登場キャラクター: 八王子蘭(自創作キャラ)&ホーリーデジタマモン(No.126) メラニー&アルバ メタモルモン(No.295) アンコちゃん(デジモンNo.139) パンドラモン(デジモンNo.142) 言及のみ:神裂八千代&ジエスモン(No.105) 派生:デジメンタマモン(仮称)(デジモンNo.40) ------ 【あらすじ】  大学生である八王子蘭が借りているアパートで、いつものように朝ごはんを作っていたホーリーデジタマモン。  ところが、切らした牛乳を買いに行った蘭がいつまで経っても戻ってこない。ホーリーデジタマモンは困惑して外に蘭を探しに行くが、町は沢山の「大きな卵」が転がるばかりである。 「どこだ、蘭。一体どこに行ってしまったんだ!?」  人の気配が消えた町で蘭を探すホーリーデジタマモン。そんな彼に、汽笛と共に霧の中から現れた双子の少女「メラニー」「アルバ」が告げた。  リアルワールドはデジタルワールドから注がれる「リアライズした暗黒データ」によって浸食され、停止しようとしている。そして、蘭はその主犯たる「デジタマ教団の長」に、デジタルワールドへと連れ去られてしまったのだと。 「やーっと、わかったの」「あれが、"私"の仇だったのだと」 「どうする? パートナーを奪われた雑魚雑魚デジモン」「望むなら、連れていきますよ。片道切符になるかもしれませんが」  メラニーの姿が「闇のトレイルモン」へと変わっていき、アルバを乗せた闇のトレイルモンは、車両の側面にしがみ付いたホーリーデジタマモンを伴い、展開したデジタルゲートを超えていく。  だが、デジタルワールドもまた、生命の気配の代わりに大量のデジタマが転がる世界へと変わってしまっていた。 「浸食が進んでいる……! このままだと、リアルもデジタルも全部デジタマになってしまう!」「見エタゾ、アルバ。アソコダ。コンナ馬鹿ゲタ悪夢ハ、今日デ終ワラセテヤル!」  闇のトレイルモンが向かう先は、始まりの町の定食屋さん。  甘辛炒めが人気のこの店は一見普通の定食屋であるが、その真の姿はデジタマ教団の総本山である。  闇のトレイルモンは定休日である定食屋へと突撃し、地下に秘められたダークウェブへと侵入を果たすが、スイカデジタマモン、メロンデジタマモン、オレンジデジタマモン、エトセトラエトセトラ……  侵入者の迎撃のために「デジタマモン亜種」がわらわらと現れ、闇のトレイルモンはその正体である究極体デジモン「メタモルモン」へと戻り、アルバを守りつつデジタマモン亜種を迎え撃つ。 「数ガ多スギル!」 「これじゃあ、まともに進めないじゃない! ホーリーデジタマモン、メルを援護し……! あれ?」  一方でホーリーデジタマモンは、メタモルモンをデジタマモン亜種に対する囮とし、自身は瞬く光のように、単身ダークウェブの最奥へと向かってしまったのだった。 ------ 〇〇 デジモンイモゲンチャーサイドストーリー 「夢幻の超究極進化」 〇〇 「嗚呼、NEO様。CYBER-NEO様! アンコの力は、遂にここまで拡がりましたよ!」  「素晴らしい。何と素晴らしい! 何て素敵なのかしら!」 「もう私は……昔のようなクズデータではないのだから!」  定食屋地下のダークウェブ最奥に広がる、暗黒の神殿。  祭壇に掲げられている漆黒のデジタマを見上げながら、デジタマ教団の長である「アンコちゃん」……否、「暗黒のデジメンタマモン」は、己の中に渦巻く残留思念の歓喜を口にした。   「もう一押し。もう一押しで、"超究極体"を顕現させることができる!」 「そうしたら、NEO様。私も、貴方のように創りだすの!」 「この私自身が望む、理想郷を!」  強まった暗黒の力は、もはや止められない。止める気も無い。  アンコは思い返す。  かつて、愚かにも自身の野望を嗅ぎつけた少女は、パートナーである究極体デジモンもろともこの手でデリートした。  イグドラシルに選ばれし少年、そしてロイヤルナイツ・ジエスモンと敵対したときでさえ、この漆黒のデジタマを破壊することはできず、逆にダークウイルスを存分に注ぎ込んでやったのだ。 「残るは、鍵だけよ」  そう微笑みながら、アンコは振り返る。  上空から、金色の翼を羽ばたかせるデジタマモンが降りてきたのだ。 「ようこそ、暗黒の神殿へ」 「お前か、蘭を誘拐したのは!」 「ええ! ホーリーデジタマモン、貴方を待っていたのよ!」  神殿の床に着地したホーリーデジタマモンは、アンコを見上げて気が付いた。彼女の姿には、見覚えがあったのだ。 「お前……よく見たら、時々イベントに顔を出してた定食屋の店長だな!? そうか、合点がいったぞ。俺の店の営業妨害のために蘭を誘拐したのか!」 「定食屋はただの副業よ。そんなことのために、あの子を連れ去ったわけじゃない。