「うわっマジかよあの女!いきなり警察呼びやがったぞ!」 オノゴロ市、とある高層ビルの屋上。 一人の少年がビルの壁面を駆け上って来た。 激しく息を切らせながら、手で汗を拭う。 「まったく侘助くんらしいと言うか……お義母さんが心配してた通りだったね。」 上から声が聞こえてきた。見れば孔雀のような鳥がすぐ上を飛んでいた。 しかしその胴の大きさは鷲を超えて人間並であり、尾羽根はよく見れば植物の葉であった。 「アルソミトモン……いや、エンジュ。」 侘助と呼ばれた少年は苦い顔をしている。 巨鳥は屋上に着地すると光を放ち、それが収まると一人の少女と1体の鳥型デジモンの姿があった。 「だってよぉ、あいつFE社の「金行」の戦闘員なんだろ?だったらああやって煽れば乗ってくるって思ったんだよ!」 「戦闘要員の誰もが侘助くんみたいなバトルジャンキーじゃないんだって。最近の君はベビーシッターのバイトの人たちに毒されすぎだよ?」 エンジュと呼ばれた少女の言葉は手厳しい。みるみるうちに侘助の表情が萎んでいく。 「うう……ごめん。」 「これで君は素顔が割れちゃったからね。今後は変装が必須かな?……ちょっと待って。」 エンジュは首元のディーアークを取り外してそこから立体映像を映し出した。 「待機させてた『種』が被害届の文面を撮影したよ。やったね侘助くん、本名と住所が割れたよ!」 一見無邪気な笑顔でエンジュが立体映像を侘助に見せる。 「永須芽亜里……あった。役所のデータベースとどっちも一致してる。女子大生……これもそのまんまだね。」 手早くスマホを操作して情報を照合するエンジュ。 名張家に入って以来、彼女はハッキング技術を中心に学んできたが、その腕前はすでに侘助や茜といった前衛型忍者を上回っていた。 「とりあえず六角さんには一報入れておいたよ。あとで一緒に謝りに行こう?」 六角は今回の調査の元々の依頼主である。 ある連続殺人事件の捜査に横槍が入っている。それがどうもFE社絡みではないか。 不自然な事が多すぎるのでそちらでも調べて欲しい、というものであった。 突然、ビルの屋上に何かが飛んできた。屋根に刺さったそれは、一本の矢文であった。 どこからどうやって飛んできたとかコンクリートの屋根に矢が刺さっていることとかには一切気を留めず、エンジュはその矢文を解いて読む。 「……警察の配備は解かせるって。あと、目撃情報も差し替えたって。」 公安第13課の素早い仕事っぷりに感心しつつも、侘助は背筋が寒くなるのを感じた。 「それで侘助くん、あの人があの時のファントモンのテイマーなのは間違いないの?」 「ああ、間違いねえ。」エンジュの質問に侘助は即答する。 「同じ『匂い』がしてるんだよ。何人も一緒に人を殺してきたグループに特有の、嫌な血の匂いがな。」 不愉快そうな表情の侘助に、エンジュは眉をひそめる。 「たまにいるんだよ。殺すのが楽しいとかいう以前に、人を殺さずにはいられないって人種が。」 「……ボクに想像できないな。」 「少なくとも生身でデジモンとやりあうようなタイプじゃないぜ。となると……」 「蔵之助さんが言ってた『内間』候補、ってことだね。」 敵の国家や組織の幹部を籠絡して自分たちのスパイとする『内間』。 FE社に対して本格的な敵対行動を起こす前に、その候補になる人物を蔵之助は探しているのだ。 戦いそのものを嗜む者、社の目的に心から賛同する者、社やその長に忠誠を誓う者、これらは候補から外される。 戦うことや社の目的に興味がなくて忠誠心も薄い人物、特に移籍してきた外様や様々な軋轢に苦しむ中間管理職は狙いどころである。 「確かあともう一人候補がいたよな。えーと……」 「ルーナ・エヴァンジェリスタ、だね。」侘助の問いに、端末の画面も見ずにエンジュが答えた。 「……これ以上の調査は学校通いながらはちょっと無理だぜ。」 「そう、だね……しょうがない、蔵之助さんとも相談して、外部協力者を募ろう。」 少し考えながらエンジュは言う。 「おーい、『種』の回収、終わったぜ。」 先程の侘助と同様にビルの壁を駆け上ってきたヤシャモンが声をかける。 「遅いのです。こっちに返すのです。」なぜか尊大な口調で鳥型デジモンのデラモンが要求した。 「じゃあ、帰ろうか侘助くん。」エンジュがそう言うと、侘助が彼女を抱きかかえた。 「あ、そうそう。今日から性行為禁止ね。期限は君が夢精するまで。」 抱えてビルから飛び降りてる最中にそんな言葉を言われ、侘助は一瞬バランスを崩しそうになる。 「うわぁっと!……なんで?」 ワイヤーフックを使って減速しながら訊き返す侘助。 「今日やらかしちゃったおしおき。大丈夫、ボクも一緒に禁止するから。」 ビルの谷間の裏路地に着地する。 「だからなんで!?」 「そのほうが君、堪えるでしょ?」侘助は自身の苦痛には平気……というより喜ぶタイプである。 一方でエンジュの苦痛には我が事以上に耐え難く感じ、過敏に反応してしまう。 「ちゃんと意思疎通プラグインでずっと君の頭の中を見てるから、ズルしちゃダメだよ?」 デラモンを抱えたヤシャモンが着地して近づいてきてもなお、侘助はエンジュと合わせた視線を外すことができなかった。