空白。散逸していた意識が、真空を埋めるがごとくに急激に脳内に再構築されていく。 そしてそれに僅かに遅れて、全身の筋肉と骨とが、みしみしと嫌な音を立ててざわめく。 女は息を吐いた――そしてその分だけ、肺にはこの怪しげな気体が入り込んでくる。 痛みはそれにつれて鈍化し、代わりに血管の中の液流染色機さえ感じられるほどである。 熱が動いている。心臓が焼けるようである。指先にまで、その火照りが根を張り始める。 今や彼女は、いつ破裂するやもしれぬ風船と全く同じ有り様であった。 そしてそこに――肉色の、無数の指先が、ぞりり。また意識は、白一面に塗り潰された。 意識の戻るたび、状況は確実に悪化している――飛ばされるまでの猶予も次第に短く。 がくん、と頭が振られ、金色の髪が赤黒い海の中をきらきらと踊るたび、 四方を包むその肉色は、獲物が完全に抵抗する力を失ったかどうかを念入りに確かめる。 その強い精神力と矜持によって、再び女がいくらか身じろぐと、また観察に戻り、 緩やかに柔らかに――彼女の全身を覆う青い肌着の上から、撫でる。意識の飛ぶまで。 心身の深層にまで、抗い難い快楽を膏薬めいて塗り込んでいくかのように。 女は意識を取り戻すごとに、自分の歩いてきた道――と思しき方向――に足を向けるが、 寸断された意識の中、その連続性と蓋然性とはどのように担保されるだろう? まして、身体には上から下から、無数の触手がその先端を絡めてきていて、 振り解いて身体を動かす、そのうちにどちらがどちらだったかもわからなくなっていく。 あるいは自ら、この空間のより奥深くへと迷い込んでいっているのかもしれない。 碧い瞳には、その求めるべき光さえも見えず――ただ、赤黒だけが映っていた。 初めは、疲労から目眩でもしたかと油断していた。深呼吸の一つでもすれば治るだろうと。 外見こそ不快感を催すが、動きは極めて緩慢で、鋭い歯や爪を有するわけでもない。 そんな生物の巣に、足を踏み入れ――次第に喉を圧迫してくる息苦しさのあまり、 彼女を銀河最強たらしめる鎧の、ほんの隙間にここの空気を取り入れて吸い込んだ。 そこからじわじわと身体を蕩かされて、無意識のうちに重たげな鎧など脱いでしまい、 ふと気付いた時には――最後のこの一枚に指を掛けそうな自分がいた。 股が擦れると、ぐちゅりと嫌な感触と音とが繊維の中でする。 火照りきった肉体は、常にうずうずと刺激を求めて震えている。 ここが彼女の所有する宇宙船内――ことに寝室であったとしたら、 外面も構わずに思いっきり自慰の一つでもしたのだろうが―― 痒い。熱い。ここはどこだ?断続的な意識の途絶と再開とは、 用意に現実の輪郭を失わせる。彼女がいかに強い精神力を持っていたとして、 およそ数十分ごとに、強制的な――かつ性的絶頂を伴う――失神状態に追い込まれ、 しかもその前後の光景の差は、僅かに触手達の先端が動いたかどうか、というところ。 時間と空間の感覚が消失し、そして自我さえも段々と不確かになっていく。 とにもかくにも、この身体の――疼きを、なんとかして止めなければならない。 いつしか取り落としていた護身用の銃の代わりに、指は服の留め具を摘む―― ぷち、ぷちと隙間が大きくなって白い肌がその中から覗くと、 この数十時間の間に凝縮された雌の香りが、汗の香気とともに空間内に漏れ出た。 自分の肉体から放たれる、その匂いを嗅ぐだけで――女の身体は、また自然に震えだす。 今私は、こんなに“溜まって”いるのか――そう、実感してしまう。 そうなれば、もう止まることはできない。子供の頭ほどある大きな乳房を自ら捏ねて、 乳首をかりかりと指先で掻く――飛ぶ。戻る。繰り返す。だらだらと涎が頬を垂れる。 我慢した分だけ、自分に与える“ご褒美”は激しさを増す。しかし一向に収まらない。 解禁された直の刺激に、乳首も陰核も痛くなるほどに張り詰めてぴくぴくと蠢き、 そこに彼女自身の指が、あるいは触手の垂らす液体がぼたりと落ちるごとに、 意識は掻き消え――また肉体が火照り、気を取り直せばまた自慰をして――終わらない。 涎だけではない。鼻水もぼたぼたと落ちて、涙も拭われることなく流れっぱなしだ。 快楽だけを求める猿になったその顔に、本来の理知的な面影はどこにもない。 身体中性感帯を指でめちゃくちゃに、思いつくままにひたすら弄くり回すだけ。 すると必然的に――肉体の発情、その最大の目的が果たされない違和感が起きてくる。 今やひくつきはわかりやすい性的感覚器だけでなく、子宮の奥、卵巣にさえ届いている。 ちょうど雌の猫が、交尾の刺激によって排卵を促されるのと同じ―― 違うのは、彼女の膣口に突き立てられる現実としての男性性の不在だけである。 入れたい。奥まで突いてほしい。誰でもいい――何が相手でも、いい。 