私が欲しかったのは、貴方自身……」 「いくら料理の腕が俺に敵わないからといって、こんな卑劣な手を使うなんて! 料理人の風上にもおけないやつだ!」 「話聞いている?」  怒りながらずかずかと近づくホーリーデジタマモンに、アンコは呆れたとばかりに首を横に振った。 「ホーリーデジタマモン。私は貴方に、再びデビタマモンになってもらいたいの」 「何だと?」 「デビタマモンは、私の理想郷の実現の鍵となる存在。私は見ていたのよ。かつて、貴方がデビタマモンに進化したときの戦いを。憎しみに充満した、その美しい姿を!」 「お前なんぞの望みなど、叶えてやるわけないだろ。第一、俺はあの姿には戻りたくないんだ。調理器具はもちにくいし、デカすぎてレストランにも入れないからな!」 「そんなことを気にする必要はないのよ。貴方はもう二度と、料理をすることはないのだから!」  アンコの姿が、人間の女性から暗黒のデジメンタマモンへと変わっていき、真の姿を晒した彼女は、闇を放出しながら高らかに叫んだ。 「デジメンタルアップ!」  鎧へと変形した暗黒のデジメンタマモンは、祭壇の漆黒のデジタマの外殻を包み込み、一つのデジモンへと姿を変えていく。  それは、暗黒のアーマー進化であった。 【削ぎ除く暗黒 パンドラモン!】  地響きと共に現れたのは、昏き絶望を振りまく巨大な暗黒竜・パンドラモン。  だが、ホーリーデジタマモンは彼女の恐ろしい姿に怯まず、金色の翼を広げてパンドラモンを睨み上げた。 「蘭はどこだ」 【そんなこと、知ってどうするの?】 「アパートに連れて帰って、俺がつくった朝飯を食べさせる!」 【アハハハハハ! この期に及んでそんなことを言うのね!】 「お前こそ、覚悟しろ! 痛い目に遭わせてやるからな!」  ホーリーデジタマモンは必殺技である願いの光「ホーリードリーム」を放つが、パンドラモンはその光を覆い隠すかのように、暗黒のエネルギーを噴射する。 「そんなもので、この光が止められるものか!」 【"ソウルリミックス"!】 「……っ!?」  包囲する闇を光を拡げて弾き飛ばそうとするホーリーデジタマモンであったが、彼のデータはまるでハッキングを受けたかのように乱れ、視界にノイズがかかる。 ―ホーリーデジタマモン。あなたもわかっているでしょう?―  パンドラモンの声が響いた、次の瞬間。  暗黒の神殿に居たはずのホーリーデジタマモンは、レストランの中にいた。 ―人間である八王子蘭は、いずれは貴方の傍から離れていくの―  見たことのない場所だが、ホーリーデジタマモンは、何故だかすぐにわかった。  ここは、理想の素敵なレストラン。  自分が構えたレストランなのだと!   ―いつか彼女は、私たちが生きていたことさえ忘れてしまう―  お客が沢山! 商売繁盛! 口コミも星五つ!   自分は遂に夢を叶えたのだ!  ホーリーデジタマモンは大喜びで振り返るが、蘭の姿はそこにはない。 ―私のナカに渦巻く者たちは、その苦しみを知っている―  蘭がいない。  それは、不思議な事ではなかった。  パンドラモンに言われなくとも、ホーリーデジタマモンにはわかっているのだ。  いつか、未練がましく残した縁が擦り切れたとき。  人間の女の子である蘭は、データである自分とは違う世界で生きていくことになるのだろうと。 ―私はそれに耐えられない。もう耐えたくもない―  けれども、もう二度と蘭に会えない。会うことができない。  それを想うと……ホーリーデジタマモンは何だかとても苦しくて。悲しくて。 ―だから、私は理想郷を創るの― ―人もデジモンも、デジタマに。等しい存在にしてしまうの―  どうしようもないほど、寂しい気持ちになってしまった。 【"パンドーラ・メルトアウト"!】     ホーリーデジタマモンの感情データを汚染しかき乱したパンドラモンは、口部から光線を放つ。  それは、かつてメラニーを破壊した破滅の光。  ホーリーデジタマモンは闇の膜ごとパンドラモンの必殺技に焼かれ、彼を構成するデータが、強制更新「オーバーライド」を繰り返す。 「ぎ……ぎゃあああああっ!」  ホーリーデジタマモンの全身の殻に、ヒビが入る。  この必殺技を受けた存在は、データの劣化が急激に早まり、間もなく自己崩壊してしまうのだ。 【安心して。私の理想郷では、もう誰も苦しむことはない】 【貴方は、そのための鍵になるの!】  ホーリードリームの光が弱まり、掻き消える。  同時に、彼を包囲していた暗黒のエネルギーがホーリーデジタマモンへと流れ込み、彼のデータをダークウイルスが侵食する。   【さぁ! 現れなさい、デビタマモン!】  ホーリーデジタマモンの美しい金色の羽が腐食していき、抱く光輪も輝きを失った。  ヒビだらけの白い殻が、黒ずんでいく。  