余りにも唐突な言葉に脳が停止するという事実を初めて実感した。本来ならば思考が停止したと考えるべきところを感覚まで一瞬持っていかれたような気がしたから正しく停止したのは脳だ。その次に湧いたのは失笑の念だった、なるほど迷っているとしてどうしてそれをあまりかかわりもなかったヤシャモンにそのようなことを言われなければならないのかと思ってしまう。 「どうしてそんなことがわかる」  自然とそのような言葉が出るのは仕方のないことだった。それに対してどこ吹く風でヤシャモンが笑みを浮かべた、本来は無表情のはずのところに底意地の悪い笑みが見える気がする。自称光の祖父のような動きをするヤバイデジモンにそのような笑みをされれば流石の颯乃も少しばかり怒りを感じる。どれ、とヤシャモンが1つ伸びをする。動く前のウォームアップの動きに似ている。その思考は正しかった。 「娘っ子」 「颯乃だ……なんだ」 「打ち込めい」 「は?」 「肩、大分動くようになったんじゃろう?何かかり稽古よ、一本きませ」  ヤシャモンが構えてから打ち込んでくるように剣先を軽く振る。どうにも引く気はないらしい、やや面倒と思いつつも従うことにする。 「疾っ…!!」 本来ならば気乗りはしない、相手はデジモンとは言え無意味に剣を振るうことは颯乃の思うことはない。何より颯乃は自分の力を理解している。成長期のデジモンならば戦闘能力を除き実力を持って叩きのめすこともできる。それは弱い成熟期にでもある程度は通用するということだ、特にデジタルワールドでの戦いを経てからは戦いに際し刃のキレは前にも上がっている。  そしてもう1つ理由がある、相手が正気か狂気か人間的な振る舞いや記憶を見せてくるのはどうにもやりづらい。防具を付けない人間に竹刀を打ち込む気が起きないのは当然だ相手にけがをさせるかもしれない、痛みを与えるかもしれないという人間的な感覚が邪魔をしてくる。 「ほう、早いな」  しかしそれはヤシャモンが即座に防ぐ、力をこめないなどと言う事はしていないが軽く振り払われる。目を見開いた、自分の力を過信しているとは思っていなかったが、まさかと言う思いが沸いて出てくる。 「カカ……青いのぅ」 「っ……」 「悔しいという気持ちが出ているぞぅ」 「そんなことは……」 「ま、よきよき……」  老人のような声を上げながら満足そうにヤシャモンが笑った。 「煩悩よな」 「煩悩……?」 「今、神田嬢は1人ではなくなった、デジタルワールドに戻れば信頼に足る仲間たちがいる」 「ああ」  にべもなく肯定した。それは事実だ、自分の目的になどささやかにしかかかわっていないはずなのにただ友人になったからと言うだけで手を貸してくれる友たちの顔が脳裏に浮かんだ。 「しかして、それがゆえに自己の純粋性が削れておる」 「なんだそれ」 「くひ……いいかよ、己の目的は己の物よな?」 「ああ、それは……そうだ」 「然り、しかして人は人とかかわらずには生きてはおれずそれは些細なことですらよ……なあ、神田嬢、仲間に己の目的を乗せてはおらんか?あるいは……仲間の目的は己の目的に乗せてはおらんか?」 「何を……」 「つまりよ、神田嬢の目的は肩の怪我を治すというものよな、しかして友とかかわるうちにあれもこれもとしょい込もうとするのは人の性よ、三上のボンのイレイザー探しであるとか、かつてであれば鉄塚のボンの故郷を焼いた犯人捜しであるとか、リアルワールドに踏み込めば鬼塚の嬢の家庭環境とかよ……それを己の目的と錯覚しとらんか?」 「……そんなことは」 「ないと言えるかの?そして神田嬢自身がかかわるうちに自分の目的に添うてくれる誰かがいることを当然と思うておりゃせんか?あの仲の良い霜桐嬢に國代譲が常にいてくれると思うとりゃせんか?」 