まとめ 三枚目 前提 これは二次創作。本編とは混同しないこと。 二枚目の最終話のコーラップス・タイムループによって時間が巻き戻っている。 設定のブレなどはこれらのタイムループの不具合によって生じた物として処理する。 登場人物 M14の指揮官……未経験でヤワな新入社員だったが、慣れてしまった。 M14……戦術人形。強い。指揮官と誓約していて、長い付き合いがある。苦労している。 MDRの指揮官……陰鬱な話をよくする。疲れ切っている。 MDR……戦術人形。強い。指揮官と誓約している。愛はあるが、苦労している。必要に駆られて真面目そうにしている。 あの指揮官……本編の指揮官に相当。 1 2Z64エリア。 「ヘイ!私って健全な社会大好きだわ!」「連れていけ!」攻撃的で皮肉気な口調の女が連行されていく。 あれも指揮官だった。仮番号は■■。 手元にはテープ留めされたビニール袋。床に散らばっていた中身を誰かが舐めた。「砂糖じゃん」 「しょーもな」私はスマホを取り出す。215番の個人用端末……頭痛と違和感。 数センチ先の影を見て、知ってるものだと思い、振り向いた。ただの通行人だった。 家に帰って、キーボードの上に指を置いた。書き込む気にすらなれない。何かが脳にこびりついてる。 「遺失物を担当してるのはここ?」「そうですが……」受付職員は65番。 「あんた完璧を求めてるでしょ」「……完璧な人形ですからね」「なら私の問題も完璧に解決しな」 215番に頼まれ、ビッグブラザーのシステムに潜り込んだ。「いいのかな」「完璧、欲しいでしょ」 まあ……人形の次、仮登録された者のリストを巡る。願望と書かれた欄は種を問わなかった。 いくつかの指揮官の願望は実行不可とタグ付けされている。215番と紐付けされた彼もそう。 ミズカネスズカさんが私達の横に立っていた。 215番は溜息を吐いた。ミズカネスズカさんに無言で続けるように促される。 適当に開いた指揮官のファイルには愛情省の押収品保管庫に押し入り、訳の分からない事を喚いた警備ログ。 『クソァ!人間が生活していて、なぜ粉が無いんだい!』 彼のファイルに紐付けされた警備ログ。重大インシデント懸念と処理済みのタグが付けられていた。 「殺ったの?」215番。低い声で。彼女は首を振る。冷凍睡眠処理と書かれている。記録映像も画面に現れる。 『人類絶滅こそが最良の解決策だ!』ミズカネスズカさんに殴りかかる男が、215番の言う彼なんだろう。 この子、とんでもない人と暮らしていたんでしょうか?215番は連行されていく。 「ねえ、せめて私も同じところに送ってよ、ねえ……」 朝。 仮番号■■が廊下で叫びながらのたうっていた。何を考えていたのか、塩を鼻から吸引したらしい。 私、215番はそれをアップしようとしたけど、既にBANされてた。 ……私は最近、ずっと街を歩いてる。探している人が居るから。誰もそんな人は知らないんだけど。 でもそれは、遠い昔の影なのかもしれない。 2 「呼び出し喰らっちゃったよ」と指揮官。私には心当たりが多すぎる。質素な部屋で上司と対面した。 「さ、読んで」「会社都合退職って奴ですか?」「えー、再就職先見つかんないんすけど」私、MDRはそう呟く。 「あなた達、自分で勝手に作った現実像にハマってるの?感心しないわね」書類を押し付けられる。 「うちのVR演習用サーバーを使って勝手に仮想通貨のマイニングをしてる愚か者がいるから、解決してきなさい」 私は笑った。「ウケる」「何も面白くないわ。指揮官は気絶させ次第こっちに連れて来て」 ……少し考え、笑うのをやめた。「人形の方は?」それ私のセリフだから。「好きにして」 「それじゃ人集めてから行くか」「はいはい」 指揮官は車を真横にスライドさせて止めた。 暴力的に突入したが、見るからに困惑しきった向こうの基地の人員は撃ち返してすら来ない。 「一体何なんですかあなた達は?