国道158号線を西に向かった路線バスは高山市中心部、駅の手前のバス停でかなりの人数を降ろした。 人間デジモン赤ん坊、合わせて11人。バス停には「古い町並み口」と書かれている。 「じゃあ私は乗り物の手配をしてくるから。みんなはその辺でラーメンでも食べてて。」 茜は護衛チームの全員に千円札を2枚ずつ配り、三つ子を託して離脱する。 「あっそうそうディノヒューモン、言っとくけどお酒は買わないでよ?」 言われてディノヒューモンは少しバツの悪そうな顔をする。やはり酒買うつもりだったか。 どうやら交代で赤ん坊のお守りをしつつ周辺のラーメン屋に入る算段をつけたようだ。 まずは竜馬と砂霧とレナモンの3人で三つ子を休憩施設まで連れていき、残りでラーメンを食べに行くようだ。 幸いなことに、すぐ近くの川沿いの朝市通りを抜けて橋を渡った先に観光客向けの大きな休憩施設がある。 そこでなら三つ子のお守りも問題ないだろう。 離脱した茜はその休憩施設より140mほど南にある忍者をテーマとしたカフェ併設の体験施設へと向かう。 「すいませーん、これお願いしまーす。」受付カウンターにて茜は古い刀の鍔をそっと差し出す。 「……どうぞこちらへ。」それを見たスタッフが、手裏剣を返しつつ茜を店の裏口へと案内した。 この施設、裏の顔は忍者や各国の工作員やエージェントを仲介するアジトである。 場所と施設の性格から、忍者装束の人や外国人が居ても全く怪しまれないのである。 「秘匿回線を貸して頂戴。」裏口から中に入った茜は手短に要求を言った。 茜が休憩施設に戻ってくると、希理江とジャザモン、エレキモン、レナモンが子守をしていた。 「どうでした、主殿」レナモンが問いかける。 「1時間半ぐらいでこっちにトラックを寄越すって。」三つ子の顔を覗き込みながら答える茜。 「到着10分前になったら連絡が入るから、そうしたら西にあるホテルの駐車場に移動しましょ。」 「1時間半かぁ、結構待つね?」希理江が少々不安げな声を出す。 「それだけあれば買い出し行けるわね。レナモン、頼めるかしら?」 「お任せを。ここは外国人やデジモンの観光客が多いので実に動きやすいです。」 言うな否やレナモンはフルオーダーデジメンタルを使って人間の姿となる。 痩身長躯金髪の男装の麗人、赤い半袖パーカーに青いジーンズで如何にも外国人観光客という出で立ちだ。 「では行ってまいります。」その言葉とともにレナモンの姿がかき消えた。 それから1時間半後。 買い出しを終えたレナモン、高山ラーメンを堪能した竜馬と砂霧とディノヒューモンが合流し、一行はホテルの駐車場に向かった。 ちょうど駐車場に着くと同時に、一台のトラックが近づいてきた。 いわゆる4トントラックと呼ばれるサイズの保冷車だ。 トラックが一行の真横で止まると、運転席から一組の男女が降りてきた。 「どーも、茜さん。お久しぶり。」 緑メッシュ髪の男性の方は音程もテンションも低い声で挨拶してきた。 「やっほー茜さーん!ひさしぶりー!元気してた―?」 一方青い髪の女性の方は対照的に音程もテンションも高い。 「ひさしぶりね、二人とも。みんな紹介……しないほうがいいかしら?」茜が確認を取る。 「いや、この人達なら名乗っておいたほうがいいと思う。」そう言って男性が一歩前に出る。 「どーも、はじめまして。俺は海津真弓。こっちの青いのが夏井茉莉。」 「やっほー!みんなよろしくー!」 どう見ても自分たちより歳上なのにやたら子供じみたテンションの茉莉に希理江以外の護衛役全員が若干引き気味になっている。 「じゃあこちらも自己紹介をさせてもらう。俺は三上竜馬。それで……」 こうして一通り自己紹介しあい、三つ子の顔を見せたりした後で、 「そういえばあなたたちのパートナーは?」茜がそう尋ねると、 「大佐は光学迷彩で今も上空から警戒してるよ。プテラノモンは……」答える真弓はそこで一旦言葉を切り、 「新型偵察ポッドの試験という名目で富士山上空の高度5万フィートから首都圏を観測してるよ。」東のほうを指さした。 「まだ勘づかれてない。今がチャンスだよ。」 「ありがとう。ところであなた達はこれからどうやって帰るの?」 茜がそう質問した直後、後ろの方でどよめく声があがった。 見れば、茉莉がサイドカーと一体化した大型バイクを両腕で抱えながらトラックの荷台から出てきた。 そのまま路面に下ろすと、息一つ切らせずに立ち上がった。 「アレに乗って帰るよ。」 「ああ、そう……相変わらずね、彼女。」400kgを超えるバイクを軽々と持ち上げる膂力に茜は冷や汗を流した。 前にも見たことはあるのだが、忍者を超える筋力はどう考えても普通の人間ではない。 彼らについて蔵之助は何か知っているようだが、茜は教えてもらっていない。 「それじゃ俺達はこれで。」 サイドカーに乗り込んだ真弓たちを制止する声があった。 「海津殿、夏井殿、こちらを。」 レナモンが二人に紙袋を差し出した。市街地の南の方にある評判のパン屋の袋だ。 「私達の分のついでに買っておきました。道中で食べてください。」 「……ありがとう。ここのパンはなかなか買えないんだ。」 「運良く買えました。」式神を変化させて行列に並ばせたことは二人には言わないレナモンであった。 トラックの荷台は保冷車を即席で改装したもので、空調・換気・明り取りの小窓や照明を備えていた。 立派な座席こそ無いが、エアクッションや固定用のハーネス等は揃っている。 準備に要した時間を考えれば十分な設備だ。 「それじゃみんな、東京まであと少しよ!」 一行を元気づけ発奮させるために。 何より自分自身を奮い立たせるために。 茜は右手を上げて高らかに言う。 「がんばっていこー!!」