侵入は思いの外あっさりと成功した。 やはり埋蔵金発掘に相当なリソースが割かれているのだろう。 研究室の場所はさすがに記憶からはかなり変わっていた。 15年も経てば……いや違う。 やはり不確定情報だった「別計画」が実在し進行していたのだろう。 わずかばかりの護衛を蹴散らしながら、俺と茉莉は天沼鉾の施設を駆け巡る。 『彼』の担当区域の残るフロアは一つ……一番最後に探すところにいるとは運の悪い話だ。 ……いや、あいつの運がいいということか? どうでもいい。俺はあいつに聞かなくてはならない。 「真弓、扉だ。」プテラノモンが背中に乗る俺に呼びかける。 ここは大型のデジモンを使って実験することもあるのでプテラノモンでも翼を畳んでホバリングモードにすればかろうじて通れる。 「突き破れ。」 「了解。『ビークピアス』!」俺の指示にプテラノモンは躊躇なく扉に突進し突き破る。 空いた大穴を俺達、そして茉莉とトブキャットモン大佐が続いて通る。 「よく来たな、賊どもが。」 通り抜けたその先、戦闘実験用の巨大フロアの真ん中に。そいつは、いや、そいつ等はいた。 「Dr.ポタラ……!」 「ほう、儂の名を知っておるとは、学園関係者かそれとも実験体の成れ果てか……」 俺の眼の前には同じ姿をした人間が5人、さっきから喋っているのは真ん中の1人だけ。 ということは……こいつが統合基幹個体か? そしてそれらの後ろに1体のデジモン……クロックモン。 こいつもさっきから一言も喋らない。半年前から無口になったという情報は本当だったか。 俺の記憶にあるクロックモンからは想像もできない事だ。 ……そう言えばこのクロックモンも記憶とはあちこちが違う。 上半身の人型部分の眼科に眼球が無く空洞になっている。 時計部分の針も……これは口髭か? 何より文字分にある眼……色と瞳孔の形が『彼』、Dr.ポタラと同じものになっている? どういうことだ?そう考えていると、 「真弓ちゃん、アイツだよ!見つけた!」茉莉が声をあげた。 「わかってる。」俺はそれだけ言って連中から目を離さない。 人間を増やしたところでデジモン同士の戦いでそう有利なことがあるとは…… 「考えててもしょうがないよ!行くよ大佐!」 「おうとも茉莉!」茉莉と大佐が同時に飛び出す。 「ああもう、仕方ない。プテラノモン。」俺はやむを得ずプテラノモンに指示を出す。 クロックモンが跳躍し前に出てくる。 「トブトブフェニックス!」大佐の怪光線がクロックモンを捉える。 「まつりパンチ!」茉莉の拳がめりこんでクロックモンの胴がくの字に折れ曲がる。 「ネイルコーム!」プテラノモンの爪がクロックモンの全身を切り裂く。 「やったか!?」たまらず後ろに倒れるクロックモン、しかし。 「デジヴァイスブラッド!」真ん中のDr.ポタラの号令とともに、他の4人がデジヴァイスを取り出す。 いや、あれは過去に見た記憶がある。エインヘリヤル実験の産物、デジモンを吸血鬼と化す悪魔の道具、デジヴァイスブラッド! その四人が一斉に自らの腕にデジヴァイスブラッドの刃を突き立てた。 『!?』俺達に戦慄が走る。 デジヴァイスブラッドの効果はテイマーの血液による能力強化、進化促進、そして―― 「立ち上がれ、クロックモン!」真ん中のDr.ポタラが叫ぶと、クロックモンが雄叫びを上げながら立ち上がった。 全身の損傷が回復し、無傷に戻っている。 「吸血、特性……!」他者の血液による驚異的な回復能力の付与。 やはりいざ戦うとなると厄介な相手だ。しかも血液が最大で5人分使える。 あれだけ人数を揃えたのはそういう事か……。 