アリーナの戦闘シミュレータ。 いつも通り"ロボトル"をしに来た四月一日ケイトだったが、今日はシミュレータへ直行せずにエージェント・Kのところへと向かっていた。 「Kさん!戦闘シミュレーションなんですけど、デジモン同士でパーツのやりとりできる戦闘とかってないですか?」 「パーツのやりとり、でしょうか。本アリーナでは報酬の支給はありますが、対戦相手との物品の受け渡しはアリーナとして行っておりません」 テイマーやデジモン間で取り決めをすれば可能でしょうが、とエージェント・Kは答える。 「そうですかあ…」 「何か欲しいものでもあるのかい?」 「そ、そんなんじゃないヨッ!…ただ、真剣ロボトルしたいなあって」 真剣ロボトル。 それはメダロッター同士の合意によって成立する、勝者が敗者からパーツを受け取るメダロッターの意地と魂の交錯するロボトルのことである。 「あーね。でも今他のパーツとかもらっても換装できないぢゃん」 今のあーしこの姿だし、とコクワモンがふわりと一回転する。 「それはそうなんだけど…やっぱりメダロッターとして真剣ロボトルしたいんだヨーッ!」 ケイトの叫びがアリーナをこだました。 『ここがアリーナ…』 フリオは周囲を見渡す。 開放感のあるひらけた内装、よくわからない機械が立ち並び、奥を見るとレストランを始めとした商業施設、宿泊施設まで併設されている。 あまりに過去の自分とは縁がなさそうな風景に、これもデジタルワールドに来なければ見られなかった場所だなと、他人事のように思う。 アリーナという戦闘訓練施設がある。 そんな話を聞いてやってきたが、これでは他の物に目を奪われて訓練どころではなくなってしまう。 それではダメだと頭を振ってアリーナへと足を向ける。 フリオはここに一つの課題を持って訪れていた。 それはアルボルモンとしての戦闘力の強化である。 現在、フリオは木のスピリットにより、アルボルモン・ペタルドラモン・トゥーレモン・エンシェントトロイアモンの姿に成れる。 それだけあればどのような戦いにも対応できそうなものだが、一つ大きな欠点があった。 アルボルモン以外の姿はどれも巨大であり、狭いところでの戦いには向かないのである。 先日のアルケア救出作戦でも、巨大ホールでの戦闘では手助けすることができたが、道中ではあまり力になることもできなかった。 きっとアルボルモンとして強くなれれば狭いところでだって何かできるようになる。 そう思いアリーナに来たのであった。 「まあできないものはしょうがないねぇ」 「そうだね。…うん、じゃあ気を取り直して今日のロボトルに行くヨッ!」 コカブテリモンにうなずき、シミュレータへ向かうケイト。 「え…アレって!?」 その目の前にからくり人形がいた。 人形は古風な木製人形のような見た目で、歩く動きに連動して露出した歯車が回転している。 その足運びは部分部分は機械的でありながらも、全体で見ると有機的に見え、まるで人間が入っているようにも見える。 そして何より、その身体はまるで頭部・右腕・左腕パーツに、二脚タイプの脚部パーツへと分解できそうな見た目であった。 つまり、見たことのないタイプではあったが、それはケイトの目から見てメダロットにしか見えなかった。 走り寄り、からくり人形の右腕を掴むケイト。 「君!メダロットだよネッ?」 「アレ…タコヤキノ、ケイトサン?」 「ねーケイト、この声フリオぢゃない?」 「そうか!フリオ君はメダロットだったんだネッ!」 「それは違うと思うけどねぇ…」 「メダロットと会ったらすることは一つ!真剣ロボトルをしようヨッ!」 ケイトの勢いに目を白黒させるアルボルモン。だがバトル(真剣ロボトル?)ならば、ここに来た目的でもある。 「シマス!」 そう言った瞬間。 『合意とみてよろしいですね!?』 老人の声が響き、二人のすぐ近くにホログラムが投影され始める。 「これはもしやホメオスタシスの…」 エージェント・Kは自らが模倣したホメオスタシスの自律型エージェントを思い浮かべる。 『ただいまこのロボトルは真剣ロボトルと認定されました!よってこの私、ミスターうるちがレフェリーを務めさせていただきます!』 「…いえ、違うようですね。ただの様子のおかしい老人のデータです」 そうつぶやくエージェント・K。だが同時にシミュレータの一部が妙な動作をしていることに気づく。 シミュレータに用意された対戦形式のどれとも違うモノが、正体不明のデータによって構築されているのだ。 『ではあちらへ!』 