たとえば画面の中の魔法少女に憧れるのと、そこに大きな差はなかった。 選ばれたものでなければ、最初から土俵に上がる資格はない、という点においても。 ただ少女の憧れたものは、物理的に“なれる”種類のものであり、 足りない資格は、彼女の生家の財力と権力で補える範疇のもの。 周囲の、生まれながらにして煌めくような美貌の仲間たちよりはいくらか劣るとはいえ―― 育ちの良さの出た人当たり、お嬢様らしさをひけらかさない控えめな性格とが、 悪目立ちさせるどころか、少数の――しかしながら根強い支持者を作り出していた。 口元を隠しながら上品にくすくすと笑う様などは、性的なものよりも、 むしろ父性をくすぐるところがあった。新人がおおよそやらされて然るべき、 水着で人前に出るような企画でも、彼女だけは布面積を露骨に増やされ、 しかし文句の一つも出ない――ある意味において視聴者たちは、 彼女もまた一人の女性、というごく当然なことを不思議なまでに見逃していたのである。 下手なりに熱心に歌い、踊り、笑い――そこに向くのは人形を愛でるかのような目つき。 世間擦れしていないことそのものを売りとして、恥ずかし過ぎない程度の恥をかく。 そんな姿は、かつて憧れた画面の中の偶像と、果たして同じであったろうか? 次に少女の前に出された企画は――生国から遠く離れた地、常夏の大地への留学体験。 箱入り娘に、百八十度違う世界での生活をしてもらおう――というのがその趣旨で、 初めて単独で一つの番組を背負える、またとない機会に少女は身を奮わせた。 自家用飛行機で手続きを飛ばしても、空の上での時間だけで一日かかる距離。 長い長い移動時間の間、彼女は手渡された台本の中身を覚えるのに必死だった。 強い日差しに対処するための日焼け止めの備蓄も万全、向こうでの第一声は―― そんなことを考えていると、窓の外で目まぐるしく登っては沈む太陽のことなど忘れ、 母国に帰った時の、華々しく迎え入れられる自分の姿を、想像してしまうのである。 彼女の降り立った地から、留学先はさらに車で半日近く揺られた果てにあった。 輝くような想いは変わり映えのしない車窓に次第に彩度を失っていく。 門柱の内と外とで何が区切られているかも判然としない村の“中”へと入ったとき、 少女の心に浮かんだのは、ここで何を学ぶことができるのだろう、という思いだった。 空港周りの、舗装されて電線の張り巡らされた光景からすれば、ここには何もない。 上下水道さえ整っていない場所――生活に必要な水は、井戸から辛うじて汲めるだけ。 客人待遇ということを加味しても、日課の三度の風呂など望むべくもない。 一日目。静かすぎる夜。この月に分厚い綿入りの布団と柔らかな羽毛の枕なしで眠れるのは、 流石に北と南の気候の違いであろう――たった一人で過ごす晩は、うんざりするほどに、永い。 澄んだ空気の遥か上には、見たこともない星座が当然のように並んでいる。 二日目の朝――痛くなるような強い朝日が目に飛び込んできて、目は自然と覚める。 割り当てられた客人専用の家――というにはあまりに小さな――小屋から出ると、 既に村は動いていた。人々は少女にちらりと視線を向け、手を軽く上げただけであった。 彼女を村に住まわせることが、彼らの生活の保護される第一条件であるのだから、 村人たちがわざわざ、その華奢な手に柴の束など握らせるわけもない。 ただ――その視線には、余計なことをするな、という感情がありありと見えている。 三日目も、四日目も、彼女が見ることのできたのは、村の生活のほんの表層だけだった。 頭の中で、滞在予定日から既に経過した日数を引く――そのたびに少女は焦る。 こんな、ただの旅行者でも知ることのできるような話を持ち帰ったとして、 それが自分の経歴に、一体どの程度の意味を持つのだろうか? 画面の向こうの人々は、何を求めているのだろう――虫の鳴き声、獣の遠吠え、 車の音すらしない無音の夜の闇の中、少女の思考もまた暗がりへと転がり落ちていく。 翌朝、村の人々は驚いた。それまでは遠慮がちに遠間から見ていただけの彼女が、 年の近い村の子どもたちと同じように――少々量は少ないものの――柴を拾い集めていたのだ。 そして手斧を握って薪を割り、また樹皮や蔓を撚って紐を作り―― 白く細い指は擦れて赤く、いくつもの血豆ができては潰れ、汗も滝のように流れている。 自分にもこの程度のことはできるのだ、と胸を張る彼女に向く視線は、 相変わらず、余計なことをするなという無言の叱責の意味合いが強かったものの、 いくらか表情を和らげる大人もいないではなかった。子どもたちはなおさらだ。 地球の反対側から来た、真っ白な肌のお姫様――両親から怒られると思って、 それまでまともに話しかけもしなかった相手に、自ら手を取って遊びに誘うまでに。 