「だったら、回復するよりも早く!回復しきれないぐらい強く!殴ればいい!!」 茉莉が叫ぶ。あいつらしい脳筋極まりない理論だ。でも正しい。 「行くよ大佐!真弓ちゃんも!」そう言ってD-3を掲げる。 「そうだね、行くしかないね。」俺も同じくD-3を掲げる。 「トブキャットモン超進化!」 「プテラノモン超進化!」 お互いのパートナーデジモンが光を放つ。形を変える。光が収まる。 「ジェットレオモン!」 「サイバードラモン!」 かたやローダーレモンの各部がジェットエンジンと翼に置き換わったようなサイボーグ型デジモン。 かたや全身を漆黒で包んだ無貌の竜人サイボーグ型デジモン。 2体の完全体が顕現し、クロックモンと対峙する。 「ひれ伏せ!『ブラストウォッシュ』!」ジェットレオモンの生み出す、上空から叩きつけるようなジェット噴流にクロックモンとDr.ポタラ達は床に押さえつけられる。 「イレイズクロー!」サイバードラモンの爪がクロックモンのに突き刺さる。 「ぐおおおおおぉ!!」クロックモンの叫び声が響く。しかしまだクロックモンは動きを止めない。 「――あいつら、まだ!」見れば、地面に倒れ伏した4人のDr.ポタラは、そのままの態勢でまだデジヴァイスブラッドを腕に刺し続けていた。 相当な量の血液がクロックモンに送られているはずだ。 刺した傷がみるみるうちに回復していく。だが何度か続けていればそのうち連中の血液も尽き―― 「クロックモン、進化だ。」中央のDr.ポタラが言葉を発する。 「!!」そうだ、デジヴァイスブラッドには進化促進機能もあった! 「クロックモン超進化!」はじめてクロックモンがまともな言葉を話す。 「ピッコロモン!」クロックモンよりもずっと小さな、丸っこくて可愛らしいデジモンが現れた。 毛と羽根が生えたピンク色のこのデジモンはピッコロモン。 クロックモンよりも強力な完全体デジモンだ。 普通に考えれば二対一でまだこちらが有利なはずなのだが……そうでもない。 なぜなら向こうはまだ一度も攻撃をしていない。 「ジェットタービュラー!」ジェットレオモンがタテガミ状のジェットエンジンから強力な竜巻を発生させてピッコロモンに向けて放つ。 「!」だが、それはピッコロモンが槍を差し向けるだけでその場にとどまる。 ピッコロモンが移動した後で竜巻が再び動き出し、何もない場所を通過する。 「イレイズクロー!」サイバードラモンが殴り掛かる。 だがそれに対して同じように槍を差し向けるとサイバードラモンの動きが止まった。 「なんだ……これは!」困惑しつつも動けないサイバードラモン。 「ビットボム!」そこにピッコロモンの攻撃が命中する。 「うわああっ!」直撃をもらいサイバードラモンが呻く。 「跪けぇ!『ブラストウォッシュ』!!」サイバードラモンを巻き込んで、ジェットレオモンが拘束技を放つ。 サイバードラモン諸共押さえつけられるピッコロモン。 この状態ではどのデジモンを相手を攻撃することが出来ない。 しかし、俺達には相手のデジモンを封じることさえできれば十分だった。 「そこまでだよ!」フロアに茉莉の声が響く。 「それ以上抵抗したらテイマーの首をへし折るよ!」 中央のDr.ポタラに、茉莉が組み付いていた。その手は相手の顎とこめかみを互い違いに掴んでいる。 彼女の膂力であれば簡単にそのまま首を折れる、いやそれどころか千切れ飛ぶだろう。 「命が惜しかったら、真弓ちゃんの記憶を返して!」 「マユミ……そんな実験体は知らんな。」 自らの命が風前の灯だと言うのに、まるで恐怖を感じていないかのように言い放つ。 