「んん…もう、こんな時間…今日もよく眠れてるね…」 ゲンキの眠る布団の上で丸まっていたパタモンがゆっくりと起き上がり、安眠している様子を確認すると安堵の表情を浮かべる。 時計は目覚ましの鳴る予定より早い時間を指しており、窓に目を向ければうっすらと差し込む光が日の登り始めたのを示す。 窓を開けて換気しようとカーテンに近づいたその時―― 「うひっ!?」 ゆらり…と何やら大きな得物を担いだ影が映り油断したパタモンはポトッと床に落ちてしまう。 窓が開かれ吹き込む風がカーテンを翻すと、影の正体が露になる。 大鎌を携えた死神の姿のゴーストデジモン【ファントモン】がそこにいた。 「何ビビッてんのさ兄弟…」 「い、今のはタイミングが悪かっただけだし!っていうか見えてたんだ…」 「まぁ、あれだけ近けりゃね…」 砕けた口調で会話しながら部屋に入ったファントモンが精神統一すると【退化】を始め姿を変える。 「とにかく、見回りご苦労さん【ツカイモン】――何か収穫は?」 「ん~、ふもとにデジモン達の小競り合いの形跡があったね、どうもお行儀悪いデジモンが増えてるみたい?  でもまぁ…成長期同士くらいの大した規模じゃなかったし、今のところは気にする程でもなさそうだね。  他は…昨晩の雨であちこち水たまりが出来てたから、多分ちょっと忙しくなるよ。」 窓を閉め、見回りの結果を報告しながらゲンキの寝顔を確認するとニコリと微笑む。 「そっか…雨上がりは遊びたい盛りの子が泥んこになっちゃうからね…そっちはいつも通りゲンキに任せて大丈夫かな。  ただのならず者ならにここまで登ってくるのは流石に難しいはずだけど、万が一の時は僕が出て何とかするよ。」 「大した自信だことで…まるで自分が全部守るみたいな言い方するじゃん。」 「守れるさ、僕はこれでも【スーパースターモン】だぜ?」 ビシッとポーズをキメて格好つけて見せる。が、愛らしい姿ではどうにも締まらない。 「似合わないねぇ…その姿で言われても説得力無いよ…」 「有る方がどうかしてるじゃん…自分で言うのも何だけど。」 「ま、その時はボクも手伝ってあげるよ。キミだけじゃ心配だし。」 「言っても聞かないんだから好きにしなよ、その代わり足手纏いにはならないでよ、相棒。」 お互いにニヤニヤしながらからかい合う。今はこれで良い、相手が誰でも負けるつもりも油断も無い。 何があっても家族を守り抜く、その決意を静かに新たにする。 ――― 「朝だよ~、ほら、起きて~、おはよ~!」 「おはよう!ほら、フィルモンも起きなって。」 目覚まし時計が鳴るよりも早く揺り起こす。 ツカイモンがゲンキを、パタモンがフィルモンを担当しそれぞれ呼びかけて朝を知らせる。 「ん…おはよう…葉っぱが付いてるな、見回りしてくれたのかありがとう…危ない事は無かったか?」 「大丈夫、今のところはゲンキが心配するような事は無いよ。ボクは夜に強いからへっちゃらだよ。」 眠い目を擦り片手で抱き寄せると毛並みに絡む葉に気付いて心配しながら撫でまわす。 ツカイモンはその手つきを堪能し、にやつきながら頭で頬を軽く小突いてやると堪らずゲンキは起き上がる。 「むあぁ…あと5分…」 「5分たつと目覚まし時計が鳴るんだよ。」 「じゃあ、鳴ってからで良いじゃん…」 「鳴ってからじゃ遅くなるでしょ、ほら、頑張って起きる!」 ぐずるフィルモンをパタモンがなだめすかして起こしているうちに目覚まし時計がけたたましい音を立て、フィルモンは観念して起き上がり皆で連れ立って仕事に向かう。 起きてからもやる事が多い、ここは旅館。デジタルワールドの旅に疲れた人々の為に気合を入れる必要がある。 前日に仕込んでおいた朝食を仕上げて配膳の準備を済ませておき、宿泊客たちが目を覚ます前に一足先に朝食をいただく。 