「今までに起きた佐賀消失事件、愛媛迎撃作戦、そしてデジタルワールドで観測された通称アトラーカブテリモンの森争奪戦。」 薄暗い会議室、プロジェクターの光がうっすらと男の姿を照らし出す。 「これら一連の事象の中でデジタル文化広報室のメンバーが収集・分析したデータからある仮説が提示されました。」 画像が差し替わる。即座に内容を理解した一部の参加者からどよめきが漏れる。 「デジタルワールドの物理法則は演算によって実行されている。」 別の画像が上に重ねられ、再度どよめきが巻き起こる。 「それを利用し物理演算の書き換えを実行できれば、どんな物理現象も自由自在となるのではないか?」 さらに画像が重ねられる。五角形六十面体が大写しになる。 「そうなれば、未だ実用化に至ってない小型核融合炉の開発、重力制御による飛行・バリアシステムの構築が可能です。」 最後にそれまでの画像を覆うサイズのイメージ図が表示される。巨大なトラックと、標準的なサイズの中型フェリーに見える。 「デジタルワールド探査ビークル開発計画、これを提出します。」 会議室の照明が点けられ、陸上自衛隊の制服に身を包んだ蔵之助が一同を見回した。 現在、ロードナイト村。 臨時出店したデジメンタルショップは村の中心から少し離れたやや開けた場所にある。 婚活企画のエリアと合わせて十分な広さが必要だったこととが1つ目の理由。 2つ目の理由が、ショップのすぐ裏に主催者が乗ってきた装甲車を停めておく必要があったからだ。 オーダーメイドのデジメンタルは、データの構築が終わったらエネルギーを注入してリアライズさせる。 そのエネルギーの供給元が、乗ってきた装甲車、正確にはその核融合炉である。 デジタルワールドの物理法則に干渉し書き換え、超重力場を発生させることで核融合を可能とする。 この装甲車はその試作1号機であり、起動と安定稼働は無事に成功した。 その有り余る出力は、早速このデジメンタルショップで活用されていた。 「……よし、これで注文分は間に合った。一華……はまだ婚活のほうか。」 リアライズが済んだデジメンタルを梱包すると、蔵之助は顧客に届けに行ってくれる人がいないか見回した。 「しょうがない……。」幸いなことにスケジュールには余裕がある。 最初の客、今しがた完成したデジメンタルの届け先は顔なじみであるデジ対のドウモンだったからだ。 すでに多くのデータが蓄積済みで作業時間が半減したのだ。 ショップ内の工房から受付に移動する。 「すまない、エンジュちゃん。ドウモンさんのデジメンタルが完成した。」 声を掛けるとセミロングの少女が振り向く。 「店番代わるから、届けてきてくれないかな?」 「はい、蔵之助さん!」元気よく少女は答えると、首元のディーアークを操作する。 セミロングの髪型がベリーショートに変わる。 「思うんだけどさ、店の外と中で髪型変えるのってめんどくさくない?」 特に含むところのない質問をすると、 「ボクがこうしたいんです。どっちもボクなんです!」 いたずら好きな少年のようにニヤリとした。 エンジュが出ていって静かになった店の中で、蔵之助は思いを馳せる。 21年前、デジタルワールドに逃げ込んだあの日のこと。 20年前、リアルワールドに辿り着いた時のこと。 12年前、佐賀が消失しメグルさんが行方不明になった時のこと。 7年前、東京に引っ越してきた時のこと。 そして、今。 最近になって家族になったエンジュはかなり行動力の旺盛な子だ。 彼女があの図書館で見聞きしたものが大きく影響しているのだろう。 「やはり……調査の必要があるか。」 一華のゴースモンが以前言っていたことを思い出す。 『エンシェントモニタモンはねえ、並行世界の本人やあり得る未来の本人を見せて苦しむのを眺めるのが楽しみなヤツでさあ』 ……エンシェントモニタモン。裏十闘士の一体にして、あの図書館の管理者。 自分の記憶が事実と異なることに気づく契機となった、スプシモンの図書館の記録。 