他のDr.ポタラ達は、もうかなり血を失っているようで動く気配がない。 「……半年前、『チェンレジ計画』の特異個体が逃げ出したはずだ。」 俺はなるべくピッコロモンから目を離さないようにしつつ問いかける。 「そいつの記憶はどこだ。デジメンタルに加工したか?誰かに移植したのか?それともデータ化して保存したのか?」 「……そう言えば、あの時クロックモンの能力が暴走しておったな。」 Dr.ポタラの顔に笑みが浮かぶ。 「そうか、そういう事か!道理でどれだけ探しても見つからんはずだ!」 やはり気づかれたか。 「貴様ら、あの襲撃事件で暴走したクロックモンの能力で、デジタルゲートごと過去に飛ばされたな!」 あいつの高笑いが響く。 「そう言えば似ているわい!いや本人だから当たり前か!ともあれこれは僥倖!」 ……もう一つ、高笑いが聞こえる? 「探していた特異個体が両方とも帰ってきおった!これで研究が進む!」 もう一つの高笑いは……いや違う、二つだ! 『その体、返してもらうぞ』眼前の男ともう一つ、背後から声が。 いつの間にか、ピッコロモンが俺の背後にいた。 その腕が俺の顔をはたく。たまらず俺は吹っ飛ぶ。 「真弓ちゃん!」茉莉が叫ぶ。サイバードラモンとジェットレオモンはどうしたんだ? ……二人とも動きを止めている。その不自然な様子は……時間を停められたか! 「やめて!コイツを殺すよ!」茉莉の声に悲痛さが混じる。 「構わん。」はっきりとした言葉でピッコロモンが言い放つ。 「どうせそいつの代わりはいくらでもいる。」 「――!まずい茉莉、逃げろ!」俺が言うと同時に、ピッコロモンが吶喊した。 その槍がDr.ポタラの胸を貫き、寸前で横に跳んだ茉莉はその突進に弾かれるように転倒する。 Dr.ポタラ――だったモノの血を浴びて、更に力を増していくピッコロモン。 「ビットボム!ビットボム!ビットボム!」 ピッコロモンの攻撃が動きを止めたサイバードラモンとジェットレオモンに畳み掛けられる。 命中の直前、ピッコロモンの目が光り、同時に2体のデジモンがわずかに動く。 そうか、時間を操作するのに、特にモーションは必要ないのかこいつ! 直後に攻撃が集中着弾し、2体は大ダメージを負う。 「うわああああああっ!」「サイバードラモン!」 「ぐおおおおおおおっ!」「ジェットレオモン!」 二人とも完全体を維持できず、成長期にまで退化する。 ラブラモンとモノドラモンが床に傷ついた姿で床に倒れ伏す。 ピッコロモンの視線が俺達の方を向く。万事窮すか……! 「ま、待ってくれ!」フロアの奥にある非常口が開き、そこからもう一人、Dr.ポタラが――!? 「その特異個体は傷つけずにおいてくれ。また記憶を消して『儂』にすれば研究の助けになるぞ!」 「『人事部長』……あなたがコントロールしていた予備個体を通じて、私の思考まで影響されてしまった。」 ピッコロモンが恨めしそうに言葉を吐き出す。 「同じ『儂』ではないか!何の問題がある!」 「オリジナルのクローンに過ぎないあなたが統合基幹個体たる私を動かすのは越権行為だと言っている。」 「なっ……貴様!」歯噛みする『人事部長』。 「だいたいこの個体からは収集したい情報がいくらでもある。」その声には忌々しげな感情が含まれていた。 「これに対しての記憶消去は他のとは違って記憶領域の時間巻き戻しなので完全に消えてしまう。後から引き出せないのだぞ。」 ピッコロモンの言葉に、俺は目を見開く。 「……完全に、消える?」 「ん?ああそうですよ。