今朝の朝食は米と汁物と焼き魚、魚は釣り好きな客が提供してくれたものを調理してある。 デジモンは丸かじりで構わないと言うけれど人間はそうもいかない、泊まっている子供が安心して食べられるようにとなるべく骨を取ってある。 宿泊客が起きだす時間に合わせ、皆で協力して各部屋に食事を運ぶ。 その間も騒がしくして機嫌を損ねないように静かに歩くよう心掛けてが、実の所は床に施された防音防振プラグインの効果で心配は少ない。 彼らが食事を楽しみ終えた頃あいを見計らって布団を畳んで片付け、食器を回収していく。 忙しくて目が回りそうになるが、彼らの苦労を思えば何のこれしきと気力を取り戻す。 あての無い旅を続ける者、世界の均衡を守る為に職務として出入りする者、闘争を求め強敵を探す者、…良からぬ事を考える者。 三者三様、それが誰でも安らぐ権利はあるはずだとゲンキは駆け回る。 ――― 時は過ぎ、昼下がり。 宿の入り口周辺を清掃しているゲンキに子供達のはしゃぐ声が耳に入る。 正しくは幼年期デジモンと成長期デジモン達の声、見ればボールを追いかけるデジモン達が色違いかと見紛う程に泥に染まっているではないか。 幼年期のニャロモン、ワニャモン、成長期のプロットモン、ガジモンにテリアモン…泥染めのおかげでロップモンに見えるが一本角なのでテリアモンに間違いない。 「ヘイヘイ、パスパース!」 「いっくよ~!それ!」 「あっ」 ガジモンの合図に合わせてテリアモンが蹴り上げたボールはガジモンの頭上を軽々と飛び越え空を切る。 勢いよく回転しながら泥を撒き散らすボールがまるで意思が有るかのようにゲンキの顔面に迫っていく。 「マジか…!」 咄嗟の判断で掃除用具を放ると正面からボールを受け止め、反動で派手に泥が飛び散り、その様子を見守っていた子供デジモン達が群がる 「おっさん大丈夫か?」「キャッチ上手だねぇ」「ゲンキも一緒に遊ぶ?」 「…」 一瞬の静寂、ここは暴言ではいけない。無邪気な子供たちを前に慎重に言葉を選ぶ。 「お前たち、遊ぶ時は周りを気にしなさいって前も注意したよね?」 「「「…はい…」」」 「じゃあ、何て言うべきかも覚えてるよね?」 「「「ごめんなさい…」」」 「よろしい、ニャロモンとワニャモンも遊ぶ時は周りの迷惑にならないよう気を付けること、覚えてね?」 「うん…」「わかった…」 漂う怒気に幼年期も委縮してしまっている、流石に大人げ無かっただろうか?今回は学びとしておこう。 反省も必要だが、それは一旦後回しだ、今は新しく仕事が増えたのだ。 「分かれば良し。それじゃあ、みんなお風呂入って行きなさい。」 「「「「「えぇ~…面倒くさい!」」」」」 全員声を揃えて何と仲の良い事か、そのチームワークをもっと安全意識に向けてもらえないだろうか…。 「えぇ~じゃない、そのままじゃあちこち汚して回るだろ。ほら、いつもの場所だよ、さぁ行った行った!」 牧羊犬の如く子供デジモン達を追い立て大浴場へ誘導し、その後をフィルモンとパタモンが清掃しながらついて行く。 ツカイモンは見回りで徹夜したのでお昼寝タイムだ。 ああでもないこうでもないと大騒ぎしながら大勢で行進すれば目立つのも当然で、部屋に残っていた利用客も顔を出す。 「はい、それじゃあ、全員いつも通り並んで待ってなさい。」 「随分と賑やかなことで、頻繁にこんな事してるんですかい?」 「え?あぁ、アスタモンさんですか。お見苦しい所をお見せしてすみません。  まぁ、デジタルワールドで平和に暮らすコツ、ですかね?デジモン達と仲良くしておけば色々と助けてもらえるというか…」 「そんなに畏まらなくても呼び捨てで構いませんよ、私なんかそんな偉いもんじゃありませんし。」 声をかけてきたのはアスタモン、傍らにはパートナーのシュヴァルツ少年…彼からの視線は何故か厳しい気がする。 