「さてトレーナー君、これを」
数日後。
昼休みにトレーナー室を訪れたタキオンに弁当箱を渡すと、同じタイミングで彼女からも小包を渡された。
これは、例のデータとやらを元に作られた薬だろうか。戦々恐々としながら薄紫色の包布を解くと、中には銀色の小箱。
「タキオン、これは……？」
「見て分からないのかい？　君の理解力はそこまで低くなかった筈だがね」
恐る恐る銀色の小箱──弁当箱の蓋を開くと、白米やハンバーグ、色とりどりの野菜、卵焼きといったオーソドックスなメニューがギッシリと詰まっていた。
「君が作ったのか！？」
「ああそうさ。数日前に君に提出してもらったデータを元にね。栄養バランスや味も問題ない……筈だよ」
数日前に彼女に記入させられた用紙。ここ数日の食事の内容や味の好み、アレルギーの有無等を書かされたアンケートのようなもの。
確かに、実験に使用するにしては違和感があったが……。

「食べてもいい？」
「他に誰が口にするというんだい！　まさか私に二人分食べろとでも？」
「そうだな、ごめん……タキオンが、お弁当を……」
それも、俺の為に。
嬉しさと困惑で頭がごちゃごちゃになりそうだ。
「……いいから、早く箸を進めたまえ。冷めていても味には問題ない筈だが、こうしている間にも時間は浪費されているのだからね」
彼女に促されて箸を動かす。口に運んだ白米やおかずは期待通りの味がした。薬が混ざっているのかは未だ不明だが、間違いなく美味しいと断言できるお弁当だ。
「……」
ふと顔を上げると、タキオンがこちらを観察してきている事に気付く。俺に早く食べろと促したものの、当の彼女は箸を進ませるペースが大分遅い。
その表情は一見すると普段と変わらないように見えるが、その耳は忙しなく小刻みに動き、尻尾は落ち着きなく左右に揺れている。
「美味しいよ、タキオン」
「！」
そう告げると緊張していた耳から力が抜けて、緩やかに横向きになっていった。

「そうか、それは結構。まぁ、当然だけどね」
「でも、どうして？」
お弁当を自作、それも他人である俺の為に。食事という行為自体を非効率だとまで言っていた彼女らしかぬ行動に疑問を抱く。
「……前に温泉旅行に行った時に話した内容と同じさ。非効率だと切り捨ててきたものの中に、更なる可能性があるのではないか、とね」
「……それで」
「ああ。そこで様々な要因を見直した際に真っ先に思い至ったのが食事という行為さ。かつて私が切り捨て、君が拾い上げたものだが……」
コホン、と彼女は咳払いを一つして。
「ふむ、こうしてみると……いや、まだ結果を出すには早計か。明日以降もこの『実験』は継続するが……異論はないね、モルモット君？」
「ああ！」
こんなタイプの『実験』ならいくらでも大歓迎だ。彼女謹製の弁当を口に運んでいると、腹だけでなく胸の中まで温かく満たされていくような気がした。
「……ところで、デザートのリクエスト欄に書いた珈琲ゼリーは？」
「却下。却下、だ！　代わりに紅茶ゼリーを用意したからそれで満足するように」
「そうか……」

寮のキッチンを借りたい。そうアグネスタキオンが申請してきた際に、フジキセキは驚きと警戒を半々に抱いた。
「……用途は？」
「おいおい、キッチンを使う理由は一つだろう？　料理だよ」
「へぇ……？」
あの、アグネスタキオンが。料理を。どういう風の吹き回しか。
「心配しなくても今回は君が想像する薬品の類は一切使わないよ。何なら誓約書を用意してもいい」
「いや、それは必要ないけど……」
彼女が料理に興味を持った理由があるとすれば、それは──。
「ああ、愛しの彼の為だね？」
「っ！」
ビンゴ。タキオンが目を見開き、その頬を朱に染める。可愛いらしい乙女の反応で、フジキセキにはよく見覚えのあるもの。まさか、アグネスタキオンからこの表情を見られるとは思わなかったが。
「ち、違う！　違うぞ！　違うからな！　実験！　実験の為！」
「わかっているよ、彼の為の実験だね……うん、キッチンは自由に使うといい」
くつくつと笑いながら、逃げるようにキッチンへと向かうタキオン見送るフジキセキ。
近くの物陰で恍惚とした表情を浮かべ気絶しているアグネスデジタルを発見するのは、更にその数分後の事である。

タキオンと温泉行けた記念
ベタにイチャイチャしたかった

大変有意義な実験だと存じます

また死んでる…

トレーナーにも気持ちがバレてるのよいわね

>「早速だがトレーナー君、この用紙の必要事項を埋めてもらおうか」
オラてっきり婚姻届を書かされてるのかなって思ったらアレルギーの確認だった
相当ここに毒されてる証拠

NTRカフェが流行っている中で着差以上の強さを見せるアグネスタキオン

>ベタにイチャイチャしたかった
私の性癖にはあっていますよ

デジタルはすぐ死ぬ……

デッ…
デジタルッッッッッ

結構わかりやすく照れたり驚いたりするよねタキオン

>デッ…
>デジタルッッッッッ
ど、どうして

>かつて私が切り捨て、君が拾い上げたもの
ここすげぇ好き

タキオンは
モルモット君とイチャイチャしないと
しぬ