他の方のような記憶の再生の妨害ではなく最初から無かったことにしてますからね。」 うんざりした口調でピッコロモンは続ける。 「残念ですがあなたの消えた記憶はどこにも残っていません。諦めてください。」 「そ……」 「そんなのってないよ!」俺より大きな声で叫んだのは茉莉だ。 「真弓ちゃんは!私と違って本当のことが無くて!それで苦しんで苦しんで!ずっと我慢してたのに!」 「茉莉……」 「私には『あい』っていう本当の名前がある!だけど真弓ちゃんにはそれすらない!」 「茉莉、もう……」 「返してよ!真弓ちゃんの本当を返してよ!」 「あい。」俺が呼びかけると茉莉、いや『あい』は俺の方を振り向いた。 「もういいよ、俺には『あい』がいてくれただけで十分だ。」 「まゆみちゃん……」 「言いたいことはそれだけか?」ピッコロモンがイライラした様子で訊いてきた。 「ああ、もう充分だ。」本当に充分だった。おせっかいな忍者が助けに来れるぐらい、充分に時間は稼いだ。 突如、眩い光が眼の前を走った。それは右から左へと、俺達とクロックモンの間を遮るように通り抜けた。 「なっ、何事!?」外壁に大穴が空き、そこから何か黒い影が飛び込んできた。 「大丈夫かい二人とも!」 「蔵之助、さん……」 飛び込んできたのはヤタガラモン、しかしその翼のバジュラは機関砲に変わっていて、両脚は大砲を掴んでいる。 真ん中の脚には爆弾のようなものが見える。 その背中には蔵之助さんが乗っていた。 「何者だ貴様!」ピッコロモンが誰何の声を発する。 「通りすがりのただの忍者さ。ボーラスパイダー!」 ヤタガラモンの左翼の機関砲から4つの粘着弾が射出される。それらは俺達4人を捉えると、縮んで全員を背中の上に乗せる。 「不落(ふらっく)!」牽制のためにヤタガラモンが右翼の機関砲を乱射する。 「くっ!」弾幕と巻き起こる煙でピッコロモンが動きを止める。 「ショートカット!」蔵之助さんが脱出用プラグインを発動させる。 自分自身がデータに変換され、揺さぶられるような感覚が襲う。直後に眼の前に見たことのない光景が現れた。 ここは……格納庫のようだ。ということは。 「大丈夫ですか?……すぐに手当をいたします。」 つい先日、高山市で会ったレナモンがそこにいた。あの時とは違い、ハートエプロンを着ている。 「どーも……子守りはいいのかい?」 「新しく入ったベビーシッターのバイトがいますので心配ご無用です。」 ああやはり、ここは鈴木……いや、名張家の拠点か。 「命に別状はありません。ですがかなり消耗していらっしゃいます。」 テキパキと4人分の応急処置をしていくレナモン。なるほど、一華ちゃんが自慢するわけだ。 「……あい、は……モノドラ、モンは……」ああダメだ、意識が薄れていく。 おそらく治療用プラグインの麻酔効果のせいだろう。 「ご安心を。全員無事です。」 レナモンの声に安堵したせいか、俺の意識はそのまま眠りの淵へと沈んでいった。 解説 ジェットレオモン おそらくはローダーレオモンから派生したと思われるデジモン。 ジェットエンジンと金属製の翼を持ち、高い空戦性能と気流制御能力を持つ。 声と見た目と技が完全にゴールデンライア……げふんげふん ヤタガラモン雑賀モード レイヴモン雑賀モードが自衛隊を追い出されたことにより弾薬補給できなくなったために再び使うようになった完全体。 得意技は五一式対電脳獣速射種子島「不楽(ふらっく)」・六型徹甲大筒「捌苦(ぱっく)」 必殺技は対軍肉薄精密爆撃「首疼禍(しゅとぅーか)」 忍者が助けに 盗聴プラグインはまだ茉莉に仕込まれたままでした。