その陰から小柄な少女のミサキとインプモンのコンビが覗き込んでいる。 彼らは同じ組織のメンバーと聞いているが、さほど仲が良いようには…いや、あまり詮索はするまい。 「それはさておき、人助けといきましょうかねェ。シュヴァルツ、手伝ってやんなさい。」 「えっ、何で僕がやらなきゃいけないのさ…」 「何でと言われると…あ、ミサキお嬢もどうです?一宿一飯の恩義ってェやつですよ。」 「私が……」 アスタモンはパートナーに声を掛けると即答で渋られる。それも当然で、彼らは宿泊客であって仕事を手伝う必要は無いのだ。 それに構わず彼は少女に話を振る。ちらり、と少女の目線が左右に揺れ、わずかに考え込む素振りを見せる。 人助けと言われて断るのは申し訳なさが先立つ、それに何より汚れたデジモンを待たせるのは忍びない。 いや、一宿一飯の恩義は使い方が違うよね?というツッコミを飲み込み思考を整理する。 恐らくアスタモンの狙いはシュヴァルツに人間らしい何かをさせる事、情操教育のつもりだろうと判断したミサキは顔を上げる。 そっちがその気なら付き合うのも悪くない、何より彼は見ていて危なっかしいのだ。 「ミサキ、無理はしなくて良いんだよ?」 「ううん、大丈夫よインプモン……私、やるわ。」 心配そうに声を掛けるパートナーに微笑みを向け、彼女は宿の主に歩み寄る。 「それで……私はどの子を…?」 「ありがとうございます。それじゃあ…あそこのニャロモンをお願いしますね。あの子は人に慣れてますし、この中では大人しいですよ。  あ、滑りやすいですから足元に注意してくださいね。」 支配人の指示にミサキは首を縦に振り、待機していたニャロモンの前の風呂椅子に腰掛け目を合わせる。 「こんにちは!わたしニャロモン、よろしくね!」 「私はミサキ……こちらこそよろしく……」 「それじゃ、私は先に成長期の子達を相手しますので…ワニャモン【待て】は出来るね?」 「うん!ぼくはえらい子だからね!じゅんばんも待てるよ!」 ワニャモンは犬を始めとしたペットのデータで構成されているらしく、ゲンキの指示を聞くと元気良く返事し大人しく待っているアピールして見せる。 アピールする時点で大人しいとは言い難いが、そこを指摘するのは野暮というもの。 「あいや、子供を待たせるのは良くないですねェ。シュヴァルツ、あの子は任せますよ。」 「あ、もう…分かったよ!」 シュヴァルツがワニャモンの相手をするよう誘導したアスタモンはその隣のプロットモンのもとへ移動する。 「わたしはプロットモン、よろしくね!」 「私はアスタモンってェ言います、よろしくです。」 「アスタモン!かっこいいお名前ね!」 「そうですかい?名前を褒められたのは初めて――」 「ミ"ャ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"!?」 和やかな挨拶はワニャモンの悲鳴で遮られた。 何事かと一斉に視線が集中する。 「いきなりなにするんだよ!?」 「何ってシャワーかけてやっただけだろ、そっちこそ何怒ってるんだ?」 「あぁ、顔を洗う時は目を手で…」 遅れてアドバイスしようとしたゲンキに、アスタモンは待って欲しいとジェスチャーして制する。 「シュヴァルツ、ちょっとこっち向きなさい。」 「何だよアスタモ…うわっ!?」 アスタモンの声に振り向いた少年は、顔面に冷水シャワーを浴びせられて動転し声を荒げる。 「いきなり何するんだよアスタモン!?」 「何ってシャワーを浴びせてやっただけですけどねェ?」 「えっ…あっ…」 「ガゥゥ…!」 目には目を冷水には冷水を。行動で示すしつけと、目の前で震えるデジモンの姿がちくりと少年の心を刺す。 俺はどうすれば良かったのか?