二十日目、その日は村の祭りの日。溜め込まれた資源が惜しげもなく注ぎ込まれて、 今年一年を過ごせたこと、来年が良き年になること、子々孫々まで続くことが祈られる―― 彼らの真摯な様子を見て、少女はそこに生まれた土地の違いなどないのだ、と思った。 自分の父母もまた、故郷で自分の帰りをずっと待っているのだと思うと――涙が、こぼれる。 それを拭いたのは、彼女に薪の割り方を教えた村の青年の手だった。 手袋でも付けているのかと思うほど、硬く分厚く、太くなった手指は、 しかしあまりに繊細に、少女の涙を拭き取った。そして腰に回された時には急に乱暴に、 彼女の意思と関係なしに、支配してくるかのような強さを見せた。 断ることは――それでもできたはずだった。けれども、少女は―― 次の晩から彼女の小屋には、その青年が訪れるようになった。 とはいっても強引に何かをするわけでもない。身ぶり手ぶりを交えた拙い英語で、 彼女との交流に勤しむためである。村の昔話、長老の恥ずかしい失敗談、良い狩場の見分け方。 青年はどこかのぼせ上がった風に、少女にそんな愚にもつかない話をするのだった―― そして彼女が手帳にそれを書き込むのを見るや、また別の話をひねり出す。 そして蝋燭の燃え尽きる頃には――少女は彼に、“お礼”をするのだった。 熱波に晒されて腫れ上がったような唇に、彼女の小さな唇が重なる。 かさぶたまみれになって――それでも華奢な指先が、男の傷だらけの胸板に触れる。 これらは、彼女がかつて、彼からされたことのちょうど鏡映しでしかなかった。 誰ぞと付き合ったこともない無垢な箱入り娘が、そんなことを知っているはずもない。 男は少女に、男女の交わりの手ほどきをしていった――一晩ごとに、じっくりじっくりと。 そうでもしなければ、彼の太く大きなそれは、彼女を破壊しかねなかったためである。 “濡れる”ようになった膣口を、鼻息荒く指で押し開きながら性器を押し当てる青年の姿に、 少女は本能的な恐怖を覚えた――が、逃げるには遅く、彼を信用しきってしまっていた。 悲鳴を必死に押し殺し、男に罪悪感を与えないようにする様にも――彼女の性格が現れている。 あってないような窓と戸は、若い恋人同士の秘密を軽々しく話してしまう。 そうでなくとも、これまで毎日手伝いに来ていた彼女が今日に限ってやっては来ず、 股を押さえながらこそこそと隠れるように歩いている姿を見れば、一目瞭然というものだ。 少女の頬には、村の女性達が塗っているものと同じ顔料で模様が描かれ、 腕や頭には同じ材質の飾りが付けられた。客人、ではなく、村の男と通じた女の証―― そこからは、彼女に冷たい視線を向けるものはいなくなり――会話も弾むようになった。 それまで聞いたこともないような話、思いがけず裏の取れた村長の醜聞―― 手帳は既に手垢と筆跡で真っ黒になり、もう書き込むところが残っていない――というところで、 少女は今更になって、滞在期間の残りもそう多くはないことを思い出す。 水鏡にはくっきりと見えねども――手鏡に映せば、肌の焼けたのがよくわかる。 毎日しっかりと手入れしていた髪は、日光に晒されるうちにきしきしと傷んでいた。 そして――することをしてきた当然の証が、そこには目立ち始めている。 到着から着回してきた洋服は、洗っているうちにぼろぼろになっていた――そうでなくとも、 膨らみ始めた腹部を収めるのには、彼女の衣装は窮屈すぎるのであった。 村の女性たちのように、半裸体に、局部だけを隠した格好をすることへの抵抗感は、ある。 だが着ることのできた最後の一着が、びりりと大きな音を立てて裂けたとき――選択肢は消えた。 それまでは服の中に隠されていた、少女の女性としての部分を、ほとんど全てさらけ出す格好。 恋人は彼女のその服装に、より一層の興奮を見せた――舶来物から見慣れた姿、 俺だけのものになった――そんな風にも、感じたのであろう。 その晩の彼の腰の動きは、種のついた晩よりもずっと激しく、熱を持っていた。 自分はもうじき帰ることになっている――と、彼女が伝え損ねたのも無理はない。 男はほとんど、少女を娶るのに成功した気分でいる―― 自分たちと同じような黒い髪。なのに、艶めいて長く、流れるように滑らかな手触り。 絹を思わせるその感触に比べると、この巻き上がった髪は鋼綿にしか思えない。 綺麗な肌も、物語の中でしか聞いたことのない、雪、というものを連想させる。 ちょうどそれが、彼女の名前でもあったから――青年は雪を、生温かなものと思っていた。 少女を迎えにきた男は、その変化に驚いて目を白黒とさせ、腰を抜かす 焼けた肌、半裸に化粧と下着同然の衣服、髪飾り――そして何より膨らんだ、腹。 彼に向けて少女は――優しく微笑みながら、自分のいる場所はここだ、と告げるのだった。