「夏井さんと海津さんが……!?」 残暑も厳しい夏の日。社長から告げられたのは驚くべき話だった。 「ああ。いまはウチの賃貸の空き部屋を急造の病室にして看病してる。」 名張社長の表情は巌しい。そりゃあ無理もない。 夏井二尉は陸幕のお偉方が欲しがってた逸材だ。海津は空幕がご執心だったと聞いている。 彼らのパートナーも相当な猛者だった。そんな彼らがやられたという。にわかには信じがたい。 「計画を急ぐ必要が出てきた。覚悟しておいて欲しい。」 名張社長はそう言うと立ち上がった。 「春原君、髭切君。すまないな、僕らの騒動に巻き込んでしまって。」 「あの、それは……」 「気にするな。俺達は自ら望んでやっているんだ。」 自分は相棒の言葉に被せるように言った。 「そんなことより仕事の時間だ。社長、行ってくる。大吾、行くぞ。」 「ん?もうそんな時間か……頼むよ、二人とも。」 相棒の手を引っ張るようにして事務所を出ていく俺達の背中から 「しょうがない、エンジュ達も呼び戻すか……」という声が聞こえてきた。 俺は髭切という。デジモンとしてはガードロモンという。 前の職場がガードロモンばっかりだったので新しく名前を貰ったのだ。 そこで直属の上司が不祥事を起こし失踪した。俺達は危うい立場だった所を今の社長に拾われた。 尤も、その社長も俺達と元は同じ職場で、俺と同じように追い出されたのだが。 俺の隣で車を運転する大吾は、子供の頃からのパートナーだ。 こいつの考えのなさと他人への無神経さには手を焼かされてきたが、最近どうも様子が変なのである。 今までにない、不安そうな思い詰めた表情をたまに見せるようになった。 最初は宇土三佐が失踪した頃からだったろうか。 だが目に見えて頻度が上がったのは間違いなくあの時からだ。 社長が裏でこっそり手配したガードロモン運用トラックの奪還作戦。 その時に撃破したギズモンから、見覚えのある会員カードが見つかった。 調べた結果、童子切と騒速と大典太のものであると判明した。つまり、その3名は……。 それが伝えられたあの日から、この可愛いバカはあまり笑わなくなった。 「お待たせしました。スズキセキュリティシステムの髭切だ。」 「同じく、春原であります。」 日本橋、古い建物と新しいビルが隣接しあったこの国の中央銀行。その新しい方の車両通用口。 そこで俺達は今回の警備対象である現金輸送車に乗り込んだ。 デジモンによる、あるいはデジモンを使役した犯罪はここ数年で急増している。 それに対抗する形で、デジモンを警備員として雇う警備会社も増えてきた。 名張社長は自衛隊時代やデジ対とのコネを駆使し、この中央銀行の現金輸送警備の仕事に入り込むことができた。 俺達は大型トラックを改装した現金輸送車、運転席とは完全に隔てられた金庫側に乗り込む。 「大吾。」 「……なに、髭切?」反応が鈍い。やはり二人のことが気になるのか。 「今は任務中だ。余計なことは考えるな。」 「うん、わかってる。」そう言ってはいるが表情は冴えない。 今回の輸送先は長野県松本市にある中央銀行の支店だ。さして遠くもないが運ぶものが運ぶものだ。 気を引き締めて守らねばならない。 『前方にデジモン!』 発車して数分後、神田橋ICに入ろうとしたところで運転席からの通話がインカムに響く。 『ダメだ避けられない!衝撃に備…』 ほぼ同時にガシャンともドスンとも言えるような大きな音、そして衝撃と振動が輸送車を襲う。 防弾ガラスの隔壁越しに前方を見る。ブルモンの立派な角と赤いマントが見えた。 なるほど、インターチェンジに入るために減速して勢いもない現金輸送車ならこいつでも止められるか。 「後方からも接近するデジモン!」外部カメラの映像をみた大吾が報告する。 「トーカンモンと……カンガルモン!えっ……」大吾が困惑している。 ブルモンとトーカンモンとカンガルモン……俺もこの組み合わせには覚えがある。 「気にしている場合ではない。大吾、こいつらを止めるぞ!」 「りょ、了解!」 ブルモンが角を突き刺して抑え込んでいるため、輸送車は動くことができない。 後方から近づいてきたトーカンモンとカンガルモンが輸送車の扉に攻撃を加える。 『ペンチカッター!』 『ジャンピングブロー!』 マイクが外の音声を拾う。これはそう長くは保たないな。 