その真実を探るために、僕はあれを作ったんだ。 店の裏手に停まっている装甲車を思い浮かべる蔵之助。 「……そういえば、最近一華の様子が変だな。」ゴースモンのテイマーである一華はこのごろ何もかもがいつもと違っていた。 組み立て式の仮設ハウスとはいえ、自室で全裸になることも自慰行為もしていないようだ。 毎日朝早くから夜までか婚活企画の会場や事務用ブースに詰めている。 驚いたことに、風呂嫌いの彼女がここに来てから毎日風呂に入っている。 おそらくは手伝いに入ったという少年が原因のようだが……。 「確かに一華が好きそうな男の子だけど、なぁ……?」いつもの一華なら容赦なくイタズラや妄想の餌食にするだろうに。 「……一華も成長してる、のかなあ?」 一華が勝手に自分を被験体にして人体実験をはじめた時、蔵之助と茜は本気で親としての自身を失いかけた。 侘助も出奔し、どこか自棄になっていたのだろう。酒の勢いで避妊せずに行為に溺れ、気がつけば三つ子が茜のお腹の中にいる。 『一華ちゃんは、いい子に育ってると思います。とても名張さんのお子さんとは思えないぐらいに。』 かつて赤瀬満咲姫に言われた言葉を思い出す。 「……ミサキちゃん、あの子は僕と同じようなロクデナシに育ってないかい?」 誰にともなく独りごつ。 「お館様!大変です!」夕方、ショップをそろそろ閉めようかというタイミングでレナモンが裏口から血相を変えて飛び込んできた。 「主殿が……産気づきました!」 「なんだって!」予定日はまだ随分先のはずだ。 「現在、ショップのジェネレーターを予備機にオートで換装中です。車を動かせるまで少し時間がかかります。」 何故そんなことを?その疑問を口にするより先にレナモンの指示が続く。 「お館様は主殿を抱えてケンタル先生の診療所へ!エンジュ殿は婚活企画のブースまで姫様を呼びに行ってください!」 「わかった、レナモン!」即答するエンジュの様子に、彼女たち三人が前もって示し合わせていたのだろうと気付いた。 「……分かった。僕は茜を診療所まで運べばいいんだね?」 家族に健康上に機器がある時は、自分よりレナモンのほうが落ち着いて的確な対処ができることを蔵之助は知っていた。 「頼みます、お館様。私もすぐに追います。」そう言うとすぐにレナモンは出ていった。 おそらくなにか必要な作業があるのだろう。 「茜!大丈夫か!」仮設ハウスの食堂に入ると、ソファーに茜が横たわっていた。 見れば、床に液体が垂れているのが見える。 「もう破水してる……!」 「助ちゃん……私はまだ、大丈夫よ……。」あまり大丈夫そうではない声だ。 「喋らなくていい!動かすよ!」両腕で妻の体を抱きかかえ、そのまま駆け出す。 忍者としては二流と評価される蔵之助だが、妊婦を抱えて走ることぐらいなら造作もない。 四つの命を抱えて蔵之助は駆け出した。 診療所に着くと二つの人影が待ち構えていた。医者のケンタル先生と看護師の神崎璃奈だ。 おそらくレナモンが連絡していたのだろう。 「こちらへ、急いで。」ケンタル先生に案内されて蔵之助は診療所の中、診察室へと茜を運び込む。 「患者……妊婦をこちらに。」ケンタル先生が示したのは、ベッドではなく手術台だった。 妊婦が来ることなどまず無いデジタルワールド、そこに人間を診れる医者がいるだけでも奇跡に近い。 分娩台などあろうはずもない。出産に有用な薬品も手に入るか怪しい。 そうなるとできることは自ずと限られてくる。 「帝王切開を行います。」ケンタル先生が言った。 「妊婦と新生児をともに守るためにはそれが最善です。」 「でも先生、赤ちゃんの体重が……」璃奈が不安そうな言葉を投げる。 まだ28週目ということは平均でも体重は1200グラム程度。 体重2000グラム未満の極低体重児ならば保育器が必要になる。 だが、そんなものなどこのデジタルワールドに存在するとは思えなかった。 