だが、パンドラモンは思わぬ状況に戸惑った。 【えっ……?】  ホーリーデジタマモンには、大量のダークウイルスを注ぎ込んだのだ。  それは強制暗黒進化を引き起こすに十分な量。だが、ホーリーデジタマモンは未だにその姿をデビタマモンへ変えようとしないのだ。 【何故、デビタマモンへ変わらないの?】 「い、言っただろう。どうして、俺が……お前なんぞの願いを叶えないといけないんだ?」 【理想郷の実現のためよ。そこでは、貴方が抱える苦しみだって消えてなくなるのよ!】 「理想郷? リアルもデジタルも全部デジタマになった世界が? 冗談じゃないっ! そんなことを……したらなぁ……!」  よろめくホーリーデジタマモンは、ボロボロの翼を広げて飛翔する。 「俺の願いが! 叶わないだろっ!」  ホーリーデジタマモンは、神殿の一点を見つめる。  そこには、異質なデジタマが無造作に放置されていた。  ホーリーデジタマモンにはわかった。  それは、アンコによってデジタマに書き換えられてしまった蘭であるのだと! 【そう……ホーリーデジタマモン】 【鍵にならないのであれば、貴方は忌まわしい胡乱存在でしかないわ】 【"パンドーラ・メルトアウト"!】  業を煮やしたパンドラモンが、神殿ごと薙ぎ払うように光線を照射する。  その射線の先には、蘭のデジタマも。 「"ホーリードリーム"ッ!」  蘭のデジタマの傍に降り立ったホーリーデジタマモンは、彼が放てる最大出力の願いの光を放った。 【自ら飛び込むなんて。馬鹿ね】 【そんな奴のために、命を捨てる気なの?】 【デジヴァイスを持たない。選ばれてもいない。そんな人間のために?】  願いの光ホーリードリームは、ホーリーデジタマモンの全身に植え付けられたダークウイルスと相反する性質を持つ。  パンドーラ・メルトアウトによる強制オーバーライドに加え、自らの必殺技に対するダークウイルスの反発に耐えきれず、ホーリーデジタマモンのデータが散っていく。  だが、ホーリーデジタマモンは構わず、更にその光の輝きを強めた。 「俺にはな。夢があるんだよ!」  ホーリードリームは、パンドーラ・メルトアウトを押し返し、暗黒の神殿の内部を覆いつくしていく。  ホーリーデジタマモン、パンドラモン。そして、デジタマとなった蘭を。 「いつか、蘭に「美味しい」と言わせるような料理をつくって! 理想のレストランを構えて見せるってなぁ!」   〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇  ある日の朝、私は彼に問いかけたことがある。 「ねぇ、ホーリーデジタマモン」 「ん?」 「ホーリードリームを使えば、五つ星料理だって沢山出せそうだけど。何でそうしないの?」 「決まってるだろ。手料理の方がずっと面白いからだよ」 「でも、その割には形式に……「理想のレストラン」にこだわるよね」 「あのなぁ、蘭」  朝食のフレンチトーストが乗った二つの皿を抱えるホーリーデジタマモンは、机にそれを並べつつ、「そんなこともわからんのか」とばかりに息をついた。 「店は重要だぞ。考えてみろ。評判の良い素晴らしいレストランだと、客がたくさん来るだろ?」 「うん」 「そして、美味い料理を喰えば、客は喜ぶだろ?」 「うん」 「つまり、そういうことだ。俺は料理をつくれて楽しいし、金や評判も手に入る! そして、客は俺の美味い料理を喰えて大満足!」  私の向かいに座ったホーリーデジタマモンは、フォークを手に笑った。 「そうなりゃ、俺も皆もハッピーというわけだ! デジタルワールドってのはどうにも過酷な世界だが、どうせ生きるんだったら、そんな風が良いだろ?」 「うふふふ。確かにね。その通りかも!」  焦げたフレンチトーストを口にしながら、私は思った。  目の前の彼は、きっと誰よりも「ホーリーデジタマモン」に相応しいデジモンなのだろうと。 「でもね……このフレンチトースト、コゲコゲであまり美味しくないよ!」 「それはお前が味音痴なんだ! この苦みの良さがわからんのか!?」  ホーリーデジタマモンは、あらゆる願望を叶えると言われる幻のデジモン。  もしかすればその強大なプログラムは、デジタルワールドに、もしかすればリアルワールドにすら災厄をもたらす可能性だってあるのかもしれない。  だけれども、彼のような楽しい存在がホーリーデジタマモンであるならば……! 「ねぇ、ホーリーデジタマモン。やっぱり私は」    彼に言葉をかける、その最中。  突然部屋が暗くなった。 「停電?」  私は周囲を見回すが、闇で何も見えない。  まだ朝の筈なのに、まるで深夜のように真っ暗だった。     『蘭』  声に振り返ると、いつの間に背後に移動したのか。そこには淡い光を纏うホーリーデジタマモンが立っていた。   