──私の生まれた時、すでにそこには知性が宿っていた。一体なにをどうやったのかは知らないが、どうにも、私の生まれると同時に知性を獲得しており、すでに言語能力も持っていたようだった。  なんとも理解し難い話ではあると思うが、私だって自分の境遇を理解するまでは受け入れ難かったのだから、どうにか一つ理解してほしい。  私はどうやら、ある人物のクローンらしい。一口にクローンと言ってしまうと語弊があるが、まあそんなことはどうでもいいだろう。私は興味ないし、誰だって興味ない。  FE社と呼ばれる会社の、水行という部署の、ある研究部門の片隅で、ある女のDNAをもとに作り出された存在。それ以上のことは知りたくもないし、知る由もない。  ともかく、そういう特殊な出自であるから、私に普通の人間の常識みたいなものは適用されないと思ってほしい。 「……なんて、キミに向かって話してもしょうがないよね。あのさ、キミどこからきたの?」  問いかけても、目の前の特徴的なヘルメットを被ったデジモンはしきりに首を傾げるばかり。ははあ、迷子かとため息をつく。  FE社本社・水行部門 地下室。  私に許された唯一の小さな自由の空間の中に、ソレはいた。 「キミね、こんなところにいたら機密漏洩の可能性有りでデリートされちゃうよ」  一応私の存在は機密事項というか、まぁ当たり前だけど表沙汰にするわけにはいかないらしい。だからなにをするにもここからほとんど動けないし、他の社員……正確には普通の社員に会うなんてもってのほか。  らしいけど、時々私を鍛えにくるおじいちゃんはなんかフツーに私のこと連れ出すし、あんま神経質になっても意味ないのかも。 「だからサッサとここにきた道からでてった方がいいよ」  それにしても、かわいいデジモンだ。こんな無骨な牢屋みたいな部屋には、似合わないったらない。それはまあ、私と私のパートナーも一緒か……。 「……てか、ねえスワンモン。このコ、どっから入ってきたと思う?」 『わかんない。訓練終わった時にどさくさに紛れて入ってきたとか?』 「そんなのゲオルグおじーちゃんが気付くでしょー」 『まあ、それもそうね。……。アナタどこから入ってきたの?』 「わかんない」  喋るんかい。 「うーん、まいったなー」 『まいったね……』 「まいったなー」  一人と二匹でどうしたものか、と頭を捻っていると、ガチャリと鍵の開く音がした。……この部屋の鍵が開くときは、大抵碌なことがない。最初にこの部屋から連れ出された時から、ずっと決まって変わらない事実だ。 「あら、ここにいたんですね」 「クオン!」  ヘルメットのデジモンがぴょん、と声の主の方に飛びついた。  クオン?  一瞬遅れてそちらに顔を向けると、そこに立っていたのは凛々しい印象を受ける女性だった。デジモンを抱き優しく慈しむ姿には、愛情と呼ばれるものを感じずにはいられない。 「すみません。わたくしのスプシモンがお邪魔して」 「あっ、い、いえ……気にしないでください……?」 「ふふ。ほら、帰りますよ、スプシモン。オディールさんにバイバイしましょうね」 「ばいばい」  幼児のように手をブンブン振りながら、スプシモンと呼ばれたデジモンは女性に抱かれて去っていった。なんだったのだろう、と呆然とする。あれ? なんか普通に名前呼ばれてたけど、私名乗ってないし。 『……ール、オディール。今の人』 「スワンモン、今の人なんで私の名前を」 『今の人! ここの社長だよ、オディール』 「え?」  ぱちくりと目を瞬かせる。なんでそんな人が、いくらデジモンを回収するためとはいえわざわざこんなところまで。というか、私のこと知ってるの? 「……マジかー」  呆然と、扉を眺める。  このことがきっかけで、私が作戦に参加して外に出られるようになるのはまた別の話。