窓から射し込む三つ子の月影がぼうっと、礼拝堂の中を照らしていた。 ちょうど今宵は、月が揃って満ちるまたとない日。昼行性動物さえ昼と夜とを取り違える。 されど時計は機械的に――今がとっくに日の落ちた時間だと示している。 いかに煌々と月が輝こうが、街は時計の盤面通りに、静かに夜明けを待っていた。 ならば当然、あらゆる施設も、ひっそりと門を閉じ、灯の全てを絶やしているものだが、 大きな硝子窓に月影の入る教会だけは、その腹の内に人の呼吸を隠している。 蝋燭のいらないぐらいの明るさ、読書だって苦もなく行える光に包まれて、 一冊の古びた本が、すっかり乾いた紙面をそこに見せていた。 気配こそあれ、そこに言葉はなかった――規則的で落ち着いた幾人かの呼吸音だけ。 彼らは皆、既に配置の済んだ将棋の駒めいて、決まった位置にじっと立っている。 身じろぎ一つせず――衣の擦れる音さえも響くことはなかった。 沈黙を破ったのは、礼拝堂に通じる控えの間の扉が乱暴に開けられた空気の破裂である。 けれど誰も、そちらに視線は向けなかった。頭の向いている方に、ただ一様に、静かに。 革靴の――おそらく銘柄だけはご立派な――下品で慎みのない足音が沈黙を寸断し、 みじん切りになった静けさの断片が、不快な耳鳴りを立てて壁の表面を跳ね回る。 それでもやはり、誰一人として足音の主に、目を向けるものはない。 男はそんな無関心など一向に気にしない、といった風に赤絨毯の真ん中を突っ切り、 窓を背に彼を待つ、花嫁の下へと一目散に歩いていくのである。 花嫁はその美貌を白絹に包んで、誰をも魅了する微笑みを新郎に投げかける。 だが笑みは極めて能面的――あるいは絵画的というべき、固定化された表情であり、 呼吸によって発生すべき唇の蠢きや瞬きに由来する睫毛の揺らぎすら見せていない。 彼がこの部屋に入ってきた瞬間に生まれた、機械的な笑みを一切崩すことなく、 新婦はにっこりと――不気味なほどに大人しく、静かにそこに立っている。 頭から被った薄絹は、きらきらと月影を反射して蒼白と黄金の川を描き出しており、 時に、彼女の長く艶めいた金髪との境を、物理的に失ってしまいそうな程に美しい。 また、夜闇によって青暗い塗料を薄く重ねられた絹の色は、 白く透き通るような肌とも混ざり合った、上品な淫らさをさえ生み出していた。 そこにあしらわれた、くっきりと鮮やかな赤や紫の薔薇との対比たるや―― 彼女は一人の人間というよりは、緻密に組み上げられた人形という方が正しかった。 じっと身動き一つせず、その余りある美貌をほんの一瞬たりとて崩すことなく、 夫となるべき相手に、完璧な姿を見せるためだけにそこに造られたような―― 無論、それは彼女の意志によるものではない。自由意志というもの自体が、ない。 女は、その澄んだ碧い瞳の上に、混乱と隷属とを混ぜ込んだ泥を塗りたくられている。 まともに思考ができず――今自分がどこにいるのか、何をしているのか、何を着て―― そして誰がこのような悪趣味な結婚式を用意し、進行させようとしているのか、わからない。 ただ肉体が、与えられた暗示のままに彼女をそこに繋ぎ止めていて、 じっと固まった器の中で、魂はどろどろと不定形に本来の姿を忘れているのである。 そんな彼女の目の前に到着した男は、彼女の乳房を乱暴にがしりと握り込んだ。 片方だけでも子供の頭ぐらいはあろうかという大きな大きなものだ。 それを、谷間を見せるような猥雑な意匠の花嫁衣装の中に押し込んでいるのだから、 少し彼が力を込めただけで、乳房の大きさに見合った乳輪がこぼれそうなほどだった。 指がぐにゅうと柔らかな脂肪の海の中に沈んでいくと――波は胸の付け根まで届き、 彼女は思わず、ほんの少しだけ身じろいだ――ばちん、と乾いた音が響く。 