『呆れたやつだ。いつまで寝ているんだ?』 「え? いや、起きているよ? 朝ごはんのフレンチトースト食べてるし」 『いいや、起きていない! 思い出せ。俺が今日つくったのは大根の味噌汁だ!』  ホーリーデジタマモンは闇の中、私の手を引っ張ってどこかへと連れて行く。 『折角つくったんだから、ちゃんと食べろ!』 「うわっ。ちょっと待ってよ……!」  ここは狭い借りアパートの筈なのに、一体どこまで続いているのか。通路はまるで駅の構内のように異様に長い。  おまけに、私の寝ぼけ眼は闇の中で、どんどん重くなってしまう。  だけれどもホーリーデジタマモンはそんな私をどやし、諦めずに導き続けた。 『さぁ、起きろ! 蘭!』  やがてホーリーデジタマモンが、体当たりするかのような勢いで、たどり着いた玄関のドアを開ける。  その瞬間。  闇の中に、眩い光が流れ込んだ。 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇 〇〇〇 「…………?」  暗黒の神殿の床で、目を開けた蘭は身を起こす。  彼女は気が付いた。アンコによってデジタマに変換されてしまった自分の身体が……元の人間の姿に戻っているのだ。 「あっ」  蘭の視界に、散らばった羽根と、欠けた殻の破片が映る。  慌てて見回すと、自分のすぐ傍に倒れている、見知った姿があった。 「ホーリーデジタマモンッ!」  蘭はホーリーデジタマモンの身体を抱きかかえる。  黒ずんだ彼の全身はボロボロとなり、ノイズがかかっていた。 「オォ……オォオオオオオオオォォオオオオオオオオオ」  一方、怨嗟の籠った呻き声が神殿内に響き渡る。  それは、暗黒のデジメンタマモンのものである。   「おのれおのれおのれおのれおのれおのれぇ、ホーリーデジタマモン!」  「何故だ何故だ何故だ何故だぁっ!」  暗黒竜パンドラモンは、ホーリーデジタマモンの力に及ばなかった。  打ち破られた彼女はもはやアーマー進化を繋ぎとめることもできず、死せる漆黒のデジタマと暗黒のデジメンタマモンへと分離してしまったのだ。 「そんな力を持っていながら!」 「貴様は、何故私を否定する!? 何故安寧を受け入れない!?」 「リアルもデジタルも、全ての存在が等しくデジタマとなり、同一化し、痛みも悲しみも恐怖も無くなった永遠の世界!」 「そんな理想郷が、すぐ傍にあるというのに!」  触手を捩り、苦しみに悶える暗黒のデジメンタマモンは、蘭に抱えられるホーリーデジタマモンを睨む。  だが、蘭は言いたい放題の暗黒のデジメンタマモンに言い返した。 「違うよ。私とホーリーデジタマモンは、同じじゃないの。同じにはならないの!」 「色んな意味で、私たちは同じことより、違うことの方がずっとずっと多いんだ!」 「永遠にはいられない。いつかきっと、別れる時だって来る!」 「だからこそ……!」 「私は、彼の夢の行方を見てみたい! 一緒に居られる今を、大事にしたい! そう願うんだよ!」  暗黒のデジメンタマモンは、彼女の中の残留思念は、蘭の言葉に愕然とした。  あれほどの力を持つホーリーデジタマモンは、デジモンテイマーを名乗るにも値しない、こんなにも惰弱で愚かな人間のために命を懸けたのかと。 「わからない。わかってたまるものか!」 「この私が、こんなデジモンテイマー未満の者共に、敗れるなどと……!」 「い、嫌ッ! 嗚呼、NEO様! NEO様、NEO様、CYBER-NEO様ァッ!」 「私を、見捨てないでぇっ!」  渦巻く残留思念に飲み込まれていき、錯乱する暗黒のデジメンタマモンであったが、彼女は気が付いた。 「……!」  暗黒のアーマー進化の依り代であり、今まで孵られなかった漆黒のデジタマが、確かに胎動したのだ。   「フ。フフフ。ウフフフフフフフフフフフッ!」  暗黒のデジメンタマモンはすがるかのように這いずり、胎動する漆黒のデジタマへとその身を寄せる。  植え付けたダークウイルスはホーリーデジタマモンを暗黒進化させることはできなかったが、その浸食は、ホーリードリームに作用したというのか。  願いの光は、アンコの悲願をも、叶えてくれようというのか?    「嗚呼、嗚呼! デビタマモンは、今ここに……!」  これまでアンコが漆黒のデジタマへと注ぎ続けた負の感情が昇華し、漆黒のデジタマは「鍵」たるデジモンへと変質していく。   「ホーリーデジタマモン! その最期に見せてあげる!」 「私の理想郷を創り上げる、全てのデジモンを超越した、絶対的な力を!」  暗黒のデジタマから闇の卵竜の巨大な顎が飛び出す。  狂喜に悶える暗黒のデジメンタマモンは、蘭の制止も無視して、けたたましく笑いながら卵竜の口部へと自ら飛び込んだ。 「生まれいでよ、デビタマモン超究極体!」  