こちらはサーバーのメンテナンスを頼もうとしていた所なんですが」 老いた男がこの基地の指揮官で、そして口から出た言葉は正論だ。 「なんか変だな」と指揮官。彼等は何かまともすぎる。 ……サーバーを見るか。 ビンゴ。バックドアだ。自慢じゃないが、グリフィンのセキュリティ強度はかなりのものだ。 だから犯人は内部犯に絞られる。更に監視カメラの映像を確認すると、ある日時の映像が消されている。 「この時期に入ってきた人に心当たりは?」老指揮官に聞き、犯人の目星を付け、移動を開始した。 上司が無線越しに呟く。 「しかし馬鹿げた話ね。グリフィンで人脈を築いていけば不安定な金よりよほど価値を稼げるというのに」 彼は価値を稼げているだろうか?横目で見る。嫌そうな顔をして目を逸らし、それでハンドルも逸れた。 銃弾が彼の耳の縁を削いだ。「っぶな」私は窓を開ける。指揮官は自動運転に移行。車内の人員が反撃を開始。 基地に突入した。コアを狙いから外すように撃ち合いを続け、敵指揮官の居所に向かい進攻。 最後のドアをブチ破ろうとした瞬間、聞いた事のないおぞましい悲鳴、次にくぐもった銃声がドア越しに聞こえた。 椅子には死体が座っている。死体の前にはディスプレイが存在する。右肩下がりのグラフが映っている。 これが彼が最後に見た物か。死ぬ前に何を考えていたか……想像する気にもなれなかった。 3 MDRです。今は保安局の牢屋からこれを書いています。 こいつらは最低です。ペパロニピザとコーラのセットを頼むように言いましたが、シカトされました。 なんでこんな事になったかって言うと、K5の魔術で指揮官が分裂してしまったのが原因で…… 基地。 「俺もう人類も人形も嫌い。全員滅んじまえばいいのに」「まあまあ」ここまではいつも通り。 「私は?」「嫌いだ……」待って?「え、なんで……今までそんな事言った事も無かったじゃん……」 「チクショー、フッた腹いせに掲示板にカキこんでやる!」 ドアを蹴破り……歩きスマホは規則によって禁止されています……つまり、こんな風になるからです。 指揮官?「おい、どうしたんだMDR?そんな顔して……俺に言えるなら何か……」ワオ、なんかキモいな。 でも変だ。嫌そうな嗚咽が部屋から聞こえて来るのに指揮官がここにいるなんて。 「あー……何でも無いから」「だが……」「ほっといて!」戻った。指揮官はいる。でも……いつもよりダメそうだ。 カフェで性格が良さそうな指揮官が人形全員に一番高いメニューを奢っていたのを見て、私は異常事態を確信した。 「善と悪を分けると言われる祭器があったんだけど、こんな風になるとは」K5。「マジで何やってんの」 「いやあ、つい」善い指揮官は人形のほとんどを連れてレッドエリアに。 崩壊液のサンプルを取りに行くと口が軽い営巣常連人形から聞き出した。悪い指揮官、この事についてご意見は? 「人類は生きる事で苦しむべきだ」K5と目を見合わせた。「つまり、善い指揮官は……苦痛を?」 「取り去るつもりだろう、クソ」悪い指揮官は嫌悪に顔を歪める。私達は状況を察した。「ヤバい」「止めなきゃ!」 都市より遥かに遠い場所。 向こうの数は倍量だったが、指揮がカスだ。こっちは指揮がいつもより遥かにいいが……ぞっとするほど冷たい。 結論。向こうの指揮官を捕獲した。向こうの兵隊は最終目的を知らされていなかったらしい。 通信に情報を投入した途端に連携が破綻した。こうなればボロクズのようになってしまう。 それから……光学迷彩を着た連中が全員を囲んでいる事に気付いた。 K5? 「ごめんなさい。指揮官が崩壊液を奪って何かしないように、保険として保安局も呼んでいたの」 今頃彼も銃を突き付けられているかな。 4 MDRです。今は基地の営巣からこれを書いています。 指揮官は最低です。ペパロニピザとコーラのセットを頼むように言いましたが、シカトされました。 