トーカンモンの嘴とカンガルモンの拳は、人間の犯罪者の武装とは比較にならない破壊力がある。 装甲車と同等の防御力の現金輸送車でも耐えきれるものではない。 「大吾、デジメンタライトを頼む!」 「あ、ああ!デジメンタルアップ!」簡易デジメンタルが発動し、俺の両腕だけがアーマー進化をする。 選択したのはナックルガードとトンファー。警備任務ではこんなものだ。 輸送車の扉がトーカンモンの嘴でこじ開けられる。 少し開いた扉の向こうに見えたトーカンモンの顔面に、俺は左の拳をまっすぐに叩き込む。 「ぐはあっ!」まともにパンチを食らったトーカンモンが大きくのけぞる。 俺は勢いを利用して体当たりで内側から扉を開ける。どうせ扉はもう役に立たない。 そのままトーカンモンを押し倒す。 「ジャンピングブロー!」横合いからカンガルモンが俺に攻撃を仕掛ける。不注意なやつだ。 「なっ……!」カンガルモンの腹に大吾の警杖が叩き込まれる。腹ポケットのぬいぐるみが大きく歪む。 人間と思って甘く見るからだ。大吾はあれでも戦士としては非常に優秀だ。 「拘束プラグイン、ネットランチャー!」大吾がプラグインを発動させる。 「ディストラクショングレネード!」俺は必殺技をカンガルモンに向けて撃つ。 それは命中すると同時に粘着質の投網となってカンガルモンを拘束する。 俺は両腕のトンファーでトーカンモンの首根っこを羽交い締めにする。 そのまま嘴にほぼゼロ距離からディストラクショングレネードを撃ち込む。 プラグインはまだ有効状態だ。トーカンモンの嘴が網でぐるぐる巻きにされる。 動物の顎や嘴、鋏といったものは閉じる方の力は強いが開ける方はそうでもない。 ほぼ無力化されたトーカンモンに対し、俺は念のため両翼両脚胴体も粘着網で拘束する。 続いてカンガルモンの各部位にも撃ち込んで動けなくする。 なるほど、自衛隊にいる時はほとんど使うことがなかったがこういう任務にはとても便利なプラグインだ。 「さて、残るはブルモンだ。行くぞ大吾!」 輸送車の前方に回るとブルモンと輸送車ががっぷり四つに組み合っていた。 まずは引き剥がす必要がある。 俺はディストラクショングレネードをブルモンの前後左右の四脚に向けて撃つ。 完全に封じた訳ではないが、これで反応は確実に遅れる。 俺は両者の間に割って入るように陣取り、その間に両腕のトンファーをねじ込む。 「運転手!全力でバックだ!」俺はインカムに向かって叫ぶ。 ひび割れたウインドウ越しに運転手が反応しているのが見える。 そうはさせじとブルモンは前進して抑え込みに掛かるが、脚の動きを制限されて思うように行かない。 一瞬だけブルモンの力が緩んだタイミングで、俺はトンファーを使って両者を引き離しにかかる。 車体から角が少し抜け、摩擦が弱まると後は一瞬だった。 輸送車は勢いよく後進し、ブルモンがその場に置いていかれた。 「大人しくしろ!」俺はその鼻っ柱にトンファーの一撃を叩き込む。 「うがっ!」怯んだところに両の前脚に蹴りを入れて跪かせる。 「ディストラクショングレネード!」路面と密着した胸の部分に粘着網を撃ち込む。 これでそう簡単には動けなくなったはずだ。 「よし、終わったぞ大吾。警察が到着するまでプラグインは解除するなよ。」 自動通報を受けて駆けつけるパトカーのサイレン音が近づいてくるのが聞こえた。 「お疲れ様で……えっ春原さん!?久しぶり、って言うかホントに自衛隊辞めたんですね。」 そう言いながらやって来たのは警視庁デジタル犯罪捜査課の色井巡査だ。 彼は警備会社の制服に身を包んだ大吾を見て驚いている。 ここにいることに驚いているのか、今の仕事について驚いているのか……両方なのだろう。 「お久しぶりです色井くん。そっちは変わりないですか?」 「……春原さん、なんかずいぶん雰囲気変わりましたね?」 無理もない。色井巡査が知っているのはまだ単純にバカだった頃の大吾だ。 「そうかな……そうかもね。」笑ってごまかす大吾。これも以前なら考えられなかった行動だ。 「……こっちもずいぶん変わったよ。新人が入ったんだけど、いや新人って言っていいのかな?」 それ以上の追求はしてこない。おそらく警察側にも例の情報が流れているのだろう。 「俺よりずっと年上のベテランが配属されてきたんだけどさ、なんていうか極端な人でさ……」 「オラァッ!さっさと入らんかこの犯罪者ども!」