学校帰りに悪の存在を感じ取った内なる天使に導かれるまま黄金の翼を持つセラフィモンへ変身し高所に移動。 そのヒトを越えた感覚で討つべき敵…3体のデジモンを見つけた彼は一番の強敵と思われる巨体を先手を取って確実に仕留める為に光の弓を構えた。 「ハッ…ハッ…」 ホーリーアロー、大天使以上が放つ雷撃の矢。 強く引き絞られ見据えた敵を一瞬で絶命させるだけの力を十分に溜め込んだそれは、どうかあの敵を討たせてと射手に訴えるかのように輝いている。 巨大な異形よりその輝きが持つ破壊力が恐ろしいのか、鎧の中の少年の呼吸は少しずつ荒れていく。 『矢を放つのが恐ろしいのならやめてしまえ、迷いの籠もった矢など的外れの方向に飛んで恥をさらすだけ…どうしても撃ちたいなら俺に変われ』 「外さないって言ってるし君に変わる気もないよアキラ…!」 体に宿るもう1つの魂、アキラと名付けたセラフィモンの声に逆らい遂に解放されたホーリーアローは狙い通り一直線に雷のような速度で飛ぶ。 矢が巨体の頭部を塵に返した時にはセラフィモンの姿は屋上から消えていた。 「あー!むしゃくしゃするクソっ!オレ様達暴れる為に来たんじゃねえのかよ!なんで動いちゃいけねえんだレディーデビモン!」 「デカい口で臭い息吐くんじゃないよヘルガルモン、あたしとメフィスモンが人間界とダークエリア直通のゲート作るから周り見てろって言ったろ?」 「本当に見てるだけとか思わねえよ!クソクソっ!人間界で戦ってるデジモンは強えって聞いたのに全然いねえし人間は逃げるだけだしつまんねえ!」 町の広場に出現した3体の内の1体、全身燃え盛り肥大した前脚と鋭い爪を持つ巨大な狼、ヘルガルモンと呼ばれたそれは身を屈めると傍らの長身の女に顔を寄せ吠えるように抗議していた。 レディーデビモンと呼ばれた女、一度も血の通った事のないような青白い肌に血より鮮やかな紅い目をした異形の堕天使。 彼女は目の前に来た暑苦しい鼻先を鬱陶しそうに押し退けると中断された作業を再開、空中に見慣れぬ紋様を描く。 残る1体、メフィスモンと呼ばれかつて悪魔崇拝者が作り上げたという雄山羊の偶像に酷似した姿を持つ術者。 その感情の見え辛い山羊頭は仲間のやり取りも気にせず絶え間なく指を滑らせ、レディーデビモンの何倍もの数の紋様を生み出し続けていた。 姿を現すや否やヘルガルモンの巨体と咆哮でその場にいた人間達を追い払った彼等が描き出したそれ。 暗黒の魔術に長けたメフィスモンとその補佐をするレディーデビモン、2体の指が空中に描いたものが動き歪み列となって形作るのは幾重もの巨大な輪。 輪の数が増えるにつれ空気は澱み、魂にまで染み込むような冷たさが場に満ちていく。 ダークエリア、デジタルワールドの墓場とも地獄とも呼ばれる深淵と人間界の一部が重なろうとしていた。 「なんて安い悲劇でしょうね…私達だけの力でこんなに容易く世界が繋がって破滅に近づくなんて…」 「うっとりしてねえでさっさと完成させちまえよ!そしたらオレ様も戦いに言っていいんだろ!?」 「ええそうなれば番犬業はおしまい貴方は自由、でも言っていたように人間界にも私達の邪魔になる強いデジモンはいる、最後まで油断せずに」 「ああ!?本当に来るならな!」 自分達がもたらす混沌を想い1人陶酔するメフィスモンが気に食わず、ぶつけた苛立ちを先程自ら放った言葉で返され更に苛立ちを溜め込んだヘルガルモン。 未だ現れる気配のない敵を探すように後ろ足で立ち上がり周囲を睨みつける、その姿は10m近い巨体と相まって地獄からの使者と呼ぶに相応しい。 そんな彼が待ち望んだ戦いは突如飛来した一筋の雷がその頭を消し飛ばす形で幕を開けた。 頭上でした奇妙な音、仲間の頭が弾け飛んだそれと気付かず見上げたレディーデビモンは仲間の死と自らの背後に現れた天使の存在を認識出来ただろうか。 ホーリーアローを放った直後に飛び出し着弾と同時に彼女の背後に回っていたセラフィモン、その光を纏った拳が無防備な背中を打つ。 天使の出現を感じ取ったメフィスモンが振り返った時、レディーデビモンの上半身はこの世から失われていた。 「三大天使…馬鹿な…っ!」 自分達と敵対する天使の総大将、ここにいるはずのない絶対の善。 その出現に困惑しながらも計画の失敗を悟ったメフィスモンは仲間の残骸に目もくれず即座に逃げの一手を打つ。 体から滲み出し一瞬で周囲を覆い姿を隠したのは触れた全てを腐食させる暗黒の雲。 あらゆる攻撃を腐らせ勢いを奪い、空気すら蝕み毒へ変える攻防一体の腐食の壁デスクラウド。 「聖剣展開…!」 広がる暗黒に臆せず踏み込んだセラフィモンの右篭手から伸びる紫に輝く刀身、天使だけが持つ聖剣による一文字斬りは毒の大気、暗黒の雲、場を囲む呪われた輪と共に元凶を引き裂いた。 「だっ…がまだ……!」 最上位の天使相手であろうと逃げるだけの時間は稼げると踏んだ奥義は紙のように破られた。 自らも肩から下を切り落とされデータの塵となりながら雄山羊の頭は地に落ちていく。 まだ打てる手はあったのかただの悪あがきか、最期に何かを紡ごうとしたその口も最後まで警戒を解かない天使が反射的に繰り出した脚に粉砕される。 そんな一瞬の蹂躙で3体のデジモンが作り上げていた不吉な輪も彼等を葬った3つの聖技により貫かれ砕かれ切断され霧散し、邪悪な企みは影すら残さず消え去った。 「ハァ…ハァ…」 『敵は殲滅したが蹴りも含めて4手、事前に決めた手数を越えての雑な締め…お前の戦いはどこまでも不格好だな』 心底退屈そうなアキラの声、それに反感以上に周囲の危険が完全に去った確信を得た天明は戦いの緊張と焦りで荒れていた呼吸を整えようと胸に手を当てる。 天使の姿で行うその動作は討った敵を悼むようにも見えた。 そうして場に留まっていた彼等の下に大量の威圧的な靴音が迫り、機動隊と思しき盾とデジヴァイスを構えた人間と多くのデジモンが一矢乱れぬ動きでセラフィモンを取り囲んだ。 「警察…」 『相変わらず遅い到着だな人間界の猟犬は、その上お前の正義も俺の威光も理解できず牙を剥けてくる…、いい加減上下を叩き込みたい所だ』 「そういうのやらせないって言ってるだろ」 機動隊の統率者なのか包囲の輪から1人の人間が歩み出る、降伏の勧告か口を開こうとしたその瞬間、セラフィモンは羽ばたきの音も立てずにその場から消え去った。