そうホログラムの老人が指すシミュレータの前に誘われるように立つフリオとケイト。 その姿にエージェント・Kは止めるか一瞬迷うが、そのまま様子を見ることに決める。 貴重なデータを取得できるチャンスかもしれない。 シミュレータのVR空間の感触に戸惑いながらも構えるアルボルモン。 対するケイトは真剣ロボトルだからまずは1対1で!とコカブテリモンをフィールドに転送しメダロッチを構える。 フィールドは「しんりん」、互いに二脚であり条件は同じであることにケイトは笑みを深める。 『ロボトルーファイトォ!』 両者が向かい合って一拍の後に老人の声が響く。 その声に合わせてまず走り出したのはアルボルモンだった。 歯車を絶えず回転させる見た目の機構からは想像が付かないほどの俊敏さと進行方向の判別し辛い独特の足運びを持って距離を詰める。 しかしその動きをケイトはメダロッターとしての俯瞰で見極めた。 「九時方向上から、左腕ガード!」 果たしてアルボルモンの上空からの右腕の叩き落としを受け止めるコカブテリモン。 腕の交錯の衝撃により空中で制止したアルボルモンは上下に歯を収納し胸の穴を完全に開く。 「『ラリアット』!」 危険を察知したケイトの指示に従いコカブテリモンが強引に受け止めた左腕を振るう。 瞬間、アルボルモンの胸部から放たれた何かはコカブテリモンを掠め背後の木に当たった。 それは種であり、幹に衝突した瞬間に芽生え広がりツタが木に巻き付いていた。 アルボルモンは吹き飛ばされた勢いのままに距離を取り半回転して着地する。 (なるほど、相手はスピードの速いハンマー攻撃が主軸!さらにツタによる束縛でスピードの優位をさらに高める戦術だネッ!) 相手の性能を冷静に分析するケイト。 ならばこちらはコカブテリモンの強み、パワーを活かすまで。 相手のスピードを受け流し続けて決定打のチャンスを狙う。 距離を空けた状態で絶えず動き、木々の間からこちらを伺うアルボルモン。 その木のような質感はこの場にあっては木々に紛れ、常に気を配らなければ見失ってしまいそうだ。 「十時方向!」 コカブテリモンの目で逃してしまいそうなときはケイトが、ケイトが見失ったらコカブテリモンが。 一人と一体は協力した視野情報の重ね合わせにより相手の動きを捉え続ける。 「『ワーニング』!」 来る、そう思ったケイトはコカブテリモンに手元に用意しておいた牽制の岩を投げさせる。 しかしアルボルモンの挙動は人間ともメダロットとも違う、トリッキーなものである。 動きを予期させぬノーモーションの横っ飛びで避け、着地した途端に接近する。 既に眼前のアルボルモン、その左腕のたたき付けを弾こうとするコカブテリモン。 しかしその腕はコカブテリモンの目の前で空を切る。 ミスか、いや格闘を主体とする者がこの目測の誤りはあり得ない。 そうコカブテリモンが警戒した瞬間、衝撃が襲う。 アルボルモンが左手を軸とした逆立ちの体勢でマシンガンのごとき連続蹴りを放ったのだ。 ケイトは自分の失策に気づく。 これはロボトルであってロボトルではない。 そして相手が如何にメダロットのようでも、メダロットとして戦うとは限らない。 メダロットは頭部・右腕・左腕・脚部の四パーツで構成されるが、パーツによってその役割は異なる。 特に脚部パーツは地形への対応や他のパーツの補助を主とするものであり、基本的に武装は存在しない。 まるでメダロットのようなアルボルモンの姿、そして真剣ロボトルという懐かしき形式。 それが無意識に自らの目を曇らせ、蹴りへの警戒を薄れさせてしまっていたのだ。 「おじさん!」 「まだまだ大丈夫だよぉ!」 コカブテリモンの歴戦の勘による咄嗟のガードは間に合っていた。 しかし咄嗟のものであり完全には防ぎきれず、ダメージは着実に重なっている。 決着を急ぐためこちらから攻めるべきか。 いや、違う。寸の間の迷いをケイトはかき消す。 相手はスピードにおいてこちらを上回り、さらに木々に隠れる。 それを追いかけ追い詰めるのは難しいだろう。 ケイトたちの強みはコカブテリモンのパワー、そして。 (見せてあげるヨッ!私たちの戦い方を!) ロボトルの経験値。 ヒットアンドアウェイ。 スピードで樹影に隠れ、隙を窺って飛び出し攻撃を仕掛けるアルボルモン。 ケイトがその動きを冷静に見つめ、コカブテリモンはそのパワーを支える頑丈な腕と鎧で受け流す。 何度目かの交錯の後、アルボルモンは再び退くと見せかけて足を止めブロッケイドシードを撃ち込む。 「『ウッド』!」 