───かつて瓦礫と化した街、東京。  都市を、そこに住む人々を漏らす事なく襲った災禍から2年の月日が経ち、傷を負った人々が共に失った時を少しづつ取り返し始めた、夏の頃。  「……花奏はさ」  「なあに、怜くん」  仮設の教室。崩れてもなお学校へと足を向けた生徒たちが集うこの場も、日が傾けば人気を失う。そんな中に、2人は未だ残っていた。  「どうする、この後」  「家に帰る、かな」  「ま、今日の話ならそうだな」  今日の話、明日の話、明後日の話。当たり前の明日が来ないかもしれない事を、彼らは痛いほど知っている。それでも、明日が巡ってくることも知っている。  それを踏まえた上で、怜が尋ねたものが違う事は花奏も認識していた。そしてその事を、怜も指摘はしない。  「1年後の話なら、それはまあ……大学?それとも魔術協会?」  「っは……魔術協会ね。東洋の島国の、それもボロボロに崩れた町からのお登りさんって言われるぜ。やっていく自信あるんだ?」  「またそういう事。みんなが頑張って直してるのは……怜くんだってよく分かってるでしょ。来る日も来る日も身体強化かけて瓦礫除去とか手伝ってたんだし」  「そんな事をしなきゃならないところから来た、ってのが客観的事実だろ」  窓に腰掛ける花奏の姿は、背中から夜の光を微かに浴びて暗闇に浮かび上がっている。対する怜は、教室中央辺りの暗闇に座って、そんな姿を眺める。  「じゃあ大学かなあ?」  「じゃあってなんだよ、じゃあって」  「そういう怜くんは?」  「はっ……絶賛迷走中」  「何人に説教かましてるワケー?」  花奏が窓の側を離れ、怜の眼前の席に陣取る。机を一つ挟んで向かい合う2人は、周囲の空間からは闇に溶けて見え難い。  「……怜くんは、何がしたい?魔術師?他のこと?」  「そうだな。俺は魔術師も良いと思ってる。うん、それを否定するつもりはない」  魔術師だったから、あの日花奏を救えた。  「私もね、それは思ってる」  魔術師だったから、あの時怜を救えた。  「けれど、魔術師でなくてもいい。この街が直るのを見守って、ここで別の道を進めたら、とも思う」  魔術師でなければ、あの戦いに花奏を巻き込むことはなかった。  「魔術師以外、か。何やろうかな。なんでも良いかも。なんでも……楽しそう」  魔術師を続けたら、怜はまた後継だなんだで悩むかもしれない。  「なんでもってなんだよ、いい加減だな」  「なんでもできるでしょ、私」  「うっわ腹立つー!」  怜が席を立つ。机に掛けていた軽い鞄を手に取って、花奏を見下ろす。  「帰るか。今日は今日のことやらないとな」  「煽られるの嫌だった?私の言葉効いちゃった?」  「吊城のやつよりは効かないが?」  「そこと比較する?サイテー!」  「嫌ならアレも『適応』してみたらいいだろ。なんでもできるんだろ?見せてくれよ……俺を上回る魔術の才を」  「最後に見たの結構前だよ?できるかな?」  「いやあの時のアレを気軽に真似されたら困る」  短い廊下を抜け、靴を履き替えて校庭を進む。未だに何もない砂地は、見上げる星空に視界を譲ってくれている。  「東京でもこんなに星が見えるとはな」  「また見えなくなる時も来るのかなあ」  「……どっちがいいんだろうな」  「さあ。哀歌ちゃんならなんて言うだろうね?」  「分からん。本人に聞くしかない」  「じゃあ行く?」  「いきなりこんなおセンチな事聞かれても困るだろ……」  夜空の下を歩く2人。  何年を経ても、その歩みは変わりなく。  「……時間空いてそうだったら聞いてみるか」  「そうだねえ、何もなければ」  「何もなければ、か」  予感の正体を、2人は知らない。  ただ、口を揃えて夜空に唱える。明日の平和を願うように。不安を追い払うように。