なんでこんな事になったかっていうと、研修用VRを作っていた時の出来事が原因で…… 「じゃ、ここで失敗パターンのデバッグをやっておきたいから、なんか酷いことして」職員。 「はいはーい」私は指揮官の日記を自動スキャナーにかけて、時限でネットにアップロードするように設定した。 コンプライアンス・プライバシー侵害とHUDに浮かび上がる。「ハイスコア、狙ってもいいよ~?」無視されてるし。 いや、職員が呟いた。「スコアがおかしいな」「何……はあ!?」スコアグラフを表示すると、直角に下がっている。 スコア低下理由をチェックする。「あなたの行為が原因で基地の外で殺人事件が大量発生?おいおい?何それ?」 「原因を調べるから一旦ログアウトしてくれないか?」「は~い」ログアウトと念じる。 「変なバグもあるもんだねー」と現実で呟く。 ゴーグルを外して起き上がると、人形が微笑みながら壁に立てかけられた私の銃を取り外し、職員に向けた所だった。 ガスクレーター近傍。 地獄の門と現地住民に呼ばれる燃え続ける穴に、私達はある物を捨てなければいけない。 「トランクには何が入ってるんですか?」M14が聞いた。「デジャヴを感じる……」彼女の指揮官が呟く。 私は黙ってる。指揮官は……置いて来た。 ……私はVRに本物の指揮官の日記を突っ込んでいた。スキャナーは四式から借りた。 そう、自動的だった。だから私は中身を見ていない。架空の日記を自動生成させればこんな事にはならなかったのに。 ぞっとする事に、私の銃を盗んだ彼女は……本当に信ずるべきものを見つけた顔だった。そういう微笑みだ。 数人の人形が解読を試みたが、同じような結果に終わった。幸いなことに、人間職員は中身を視認していない。 私はこれ以上の被害の拡大を防ぎ、自分のやった事の責任を取らなきゃいけない。 ……青色の多脚戦車がミラーに映った。 叫び声が聞こえてきた。「俺の日記ーッ!」「僕の経験値~!」背面のポッドから指揮官の顔が覗いている。 窓ガラスに銃弾が刺さり、次に銃声が聞こえた。私は叫び、撃ち合いを始めた。 咽び泣く声を背後に、私は日記を穴に放った。 5 この街が好きだ。寝転がる酔っ払いのゲロを踏み、前言撤回。この街が嫌いだ。 「ねえ、ここに過激なロクサット主義者の巣窟があるって本当なの?」「MDR、アレだ」「あ!やだ~」 指揮官が指差した先にはロクサット主義友の会と書かれた看板が掲げられた雑居ビル。後エロい店の看板。 「何で大っぴらに看板掲げてるのよ」「知るか」エレベーターへ。 「あら、お客さんかしら?」恐らく従業員が同乗者だった。「エロくない看板を掲げてる奴ら、何か知ってない?」 「物騒な人たちなら十階よ、あの人たちゴミの分別守らないの、嫌よね。それに変なトランクとか持ってるの」 「どんな?」「映画に出てくるような奴よ。そういう物のマニアってよりは……物騒な人たちに見えるわ」 「ビンゴ」「ところであんたら警察官?あたしらがやってるのは自由恋愛だけど、あんたもする?」 「嫌だ!」指揮官。「ちょっと!名刺くらい貰っていきなさいよ!」「結構だ!」 問題の場所に着いた。 オフィスを改装した事がうかがえる壁には、レーダー・ロクサットの肖像画が飾られていた。 おうおう、それっぽくなってきたじゃん? さて、ここに来た理由は指揮官の同僚を救出する為です。 道を歩いてたらバンに詰め込まれたらしいけど、わかる事は監視カメラに映った下手人のタトゥーだけ。 で、視線の先、会話する数人の男達の腕の図像は一致してるので、とりあえず来た甲斐はあった所。 「あの男をパラデウスに売れば、こちら側の政治家を支援すると言うのは本当だと思うか?」 「さあな、だが提示された額は大したもんだぞ、前金までくれちまったんだ、やらん理由もない」 PDWを吊るした男二人が口を滑らせた。(黒だわ)(黒だねえ)(やっちゃう?)(やっちまえ) 指揮官とハンドサインを交わし、ついに引き金を引いた。防弾ベストが弾を防いだのか、死んではいない。 