◆ 青空高く、陽光の照りつける砂浜。 時候などあってないようなデジタルワールドの一地区と、 現実世界の気候が奇しくも合致した今日では、 二世界合同のバーベキュー大会が執り行われていた。 会場は先日終結した大きな戦いの慰労の場であったり、 それらに関わらずとも誘われてきた者達の交流の場であったり、 目的を問わずして様々な人間とデジモンとで賑わっている。 「――ほら、焼けたぞ」 「あ、ありがとうございます……」 その一角で、焼いた肉を皿によそう霞澤璃子も例に漏れない一人であった。 差し出された皿をおずおすと受け取る古池真宵もまた、同様に。 ――会場を訪れた当初、璃子はその光景に圧倒されていた。 見知った一人を除けば、彼女はこれほど多くの人間がデジタルワールドにいたことを認識していなかった。 やるべきことは別にあるが、現実世界への帰還が最終目的であることに変わりはない。 何らかの手掛かりになるかもと璃子も浮足立って、 まずは年恰好も近そうな人物にと話しかけたのが、真宵との出会いだった。 「……にしても、意外と顔広いんだな、アンタ」 「と、友達が色々紹介してくれたから……」 「……へぇ」 控えめにはにかむ真宵に、璃子は少し意外そうに声を漏らす。 初対面こそ真宵を怯えさせてしまった璃子だが、 その詫びとして、今は忙しそうな人にお肉を持って行ってあげたい、という真宵の献身を手伝う事に決めた。 付き添う過程で他のテイマー達とも顔は合わせたが、出会った中には真宵と面識のある人物も数名いる。 「まあ、それでも出先に覚えてもらってるのは古池さんの人柄だろ」 「そ、そうでしょうか……」 「自慢しようってんならともかく、そう思っといた方が気楽だと思うぜ」 そうした邂逅も一通り終えた二人は元の場所に戻り、改めて歓談の席を設けていた。 真宵が虫を苦手とすることもあって、 彼女らがそれぞれ連れ立っていたファンビーモンとサンドヤンマモンは少し離れたところで談笑している。 談笑と言っても、傍目にはサンドヤンマモンから発される虫の音にうんうんと頷くファンビーモンといった絵面となっているが、 どうやら2体で通じ合ってはいるらしい。 普段のパートナーの言動を知る璃子としては何か余計な事を吹き込んでいないか気がかりだったが、 ひとまずは視界の隅に追いやって、向かいの少女に目を向ける。 一時的に視線を下げ、もそもそと肉を口に運ぶ真宵の姿は、凡そ現実世界での璃子とは無縁のものだった。 裏を返せば、真宵としても璃子のような人種とは関わる機会も無かっただろう。 璃子はそこに在り方が非日常であるデジタルワールドの、 これまた尋常ならざる会合の場ならではの奇妙な巡り会わせを感じていた。 それだけに、今の彼女は大いに動揺している。 ……こんな受け答えで大丈夫か? 無理に古池さんを付き合わせてないか? 何か気を悪くさせてやしないだろうか? 距離感が掴めない。 ここ数年、血の気の多い連中ばかりを相手取ってきた璃子にとっては、 それらとの対話にも相応の手段を取らざるを得なかった。 加えて、璃子自身も生来内向的な性質だ。 中学生活に入ってからは周囲も遠ざけていた彼女は、 想定していた以上に身内以外との日常会話が億劫になってしまっていた。 とはいえ、自身の外面が相手にどういう印象を持たれるのか理解しているつもりではあったし、 その手の免疫が無さそうな真宵に対しては、少なくともデジタルワールドに来る前の私事を漏らすべきではないと断ずる理性も働いている。 ……嘘じゃねえ、言わないだけだ。 冷や汗と共に湧く罪悪感を拭うように、璃子は心中で呟いた。 