「……」 「何、悪いとは言わん、人界は持ちつ持たれつ、助け助けられは当然の在り方よ……ゆえに忘れてはならんよ、己そのものを」 「何をわかるという、お前に」 「わからぬがゆえに外から見てそう思うものもある、ということよ……なに、ジジイの戯言、忘れたくば忘れよ……」 「……まあ、覚えてはおく」 「そうか、なればよ、神田嬢」 「まだあるのか」 「仁義八行と言うものがある、いや、これは講談だから八徳と言った方が良いか?古の偉人孔子の言葉よ」 「何かで聞いた……気がする」 「まま、剣道やってれば聞くこともあるか、ないかもしれんか?まあどちらでもええ、これはどういう意味か、人の生きる上での徳目よ、これを持ち得てこそ人であり人たらんとなる、しかして忘れれば亡八、人ならざるものとなる……ゆめゆめ忘れるなよ神田嬢、獣が惑わぬのは如何なるものか、それはつまり善も悪をも理解することができぬからよ、人とて一歩外せばそれと変わらん、ニュースで見るだろう判断するだけの頭を有しながら楽へと流され獣のごとく他者を襲う畜生があれは迷っていないのではない、迷いは人の物、悩み苦しみそして答えを出さんと迷いて歩く、だからこそ迷うたならば振るうな」  ヤシャモンが自らの手に握られた得物を見て、それから颯乃が右手に持つ竹刀を見た。 「嬢の持つ竹刀はな、怪我をさせにくいがあくまでそれだけ簡単に人を傷つけ時には殺める、だが同時に精神を研ぎ澄ます道具ともなろうて、いいかよ神田嬢何かを持ちてそれを振らねばならぬ時が来るならば迷うな、迷うたならば振るうものではない振るうな、そして迷いは心の内にある肉を削いだところにある、今神田嬢の心には贅肉がついている、贅沢よ、信頼ができるという特上の贅沢を知ったがゆえに刃が鈍くなっておる、と、ジジイの小言、長々と失礼仕った」  最後に軽妙に誤魔化すように言うヤシャモンを見つめ颯乃は頭を下げる。 「諫言ありがたく」 「くく……律儀よの……なれば我は去るとするか……ああ、夜歩きは気を付けい、丑三つ時は化生の時間ゆえな」 「それは……」  颯乃が呼び止める前にヤシャモンの姿は消え失せていた。 〇  関西は京都の某所。  音、音、音、剣劇の、血肉を啜る刃が空を切る、ずんばらりん。音もなく。 「これも違うのね」  言いながら女が刃鋼を撫ぜた、刃にはまだ血潮が垂れている。それが振るえば血が飛んで、断たれえぬものはそこにはあらず。  肉塊が転がっている、命だった何かがその身を散らし、魂だけが持っていかれていた。断面は波一つなく美しい、魅入られる様な切り口はその仕手があまりに上手な切り方を仕方を教えてくれる。見れば誰もが思うてしまう、ああこのように切られればどれほどまでに心地よいかと思わせらる。  また切れた、ずるりと入った刃が経津と音をたて裁断された。  それらは消えていく、血潮もまた消えていく。かりそめの命かどうかは定かではないが切り捨てた端から血が飛んで、そしてすぐに失せていく。 「また違う、これも違う、あれも違う」  ぐるぐるぐるぐる身を回し、くるくるくるくる舞うように、刃が舞えば血と魂が散っていく。そしてまた消える。  そのたびに獣が歓喜の声を上げた。ぼうと朧が剣より脇出でて、塵芥の魂を啜っていく。血肉を啜る蛆がいる、屍肉を食らい肥え太り、魂喰らうてまだ足りぬ。 「ムシャモン……」 「くひ……くひひ……いいなぁ、いいぞぉ、殺子ぉお前はまた殺した、殺した……くひひひ……もっと鏖殺せい、天に上下あれど魂は同じよ……くひ……くひひ」  殺子と呼ばれた女が長い髪をなびかせた、背の裏に憑いている何かに声をかけた。 「言われなくても」  殺子の目が細くなる、鋭くきらめく刃のようで、あるいは何も写さぬ夜の鏡のごとくにその内に瞳がギロと動いた。 「死ねないわ、私を殺せる相手と死合うまで」  殺戮の残滓は血の匂いがする、それはデジモンだった。  デジモンはリアルワールドに現れている野良のデジモン共でその中でも飛び切り悪意にまみれたデジモンで、暴れることになんの良心の呵責も持たない、どう思われてようともいいと思われているような悪たれどもだ、しかして殺されるような手合いであったかと言えばわからない、いずれ消される定めであろうともまだ人に手をかけてはおらずあるいは迷惑をかけてはいない、道を踏み外す手前でとどまっていたはずのデジモンたちだった。  