「大丈夫だ、問題ない。」ケンタル先生が自信有りげにそう言った直後だった。 診療所のエントランスのほうから轟音が聞こえ、それが止まったかと思うと何かドタバタとしているような音が聞こえてきた。 「あるじどのーっ!あるじどのーっ!あかねどのーっ!」 普段からは想像もできないような叫び声を上げてレナモンが入ってきた。 「声が大きいわよ!」璃奈に窘められて咄嗟に両手で口を覆う。 普段の彼女ならしないリアクションに、レナモンも相当動揺していることが蔵之助には察せられた。 「おお、持ってきてくれたのだね!」ケンタル先生が安堵した声を出す。 「はい、保育器を3基、持って参りました。」 「……用意してたのかい、レナモン?こうなることを見越して?」 蔵之助の質問にレナモンは息を整えながら答える。 「主殿とお館様はたまに致命的なうっかりをなされます。」 「!!」 「多胎児は早産しやすいので警戒しておりました。姫様にお願いして組み立て式の保育器を用意してもらいました。」 なるほど、一華とエンジュには事前にそのことを相談していた訳か。蔵之助は得心がいった。 「ただ、設置と設定には設計した姫様の手が必要なのですが……どうやら間に合ったようです。」 そう言ってレナモンが外に出て数秒後、再度エントランスの方から音がした。 診察室の扉を開けて見ると、一華がいた。両腕で少年を抱えあげている。 なんてこった、やっぱり僕らは親子じゃないか。先程の自分と同じような格好で駆けつけた娘を見て蔵之助は思った。 追いついたエンジュとレナモン、一華、そしてあの少年が手分けして車から何かを運び出そうとしていた。 おそらくあれが保育器なのだろう。蔵之助は扉を開放したままにして診察室の中に戻る。 「こっちだ、みんな!」入ってきた四人に対して蔵之助が設置箇所を指示する。 一華の指示でテキパキと瞬く間に保育器が三基、設置・調整されていく。 「帝王切開を行います。みなさんは病室の外へ。」ケンタル先生が子供たちに部屋の外へ出るよう促す。 一華は璃奈に保育器の使い方を説明しているようだ。 診察室の扉が閉じられる直前、一華が室内の方を気にしているのが見えた。 ……なんてひどい顔してるんだ。蔵之助は、あのように不安で乱れた一華の顔を見た覚えはなかった。 どれくらい時間が経っただろうか。ようやく一人目が取り出された。 だが、自発呼吸がなかなか始まらない。 蔵之助が人工呼吸器の準備をしているその時だった。 「ホギャアア!」一人目の赤ん坊が自発呼吸をした。 「やった、やったよ茜!」 「やったわケンタル先生!」歓声を上げる二人。 その様子が聞こえたのか、扉の向こうからも歓声が聞こえた。 ……侘助も来てるのか。もう一人の声は、穂村拝という少年のものか。 エンジュと一華の声も聞こえた。 「はしゃぐのはまだ早い!今回は三つ子だ!続いて慎重に行くぞ!」 ケンタル先生の一喝で扉のこちら側とあちら側の両方が静まり返る。 一人目で難儀したのが嘘だったかのように、二人目と三人目はすんなりと行った。 三人の嬰児を保育器の中に収め、それぞれの様子をモニタリングする。 体重は三人とも1300グラム前後、平均よりは重いがそれでもまだ極低体重児の範疇だ。 おそらく6週間ほどは保育器が必要だろう。 縫合も終わり、ケンタル先生と璃奈が手術の片付けも済ませた。 茜は麻酔の効果で眠っているようだ。 今のうちにトイレを済ませて少し飲み物を、と思って通路に出た。 通路のベンチではエンジュと侘助、そして一華と穂村少年が、それぞれ並んで座って眠りこけていた。 見れば、隣り合っている者同士の手が握り合っていた。 その様子を見て蔵之助は、デジタルワールドに最初に迷い込んで暫くの間、茜と二人で過ごしていた頃を思い出していた。 毎晩不安で二人で手をつなぎながら眠った日々。 ホークモンと出会い、レナモンと出会い、そして岸橋メグルと出会う少し前の日々を。 「寝ちゃったみたいですね。」