怒声と共に撃ち返してくる。数人ほど増援が来た。パーティー開始。指揮官も突撃銃をブッ放した。 今日は配信OKデー。指揮官もマスク着用だから画面に映れる。どっちにしても稼ぎ時だった。 パーティ終了。カメラを切り、施錠された扉を蹴り開ける。 「ハーイ、守護天使よ」「G&Kだ」肝心の彼は呻くだけ。少し待つと、苦し気に声を絞り出した。 「……金玉を殴られた!」 まあ。 6 喫茶店。 指揮官は……トイレに走ってる。 ……尊厳は維持されたかな? 適当に注文して彼を待とうとしたけど、注文した後に知らない可愛い女の子が目の前に座った。 「え、誰?」「トイレに行った彼、G&Kでしょ?だったらあなたはクロ本人?」「そう見える?」 「どっちでもいいわ。わたしは本物に近づく必要があるだけ」彼女は人形らしい……でも。 服と髪形こそ違うが、顔自体は私、MDRにそっくりだ。クロってのは、まあ、人にはいくつもの名前がある。 「OK、OK……それで、あなたは何なの?」彼女は顔を近づけてくる。何だか圧があるな。 「わたしはリモートワークで働いている人形で、わたしの購入者はあなたの熱狂的ファン」 「それで?」「購入者を満足させる為にあなたに近づきたい。記憶データをよこせとまでは言わないから……」 彼女は咳払いする。「何かを頂戴、何かを。本質的に近づけるような情報を」 ……偶然彼女は私と同じシャツを着ていた。髪形を変え、その場で出来る最大限のコピーをしてみる。 「その子は誰なんだ?」指揮官がちょうど戻ってきた。 「あれ?わかるの?」彼女がそう言った。 私はその子の演技指導の為にアドレスを交換し合った。 SNSでのフォローは面倒事を避ける為、誰も知らないサブアカウントで行う事に。 すっかり意気投合するというわけじゃない。当然だけど、彼女は私にたまたま顔が似てるだけの他人だ。 それでも彼女は自由意志で私という形に近づこうと努力している。 どうにか上手く聞き出したけど、彼女は購入者に強要されてやっている訳じゃないらしい。 だから……好きでやっているのだ。それなら面白半分に協力してもいい。誰かが泣いている訳じゃないんだから。 彼にクソ面白くないSF映画の同時視聴に招待され、彼女も呼び出してみる事にした。 映画が終わった後に彼が呟いた。「あんまり面白くないよな」「じゃ何で見せたのさ!」同調しきった返答が重なった。 「中盤と終盤にさ、いいセリフがあるんだよ。いくら変質しても本質は失われない」 セリフには続きがある。 また喫茶店で会った時、彼女は私とは少し違う存在に戻っていた。「不評だった」と彼女は一言、苦笑しながら言った。 「結局人は頭の中に作った像を見てるだけ」という続きのセリフが、頭に過った。 私も苦笑した。 7 「現実感が無い」俺は呟く。 「何々、とうとうおかしくなってきちゃった?」MDRが嫌な目で見る。 「2Z64エリアは消えたはずなんだが、あそこから抜け出た気がしないんだ」 周りを見回すと、都市だけが見える。建物の間の歩道を人が通り過ぎる。俺達はその真横。 「でも、問題はもう解決されたでしょ」「そもそもあれ以前から、俺は長い夢を見てたんじゃないか……?」 脇腹を肘で小突かれる。「痛えな」「皮膚感覚って夢でもあったかな?オラ!」「やめろって」「おっと」 MDRが呟く。目を向ける。あの指揮官だ。横には副官人形。後は少佐と呼ばれてる女とレンズ男。 全員が解散し、四方に歩き去る所だった。一人の進路は俺の側だ。 「うげっ」嫌そうに指揮官が言う。「うげっじゃないだろ」「そうだそうだ」MDR。 「何か用かな?」溜息。胡散臭い笑顔。「聞きたい事があったんだ」「聞かれたくないなあ」 「天秤について考えた事はあるか?」「君はいつもその調子だけど、彼女はうんざりしないの?」 「してま~す」MDRはこの調子だ。「付き合ってりゃ慣れるわ。ほら、アンタも抽象的な例えやめて本題に入りなよ」 しばらく歩く。 