完全に発情期の雌になってしまった彼女は、己のつがいをひたすらに求めている。 けれど、こんな薄暗く湿ったところに、彼女と同じ地球人種の雄など訪れまい。 肌を許していいかと思えるような、他の星系出身の連中さえ来ることはないだろう。 いるのは――獲物をゆっくりと弱らせながら、己の巣の中に閉じ込めようとする、 どこまでも広がるこの肉色の絨毯、それきりである。 もう何十度目かの絶頂に、いよいよ女の両足は限界を迎えてくずおれた。 するといよいよ力を失った獲物を愛でるべく、無数の指先が敏感な肌の上を滑り出す。 自分の腕二本で得られる快楽などたかが知れているところ――一気に、身体中に、 失神という物理的な休憩を挟まない不断の刺激の津波が、訪れてきたのである。 求めていた快楽の上限を一気に振り切る、暴力的な気持ちよさ――自然に喉が震える。 やめろ、さわるな――呂律が回っていない。振り払うだけの力も残っていない。 ぞくり。自己を食い尽くされていく悦楽に、女は破滅的な喜びを覚えた。 あっという間に、自分という女は――蕩かされきってしまうだろう。 今のこの正気――というには桃色の――に戻ってこれる確証などどこにもない。 あっ、と声の出たのを最後に、陰核と乳首とを同時に舐めしゃぶられた女は、 その肉体の所有権を、完全にこの下等な肉紐風情に明け渡してしまった―― 彼女は今や楽器だった。触手たちが肌の上を撫でるのに合わせて身を震わせ、 その先端が陰核を叩くと、ぷしり、ぷしりと潮を噴いて身を反らせる。 喉からは、意味をなさない言葉のなり損ないが――たまに誰ぞの名前を作って、 彼女の脳内にこびりついた、人であった頃の残滓をそこにうっすらと想わせるのである。 だが、より反応が大きくなるのはすっかり真っ黒にされてしまった乳首に触れたときだ。 凹凸が目立ち、白い肌との対比が下品なほどになったその上には、常に母乳が光っている。 呼吸によって胸が上下するのに合わせて、これまたぷしりと自然に乳が噴くのだが、 そんな状態の乳房に触手が触れれば、より勢いよく白い線が空中に伸びる―― ぽつぽつと落ちる母乳は、甘ったるい匂いを一体に撒き散らしていて、 彼女の周囲の、何百何千とも知れぬ短く太い肉蛆の赤ん坊たちは、 その雨の出所に殺到して、思いっきり腹を満たすために吸うのである。 一滴たりとも無駄にしないように、と無数の舌先で母の肌全体をべろべろ舐めるのだから、 彼女の肌の角質も、古い皮脂も常に赤子らのおやつとして食べられてしまう。 ここに囚われた時間の長さに比して、未だにその肌がつやつやと不自然に美しいのは、 彼女の肉体が様々な遺伝子を取り込んでいるから、というだけではない。 しかし地球人種の雌としてのそのような性質も、数多いる仔らには引き継がれない。 生まれてくるのは、やはり赤黒く醜悪な肉の塊、蠕虫の類である。 へその緒で彼女と繋がっていた、という観測的事実がなければ、 両者の間の血縁関係を推測することなど、ほとんど不可能に近いであろう。 それよりも大きな反応を示すのは、ぼってりと膨らんだ胎の突端の、飛び出した臍―― そこを撫でられると、内容物の重さがよりくっきりと認識されるのだろう。 産みたくないのか――あるいは産みたいのか、女は体をもぞもぞとさせる。 いずれにせよ、開発されきった肉体、その膣口もまた刺激にはとことん弱くなり、 胎の内側から圧される痛み――産道を押し広げて出てこられる痛みさえ、 脳髄を震わせるほどに心地よく、また、恐ろしいほどに甘美である。 繁殖の本能を、何も考えることなくひたすらに満たすことができる贅沢―― 彼女は今や、自分が地球人種であったこと、肉体に鳥人族の遺伝子の流れていること、 そんなことをも思い出せまい。産まれてくるのは、等しく醜い肉塊だ。 この空間にいる生物の雄が彼らで――雌が自分である。雌雄で姿の違うのは珍しくない。 そんな正当化のできるだけの知能も、もう残ってはいないのだろうが。 ぼぐん、と波打つ胎は、その内容物によって引き伸ばされた皮が無惨に裂けている。 無数の妊娠線は、治る間もなく孕まされ続けて腹の皮を伸ばされ続けているうちに、 すっかり、彼女自身の――いや、この生物の雌の模様として定着したようだった。 羊水もまた、大切な水分だ。赤子たちが蛭のような唇をぱくぱくとさせて飲む。 その姿を見るに――女は、言葉にならないほどの母性愛を感じるのであった。 もっと産みたい、孕みたい――身体が疼く。子宮へと、段々に刺激が降りてくる。 それは今入っている仔らを産んで――すぐに“次”を仕込まれるのと同義。 誰に教えられるでもなく、細く長く、女は息を吐く。産むための呼吸。本能によるいきみ。 何度も絶頂と失神に邪魔されながらも――彼女の股座からは、新たな生命が噴き出した。