毛布を2枚抱えた璃奈が歩いてきた。 二組のカップルに毛布をかぶせながら、彼女は静かな声色で言う。 「一華ちゃんね、手伝うって言って聞かなかったの。あんまりひどい顔してたから、止めたけど。」 「……ああ、それは済まなかったね。」 「……一華ちゃんて、家族のためなら必死になれる子だったんですね。」 「いや、それは違うよ。」璃奈の言葉を蔵之助は即座に否定する。 「一華は家族のことだってそこまで大事にしてたかどうか……でもね、最近の一華は何かおかしいんだ。」 「おかしい……?」 「何か大きな心境の変化があったみたいなんだ。まるでそう……」 そこで言葉を一旦切り、己の娘の顔を見下ろす。 「恋する乙女にでもなったみたいに、ね。」 夜が明けて、朝。 麻酔が切れた茜が目覚めると、傍らの椅子に蔵之助が座って眠り込んでいた。 その寝顔に、茜は初めてデジタルワールドを旅した頃のことを思い出す。 二人で敵の襲撃と故郷を追われた恐怖に怯えながらも、必死で生きていた日々。 ただ助ちゃんの寝顔だけが生きる意味で守る対象だった日々を。 病室の扉が開けられ、その音で蔵之助が目を覚ました。 「おはようございます、パパ、ママ。」入ってきたのは一華だった。 「おはよう、一華。」 「んあ……あ、おはよう……。」 目尻に泣きはらしたような跡、しかし今までに見たことがない力のこもった眼差し。 一華の様子に両親はただならぬものを感じていた。 「……なにか、あったのね?」茜の言葉に一華は短く頷く。 「言ってごらん。」蔵之助が促す。 「パパ、ママ、ごめんなさい!わたし、穂村くんの、拝くんの、家族になります!」 そう言って一華は深々と頭を下げた。 内心の驚きを表に出さず、両親は無言で続きを待つ。 「それから、かってに自分で人体実験してごめんなさい!一華は、悪い子でした!」 両親はまだ何も言わない。 「ゴースモンにも、髭切三尉にも、実験してごめんなさい!ファイブエレメンツに忍び込んだり危ないことしてごめんなさい!」 そこで一華は、まだ何も言わない両親を見て、何の反応もないことを訝しむ。 「まだ、あるんでしょう?」茜が促す。 「……お店を利用していろんな男の子に変なことしようとしてごめんなさい!関係ない人たちを実験に利用してごめんなさい!いぢがは、いじがは、ほんどうに、わるごでじだああ!!」 とうとう泣き出した一華を、茜はベッドから起き上がって抱き寄せる。 「ママ!まだ起きちゃ……」 「いいのよ。いいのよ、一華。」その目尻から涙が流れている。 それに気づいて一華は言葉を失う。 その二人をまとめて抱き寄せるように、蔵之助が両腕を回す。 「パパ!」 「いいんだよ、一華。君がそのことに自分で気づいてくれただけで、僕は……」 その目からも涙がこぼれた。 三人はいつまでもお互いに抱き合って泣いていた。 ケンタル先生と璃奈は、その様子を聞きながら通路で何も言わずに佇んでいた。 三つ子ちゃんの名前 名張 撫子(なでこ) 名張 篝火(かがり) 名張 菊香(きっか) 福田洋介作曲「3つの花」 カーネーション(阿蘭陀撫子) シクラメン(篝火花) 菊 より デジタルワールド探索ビークル試作1号 装甲車だのトラックだの呼ばれている車。 オシュコシュ社製LVSR10×10輪駆動トラックを電動化しバッテリーを搭載。 AOGC(Algorithm Overwrite Gravity Controll)理論によって、デジタルワールド内でのみ稼働する核融合炉を搭載。 デジタルワールド限定で絶大な出力を誇る反面、リアルワールドではただの燃費劣悪な電気自動車でしか無い。 また、このAOGC理論を応用して短距離低高度ではあるが飛行能力を持ち、重力場によるバリアシステムも装備している。 貨物搭載規格は自衛隊のガードロモン輸送車と全く同規格であり、こちらは各種研究分析が可能なラボユニットと長期生活用キャンパーユニットを備える。