剃刀に布を巻いてから捨てるようなものだ――と誰かが言った。 いやそれでは足りない、しっかりと距離を取ってから手放すべきだ、と言うものもいた。 それはすなわち、人間と――件の獣たちが、限りなく細く危うい命綱一本によって、 共存関係を作り上げているに過ぎない、ということを意味していた。 使いようによっては街一つを灰燼に帰す程の生きた暴力装置が、 高々一個数百円の球体によって使役されているということの意味―― 教鞭をとる彼女らこそが、真っ先にその意味を理解していなければならなかったのだが。 黄色い指が扉を開け放つと、中からは饐えた匂いがむわりと外に漏れる。 大きな鷲鼻は、籠もった空気を嗅いでひくひくと嬉しそうに二度蠢いた。 視線の先には、幾人かがへたり込んでいる――のだが、 その顔は、ぼんやりと濁って生気がない。意識があるかどうかも判然としない。 年齢は十代から二十代まで、そして女であるということだけは共通していた。 ここが教育機関、とある学園の女子寮なことを思えばそれはおかしくもないのだが、 全員が裸体である、というのは明らかに異常な事態の起きていることを示していた。 ぱちり。指が鳴ると、女たちは人形が紐を引かれた時のように、その方向に向き直す。 顔には一様に、帰ってきたばかりの“御主人様”への敬愛と恋慕を貼り付けている。 それが自分たちと種からして違う――催眠術を操り、夢を喰らう怪物であることなどは、 そもそも、最初から問題とも思ってはいないような有り様であった。 そして獣は、手の中にある小さな金属片――穴が空き、紐の通されたそれを、 自分の“家畜”たちに向けて、ゆらゆら、ゆらゆらと左右に振ってみせる。 全員の瞳はそれを追うように左右に振れて、彼からの暗示を再び受け入れていく。 現状をおかしいと思う力、打破せねばならぬという感情、そういった一切は、 こうして再び掛けられた催眠術によって、分厚い夢の膜の中に、塗り固められていくのだ。 首周りの白い毛を撫でながら、獣は自身の夢牧場をじろりと見回した―― その中には、この学園の生徒が何人もいれば、教職員だったものも混ざっている。 そのうちの一人は、かつて彼をあの小さな玉ころで使役していた、甘ったれた保険医―― 彼女が彼を手放し、主従の関係を断ち切ってしまったことが、結局は今に繋がっている。 何年もこき使ってくれた割に、手放す時はあっさりと、さあ自然に還りなさい、だと? 人の世に引き入れて、人の世の道理で操って、しかし容易く追い返して―― それを自由の回復、と考えられる程には、彼は自然というものに憧れを持たなかった。 逆に――命令する、されるの関係が一度途絶えてしまったのならば、 一人の人間と一匹の獣として、再度、力関係の構築がなされるのは当然のことである。 彼は主の夢の味を――この上ない美味と思っていたのに。 指を向けて指名する。家畜たちのうちから二人が、今日の誉れある立場を得た。 一人は彼の“元”主、藤色の髪をした女であり、もう一人はその友人、 黒い髪を纏めた、体育教師――“だった”女だ。二人は誇らしげに胸を張る。 そして腰をしゃんと伸ばせば、大きく膨れた胎が自然に、前に突き出されるのである。 彼女らを羨ましげに見つめる他の家畜には、まだ胎の膨らんでいないものもいれば、 ようやく膨らみが目に見える程度にはなった、というものもそれぞれに混ざっていて、 二人がどれだけ長い期間、彼によって支配されてきたかがそこからも読み取れる。 自分を孕ませてくれたご主人様に成熟した雌の身体を擦り付けるようにしながら、 幸運なる家畜たちは、じいっと彼の顔を見上げ――目の前の硬貨を見つめていた。 ゆらゆら、ゆらゆら。左右に揺れると同時に、ぼんやりと淡い光が部屋に放たれていく。 至近でそれを見ている二人の目は、瞳の上に同心円の重なった渦の模様が現れて、 ぐるぐる、ぐるぐる、回転し続け――不意に、がくり、と意識が途切れて首が傾く。 