自販機を見つけて、缶コーヒーを見つける。拘束時間の対価を渡す。苦笑いを返される。 「それで、2Z64エリアのサーバーを破壊しちまったんだって?」「そういう事になるね……責める気?」 「いや、迷ってるだけだ。あのまま人類全体を仮想現実に漬け込めれば、ある意味皆幸せで平和になってたろ」 「ふふ、ぶどうジュースとジャガイモ天国で、現実じゃ人間のピクルスしか無くなっていても、幸せかい?」 「ありゃ早期アクセスだったからだろ?」ベンチに座り込む。 街頭TVには犯罪ニュース。未だにこの世は不幸で満ちている。 「現実世界を取り戻して自由の身だけど、結局誰も彼もが膝まで苦痛に浸かっているだろ」 「不特定多数の幸福を投げ捨ててまで選ぶべきだったのか、俺にはわからなくなってきた」 言葉を吐き出す。MDRは黙ってる。 「そもそも」指揮官が口を開く。「信用できる?」……結論は出ている。 「無理だな。夢に浸ってる間に何されるかわからない以上は。結局誰も信用出来ねえんだから」 指揮官は笑う。俺も笑った。「コーヒーありがとう。ま、君も頑張りなよ……」 彼は立ち去った。 8 ポストヒューマンの件を彼は未だに引き摺っている。 面白半分に私のDM箱を見せると、彼は人類嫌悪と悲観の言葉を吐き出す。 ちょっと前だったらあのまま支配されてた方がマシだったかもって続けて呟いてた。 でも今日は違う。なんで?って聞いてみた。 「俺達は彼等を信用できなかったし、彼等は俺達を一撃で終わらせる事が出来なかった」 「だからあの話はあれで終わり。もうウルトラナイトメアな現実の続きをやるしかないんだ」 俺が死ぬところを見ててくれ、って言いそうな感じだったから、励ましてやろうと試みる。 「ほうら、現実を見つめなよ、ハニー」甘ったるい声色で。吐くマネをされる。「MDR」 「そこまで?」「普通にしててくれ」「はいはいそうですか、ったく……心配してんだけど?」 「その部分はありがとよ」「ハ、どういたしまして」 ヤニくさい中古のバンは社用車の一つだ。 スモークガラス越しに現実を見る。荒れたハイウェイを下っていく。 仕事は既に始まっている。「一区切りついたみたいで良かった」と呟く。 私は無言でコーヒーを啜る。窓に蜘蛛の巣模様が出来る。 彼は物憂げな溜息を吐く。 現実はクソなのはわからなくもない。けどクソと折り合いをつけていくのが人生だ。 彼もちょっとくらいは折り合いが付けれてきたのかもと思うと喜べなくもない。 問題はヤケになられる事だ。彼はヘルメットに突き刺さった銃弾の欠片を引っこ抜き、指で弾いた。 「ね、曲がりなりにもアンタに死なれたら気分悪いからさ、回避行動は取ってよね」 無言。敵よりこっちのが怖いな。いよいよ窓ガラスが割れる。スライドドアを開け、ダミーを転がす。 カメラ同期は姿勢制御が完了してからする。実は訓練で何度か酔った事があるから。 今日はハリウッドスタイルの突撃が通じる任務じゃないから、ダミーがいる…… ダミー小隊、ハイウェイのRF部隊、他の指揮官の部隊もOKと伝える。彼は全体マップを確認する。 今から始まる挟撃は光学迷彩装備のRF部隊のキルゾーンにパラデウスの部隊を放り込む為にある。 作戦終了。 「やっぱつらいなあ、現実」彼はしゃがみこんで呟く。「やれそう?」「わからん」 考える。「焼肉奢ってあげるから元気出しなよ」「いや、割り勘でいい」私は溜息を吐いた。 「……今日はおとなしく奢られな」 9 私達の受け持ちのグリフィン人形達には、『有給一日分やるから邪魔するな』と指示してる。 クラブで酔ってブッ倒れた部隊員の写真が送られてきて、彼女らなりの休暇を満喫してる事がわかった。 鏡にはMDRらしくない服装の私が映っている。つまり、お忍びファッションってわけ。 最近はずっとそう。仕事とプライベートと配信が三分割されてる。 さ、私は私なりにやりましょう。 手を洗った後にやたら開きにくいトイレのドアを開け、彼の所に戻った。 