暗黒のデジメンタマモンは卵竜の大顎に噛み砕かれ、その断末魔の絶叫と共に、闇の螺旋が漆黒のデジタマの殻を突き破る。  孵化したそれは、デビタマモンであるが、デビタマモンではない。  進化の頂点である究極体を超えた、超究極体デジモンである! 【デビタマモン:リリースモード!】  暗黒のデジメンタマモンを吸収し、超究極進化を果たした「デビタマモンRM」は神殿の天井を破壊しながら咆哮した。 「……どうにも、こうにも。俺達は、上手くいかないことが多いもんだな……」 「ホーリーデジタマモン!」  瓦礫が落下する中、蘭に抱きかかえられていたホーリーデジタマモンは、困ったように蘭に微笑んだ。 「蘭。お前はアパートに戻れ」  破壊された天井から、汽笛と共に闇のトレイルモンが降りてくる。  同時に、ホーリーデジタマモンによって光に包まれた蘭の身体が宙に浮いた。ホーリーデジタマモンを、神殿の床に残して。 「え。えっ? ホーリーデジタマモン?」 「帰ったら、鍋の中の味噌汁喰えよ。折角つくったんだからな」 「あ、貴方も一緒に帰ろうよ!」 「俺はここで、あのバケモノを封印する」  データを零しながら立ち上がったホーリーデジタマモンは、デビタマモンRMを見上げる。  その暗黒エネルギーのプレッシャーは、パンドラモンの比ではない。  嫌でもわかる。  この超究極体デジモンには、アンコが語った「理想郷」を、今すぐにでも二つの世界に拡げる力があるのだと。 「なーにが理想郷だ。そんなもの、実現させてたまるかってんだ」 「デジタルワールドは、俺の故郷だ」 「リアルワールドは、蘭の帰るべき場所だ」 「どっちも……お前なんぞが台無しにして良い場所じゃないんだよ!」  蘭が必死にホーリーデジタマモンに呼びかける中、アルバを乗せる闇のトレイルモンは、光に包まれる蘭を掴み、暗黒の神殿から脱出していく。  闇のトレイルモンは、メタモルモンには、デビタマモン超究極体の糧となったアンコに因縁がある。この場に残って、命に代えてでも彼女の馬鹿げた企みを阻止したいという強烈な復讐心がある。  だが、かつてパンドラモンとの戦いでパートナーを喪ったメタモルモンは、ホーリーデジタマモンの想いを汲み取ったのだ。パートナーである蘭を、ここから無事に連れ出してくれ、と。  【君が僕を封印する? その死に体で? どこまでの都合の良いゆめ幻を】 「やってみせるさ。俺は、蘭と俺が追いかけ続けた「ホーリーデジタマモン」なんだからな!」  デビタマモンRMを、封印する。  自分が本当の「ホーリーデジタマモン」であるならば、できるはずなのだ。  ホーリーデジタマモンとは、あらゆる望みを叶えてくれる存在なのだから! 【"ディストピアロアー"!】 「"ホーリートランペッター"!」  デビタマモンRMが放つ暗黒の咆哮を、召喚した聖なるトランペットの楽曲で相殺するホーリーデジタマモンであったが、数秒と持たずにそれは破壊され、彼は神殿の壁にまで叩きつけられる。   「げはっ! う、うぅっ……!」 【これでも、まだ言えるかい? 僕を封印すると】 「あぁ、言うさ。言ってやるさ!」  ホーリーデジタマモンは大量のトランペットを床に召喚し、彼自身はデビタマモンRMのもとへ駆けた。 「願いは……願いってのは……! どこまでも都合の良い方が、楽しいもんだからなぁ!」  聖なるトランペットの援護の中、ホーリードリームを展開したホーリーデジタマモンはデビタマモンRMの懐まで飛び込み、その身体に取り付く。  削られた寿命を使い切ろうとも、自分自身ごと、この超迷惑デジモンを封印する!  その願いを具現化するべく、ホーリードリームは巨大な卵の殻のような光の繭へと変質してデビタマモンRMを包み込むが、彼女はそんなホーリーデジタマモンをあざ笑った。 【可哀想だね。こんな光で僕に立ち向かわないといけないんだからさ】  【思い知らせてあげるよ、ホーリーデジタマモン。君と僕の間の、絶対的な力の差を!】 【"カラミティワールド"!】  デビタマモンRMを中心として闇の大爆発が巻き起こり、ホーリードリームによる封印の繭が膨れ上がり、四散する。  闇の爆風の中、砕けて形を失っていくホーリーデジタマモンは理解をした。  封印どころか、戦いにすらならなかった。自分は、デビタマモンRMにただ弄ばれただけだったのだと。 ―大口叩いたくせに、このざまだ。 ―結局俺は、ホーリーデジタマモンの器じゃなかったってことか。  カラミティワールドを全身に受けたホーリーデジタマモンは、もはやデジモンとしての存在を保てない。  不明瞭なデータの欠片となって神殿の床に落下した彼は、残存データの消滅が迫る中、ただ想った。 ―蘭。蘭…… ―聞きたかったな。 ―俺の料理は、美味いって。 ―お前からの、そんな感想を…… 「ホーリーデジタマモン!」 ―蘭? 「それじゃあ、駄目! 駄目なんだよっ!」 ―どうして、蘭の声がするんだろう。 ―逃がしたはずなのに。 ―あぁ、そうか……俺は最期まで未練がましく、幻をみているんだな。 「あ、貴方には。夢があるんでしょう!?」 「デジタルワールドで、理想のレストランを構えるんじゃなかったの!? 口コミ星五つは!?」 「こんなところに留まったら、それが叶わなくなっちゃうじゃない!」 ―仕方が無いだろ。 ―俺には、これくらいしか思いつかなかったんだ。 「前に言ったよね!? 別れるときは、笑顔で別れようって!」 「どうせ願うならさ」 「もっともっと、一緒に……都合の良いことを願おうよ!」 ―いやいやいやいや。何言ってんだ。 ―俺は結局、アイツの封印もできなかったんだぞ。 ―これ以上、一体どんな都合の良いことが起こりえるって言うんだ。 【何だ君は……】 「八王子蘭! ホーリーデジタマモンの、パートナー!」 ―……? ―蘭。 ―お前は本当に、ここにいるのか?  ホーリーデジタマモンは、ここでようやく気が付いた。  蘭の声は、まぼろしではない。蘭はデータの欠片となってしまった自分を両手に包み、この場に立っているのだ。 ―まさか、戻ってきてしまったのか? ―馬鹿なのか、お前はっ!? 【パートナーだと? 君が? デジヴァイスももたない、選ばれてもいない、そんな君が?】 「そうだよ! 大体、パートナーって誰かから選んでもらうもんでもないでしょう!?」 【…………】    蘭を見下ろすデビタマモンRMは、蘭の言葉に苛立ちを覚えた。  その不快な感情は、彼女に統合されている暗黒のデジメンタマモンのものなのか? 【そのデータの残骸を手にしたところで、何が出来る?】 【ホーリーデジタマモンと同様に。君もまた、理想郷には不要な存在だ】 【ここで、消えろ!】  蘭を喰い殺そうと、デビタマモンRMの巨大な口部が開かれる。  ホーリーデジタマモンはパートナーを救おうともがくが、デジモンの形を失い欠片となってしまった彼は、身動き一つとれず、叫ぶこともできない。  ただ、強く強く願うことしかできなかった。 ―ああ、クソッ! ―叶えろ、叶えろ! 叶えるんだ! ―器じゃなかろうが、身体が無くなっていようが! 俺がホーリーデジタマモンであるならば! ―どこまでも都合よく、今すぐに叶えて見せろ!  ―蘭の願いと、俺自身の願いを!  その時。  デビタマモンRMの頭部に、球体が落っこちた。 【痛!】 「あっ!?」  蘭は声をあげる。  その球体は、トレイルモンから無理やり飛び降りたときに蘭の視界に映った、銀色のデジメンタマモンだった。  無我夢中の事で蘭はすっかり忘れていたが……高所から落下した蘭は、そのデジメンタマモンが放つ光で、怪我無くホーリーデジタマモンの傍まで降下できたのだ。 【君は、願いのデジメンタマモン!?】 「…………」 【逸れモノの君が、この神殿に何の用だ】 「……………………」  デビタマモンRMの頭からバウンドし、神殿の床に降り立った「願いのデジメンタマモン」は、蘭を見る。  そして、彼は蘭に向かって、無言の超全力ダッシュをした! 「うわああああ怖い怖い怖い!」  慄く蘭であったが、願いのデジメンタマモンの全身は「銀色の光」へと姿を変え、その光の帯は殻のように、蘭の手の中のホーリーデジタマモンの欠片を包み込む。 「えっ!?」  デジメンタマモンは命を持つデータ存在であるが、同時に、古代遺物デジメンタルとしての側面をも併せ持つ。  そのデジメンタルの力は、消滅に向かうホーリーデジタマモンをつなぎ止め、理外の速度で修復し、彼を蝕んでいた悪性改竄をも取り払ってしまった。 「…………。あの無言野郎、なんのつもりだ?」 「ほ、ホーリーデジタマモンっ……!」  再構成され、身体を取り戻したホーリーデジタマモンはその眼を開くが、彼を包む銀色の光は、未だ収まらない。 「おい馬鹿、何を泣いているんだ蘭? わけのわからん奴に身体に入られて、泣きたいのはこっちの方なんだぞ?」  デビタマモンが「暗黒のデジメンタル」の力で、超究極体へと進化したように。ホーリーデジタマモンもまた「願いのデジメンタル」の力を受け、新たなプログラムへと変わっていくのだ。 「一体、一体何が起きているの!?」 「俺にもさっぱりだ。だがな、一つだけわかることがある!」  白い外殻は銀色に。  二翼から四翼となった金色の翼が広がり、光の輪は「願いの紋章」を形どり、青く輝く。 「これから俺たちは、あの野郎に文句を言えるってことだ!」 【……!】  その光景を前にするデビタマモンRMは、焦燥した。  彼女は直感したのだ。ホーリーデジタマモンは、自分に匹敵するほどの「絶大に何か」になろうとしているのだと! 【こ、この。