じりじりと大地を熱す夏の日差しは、誰にも容赦はない。  テイマーであろうと、デジモンであろうと。  今、彼が水の中に沈めている腕をひょいと引き上げれば、金属のデータで出来ているそれはすぐさま表面で焼肉が出来るほどになるだろう。  リボルモンは、己の身を預けていた浮き輪の上で身じろぎをし、いつも被っている砂色のテンガロンハットではない、つばが横へ大きく広がった帽子の内側から、それが作る影の外を覗いた。  目の端から、端へと流れていくプールサイドの景色。その賑やかさは本日の陽気に負けていない。地味なものから派手なもの、色とりどりの水着を着た少年少女が思い思いに羽を伸ばしている様は、南国の鳥に似ていた。  マリンパーク『エーギル』は本日盛況。さて、リボルモンのテイマーたる少年はこの騒ぎのどこにいて、何をしているだろうか。  彼にいつも影の如く付き従う銃士は、そのことについて今日は特に気にしないつもりだ。施設の柵の内側なら特に危険はないだろうし、それでなくても少年自体、敏い子である。わざわざ危うきに近づくような真似はするまい。  なので、リボルモンはこのように流れるプールの水の上で一日を過ごすつもりであった。陽気が眠気を誘えば寝れば良い。喉が渇けば先程売店で買い求めたジュースを啜れば良い。あとは閉園時間か少年が飽きてこちらを探しにくるまで、適当にぷかぷか浮いているだけ。完璧な計画。  そうして暇潰しにまた外界へと目をやれば、おお、あれは。じゃぶじゃぶと必死に水を蹴立てている機械の小鳥は、先程リボルモンが係員へ浮き輪を求めてやったシャザモンである。見ようによってはなんだか溺れかけているようにも見え、少し不安を覚えなくもないが、それは浮き輪の浮力がある為無用である。浮き輪も集まればムゲンドラモンすら浮かせるもの。嘴と尾羽の天地がひっくり返りでもしなければ放っておいてよいだろう。  懸命に水上を飛ぶ小鳥が自分の横を通り過ぎて行くのを見送り、リボルモンがまた少しばかりぷかぷかしていると、次第に景色が変わっていった。  焼きそば、かき氷、フランクフルト。それぞれの屋台が自慢の食品を大書した幟や垂れ幕が横並びする様相はさながら日本の祭りだ。屋内のフードコートも良いが、このようなレジャー施設では外の屋台で食を求めるのも一興だろう。そう、あの水着の人間女性がだらだら汗を垂らしながら揚げるかきあげも……かきあげ?  水は想像以上に人間の体を冷やすので、売るなら水気か、それとも暖かいものが良いはずである。ならばかき揚げもまあ、適当の範疇ではあろう。そして水着の人間女性を店員に据えるのは同じく人間の男性に的を絞ったサービスなのだろうと思いきや、何と屯しているのが女性ばかりではないか。マーケティング大失敗。いや、それとも経営者のもっとこう、何かしらの深謀遠慮の末の策で?  軽い衝撃。頭部にとんと響いたそれのおかげで、複雑怪奇な商売の宇宙へと飛んで行きかけたリボルモンの心は、安穏とした浮き輪の中へと戻ってきた。  帽子のつばを持ち上げながら、身をよじって振りむくとそこには、水に浮かぶ大きな、小山のような毛の塊。 「ごめんなさぁい」  毛玉はふわりと柔らかい、取り込んだばかりの毛布のような声で喋った。 「もぐらくんがお邪魔でしたよね……?」  よく見れば毛玉には水面近くに角があり、付近には瞼があり、口があり、声はそこから出ていなかった。  もう少し上の方を見やると、水着の上に薄手のシャツを着た、その毛玉と少しだけ雰囲気の似た人間の女性が眉を八の字にして手を振っていた。  声は彼女の物か。  リボルモンは腕を水面から引き揚げた。女性へ親指を立ててみせる。  邪魔ではなかった。むしろ、背もたれも欲しくなってきたところだった。  彼の仕草に、女性は眦を下げる。 「良かったぁ。あなたも良ければ上がってきます?」  女性の横には見覚えのある浮き輪が置かれ、彼女の膝の上ではやはり見覚えのある機械の小鳥がぐったりと、ややだらしなく寛いでいた。彼も必死の遊泳の末、この止まり木へ辿り着いたのだろう。  しかしリボルモンは、今度は断った。彼にとって、今の塩梅が丁度良い。  女性は笑顔で頷いた。  それを認めたリボルモンは頭の帽子を取って、軽く振る。  ようそろ。  そして何となく連れを増やしたリボルモンは、帽子を深くかぶり直し、また何となくぷかぷか流されることにした。  夏の陽気が少しだけ、和らいだような心地で。