無意識にパートナーデジモンに助けを求める目線を向けるとアスタモンはその反対側を指差している。 「ごめんな、ワニャモン。洗うの初めての人だって気付けなくて…でも、きっと悪い人じゃない。  もう一度だけ、チャンスを分けてくれないか?」 気付けば支配人がシュヴァルツの傍らで膝をついており、ゆっくりと落ち着いた声色で語り掛けながら震える獣に手をかざす。 警戒する目付きで震えるワニャモンはキョロキョロと視線を目線を動かした後、呼吸を整えてから泥で汚れた毛並みを見知った人間の手に擦り付けながら目を細める。 「むぅ~…ゲンキが信じてるニンゲンなら…ぼくも信じてあげても…いいよ…」 「ありがとう、ワニャモンは強くて良い子だね。」 褒めてやりながら撫で回し、ゲンキはシュヴァルツに自己紹介してあげてと耳打ちしてから手を放す。 「俺はシュヴァルツ。その…さっきは悪かったな…」 「ぼくはワニャモン!ぼくはエライ子だからゆるしてあげるよ!一回だけね!」 何だよそれ…とこぼす少年の口角が少しだけ上がっているのを、アスタモンは見逃さなかった。 お湯はぬるめにすること、35度程度が好ましい。シャワーヘッドはなるべく体に近付けること。顔を洗う際は手で目や口を覆ってあげること。 シャンプーする時は爪を立てないよう指の腹を使うこと。一つ一つ指導を受け、丁寧に洗いあげる。 とはいえ、慣れない作業は誰しも四苦八苦するもの。 シュヴァルツとミサキが苦労の末に幼年期デジモンを洗い終わるより早くアスタモンは一仕事終え、 ベテランのゲンキはテリアモンとガジモンの両名を洗い終えていた。 「アスタモンってこういうの上手かったんだな…」 「まぁ、私も人間で言うところの”大人”ですからねェ、これくらいは出来ないと示しが付かないってもんです。」 そんなやりとりをしているとテリアモン達が出入口横に据えられたデジモン向け乾燥機にぞろぞろと入って行く。 一仕事終えて満足しているゲンキは疲れた様子のミサキを気遣いながら一足先に大浴場から出るが、完全に油断していた。 気付いた時には既に遅く、乾燥機の中から少年の悲鳴が漏れ聞こえて来る。どうやらワニャモンを抱えたまま乾燥機に入ってしまったらしい。 いつもなら人間が入らないように注意するのに…そうこぼすのが聞こえてミサキは一瞬不安そうな反応を示す。が、それもすぐに消し飛ぶことになる。 「あぁもう、酷い目に遭った…」 「大丈…っ!?っ…くくっ…あははは!」 「なっ…いきなり笑い出してどうしたんだよ、気持ち悪い…」 「か、かが…み…フフッ!ゲホッゲホッ!はーっ…はーっ…あっははは!!」 「鏡が何だって…?な、何だよこれええぇ!?」 強力な風に煽られた髪はボサボサに逆立ち、浴衣も今にも脱げそうな程にはだけられ、息も絶え絶えな少年の姿はよほど笑いのツボに刺さったらしい。 大笑いしながら床に崩れ落ちるその様に知的で寡黙な少女の面影は無く、鏡で自分の姿を確認した少年の悲鳴と共に大声で山に住まうデジモン達をざわつかせる。 その後、物陰から少年のあられもない姿を撮影したスプシモンをシュヴァルツが追い回し、騒々しい時間はしばらく続くことになった。 ――― おやつ時を過ぎた頃、予定より早くチェックアウトすることになったアスタモンは宿の入口で立ち話していた。 「いやぁ、今回は騒がしくしてすみませんでした。急に帰還命令まで来ちゃいますし…」 「こちらこそ、もっと注意しておけばあんな事には…」 騒々しい時間は組織からの帰還命令を伝える通知音により突然の打ち切りとなった。 「ミサキ、大丈夫かい?体調不良って言って断っても良いんじゃないかい?」 「うん、大丈夫……ゲホッゲホッ!…スゥ…ちょっと笑い過ぎて顎とお腹が痛いだけだから……」 インプモンに心配かけまいとするミサキはまだ余韻が残っているのか頬が緩みっぱなしである。 