時刻はブッダも眠るウシミツ・アワー。ネオカブキチョの夜は宴も酣といった賑々しさを見せているが、 その一角、ここニチョーム・ストリートに門を構えるドラゴン・ドージョーにおいては、外の喧騒もどこ吹く風と言った様相で静まり返っている。 どの部屋からも健やかな寝息が響くのみだが、空気の読めぬハック・アンド・スラッシュ強盗などが一歩でも足を踏み入れれば、一瞬の後には己の判断を後悔することになるだろう。 この建物に起居する住人は、その全てが日々過酷なカラテ鍛錬を積んでいる……恐るべき龍の寝床なのだ! さて、ここで読者の皆様にもニンジャ聴力を油断なくそばだたせて頂きたい。 各部屋から漏れ聞こえる寝息の中に……「……ンン……!」おお!苦しげな吐息が混ざっているではないか! 額に脂汗を浮かべフートンの中で身じろぎするのは子供めいた体躯の少女だ。時折手足をもどかしげに動かしつつ、なんとも寝苦しそうな呼吸を繰り返す。 彼女の名はマニカ・カミノエ。『キャンドル』のニンジャネームを持つれっきとしたニンジャであるが……ニンジャとて悪夢にうなされることもある! そう!この苦しげな吐息も寝苦しそうな身じろぎも全ては悪夢に促されてのもの……彼女は夢を見ているのだ!! ------------- キャンドルは額に浮かんだ脂汗を拭い、油断なき猛禽めいた鋭い目で相対するニンジャに目線を飛ばす。 対するニンジャもまた、底知れぬ闇を抱えた赤黒いキリングオーラを発散させつつ、ジュー・ジツの構えを崩さない。 「フジキド=サン……ううん、ニンジャスレイヤー=サン。どうしてもやるって言うの?」 問いかけるマニカの声に敵意はない。むしろ矛を収めるよう哀願するようなアワレを含んだ響きだ。 「どうしてもだ。ニンジャ殺すべし」対するニンジャスレイヤーの返答はにべもない。モンド・ムヨと言わんばかりの、吐き捨てるような決断的殺意のみがあった。 「やだよ……ウチ、フジキド=サンとカラテなんてできないよ……!」水気を含んだマニカの声は震え、瞳からは堪えきれぬ雫が耐えることなく流れ落ちる。 「ではそのまま死ぬがいい。オヌシだけではない、スヤ=サンやジュリエット=サンも程なくサンズ・リバーを渡って追いかけてくるであろう」無慈悲! 「ナンデ!?フジキド=サンナンデ!?ウチらは同門で、仲間で、トモダチで……家族じゃないの!?」 「違う。私はニンジャスレイヤー、そしてオヌシらは皆ニンジャだ。構えよキャンドル=サン、ゲキリン=サンとアシャーダロン=サンも手ぐすねを引いておろう」 あくまで対決姿勢を崩さぬニンジャスレイヤー。ジゴクめいた硫黄の吐息をメンポから漏らしつつ、けして視線を切ることなくマニカの両目を見据える。 「そっか。どうしても……どうしても、なんだね。フジキド=サン」「そうだ」涙を拭い落としたキャンドルは、戦士の顔でジークンドーめいた特徴的なステップを踏みだす。 「だったら……ウチが!スヤ=サン達とセンセイを守る!イヤーッ!」決断的戦闘意志と共にバックステップするキャンドル! 「イィーヤヤヤヤヤヤ!!」カマイタチ切断衝撃カラテを飛び退りながら連射! 「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ニンジャスレイヤーもスリケン連射で対応を図るが、しかし! 「イィーヤヤヤヤヤヤ!!」キャンドルのカマイタチ・カラテ連打はニンジャスレイヤーのスリケン回転速度をも上回る!タツジン! 「グワーッ!」ニンジャスレイヤー被弾!赤黒の装束が裂ける! 被弾によって対応スリケンの弾幕が緩んだ隙を見逃すキャンドルではない。ニンジャスレイヤーが怯んだゼロコンマ数秒の間隙を縫って跳躍! ドージョーの天井に取り付き、ニンジャスレイヤーの頭上より突風を纏いながらトビゲリを繰り出した! 「イィィィイヤァァァァァァーーーッッ!!」おお、見よ!これこそはカゼ・ニンジャクランに伝わる大技、ブラスト・トビゲリ! その体躯からスタミナに不安のあるキャンドルは短期決戦で一気に押し切る戦略を選んだのだ!ワザマエ! 一方ニンジャスレイヤーはカマイタチ切断カラテによる負傷を気に留める様子もなく、一陣の風と化し突っ込んでくるキャンドルに対し……体勢を落とし……タメを作った!