殺子は斬った、相手が何かであるかなど知らぬとばかりにその刃を振るった。強くて怖いデジモンだと聞いていたからきっと私を殺してくれるのだろうと思ってきたはずなのに、肩透かしにもほどがあった。  手合い、三十、どれもが成熟期を超えているから斬りごたえはあったがそれ以上の感想は覚ええぬ、魂を凍えさせる猛者は今だ殺子の前に現れない。  そも、その有様からして尋常ではない、殺子は剣を振るう家系のものではない、むしろ作る家系である。佐ツ間は妖刀に魅入られているとさかしまに言うものがいる、実際になぜかは知らぬがその家が作る剣は持つものあるいは対峙するもの全てに不幸をもたらした、そしてとうとう作る者にすら牙をむく、刀匠強盗事件とニュースで小さく流れた事件がある、これではまるで刀匠が強盗したかのような見出しだが実際は真逆一夜の帳にて1人を除き惨殺された惨たらしい事件である、その後の顛末は忘れ去られたころに小さく新聞に載った、犯人の自殺というつまらぬものであったから誰もが注目せぬままに終わった。しかしそれが良かったのか悪かったのかは誰もわからない、もしもそれを知っていれば未然に終わったかもしれない、しかして既にそれは時遅し。  佐ツ間の跡取り娘が1人残されたということを誰も知らぬままに世間はそ知らぬふりをした。  佐ツ間殺子は才女だ、かつてから今に至るまで、作る家系のものでありながら振るう天才として生まれた出来物で、つまらぬ事件さえ起きなければ一生知らずに生きていたであろう。何の因果か己の手には今代々に伝わる怪しき大太刀が握られている、到底女には震えぬ大得物を殺子は振るうし振るうことを出来る。妖刀の仕手であり、それを握ってしまったがゆえに血に酔った。  何よりもデジタルワールドに飛んでしまったのがより修羅を育てる結果となる。デジモンたちを斬った。飛んだ先で斬って斬って、ただ斬り続けた。それが強ければ剛いほど良い獲物だった。  しかしそれがより飢えを覚えさせる、血も流れぬ獲物を切り伏せても己の魂の中にある修羅の渇きを満たすことができずにいる。そしてまた発散できぬ闘争をデジモンを斬ることでほんの少し満ちてまた飢える。結局人を斬らねば人斬りは満ちえないのだ。  しかしそれをほんの少しばかりとどめるのが理性だ、十と余年生きた経験は雑魚を斬ることを嫌悪させた、だから今だに殺子は大量殺人鬼になって縊られる末路をたどらずにいる。  ゆえに求めていた、己と斬り合うことのできる何某かそんな手合いがどこかにいぬかと。たったの一度でいい、己の心の内を満たせる極上の獲物を。 「ああ……どこに居るのかしら」  夜の月が女を照らしていた。 〇  「仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄 舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得 以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 般若心経」  板張りの床に女が座っている。結跏趺坐を組み、修羅像を前にただただ経文を唱えていた。  汗が滝のように流れている。己の内の熱がとかく発熱を促していた。  楓だ、その形のいい顔をゆがませながらただただ自らの内より逃げるようにも見えた。朝道場に祭祀の道具を持ち帰ってからただただ唱え続けていた、既に何時間それを続けたかそれはわからない、時計はない、あるのは己の心臓の音だけだ。 「喝」  乾いた音が道場に響き、楓の頭に薄く痛みがはしった。 