死にぞこないがぁ!】 「ホーリーデジタマモン、超究極進化!」  デビタマモンRMは濃縮した闇をホーリーデジタマモンに噴射するが、それは青き光に包み込まれて跡形もなく消失する。  一体何が?  茫然とするデビタマモンRMの視界に映ったのは、光の奔流の中、新たな姿となったホーリーデジタマモンだった。 「ホーリーデジタマモン:ムゲンモード!」  それは、無限に広がる夢幻をその身に抱く、願いのデジタマモン。  超究極体へと進化を果たした「ホーリーデジタマモンMM」は飛翔し、デビタマモンRMと相対する。 【"ディストピアロアー"!】 「"アンサンブルデザイア"!」  デビタマモンRMは闇の咆哮を放つが、願いの紋章の刻印が施された大量のトランペットが召喚され、聖なる楽曲が吹き鳴らされる。 【グ、ググググガアアアッ!?】  聖なるトランペットの合奏は、デビタマモンRMの闇のデータを改竄し、弱体化させていく。  咆哮をかき消され、苦しみで悶絶するデビタマモンRMは爪でトランペットを薙ぎ払い、悲鳴をあげた。 【な、何だなんだ!? そのわけのわからない進化はぁっ!】 「俺が知るか! だがなぁ、俺は物凄く怒っているんだよ! この営業妨害の超迷惑デジモンめッ!」 【ふざけるな。僕の闇は、アンコちゃんが注ぎ込み、練り上げ続けたものだ!】    デビタマモンRMは、口部に暗黒のエネルギーを収束させる。 【僕たちの願いを……貴様何ぞに、邪魔だてさせるものかぁっ!】   目の前の胡乱な光をこの神殿ごと消し飛ばし、アンコが求めた理想郷を創りに行くために! 【"カラミティワールド"!】  災厄を運ぶ、闇の爆発が発動する。  ホーリードリームを突き破り、ホーリーデジタマモンに致命傷を与えた、デビタマモンRM最凶の必殺技が。  だけれどもホーリーデジタマモンMMと、彼を見上げる蘭に、恐れるものは何もはなかった。  二人の心には、デビタマモンRMが抱く暗黒と悲哀をも退ける、未来への願いが輝いているのだから! 「「"ムゲンドリーム"ッ!」」  ホーリーデジタマモンMMの光輪が、願いの紋章が拡大し、闇を打ち消す夢幻の光が放たれたとき。  デビタマモンRMに統合された暗黒のデジメンタマモンは、彼女の中の残留思念は、想った。  信じられるパートナーをもつデジタルモンスターという存在は、こんなにも強く煌めき、輝くものだったのかと。 「……NEO、様……」  それは何だか、とても羨ましいな、と。 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇  数日後。 「美味しい」 「ウマイネ」  始まりの町の定食屋で、アルバとメタモルモンはカウンターに並んで座り、甘辛炒めを食べていた。 「えぇっ? 美味しい? 本当?」 「うん」 「ウマイヨ」 「やったねぇ! うふふ、やっぱりお料理って、僕に向いているのかも〜!?」  店員である「漆黒のデジタマモン」は、自分に調理を任された料理が褒められたことが嬉しく、店の奥へと引っ込んで店長へと報告をする。 「アンコちゃーん! これなら勝てるよ! いつかホーリーデジタマモンのやつに、一泡吹かせられるよ!」 「あぁ、そう……」 「元気出してよアンコちゃん! 僕、もっともっと、腕を磨いてお店を繁盛させるからさ!」 「はぁ…………」  一体どうしてこうなった?  深いため息をつきながら、椅子に座るアンコちゃんは思い返す。  ホーリーデジタマモンMMが放ったムゲンドリームは、デビタマモンRMを消滅させなかった。  その夢幻の光は、デビタマモンRMを滅ぼすわけでも、死せる漆黒のデジタマに戻すわけでもなく、命と心のある「漆黒のデジタマモン」へと変えてしまったのだ。  光はリアルとデジタルの二つの世界にまで届き、一部のエリアで成功していたデジタマ化現象は「最初からそんなもの無かった」かのように、元通りに。  暗黒の神殿はため込んだ力を完全に失って収縮し、今では定食屋に併設された小さなフルーツパーラー屋さん"えるぴす"となって、謎デジタマモンズのたまり場となっている始末である。  ―もはや、理想郷の実現など叶いはしない。  ―このアンコは、CYBER-NEO様に相応しい存在にはなれなかった。  ―惨めなクズデータに戻ってしまった今、私はこれ以上存在していても、仕方が無い……  野望を絶たれた暗黒のデジメンタマモンには、もはや生きる意味も理由も無かった。  だが、漆黒のデジタマモンは、統合したはずの彼女を口から「おえっ」と吐き出し、頼み込んだのだ。  自分も「お料理」というやつをしてみたい! どうか教えてアンコちゃん! と。 「ねぇアンコちゃん、次は僕、お菓子ってやつを創ってみたいよ!」 「おのれ、おのれ。この意味不明な状況はお前のせいよ! 