男は空いた方の手で、姿勢を崩した女のもう片方の乳房をはたいたのである。 白い肌の上に、痛々しい紅葉が咲いた――やはり女は表情一つ変えない。 床には、衝撃によってぱらぱらと薔薇の花びらが散り落ちている。 新郎はそれを、靴でごりごりと磨り潰しながら、新婦をぐい、と引き寄せるのであった。 じゅずり、ぐちゅ、んぶ――男が唇を彼女の唇と重ねた瞬間、女の舌は彼の舌に甘え、 恋人にするように――情熱的で機械的な口づけを始めるのであった。 彼が自分の仕事の邪魔をする厄介者であった事実など、端から存在しなかった風に。 宇宙のあちこちで幅を利かせる悪党共を始末する賞金稼ぎが彼女の生業で、 男の仕事は、そんな悪党と手を結びながら――而して自身は決して手を汚さない、 銀河の中でも最も卑しく――だが金と権力だけは集まってくるようなものだった。 そして彼は、自分の得意先にちょっかいを掛けようとする彼女の美貌に惚れ込み、 あたかも改心して手伝いをするかのような素振りを見せて誘い込み、罠に掛けたのだ。 彼にとって大事なのは、女の美しき肉体と――そこに生るであろうものだけで、 あとは宇宙最強様を囲い女にしたという自己満足の他に、彼女に求めるものはなかった。 打ち捨てられるものの中に――彼女自身の高潔な人格も含まれていたというだけである。 柔らかな唇を堪能しきると、男はかちゃかちゃと着衣を解き始めた。 教会内で、下半身をすっかり裸にしてしまうという不躾を咎めるものもない。 ここは彼がつい最近強引に買い上げた場所で――時刻は未だ朝には程遠いからだ。 新郎新婦の他には、同じく自由意志を奪われた介添人と神父ぐらいで、 木偶と成り果てた彼らが男に対して、何らの不平不満を漏らすわけもなかった。 男が己の性器を軽くしごいてびん、と円蓋に向けて反り立たせると、 女は言われる前からその長い脚を曲げて跪き、彼の股間に向けて唇を寄せる。 木偶の内の一体が、抑揚のない声で本の一節を読み上げた。それを合図として、 先程彼の舌を熱烈に求めたのと同じように、上品に少しだけ唇を尖らせて――口付けた。 それはまさに、彼が今冒涜している神――というべき存在――に、永遠の愛を示すもの。 愛しあう二人が、唇と唇でするはずのものを、彼女は夫への性器への口付けで成した。 先程のものは、“恋人同士の”最後の口付けで――今のものは、“夫婦の”初めての口付け。 その違いは、彼女が彼の妻としてどのような扱いを受けるかを如実に表している。 神聖なる儀式が終わると、女はくるりと夫に尻を向け、彼の慈悲を乞うた。 むちむちとした、乳房に負けず劣らずの丸い尻肉に男の指が沈む。 花嫁衣装の下には、彼女は何も付けていなかったから――性器がすっかり丸見えで、 処女というのに、とろとろと期待に満ちた蜜がそこに湧き出しているのである。 彼女の全てを支配する喜びを噛み締めながら――男は己の槍を彼女の胎に突き刺した。 ぶつり、と裂けた純潔の跡、赤い雫が太腿を伝い、彼女の長靴下にぽつりと染みを作る。 当然彼は、そんな些末なことなど気にしないで、思うままに腰を叩きつけるのだ。 相手の痛みも何も考えていない――独りよがりで、強引な腰使い。 二人の“夫婦生活”の未来図が、そこにそのまま描き出されているようだった。 孕め、俺の子を産め――男の独り言は呪いめいて、妻の肉体に深く染み込んでいく。 彼女の子宮――いや体の全ては、まさに彼の子を孕むためだけに存在していて、 夫がそうして繰り返し、妊娠するように囁きかけると――彼女の卵巣からは健康な卵子が、 胎内にぶちまけられた億千の精子の群れに出会うため、旅立っていったのだった。 二人の性生活は、おおよそ“初夜”の焼き直しに過ぎなかった――多少の揺らぎはあれ。 夫は妻の美しき肢体を、思うがままに貪り、己の目的のために使い続けた。 