こ、これは!? 「イィィィィィィ…………イヤーッッ!!」ALAS!ドラゴン・トビゲリ!ドラゴン・ドージョー門下生であるキャンドルにドラゴン・ニンジャクランの至宝で以て迎え撃つというのか!? 「「イィィィヤァァァァァァァァーッッ!!!!」」裂帛のカラテシャウトが響き渡り、二つのトビゲリが交錯する!! 「グワーッ!」「ンアーッ!」悲鳴もまた二つ!そのどちらもが体の温まりきらぬうちから繰り出した大技の肉体フィードバックに苦しむ悲鳴だ! しかし!そして!交錯ののち倒れ伏した二人のニンジャ!オープニングヒットがそのまま決定打になり得ることもある!これがニンジャのイクサだ! 「……ンンッ……!!」先に立ち上がったのは……なんと!キャンドルだ!ちいさな体躯は筋肉のカラテ伝導効率が高くトップギアに入るまでの所要時間も実際短い! ヤバレカバレの短期決戦ではない、己を知り、己のカラテをも知り尽くしたキャンドルのフーリンカザンがイニシアチブを呼び込んだのだ! 「ハァーッ、ハァーッ……!」爆発的カラテの反動で悲鳴を上げつつ軋む身体に鞭を打ち、うつ伏せに倒れ伏したままのニンジャスレイヤーに歩み寄るキャンドル。 やらねばならぬ。この男は敵。ふたりの兄弟子を殺した憎い敵。そして自分が突破されればこの悪魔は容赦なくニュービー・ニンジャたちを殺し、センセイすら手にかけるだろう。 なぜならこの男はニンジャスレイヤー。すべてのニンジャを殺す狂った殺戮者なのだから。 「イィィィィィ……」ニンジャスレイヤーの首筋めがけカマイタチ切断カイシャク・カラテチョップを構えるキャンドル。いま振り下ろせば終わる。すべてが。 ニンジャスレイヤーがドージョー逗留中に交わした数少ない会話。寡黙なこの男は自ら口を開くことは極めて少なかったが、その言葉にはこちらを慮る気遣いがあった。 あの恐ろしいダークドメインとの決戦。ザイバツの妨害をすべて退け、苦境にあった兄弟子と己を庇うように降り立ったニンジャスレイヤー。その背中に言いようもない頼もしさを覚え、涙が溢れた。 なんかへんな変態ニンジャに襲われたときにも助けに来てくれたがあのときのことはあまり思い出したくない。とにかくいつだってこの人は『味方』だったのだ。 決断的殺意に溢れたニンジャネーム。言い知れぬ何かを抱えた深く昏い瞳。そして何者をも寄せ付けぬ断絶的アトモスフィア。 キャンドルにはわからぬ。ニンジャスレイヤーがどれほどの絶望を抱え生きているか。彼の復讐とは何が対象なのか。 これほどのカラテを身につけるまでどれだけのジゴクを潜り抜けたか。何もわからない。 「フジキド=サン」切断チョップを構えたまま、我知らず言葉を漏らすキャンドル。 「ウチ、バカだからわかんないよ。ナンデこんなことになっちゃったのか……ナンデ、ウチがフジキド=サンを殺さなきゃいけないのか……」 「わからずともよい。やれ」「!?」うつ伏せのまま声を出すフジキド。彼はマニカが逡巡している間に意識を取り戻していた。 「私はゲキリン=サンとアシャーダロン=サンを殺した。オヌシにとっても敵だ。いま殺さねばオヌシも必ず殺す」「できないよォ!!」チョップを構えたまま悲鳴! 「だって、フジキド=サンは苦しんでて!いまもウチのためにガマンしてて!そうやって一人で抱え込んだまま死のうとしてて!そんな人のこと殺せないよォ!!」 マニカは滂沱の涙を流しながら……切断カラテを込めた腕を下ろし……フジキドの頭を抱きかかえた! 「私はオヌシの敵だぞ」「そうだね」「二人を無慈悲に殺した」「そうだね」「いま見逃せば必ずスヤ=サンとジュリエット=サンも……ユカノも殺す」「そうだろうね」 「……それでも私を殺さぬのか、マニカ=サン」「うん」フジキドの頭を己の膝に乗せ、優しく撫でながら答えるマニカ。 「どうしてもか」「どうしてもだよ」「何故だ」「ウチがフジキド=サンのこと」その先を言い終えることはなかった。 「イヤーッ!」「ンアーッ!?」ナ、ナムサン!?突如豹変したかの如きカラテパンチをマニカの顔面に繰り出すフジキド!「ンアーッ!!」ドージョーの壁まで吹っ飛び崩折れるマニカ! 