「ブシアグモンか……」 「いかに経文を読もうとも心ここにあらずではな」 「……そう見えたのか」 「お前に見えとらぬだけよ楓」 「確かに…自分のことなど見えやしない」 「だからと言って逃げるようではよ」  ブシアグモンが楓に言う、通常のブシアグモンとは違う白い肌を持つブシアグモンは俗でありながら達観を持ち合わせている。本来は究極体のその身をリアルワールドでは生活に則さないためにこの姿だが練り上げたその武芸は退化しようとも陰るようなものではないし、そも人の力を借りず自らを至高の位置に至るような個体だ、ともすれば人の小娘よりもよほど深い知見を持つ。ゆえに未熟な楓を見ては時に手を差し伸べ普段は放っておく。  今日は珍しくブシアグモンは楓に声をかけた日だった。 「ではしなかったがな、あの娘……颯乃と言ったか……疼いたか」 「やっぱり……わかるんだ」 「わかる、斬りたいという欲望が鎌首をもたげたのが」 「……隠せなかったか」 「隠していてもまだわかる、隠せば消える、で、あるならばそこにただあるようにせねばな」 「わかりにくい比喩はやめてよ」 「無理に隠せばただ不自然になるということよ」 「最初からそう言え」 「読解力を鍛えるのだなぁ!楓」  からかいつつもブシアグモンは楓に微笑んだ、こう言った未熟な部分はまだまだ可愛いというどこか親心のような視線で見ていた。それを感じて楓はむくれる。それほど自分は子供でないと言おうとして口をつぐんだ。年齢で言えばまだ子供なのは事実で、だからこそ回らない口がもどかしく思う。 「ま、あの娘っ子はまだ気づいておらんようだったが」 「必死に隠したんだからわかられたら困る」 「未熟だが……ああ、そう言ったところがいいぞ、楓」 「まったくお前は……」  ブシアグモンは楓の本性を理解しているし、楓もまたブシアグモンにそれを隠していない。  人前では猫をかぶり清く正しいあり方を見せているから何も知らない人から見れば楓は礼儀の正しい道場の跡継ぎをするお嬢さんだ。 「颯乃ちゃんは……私が進学してると思ってるんだよね」  勘違いをあまり訂正しにくかったから濁して逃げたが楓は中学を出てすぐに剣を振るう道を選んだ、周囲は驚きせめて高校にはと誰もが進めたがそれを押し切って楓は道場で刀を振るう道を選んだ。唯一喜んだのは本当に身の回りの家族くらいか。  宮本楓の家は由緒正しい二天一流の流れをくむ道場を経営している。宮本だからと小学生の頃にからかわれたものがあるが、有名な宮本武蔵の血統を継いでいるかはわからない、わかるのはいつからか二天一流の技を継ぐ家系として根付いただけであった。他の二天一流道場と違いこじんまりとしてはいるが、地元では礼儀作法を仕込む場としても親しまれていた。今時女性だから当主が女ではないというのも流行らないし楓が才能をあったのも喜ばれることではあった。  そんな身近な親族だからこそ、あるいは親族だからこそ楓の性根を見誤っている部分はある。誰が礼儀正しい女剣士のそのうちが炎を宿す修羅であるかと理解できるかという話だ。  楓はそんな己の鬼を取り繕うだけの理性があった。だからこそ進学と言う道を選ばなかったという部分がある。刀を握り続けなければいずれそれが暴力になることを楓理解していたからだ。それは楓にとって大きな苦悩になっている。古めかしい読経を唱える程に。  そんな苦悩をブシアグモンは良いものと思っている。ただただ修羅ではなく一人の心優しい人間の在り方だと分かるからだ、だからこそ出来ればこのまま苦悩と付き合い一人の人間としてよくあってほしいとブシアグモンは願っていた。 「くく……驚かれるだろうが、あの娘っ子はそれでどうこう言う人間ではないだろう」 「それは……そうだね」  楓は頷いた。しかしそれ以上に1つだけ気になる事柄があった。 「ブシアグモン」 「何か」 「あの子もきっとデジタルワールドにいたんだよね」 「ああ、デジヴァイス持ってた」  帰りがけにちらと颯乃がデジヴァイスを持っているのが見えた、正しくはいくつか物を収納したトートバッグの中にそれが入っているのが見えた。 