獣は人形めいて倒れた女のうちの一人を自身の股の上に乗せて、胸を何度か揉んだのち、 その股間に――自分が種付けた雌の膣内に、固くなった性器をねじ込んでやった。 挿入の刺激に、眠りに落ちていた黒髪の女は大きく身体を震わせるものの、起きない。 そして無防備に涎を垂らすその唇に、獣は口づけて長い舌をねじ込みながら、 唾液とともに、彼女の見ている夢を――生徒達と仲良く家畜として暮らし、 この学園を自分たちの赤子で埋め尽くすという夢を――啜り上げてやるのである。 夢を貪られることにより、女は深い眠りから強制的に覚醒状態に引き上げられていく―― しかし完全に目覚めることはない。そのぎりぎり手前で引き止められて、 夢と現のちょうど境目、最も心身の無防備な状態に宙ぶらりんにされてしまう。 その危うい身体に、丹念に雄の欲を刷り込まれ交尾の味を教え込まれていくのだから、 彼女らが仮に意識を取り戻したとしても、彼に逆らうことはできなくなっている。 最初の二匹の家畜で人間の雌の堕とし方をすっかり学んでしまった獣は、 彼女らが揃って妊娠し、交尾に適さない状態になった時の“予備”として、 こうして他の雌をも何人も拐って洗脳しては、自分専用の肉穴に作り変えてきたのだ。 ふわふわとした心地よさの中に包まれている黒髪の女は――膣内への暖かな迸りに、 びくん、びくん、と身体を震わせて達した。目の前に、教え子がいるにも関わらず。 そして情けない声を上げながら、床にどてんと転がされ――股間から白い液を噴き出す。 使い終わった女には目もくれず、獣はもう一匹の家畜の唇を啜り上げて、 同じように浅くなった膣道を突き上げてやりながら――夢と現の境に引きずり込む。 こうして犯されている最中の雌は、どいつもこいつも幸福感に満ち満ちていて、 自分が人ならざる獣の仔を孕まされ、夢と母乳とを搾取されるだけの家畜であることを、 むしろ光栄とさえ、思っているようにも見える――本心からであるかは別として。 人としての艱難、苦悩、挫折とは無縁の――ただの肉穴でさえあれば済む。 二人分の夢を啜った後でなお、獣は飢えていた――そろそろ別の夢を喰らいたい。 繁殖欲求を満たすことを彼女らの心身に深く深く刷り込んでやっていくと、 そのうち、本来持っていた夢やら目標やらは、雌としての本能の充足、 愛しい雄の子をひたすら孕み、産むというところに収斂していってしまう。 雄として、あなたの子を産ませてくださいと夢の中でも懇願されるのは悪くない――が、 甘ったるくて口に残り、こればかり口にしていても、飽きが来てしまうのである。 次に選ばれたのは、この学園に所属していた生徒のうちの一人で――彼女の夢は、 愛しい王子様と結ばれながら、宝探しをして子を産む、というものだった。 扉を黄色い指が押し開く。彼の“牧場”にはさらに多くの家畜が増えた。 どこぞの街で動画配信者をしている女だとか。あるいは菓子屋の女店主だとか。 学園内の他の教職員も捕まえたし、他の学園からやってきた連中も腹を膨らまされている。 そして当然、早くに家畜にされていた連中は――真っ黒に育てられた下品な乳輪から、 彼の子を育てるための乳を垂れ流し、次の子を仕込まれている真っ最中だ。 このことを危険視した“外”のものが何度か救出を試みたこともあったようだが―― それを追い返すほどに、彼の家畜達は数を増やし、心から主のために働こうとしている。 彼と家畜の間には、あのような無粋な球体などは必要ない。 そこにあるのは最も原始的な繁殖にまつわる雌雄の交わりと、快楽だ。 それによって、心の底まで支配された雌たちに――“御主人様”以外のものはいらない。 今また、ある家畜が股間から人間と獣の混ざり仔をひり出そうとしている。 毛並みは彼女らの髪の色と同じで――しかし姿は、主の幼い頃、獏にそっくりだ。 赤子を見ていると、彼はどこか、寂しいような思いがした――かつて“主”と共に、 彼女の養護教諭になるという夢を、口にしていたことをほんのり思い出して。