「ヌルい!惰弱!なんたる増上慢!うわっつらのカラテを修めた程度で一人前のニンジャの顔をし、あまつさえ敵に情をかけるとはブザマ極まる!同門として慚愧に堪えぬ!!」 「フ、フジキド=サン……?」己の身に何が起こったかを理解できず鼻血を垂らしたまま困惑するマニカ! 「立て!あの程度のカラテ交錯でイクサの決着が着いたと思いこむ軟弱なニューロンを焼き尽くし、オヌシに真のカラテを教えてくれよう!」 目を憎悪に濁らせ、口泡をメンポから飛び散らせながら叫ぶフジキド!否、果たしてこの男は本当にフジキドなのか!?目を覆いたくなるほどの圧倒的殺意!! 「やだよ……だって、だってウチ、フジキド=サンのこと……」「くどくどと戦わぬ言い訳ばかり並べる惰弱者が!」「ンアーッ!?」 おお……マニカの髪を掴んで引き上げ…… 「まずはその温い繰り言を紡ぐ口から塞いでくれるわ!イヤーッ!」「ンンーーッッ!?」ああ、マニカの口に!口に!! -------------- 「ウワァァァァァーーーーーッッ!!!!」魂消るような叫びとともにフートンから跳ね起きるマニカ!決断的シーンを目撃する前に目を覚ますことに成功した! 「ハァーッ……ハァーッ……」平坦な胸を抑えながら荒く息を吐き、涙や鼻水や涎でぐしゃぐしゃになった顔をティッシュペーパーで拭う。 近頃はいつもこうだ。寝入ったかと思えば夢にうなされ、夜半に飛び起き、むりやり寝入ろうとして、また夢を見る。 そして見る夢にはいつもあの男がいるのだ。言い知れぬ感情を湛えた昏い瞳でマニカを見つめる、あの男が。 今日のように殺し合うこともあれば、甘い愛をささやきながらラブメンテナンス重点することもある。いずれ主演が「マニカとフジキド」であることだけは毎度変わらない。 「そりゃア、まァ……イイ人だとは思うけどさ……」汗やその他の液体で重くなった寝間着と下着を着替えながら、マニカは一人ごちる。 「そこまで入れ込んでるつもりなかったンだけどなァ……どんな顔で向き合えって言うのさ、もう……」誰に向けるでもない繰り言をつぶやきながら、水差しの水で口を潤す。 「はァ……どうせ見せるならもっとゆったり楽しめる夢見せてよね、ウチ……相手の文句は言わないからさァ」着替えを終え、自分のニューロンに注文をつけつつ布団に入ったマニカ。 「……アァァァァァーーーーッッッッ!!?」果たして、今度は『無人島に二人で漂着し、アダムとイヴめいた大家族を作り上げる夢』を見、 バイオスズメのさえずりより早く飛び起きることとなったのであった。 ----------- 「ユカノ」「はい、どうかしましたか、フジキド?」 「マニカ=サンがまた私と目を合わせてくれなくなったのだ」「気のせいでは?ドージョーではいつも通り元気ですよ、マニカ=サンは」 「気のせいではない。声をかけようとすればあからさまに動揺して私から離れ、近づこうとすれば距離を取る」 「おかしいですね……私が見る限りではおかしな様子は見受けられないのですが」 「……私は知らぬうちに、また彼女になにかシツレイを働いたのだろうか?」 「大丈夫ですよ、貴方はよくやっています。このドラゴン・ニンジャが保証しますとも」「ウム……」 「私がそれとなく探ってみせます。貴方はマニカ=サンを刺激せぬよう、いまは耐えて下さい」 「わかった。しかし……」「どうかしましたか?」 「……思ったより堪えるな、あからさまに避けられるのは」「……少しの辛抱ですよ、フジキド」 後日、ドラゴン・ニンジャの詰問に耐えかね盛大に自爆したマニカの自白によって、またドージョーに嵐が吹き荒れることになるのだが、それはまた別の話だ。 なんらかのなにかwikiの成長後一覧タグがあるじゃないですか。 【ドラゴン・ドージョー・ディストラクション】のリザルトだと ・親密度 ユカノ:2 フジキド:2 だったのが、【ドラゴン・ドージョー・イン・キョート】のリザルトでは ・親密度 ユカノ:3 フジキド:1 になっていて……親密度が減るようなインシデントとはなんだったのだろうか……と考えているとこのようになった。 すべては我次元の話だし私はフジマニを諦めてはいない。言いたいことはそれだけだ。