ケイトの呼びかけにコカブテリモンは手近の若木を強引に抜き取り種にぶつける。 ツタは木を締め上げコカブテリモンまで巻き付こうとするが既にそのときには手放されていた。 だが手放された木が落ちた瞬間、アルボルモンは既にコカブテリモンの目の前まで接近していた。 回し蹴りの軌道で放たれる連撃の一発目。 「今だヨッ!『ラリアット』!」 コカブテリモンは迫り来る蹴撃を真っ向から右腕で殴りつける。 双方の攻撃がかち合い、鈍い衝撃音があたりに響く。 正面からの衝撃、コカブテリモンは右腕のダメージが限界を超えたことを知覚する。 おそらく目の前で倒れ込んだアルボルモンの脚も。 ロボトル、それは相手メダロットの頭部パーツを破壊したとき勝敗が決する。 そして4つのパーツで構成されるメダロットの構造。 この二点故にロボトルではパーツの一対一交換、痛み分けが起こりやすい。 自らのパーツを犠牲にしても頭部パーツ、あるいは目的のパーツを破壊するのである。 つまり、自らのパーツの破壊を前提とした作戦、あるいは行動に慣れている。 当然、コカブテリモンもダメージを受けた直後こそが戦闘の肝であることを体得している。 相手よりも早く動き出し、アルボルモンに向かって渾身の力を込めてツノを振り下ろす。 もちろん相手はメダロットではないため脚部パーツを破壊したわけではないが、それでも脚に大きなダメージを受けたこの瞬間、これまでの速さで避けることはできない。 渾身の一撃により地にめり込むアルボルモン。 『勝負あり!勝者コカブテリモン!』 同時に老人の声が響き渡っていた。 「良いロボトルだったヨッ!フリオ君!」 そう言いながらシミュレーションから出てきたケイトの左腕、メダロッチが起動する。 『右腕パーツ『イルボル』を手に入れた!』 「えっ?どうして?」 アルボルモンはメダロットではないはず。 「真剣ロボトルだからぢゃないの…?」 「でも、それだったらフリオ君の右腕もらっちゃった?どうしよう!」 「アリガト、ゴザイマシタ」 そう言って出てきたフリオはアルボルモンの姿で、右腕もちゃんと付いていた。 「あれ?どーゆーこと?」 「そのパーツ、少し見せていただいてもよろしいでしょうか」 いつの間にか近寄っていたエージェント・Kがケイトに尋ねる。 「いいヨッ、転送!」 ケイトが言うとメダロッチから光が放たれ、アルボルモンの右腕、『イルボル』が現れる。 ケイトがそれを手に、アリーナ備え付きの機器類とつなげる。 「これにはスピリットのデータ波形はほとんど感じません。デジモンとは違う…しかし共通するデータが…」 「フリオ君、身体なんともない?」 「ハイ、スコシツカレマシタガマダダイジョウブ、デス」 アルボルモンが右腕を動かす。抜け殻や張りぼてでもなさそうだった。 「…この右腕パーツってノノちゃんも使えるかなあ」 「ケイト、もしかしてノノちゃんのためのパーツを探すために真剣ロボトルしたかったのかい?」 コカブテリモンがケイトに聞く。 奈仁濡音ノノ。 ケイトにとって仲の良いバトル友達だが、先日ある作戦に参加した際に右腕を失い今はデジモンの腕を付けている。 その姿を見て、メダロットのようにパーツの付け替えをできないかとケイトは考えていた。 右腕を失ったとしても、そこに少しでも楽しみが生まれて欲しいと。 「そんなこと…ちょっとは思ってたけど、ただのお節介だし…というか!どっちにしろ真剣ロボトルしたいのは本当だヨッ!」 ケイトはフリオの手を握る。 「もっとロボトルしようよ!今度はコクワモンでもしたいし!せめて…せめてパーツ一式揃うまで!」 「ケイト…メダロッターの収集癖がでてるよ?」 「ま、あーしも久しぶりに真剣ロボトルしたいしね!」 「ワタシモ、モットバトル、シタイデス!」 二人と二体はまたシミュレーションへと駆けていった。 「…今、ろくでもねえこと考えてんだろ」 ロボトルに興じるケイトたちを尻目に、モチモンがエージェント・Kに話しかける。 「あの右腕のデータ、確かにデジモンのものだったはずなのに何らかのデータ変換がなされていました」 「そして私のプログラムしていないはずのあのバトル形式と、ホメオスタシスの自律型エージェントに似た何か…」 エージェント・Kは先ほど取得した右腕パーツのデータやバトルデータを参照していく。 「彼女に関係するデータは大変興味深いものです」 エージェント・Kの何かを企んでいるかのような顔。 「…けっくだらねえ」 モチモンはその顔を見て、常のように毒づいた。