「レモンいる?」「いらね」肉を焼く。等分で分配する。喰らう。 「結局さ」私が口を開く。「耐えるしかないんじゃないかな」肉をビールで流し込む。 「今は苦しいけど、未来はわかんないじゃん?」「ああ」彼はノンアル。シラフでいたがってるから。 妙な味付けの肉を彼が好む理由は理解できないけど、他の部分をわかってやることは出来る。 「ポストヒューマンは蹴っちゃったけどさ、あんた風の言い方で言うと、革新的ソリューション……」 飲む、食う、喋る。 「その内いいのが出るって、あんたも納得できるのがさ……」彼は黙々と食べるだけ。 たまに入店チャイムが鳴る。 ビールと肉追加。口を挟まれかけたが、指揮官のメンタルケアも副官の役割だ。 与えられた権限に相応の行動をしなきゃならないのは悲しい所だけど、さて。 「それにさ、私みたいな人形……もっと昔だったらいないでしょ?」「ん」 「全ての問題を解決したわけじゃないけど、人間に出来なくて、人形に解決できることはしたじゃん?」 アルコールにドブ漬けされた思考で考え続ける。なんて言ったらいいかな。 「そう、未来。全然わかんないでしょ。私ら人形、あるいはそれ以上のが出てくるかもしれない……希望よ」 「綺麗ごとじゃねえの」「いいの!結局全部解決されないかもしれないけど、未来を信じて毎日出来る事をやるの」 「遅滞戦か」「そう!」「わからねえな、お前ってそういう事言うタイプか?」それは自分でもそう思う。 「アハハ、私って反抗的なタイプだから。あんたの悲観主義に反発してたらこうなったのかもね……」 「どうしても全額払うのか?」「いい感じの貸し作らせてよ、すぐ死んだりしないようにさ」 「なら別の形にしてくれ」溜息と共にちょうど半分の金額の紙幣を押し付けられた。 少し呆れるけど、受け入れた。 10 指揮官はだいぶ持ち直してきてる。それはそれとして仕事がある。 私達は有名人のクローンを作っていると言う名目で金を巻き上げてる詐欺組織の摘発をしなきゃならない。 「頭がおかしくなりそうだ」と指揮官が言うが、これはいつものダウナー発言じゃなくて正常な感想! すっごくセンシティヴな案件なので配信は絶対禁止。こればかりは私、MDRも納得せざるを得ない。 「もう世界全体のモラルが死んで来てるのかもね。狂った時代よほんと……」 彼は無線の周波数を合わせた。「おい、お前とPA-15は大丈夫なのか?」「アンタらよりはいいよ!」 この仕事は彼女の古巣の最終生命からグリフィンに頼まれていた。風評被害に巻き込まれかけているらしい。 弊社は最新技術をそのような形で濫用しているとあることないことを吹聴され不愉快です、と言うわけだ。 雑居ビルの近くに停車。他の人形部隊の準備を待ち、OKと共に突入する。 指揮官がハンマーをドアに振り下ろしたのと、違法な軍用人形がドアを蹴破ったのはほぼ同時だった。 ヤバいな。人形のメインカメラが砕かれた。指揮官が掴まれる。 前腕に狙いを定め、私は撃った。 腕が壊れ、配線が露出する。指揮官が人形を蹴っ飛ばした所に更に撃った。 「なんか軍用人形がいる!」無線越しによその指揮官が言う。 なんで?疑問は脇に置き、指揮官のポーチから手榴弾を取り、投げ込む。 これは人形の役目。人間はブレるから、予備弾と工具などを運ぶ役。それがうちの基地のドクトリン。 無駄に硬くて強かったけど、どうにか無事に戦闘終了。私の大腿に穴が開いてるけど! 敵の端末を解析してると、軍の高官がカモのリストに入ってた。 「世も末ね」とよその指揮官。視線の先には……うん、人形がいる……見た事がある顔の。 やはり人間ではなく、整形された人形だ。溜息を吐きながら「助かりました」と言ってる。 暗号化されたメールをいくつか解読した……なるほど。 ドライバーは指揮官。後部座席には私と目出し帽を被った問題の人形が座ってた。 「犯罪被害者の人形は顔を変えられるんだってな」と指揮官が呟いた。 