それは最初の射精の時点で既に生っていたのだが、念には念を、というものだ。 毎日抱いても飽きないほどに彼女は美しく――従順で、男の理想そのものであった。 それも当然だろう。“そうなる”ように彼が全てを手配したのだし、 正気を失わせる月明かりを三重に受けた状態で、暗示の駄目押しとなる強引な破瓜―― 彼女の本来有していた人格は既に無く、新たに作られた“良妻”が代わりに居座っている。 腹が膨らみ始め、彼からの凌辱が比較的緩やかになり始めた頃には、そこに“賢母”も。 妻の大きくなった胎を一応は気遣って、男は膣内射精を控えるようになった。 すると女は、愛しい夫が自分の穴の中に射精したい欲求を抑えていることへの埋め合せに、 自ら尻穴での性交を申し出――いつでも抱けるよう、常に準備をするように。 あの生意気な賞金稼ぎが、自分から不浄の穴まで捧げる滑稽さは、彼を実に満たした。 何より彼の征服欲と支配欲を充足させたのは、我が子の眠っている彼女の胎の張りと、 ずっしりと両手でも重く感じるほどに実り、左右に押し広げられただらしない垂れ乳、 その先端にあって刺激を受けるたびにぶびゅりと乳汁をこぼす黒い乳首であったけれど。 それらを罵りながら、好き勝手に彼女の身体に精を吐きつけるのが――彼の至上の悦びだ。 あの美しい女を、そのような姿に変えたのが自分であることを再確認できるから。 臨月に達した女は、また二人の結ばれた教会に連れ出されていた。 およそ一年間、彼からひたすらに愛を注がれ続け――戦士としての面影を失って。 さらに犬のように四つん這いで赤絨毯の真ん中を歩かされているのである。 拡げられた尻穴にも、破水の始まった女性器にも彼の性器を模した張り型が差し込まれ、 ぶるぶると小刻みに振動しながら、その中にあるものを押し留めている。 先導する彼の手元には犬の散歩に使うような紐が握られていて、その反対側には、首輪。 首輪からの緩やかな圧迫感に導かれて歩いていた女は、祭壇の手前にて地に背をつけ、 三つ子月の祝福する中、正面入口に向けて股を開いて、呼吸を整え始める。 膣圧と赤児の頭によって、挿入されていた張り型は少しずつぐらぐらと揺らいでいき、 すぽん、と抜けると同時に、残っていた羊水がびちゃびちゃと床を濡らした。 男は妻のそんな様子を、紐を握りながらにたにたと眺めている。 彼女が肉体に刻まれた本能として、自然にいきみ始める、その姿をだ。 意志なき肉体にも、産みの苦しみというものは残っているものらしく、 彼女の美貌は、涙、汗、鼻水、唾液――あらゆる液体によって汚れ、 何度も噛み締められる歯の根は、ごりごりと固い音を立てながら互いを削りあった。 その上、男がいたずら半分に首輪をぐいっと紐ごと引いて締め上げるのだから―― 白い肌は苦悶に真っ赤になり、口の端から垂れた唾液の粒は、弾けてあちこちに飛んだ。 首輪を己の指で掴んで必死に耐えながら――同時に下腹部にも力を入れて、 およそ理知的なものを感じさせない、獣そのもののようないきみ声をあげながら、 彼女は憎い相手との愛しい我が子を、どちゃり、と床にひり出したのであった。 わが子を抱き上げ、べちゃべちゃの顔のまま――半分崩れた機械的な微笑みを上書きし、 なんとも不格好な様子で、彼女は写真係の木偶に向けて、握り拳から二本、指を立てる。 人差し指と中指だけがまっすぐに立った、脳天気な拳の形を―― そんな“家族写真”は全く同じ構図のものが、毎年一枚ずつ増えていくこととなった。 違いは彼女の周りにいる子供の数ぐらいで――どれも、二人の血を引くのが明らかだ。 金髪に碧眼、白い肌――そんな赤子を毎年胎に仕込まれて、思い出の教会にてひり出す。 彼女の子宮が空いているのは、産んでから次が付くまでの僅かな期間だけだった――