ともかく、こちらから仕掛けておいて喋れませんなんて笑い話にもならない。 表面上は平静を保ちつつ、過剰に意気込んだ璃子の目に、ふと向かいの赤毛が映り込んだ。 「意外ついでに聞きてえんだけど……染めてるよな、それ」 「え?……あぁ……」 問われた真宵が言い淀む。 「これはその、何ていうか……中学デビュー……みたい、な……」 「そっかぁいや綺麗だなと思ってさ」 しくじった。 自嘲めいた笑みを伴い、消え入りそうな語尾で答えた真宵の様子に、璃子はそれを確信した。 「それと……アレだ、実はアタシもそうなんだよ」 すかさず言葉を絞り出し、璃子も自身の金髪頭を指して応える。 ……考えろ、傷つけんなよ。 「思い切ってイメチェンしたんだけど……誰も寄りつかなくなってさ!」 正否も分からず、少し上擦った調子で繰り出された自虐。 「……そうなの?」 「え?まあ、怖がらせてんのにこっちから話しかけんのも気が引けるっつーか……」 「……霞澤さんって――」 ――而して相手が見せた隙に、真宵が目の色を変えた。 「元々受け身だし、最初から引かれるともう全部分かんなくなっちゃうとか……」 「お、おう……」 ずい。 「チャンス待ってたらもうクラスの中でグループが出来上がってたとか?」 「そ、そうだな、そういうのあるよなー……」 ずずい。 「教室で一人お昼ご飯食べるのも気まずくなっちゃうとか、そんな感じなんですか……!?」 「近い近い……古池さん近いって……!」 「……あっ」 身を乗り出し、璃子に迫っていた真宵が我に返る。 引き潮の如く元の位置に姿勢が戻り、俯いた彼女は頬を赤らめた。 「ご、ご、ごめんなさい……!」 「いや、構わねえけど……すげぇ食いつくな」 ……すげぇ食いつくな。 繕った表情も崩れて、璃子の思ったままが口から漏れる。 「な、何だか嬉しくなっちゃって、つい……でも、ちょっと意外というか……」 「場に馴染めねえって意味じゃ、不良も似たようなもんさ」 「な、なるほど……?」 「……ま、アタシの場合はケン……腕試し目的というか、古池さんみたいなのは相手にしないから安心してくれよ」 ……ちょっと嫌な言い方だったかな。 少し不安になった璃子が相手の様子を窺うと、ちょうど真宵の上目遣いと視線が交わった。 「……むっ」 「んぐ……っ!?」 全体を見れば、真宵は引くどころか、即席でファイティングポーズを取ってみせていた。 その突飛な行動は勿論だが、彼女にはあまりに不釣り合いかつ、 どう見ても不慣れな腰の退けた姿勢に、璃子は思わず噴き出しかける。 「っ……いや、何でだよ」 「え、えっと……今は相手してもらった方がいいのかな、って……」 またも頬を紅潮させつつ、目を泳がせた真宵の答えに、璃子は唖然としていた。 打算もなく、目の前の少女はこんな事をやってのけるのか。 とんでもない度胸だと評するべきか、度を越した天然なのか、はたまたその両方か。 翻弄される璃子の身では最早判断もつかなかったが、それはともかく。 「……ははっ」 自身の配慮も酷い空回りをしたものだと今更のように思えてきて、それが堪らなく可笑しかった。 「変なヤツだな、アンタ」 「……それはその、霞澤さんだって」 棘のある言葉とは裏腹に、穏やかな相手の様子を認めた真宵もまた、相好を崩す。 「璃子でいいよ。いい加減言いづらいだろ」 「あ、はい……じゃあ、私も名前で」 「敬語もいいって。アタシら、多分同学年だし」 「はい……えっ!?」 「……そんな年上っぽいかな、アタシ」 陽はまだ高く、宴を彩る。 真宵の水着コンテスト出場を聞き、再度璃子がその行動力に仰天するのは、 これから程なくしての事だった。