「元の顔の人にも迷惑がかかりますから……早く顔を変えたいです」 指揮官は適当に話を合わせている。解体分析するまで自壊されないように。 ……自分から犯罪を犯す人形は本当に珍しい。 11 私、MDRは一人で店をはしごしていた。二軒目のバーカウンターに座ってると、横に見知らぬ男が座る。 「君、戦術人形だろ?」「そう見える?」「どうかな。でも銃を持った若い女の八割は人形だ」 「それで?」「その……妻が何をやっているか調査出来ないか?」「待って?」「何?」 「私が戦術人形で、かつPMCか何かだったとしても依頼が受けられるとは限らないでしょ」 「それもそうか」「まあ私はPMCの戦術人形で、今ヒマしてるんだけどね」「回りくどいな」 奇妙な偶然もあったものだ!私は指揮官の女上司から夫の監視の依頼を受けていた。 この男が夫。そして妻を信用していない。そして妻も夫を信用していない…… 普段の配信者の私としては大笑いしながら仕事を進めたい所だけど、私のボスのボスだ! ……クビは嫌だ。真面目にやらないと。 「で、理由は?」小声になる。「彼女、何かと……あー……俺と夜にあれこれするのを嫌がってる」 「それで?」「俺としてはゴムとか付けろって言われるなら付けたりするけどさ」 「こうも嫌がるんじゃ怪しくもなるだろ?」「OK……」「出張も多いし……」 ……気まずい。 クソ。「一番強い酒をよこしな」酔っぱらわせて解決させる事にした。 「で、肝心のあんたはどうなの」「は?」「妻を愛してるの?愛してないの?どっちなの」彼を見据えた。 「……いいか、あいつは俺の女だ。で、俺はあいつの男だ。わかるな」「わかんないよ」「何だと」飲む。 「もっと言いな」「車が必要なら車を買ってやるし、ドレスが必要ならドレスを買ってやる」「その調子よ、でも」「でも?」 「あんた、その言葉をちゃんと面と向かって話したの?正面から」「ん……」考え込む。「してないの?」 男は酒を頼んだ。「してないかもしれないな」「それにシモの方にしたって色々話し合った方がいいよ」 男はグラスを見つめたまま動かない。「俺はダメな夫かもしれん」「ねえ!」「何だよ!」 「だから、話し合いなさいよ!」口を開こうとして、結局黙った。「何?」「どう切り出せばいいんだ!」 ……仕方ない、ネタバラシだ。「あんたの妻、私を通してこの会話を聞いてる」「何……」 ドアが開いた。 「あなた……」「おまえ……」 「……少し話し合わないか?」「……そうしましょう」 もう私は邪魔にしかならないだろう。 12 爽やかな朝のニュース番組の時間だ。終わり際には占いがある。あまり結果は良くないけど。 「えー、次のニュースです」ニュースキャスターは髭面の中年男性と人形の女の子だった。 ドローン撮影。炎上するビル街、火炎瓶が飛び交い、暴徒が撃ち合う。 「ロクサット系過激派組織が暴徒化し、撃ち合っています。これは……」女の子が補足する。 「人類根絶系過激派組織がロクサット組織と思想的対立に基づいて撃ち合っているようですね」 茶を啜ってると彼が嫌そうな顔で半裸でうろついているのが目に入った。片手にはトースト。 「服……」「あっちに干してるけど?」 「このロクサット組織、最終生命とガラテアから機材を盗んだと主張しているそうですが」「何が目的なんでしょう」 「いずれにせよ私達市民からしたら迷惑極まりない……あ、速報です。声明文と動画を投稿したようです」 映像が映った。 デカい脳みそを背景に、タコと人間と機械を混ぜ合わせたような何かが人類絶滅と直筆の書を掲げる所だった。 映像が消えた。 「こんな世界はもうたくさんです!」「やめて!」泣く男が拳銃をこめかみに……女の子に拳銃を奪われた。 サイレン。粉塵。煙。銃声。 「ロクサット主義ってあんなクトゥルフサイボーグを作るようなものだったかな」私、MDRは呟く。 「自動化されたシステムで社会を効率的に運用してく……だったな」彼は戦闘装備。