胡乱なホーリーデジタマモン……!」 「この餡子って具材、黒くて美味しそう〜! あ、いやいや、君が美味しかったってわけじゃなくてさ!」  楽しそうに料理本を持ち出す漆黒のデジタマモンを前に、アンコちゃんが、がっくりとうなだれる中。  カウンターにお勘定を置いて定食屋を出たアルバとメタモルモンは、息をついた。 「なーんか馬鹿らしくなっちゃった」 「ソウダネ」  仇は戦いの末に、ホーリーデジタマモンMMによって無力化されてしまった。  そして自分達もまた、ホーリーデジタマモンMMが放った胡乱な光にあてられてしまったということなのか。あの腑抜けきった連中を消去するという気分には、もはやなれなかったのだ。 「今更ダケド。ゴメンネ、アルバ」 「何が?」 「私ハ、本物ノメラニージャナイ。彼女ヲ喪ッタ、アノ日カラ……私ハ君ヲ、ズットズット騙シテイタンダ」 「本当に今さらね! でも、知っていたわよそんなこと」 「私ハ、認メタクナカッタンダ。メラニーヲ救エナッタ事実ヲ」  うつむくメタモルモンであったが、そんな彼に、アルバは叫んだ。   「ざぁこ、ざぁこ! 身体だけじゃなくて頭もぷよぷよ! パートナーのことをまるでわかっていない、勘違いデジモン〜!」 「ワッ!?」 「メラニーは、あなたに「メラニーになって」なんて、そんなこと頼んでいなかったんでしょ?」 「…………」 「私はアルバで、あの子はメラニー。そしてあなたは、メタモルモン! 代わりになる必要なんて、なかったのよ。私たちは、みんな違うんだから」  かつてメラニーが所有していたデジヴァイスを、アルバは握る。 「メラニーは、もういない。だけど、ここは全てがデータで構成されたデジタルワールドよ。あなたがそうやって変身できたくらいだし、面影くらいなら、まだこの世界のどこかに残っていたりするのかもね」 「アルバ」 「もうやることもないしさ。メタモルモン。もし良かったら、私と一緒にそれを探しに行ってみない?」 「勿論ダヨ!」  メタモルモンは、アルバのその手に自身の大きな手を重ねて、頷いた。 「一緒ニ行コウ、アルバ。ドコマデモ、連レテ行クヨ!」  メタモルモンは、メイルドラモンへとその姿を変え、アルバを乗せて飛翔する。  それは新たなパートナーとなった二人の、旅立ちの瞬間だった。 0111101011111101011111101111 「あぁー。やっと気分が落ち着いたぞ……!」 「もう大丈夫なの?」 「おう。ようやくな」  リアルワールドの借りアパートにて、ホーリーデジタマモンは小さな二つの器を手に、クッションに座っている蘭の傍に向かう。   「まったく。俺の中に、あの不気味な無言野郎のデータが混ざっていたと思うと、ぞっとする!」 「助けてくれたお礼を言いたかったのに、すぐにどっか行っちゃったよね」  蘭は思い返す。  デビタマモンRMとの戦いのあと、ホーリーデジタマモンMMは「おええええっ」と願いのデジメンタマモンを口から吐き出し、元のホーリーデジタマモンへと退化してしまったのだ。  その時の吐き気を引き摺ったホーリーデジタマモンは蘭に介抱されながらアパートで数日寝込んでいたのだが、どうやら快復できたらしい。 「あの銀色のデジメンタマモン。どうして私たちを助けてくれたんだろう?」 「さぁな。尋ねても、あいつは答えてくれないだろうさ」  ホーリーデジタマモンは、ほい、と蘭に器の一つとスプーンを手渡す。  その器には、茶碗蒸しが入っていた。 「暫く寝込んで料理もできなかったからな。リハビリで軽食をつくってみたんだ。食べてくれ」 「お、ありがとう。頂きまーす」  蘭はスプーンで器の中身を掬って、口に運ぶ。  茶碗蒸しにしては少し甘い気がするが、それは何だか優しい味だった。 「うん。この茶碗蒸し、悪くないね!」 「それはプリンだよ、馬鹿!」 「えっ!? あ、あはは、ごめんごめん! でも、昔よりも良い味になっている気がするよ!」 「お前なぁ……」  ホーリーデジタマモンは蘭の反応に呆れつつ、自分の分のプリンを飲み込み、改めて思った。  借金から始まったパートナーの縁が少しずつ変わっていったように、蘭も自分も変わっていく。  無限に同じ時を過ごすことは、叶わない。  だからこそ自分は、夢を叶えた姿を、いつかきっと……いや絶対に、蘭に見せてやるのだと! 「間違えてから言うんじゃない。大体そんなこと、味音痴のお前に言われても、ちっとも嬉しくないぞ!?」 「す、すねないでよ! 大体、私が味音痴なんじゃなくて、ホーリーデジタマモンが料理音痴なんだって!」  そして、蘭もまた待ち望んでいた。  立派な料理人となったホーリーデジタマモンが、デジタルワールドの「理想のレストラン」で料理を振舞う。そんな夢幻の願いが本当になった、楽しい未来の日のことを! [終わり]