急に聞こえてきた声に一同が振り向く。 見ると、回送されてきた護送車に先程逮捕されたデジモンを蹴り飛ばすようにして詰め込んでいる警官がいた。 「ちょっと!何してるんですか!」大吾が慌てて止めに入った。 これも以前の大吾なら絶対にやらなかった行動だ。 「竜崎さん!ちょっと抑えてください!」色井巡査も駆け寄った。 「すまない、その犯人たちとは面識があったのだ。」 俺がそう言うとその警官の鋭い眼光が俺と大吾に向けられる。 「ああ?どういうことだ?まさかお前ら……」 「違いますよ竜崎さん!」色井巡査が割って入った。 「その人たちは元自衛隊デジモン部隊なんです!犯人は全員デジモン学園の卒業生なんです!」 その言葉で竜崎と呼ばれた警官の視線が刺すようなものから探るようなものへと変わる。 「ああ、聞いたことがあるな。確か隊長のスキャンダルで解散したとかいう……」 「おい。」大吾が俺でも聞いた覚えの無いような声を出す。 「その話はするな。いくらアンタが警察官でもそれ以上言ったら許さねえぞ。」 怒気に満ちたその言葉に、場の空気が冷えたようになった。 コイツが本気で怒るところを見たのは、何年ぶりだったか。 「……ああ、そうだな、済まなかった。言い過ぎた、謝る。」 そう言って竜崎は右手を差し出す。 「電脳犯罪捜査課に先日配属になった竜崎大吾だ。協力に感謝する。」 相手の名前を聞いて色井巡査が小さくあっと声を上げる。俺と大吾は互いに顔を見合わせる。 「……?」怪訝そうな顔をする竜崎に、大吾は右手を伸ばして握手する。 「オレはスズキセキュリティシステムの春原大吾です。よろしくお願いします!」 少しだけ、以前のような明るい声で相棒が言う。 「名前……同じかぁ!」俺達の反応の理由がわかった竜崎が笑顔になる。 先ほどの犯人たちへの態度や頬の傷跡とのミスマッチ甚だしい、穏やかな笑顔だ。 なるほど、色井巡査が極端な人と表現した理由が分かった。 「同じくガードロモンの髭切だ。電脳犯罪捜査課の仕事は大変なことも多いだろうが、貴殿の活躍を願っている。」 続いて俺も竜崎と握手をする。よく鍛えられた手だ。この男、只者では無さそうだ。 尤も、電脳犯罪捜査課に只者などが配属される訳も無いのだが。 「あいつら……ブルモンとトーカンモンとカンガルモンは、同じアーマー体ってことでよく学園でつるんでました。」 相棒が竜崎に話し出す。 「オレが学園の警備に入ってる頃は、リアルワールドでの生活を楽しんでる、幸せそうな奴らでした。それがなぜ……。」 「あの学園がおかしくなってるって話は俺も聞いてますよ。」色井巡査が口を開く。 「まだリアルワールドで独り立ちするには早すぎるデジモンたちがどんどん卒業扱いになって、就職を斡旋されてるって。」 「なんだ、あの話か。」護送車に犯人を詰め終わったレッパモンが寄ってきた。 「デジ対の連中も気にしていたな。就職先が自衛隊やFE社に偏りすぎてるって。」 「……。」その言葉に、相棒は黙って何かを考え込んでいた。 現金輸送車は移動され、積み荷の現金は予備の輸送車に移された。 俺達は引き続きその警備に当たり、東京に戻ってきたら警察に出頭して取り調べを受けることになった。 「なあ、髭切。」松本への車中、大吾が俺に話しかけてきた。 「なんだ?」 「オレって、オレにできることって、その……」 自分の気持ちを上手く言語化出来ないのだろう。今までその必要がなかったからそういうことがまだ下手なのだ。 「今は任務中だ。」俺はきっぱりと言う。 「家に帰ったらいくらでも話を聞いてやる。俺はお前のパートナーだからな。」 そう言って俺はヘルメット越しに大吾の頭を撫でる。 「うん……わかった。」そう言うと大吾はそれきり黙った。 今回の任務を終えて帰るには、まだ少し時間が掛かりそうなのが残念だ。 解説 スズキセキュリティシステム 通称SSS 名張蔵之助が、C別が持つ偽装用ペーパーカンパニーの登記を流用して設立した警備会社。 デジモンの警備員を運用しているデジモン犯罪対応型警備を売りにしている。 しかし裏では自衛隊時代に開発されたデジモン用兵器を多数所持・隠匿しており、実質的にはPMC(民間軍事会社)も同然である。 配信・不動産企業のNerve-Alleyと異なり、こちらの経営に猿梨エンジュは直接関与していない。