最近のFPSの主人公に似てる。 「それで?」「半導体じゃなくて生もので効果的な管理システムを実現しようとしたんだろ。あの背景の脳みそ……」 「……それで?」「……人類絶滅こそが救済か、造物主への反乱か、それか、俺の想像つかない理由……」 「……私、なんか疲れてきちゃった」 生身の人間だったら耳がおかしくなりそうなくらい銃を撃ってる気がする。私、何でグリフィンに入ったんだっけ。 この仕事を続けるって事は、別にパラデウスが無くなっても日々出現する脅威と戦い続けなきゃならないってことで。 それは普通の犯罪者からマフィアからテロリストまで色々あるって事で…… 終わりの無い戦い。彼に言わせれば、社会、人類、生命そのものの代謝物への対処が、延々と続いてく…… 口座の残高は上向きに傾いてる。リスクに伴う賃金は支払われてる。上司は少し病んでる。けど、空気は悪くない。 でも…… 急場しのぎの掩体に入り、バックパックからマガジンを取り出す。 空のチェストリグに入れていき、ダンプポーチに放った空のマガジンを全部捨てる。 「おい」彼が言った。「考えるのは全部終わってからにしようぜ、今は投降してこない奴を全部撃つだけだ」 「何それ?」「お前、あれが受け入れられるか?」……彼は指揮官の役割として発言したんだと思う。 ……デカい脳みそとクトゥルフサイボーグ……「無理」……個人としても、戦術人形の私としても…… チャージングハンドルを引いた。 組織の兵隊に混じってタコ人形が混ざってるけど、肝心の兵隊の士気はドン底に見えた。なんでって……まあ。 でもややこしい事が一つ。ロクサット組織と撃ち合ってたテロ組織が声明を受けて同盟を締結した。 こっちの士気は最高。躊躇なく自爆してくるし、ヤバい。彼は軽機を振り回して対処してる。 今はあの指揮官に資源が割り振られていて、必然的に私達の人員と装備にある程度の欠如が起こる。 ハリウッドスタイルの突撃は資源不足から起こっているものだ。 社内星5等級の装備で全身を固めていても、やがては数で押され…… ほぼ全滅。私は弾切れでナイフ一本。銃と弾倉を死体から奪った。指揮官はリボルバー一丁。 最後の一体にナイフを投げつけたが、反撃で片腕を取られる。残ったのは腕一本に、奪った銃だけ…… 「もう逃げていいぞ」「バックアップ機能も無い人間を一人で行かせられるわけないでしょ?」「それもそうか」 ガラス越しに脈動する生体組織、玉座に座る人形が立ち上がり、そして彼と正対する。横一文字の瞳孔を、私は見た。 ……希死念慮が映っていた。 人形がアームキャノンを構えるのと同時に、彼はリボルバーを抜いた。 雑務をこなし、訓練して、現場に移動、撃ち合い、報告書を書く。 延々と続いていく。人も人形もやることは変わらない。材質が何で出来ていたって…… 多分それが嫌になったら、何か解放される手段が欲しくなっちゃうんだろうなー。 「お前まで暗くならなくたっていいんだぞ」「あ?自分はいいの?」「そういうわけじゃ……」「しょうもな!」 沈黙。 「……ねえ、あんたが生き続けられる理由って何?」「知るか。理由も無く続いてるだけだ」 「答えになってない!……ま、いいか」 私はアクセルを踏み込んだ。 あとがき ダブルシンクはあまりに極端だけど、人類と現実や、個人間の間に挟まってあらゆるものを円滑に動かす為のシステムは本当に必要なんじゃないか? ただそういった諸問題を解決してくれるモノが出て来るには多大な時間が必要になるだろうし、そもそも出て来るとは限らない…… 結局それまでは生き残る方法を模索し続ける以外に個人に出来る事はない…… 人間には出来る事と出来ない事があるし、正直自分には出来ない事が多すぎるくらいだから、その辺りをカバーしてくれるシステムが早めに出来てくれればいいんだけど。 長くなるのでここまで。 無いなら無いなりに生きて行かなきゃならない。