「本当に大丈夫かよ…顔が筋肉痛になるんじゃないだろうな。…おい、こっち向けって、ちゃんと髪直したから!」 「ごめん……今はちょっと無理かも……」 ミサキはプルプル震えながらシュヴァルツから顔をそむける、落ち着くまでしばらくかかりそうだ。 「そうだ、忘れる所だった。これ、今日の夕食に出す予定だったやつです、皆さんで召し上がってください。  焼くだけで塩焼きになるよう漬け込んでるので夕飯時にはいい感じになってるはずですよ。」 おみやげに差し出された袋には温泉まんじゅうの詰め合わせの箱の他、沢山の魚が漬け込まれている容器があった。 「良いんですかィ?こんなにいただいちまって」 「えぇ、ちょうど釣り好きなお客様と取引した分がまだ有りますから」 「いつも釣りしに行ってる人と……バンダナの騒がしい人……」 ぽつりとミサキがこぼす。 「え?あぁ、見てたのか。クロウ君たちは元気な盛りだからねぇ、どうしても目立っちゃうよね」 「顔は知ってます……今度逢えたらお礼、言っておきます……」 「ミサキ~!まって~!」「うおおぉ!シュヴァ…!スバルツ!そこを動くな!」 幼い声のデジモン達が一生懸命に走ってくる、どうやらミサキとシュヴァルツに用があるらしい。 「はい、これあげる!さっきお風呂で洗ってくれたお礼よ」 「これを私に?……ありがとう……綺麗…それに何だかひんやりしてる…」 「川で拾ったわたしのお気に入りの石なの、冷たくて気持ち良いでしょう?  あなた、わたしを洗う時にいっぱい汗かいてたから、これで涼むと良いんじゃないかなって…」 「川……流水のデータ片…結晶?……ありがとう、大切にするわ。」 受け取った蒼い石をミサキは技術者としての視点で覗き込んで分析すると何かを察し、にこりと微笑み礼を言う。 「ぼくからはこの赤い石をやる!この山のてっぺんで見つけた、何かすごいやつだ!」 「熱っ…くはないな…あったかい…何だこれ?」 「しらない!」 「知らないのに偉そうにするなよ…まぁ良いや、せっかくだから貰っといてやるよ」 ニヤリとワニャモンを見下ろしながら赤く輝く石を懐にしまう。それが火山由来のデータの塊だと聞かされるのはまた後からになる。 「それじゃ、そろそろおいとましましょうねェ、あんまりボスを待たせると何言われるか分かったもんじゃねぇや。  また休みたくなったらお邪魔しますね」 「えぇ、いつでもどうぞ、ゆっくり休んでもらえるよう備えてお待ちしてます。」 出発する一同にゲンキが頭を下げるとフィルモン・パタモン・ツカイモンも続いて頭を下げる。 足元のニャロモンとワニャモンは、彼らの乗るケーブルカーが見えなくなるまでまた遊ぼうねと騒いでいた。 ――― 「それで、これ、何なんだ?」 山を下りて乗り換えたトレイルモンの座席に揺られながら、シュヴァルツは淡く光を放つ赤い石を覗き込む。 「温泉は地下水脈と火山から伝わる地熱がぶつかる所に湧きやすい……  だから、多分そういう水脈と熱エネルギーに関するデータの塊……だと思う。」 持てる知識から使えそうな物を引っ張り出し、ミサキは推論を語る。 「へぇ、それじゃこれを燃料にしたり武器にしたり出来るのか?」 「予想でしかないけど、多分そう……ちゃんとした設備で調べないと、詳しくは分からないけど……」 「そいつは良いや、出来そうなら俺にも何か作ってくれよ。」 「……」 ふと気付けばミサキはシュヴァルツにもたれかかって寝息を立てていた。 慣れない笑い方をして相当疲れたのだろう、これから戻る基地では見たこともない様子に閉口し、シュヴァルツも受け入れる姿勢を見せる。 その上で、両サイドのアスタモンとインプモンから「寝かせてやれ」と目線で釘を刺され、やや気まずい時間を堪能することとなった。 ――― 日が沈みかけた頃に宿の前に一人の少女とデジモンが来訪し、山に住まうデジモン達が取り囲んで出迎える。 「おかえりなさい、長閑ちゃん!危ない事してないでしょうね?」 「一仕事終えたというか、大冒険して来たって顔だなぁルガモン…怪我してないか?」 「ピヨモンにテントモンまで…ただいま、この通り無事ですよ。」 「なに、この程度疲れた内には入らんさ。そちらは息災なようで何よりだ」 「あ、長閑ちゃんおかえり。…だいぶ疲れてるみたいだね、今日はもう寝ちゃう?」 和やかに挨拶しながら宿に入ると受付に座っているフィルモンが顔を見るなり心配してくる。 そんなに酷い顔しているだろうか?一旦目を閉じて深呼吸――なるほど、落ち着いたことで脳が仮眠を欲しているのが分かる。 だけど、今休むのはもったいない。そんなことを考えながら長閑は目を開ける。 「…いえ、大人しくしてるよりは働いている方が性に合ってる気がするので…ゲンキさんは?」 「今は厨房で夕飯の仕上げしてるよ、今日は宴会も無いからゆっくり出来そうだけど…無理はしないようにね?」 「なるほど…あっ、そうだ。宴会の際にヘルプを頼めそうなツテを見付けたので、また今度お話ししますね。」 フィルモンにニコリと笑顔を向けると、彼女は足早に従業員用の部屋に向かう。 お従業員向けの着物に着替え、鏡の前で表情のチェック。これが終われば温泉が待っていると彼女は気合を入れ直す。 ――― 月が登り闇を好むデジモン達が活発になった頃、一日の業務を終えたゲンキが自らの寝室に戻る。 「みんなお疲れさん、また明日もよろしくな」 フィルモンはトゲが刺さらないようにゲンキの布団から少し離れて自分用の布団をを敷きその上に丸くなる。 「もう少し人手があると楽なんだけどなぁ…父さん、どうにかならない?」 「デジタルワールドに働きに来る人間は珍しいから仕方ないよ…でも、僕らのママになってくれる人は見付けたいよね?」 ダルそうに訴えるフィルモンに続いてパタモンが茶化す。 「馬鹿言うなよ、人間はそういう所は難しいんだから」 「うん、知ってる」 わずかに微笑みながらパタモンはゲンキに布団をかぶせる。 (ちゃんと覚えてるよ、君が恋敗れて泣いた日の事も僕はずっと覚えてる) 「本当に疲れたよぉ…ほら、ゲンキも早く寝よう?」 「分かってるって。人間はデジモンみたいに便利な体してないからな、ちゃんと寝るってば」 「子守唄が欲しくなったらいつでも言ってね」「要らん!」 ツカイモンはゲンキの布団にのしかかるとポンポンとゆっくり布団を叩いて寝かしつける仕草をする。 (ちゃんと覚えてるよ、キミが音楽を聞きながらじゃないと眠れなかったのをボクはずっと覚えてる) そうして和やかに時が経って寝息が聞こえたのを確認すると、パタモンは静かに動き出す。 音を立てないよう、ゆっくりと…窓を開けて外へ。 「行ってくる――」 起こさないよう小さな声でぽつりと呟く。 ツカイモンが耳だけで返事した気がするが、確かめずに窓を閉める。 そして、目立たないよう茂みに入り―― ――― パタモン 超進化 ――― ――― スーパースターモン ――― 進化、というよりは元の姿に戻る。この姿は昼間働くにはどうにも不都合が多いのだ。 スーパースターモンは星形の台座を作り出し、それに乗って夜の闇に染まった山中を駆ける。 見回りというにはいささか乱暴だが、完全体デジモンが飛び回るだけである者は安堵しある者は畏怖する。 それだけで効果は抜群だが、油断はしない。倒すべき悪意を見逃さないよう細心の注意を払う。 大切な家族と山に住むデジモンを守る、その為なら何も辛くないどころか気力が漲ってくる。 ある夜は死神が徘徊し、ある夜は流星が駆ける。 ある人の目覚まし時計が鳴る、その少し前まで。