「デジタルワールドで合わなくて本当によかったな」  もしと思ってしまった、もしも神田颯乃とデジタルワールドで出会っていたら自分の内の闘争心を内部にしまいきれていたのだろうかと思ってしまう。当然だ、怪我をしたとは言え颯乃は数少ない斬り合える手合いだ、闘争の末に研ぎ澄まされていくその剣閃を見たとしたならば後輩ではなく敵として見ていない自信がない。少しだけ想像してしまった、自らを敵として憎み剣鬼として育った颯乃が殺意を研ぎ澄ませて自分を殺しに来てくれたならば……それはきっとえも言われえぬ切り結びを出来るのではないかと。 「楓」 「……何」 「顔」  その言葉に頬に手を添えた、口元がゆがんでいる。笑みだ、気づかぬうちに笑みを浮かべていたらしい、それが単なる想像だとしても切り結ぶことに意義を見出していた。  どうしようもなく自分は剣に生きているらしい。 「居るのかな」  ぼそ、と口走るのは願望だ。己と斬り合えるような、己と同じ視線を持つ剣鬼、そんな存在がいればきっと。 「斬りたいなぁ……」  手で口元を覆う。そうでなければ己の心を出さずにはいられなかった。 〇  朝が来れば義務教育にのっとり中学生の颯乃は中学に行かなければならない、新学期を迎えて和気あいあいとするクラスメイト達に軽く挨拶をして颯乃は自分の席に着いた、新しい席はまだ自分に合わない気がするが、数日もすればきっとすぐ慣れるのだろうと思った。  声がかかる。2つ、女の物。 「明日子に有無……同じクラスと言うか、同じ学校だったんだな」 「やっほー颯乃ちゃん、こっちでもあえて嬉しいっすよー」 「ボクもびっくりしたよん!まさか同じ学校だったなんてねぇ……デジタルワールドがなかったらかかわらないよきっと」  そう言ってくる2人は三条明日子と末堂有無、どうにも同じ学年クラスでそして同じようにデジタルワールドを旅したテイマーだ、どちらともちょっと特殊な出会いだが颯乃にとってはいい思い出だ。 「明日子……まさかまだ男の尻にドリル突っ込もうとしてないよな?」  初対面はそれだった、別の男性テイマーを執拗に追いかけて尻にドリルを入れようとしていたところを割って入って止めたのだ、偉く感謝されたのを覚えている。少年の名前は確か青山ルカといった名前のはずだ、見た目のいい少年なのを覚えている。出会い方が違えばときめく可能性もあったが肩のケガと状況で流石にそんなことを言っている暇がなかった。リアルワールドに還るゲートを探しているらしかったが彼は帰ることができただろうか、それだけが少々心残りだ。 「も、もー、疑り深いっすねぇ、そんなことそうそうしません!あれは特別!だって凄くよかったんで」 「いや、相手の意思を無視してる時点で特別も何もないぞ」 「そうだそうだ」 「有無……お前……また何か変なこと企んでないよな……?」  有無との出会いは有無が心傷ついたテイマーをそそのかして闇堕ちさせようとするのを割って入って止めたことだ、確かそそのかそうとしていた彼の名前は久能ナヤムと言ったはずだ、正義感の強い少年で自分には何の得にもならないのに身を粉にして人助けをする気持ちのいい少年だったのは覚えている、はぐれた女の子……確かすー……スーザン?といった少女を探していたとのことだがちゃんと会えただろうか。 「いやだなぁ、彼は絶対這いあがってくれるってわかってたから」 「……それは理由にならないぞ」  呆れるように颯乃が有無にツッコミを入れる。 「うぅ……明日子ちゃーん、颯乃ちゃん堅すぎだよぅ」 「有無ちゃーん…しょうがないよ、ドリルも通らないカチコチ具合だもん」 「お前らな……」  はあ、と額に手を置いた、新学期早々から濃すぎる。 「まあいい、私の目の黒いうちは悪だくみはさせんぞ?」  明日子と有無がわざとらしい反応を見せる。 「今の聞きました有無さん」 「ええ、聞きましたわ明日子さん」 「こんな時代劇で聞く様な台詞を生で聞けるなんて」 「感動ですわね」 「……つ、突っ込み放棄していいかなぁ!?」  本格的に颯乃が頭を抱える。流石にからかいすぎたと分かったのか、有無と明日子はバツの悪そうな顔をしてから話題を変えた。 「ごめんごめん、ハっちゃんからかいがいがあるんっすよ」 「ハっちゃん?!」 「颯乃だからハっちゃん、あ、うちはアっちゃんでいいっすよ?」 「じゃ、ボクはウーちゃんでいいよ?」 「……まあ、いいけど」 「まぁまぁ、それよりちょいとこっちで起きてる耳より情報っす」 「ん?」  颯乃が首を傾げたところで笑みを深めた有無が小声で言う。 「最近さ、辻斬りが起きてるんだ」 「は?」  うんうんと明日子は頷き、 「まあそう言う反応になるっすよね、でも先にこっち戻ったうちらの調査っす」 「って言っても人間相手じゃないよ、デジモン辻斬りさ」  颯乃が唸った、なんとも物騒な話が飛び出てきたからだ、自分がだいぶ古風な方だと理解しているがまさか辻斬りなんて物を実際聞くとは思わなかった。先が気になり促す。 「それで、続きは?」  いたずらっぽい笑みを明日子と有無が浮かべた。 「聞きたかったら……アっちゃんって呼んでほしいっすねぇ」 「ウーちゃんって呼んでほしいなぁ?」  颯乃はニタニタとした笑みでのぞき込まれた。一発かましてやろうと思いつつも抑えて、 「ああ、わかった、アっちゃんにウーちゃん、先を教えてくれ」  いえい、と明日子と有無はハイタッチを決めたからまた言葉を紡いだ。 「デジモン反応があって流石にリアライズデジモンをほっぽってられないから見に行くと大体既に存在しないんっす」 「正直なんでかと思ったからしばらく粘って探してやっと見つけたんだ、生き残り」 「生き残り?」 「そっす、辻斬りの生き残りデジモンっす……1人は長髪で長い刀を担いだ女とムシャモン」 「もう1人は刀を2本腰に据えて狐面をかぶった女とブシアグモン」 「待った2人もいるのか?」 「そっす」 「……危ないな」 「危ないよ?ちなみに決まって夜に起きてるらしいよ、怖いねぇ」 「まあ、確かに」  そう言って少しだけ颯乃は目を伏せた、なぜか知らないが背筋がゾワゾワする。自分にこのようなことをする知り合いなんていないはずなのになぜだか知らないが自分に何かかかわりがあるのではないかと思ってしまった。  音が鳴る。引き戸がひかれて車輪がレールをこすれる音だった。既に生徒は皆揃っているはずだから遅刻でもないならばきっと教師のはずだ。 「よう……みんな揃ってるかー?」  赤いレンズに金縁眼鏡の派手な男が教室に入ってくる、面食らう。 「えー俺はロビン、まあ色々あって担任になった、好きなもんはギャンブルな、よろしく!」  さわやかに最低なことを男が言い切る。 〇  ――4/10 23:00  夜が来ている。満月の晩だった。2人の女が対峙している。 「そうか、あなたが私の怨敵だったのね」 「そうか、お前が私の怨敵だったのか」  長髪を担いだ女が長髪を振る。  狐面の女が己の面を投げ捨てた。  互いに凶悪な笑みを張り付けている。  これは必然の出会いだった、剣鬼は剣鬼を引き寄せる。  剣が怪しく輝いた気がする、ただ満月の光を映しただけなのにそれがどうにも化生が光らせた目に見える。  獣がそこにいた、互いに喰い合おうとする獣が向かい合い、ありったけの殺意を刃に込めて互いに向ける。 「我流、佐ツ間殺子」 「二天一流、宮本楓」  名乗りは礼儀だ、互いに殺し殺されるのだからその名前を覚えておかなければならない。そしてどちらかがその名前をもってあの世に行かなければならないのだ。  どちらともなく理解した、今日ここでどちらかが息絶えて、どちらかがまた飢える生を得るのだと。  きっと生き残ったどちらかはこの後にはもっと飢えを感じる人生を過ごすことになるのだろう。だとしても今はその後のことなんて考えていられない。今斬らねばならないのだ。 「斬らせてね、怨敵」 「斬らせてくれよ、怨敵」  どちらともなく奔りだす。