デジタルワールド、とある港町。大柄なデジモンと小柄なデジモンが並んで歩いていた。 大柄な方は全身が金色に輝く究極体デジモン、オレーグモンである。 小柄な方はアロハシャツを着たブイモン、元人間の河戸リンドウである。 いや、この場合はそれぞれオアシス団員SKE-21号とオアシス団員RD-10号と呼ぶべきであろうか? 「全くアンタの粘り強さには毎度手こずらされるもんだ。」SKE-21号がぼやく。 「俺だって商売だからな、言い値で買う訳にはいかないさ。」リンドウは苦笑いをしてみせる。 「ハハハ、違いねえ!」豪快に笑うオレーグモンの顔はとても楽しそうだ。 いくつものデジタルワールドを股にかけて冒険するSKE-21号は、貿易商でもあった。 非常に強欲であり稀に詐欺スレスレの事も行うが、本質はギリギリの商談や交渉に生を実感するタイプである。 そういう意味で、あくまでも誠実に、しかし粘り強く最大限まで有利な条件を引き出そうとするリンドウは満足のできる取引相手であった。 「それでアンタ、このあとどうするんだい?よかった俺様の船に来るか?従業員たちもアンタの道具には助けられてるし……」 リンドウ作成の道具・武器はSKE-21号の船「ヴェリーキー・クニャーシ号」の船員と「ヘルギ商会」の従業員たちも愛用していた。 その感謝の意を伝え今後の取引を円滑にしつつ、部下たちの士気を上げようという目論見であった。 「そうしたいんだが……悪ィな、息子たちを待たせてるんだ。」 リンドウはそう言ってディースキャナーを使って写真を投影する。赤い髪の少年と可愛らしい成長期のデジモンが写っている。 「ほう、どれどれ……どっちがアンタの息子なんだ?」 「どっちもだよ。人間の子のほうは養子になったんだ。全く、変わった子だろ?」 言外に『俺のような変わり者の息子になろうなんて』というニュアンスが滲んでいた。 「いや、見る目あるぜ、その子供。そっちのほうは……アンタに似てるな。」 「そうかい、いやそう言われると照れるな。」 「アンタに似て、敵に回すと面倒くさそうだ。」そう言ってニヤリとするSKE-21号に、リンドウもまたニヤリとして返した。 リンドウと別れ、埠頭への道を一人で歩いていたSKE-21号は、様子がおかしいことに気づいた。 ……あまりにも通りのデジモンの数が少ない。いや、人っ子一人見かけない。 元々賑やかではない通りだが、それにしても少なすぎる。不審に思ったSKE-21号の前に、一組のテイマーとデジモンが現れた。 白いスーツの成人男性と、デジタマモンだ。どうも付近の住人という感じではない。 「いやあ、オレーグモンは個体数が少ないから探すのもなかなか大変でした。しかも優秀な個体となると更に大変です。」 丁寧な口調の中に不穏なものを感じ取ったSKE-21号は、両手にトマホークを握って構える。 「しかしデータの大海を渡るオレーグモンなら、申し分ないでしょう。」 「テメェ、俺様に何の用だ?」そう訊くSKE-21号だったが、商談ではなく襲撃なのだろうと予想していた。 「ああ失礼、正確には用があるのはあなたではなくて……あなたの右肩の中身、なんですが。」 そう言いながら男の右手がSKE-21号の右肩を指差す。その右肩の中身とは――魔神ヨルムンガンド。 「私に譲っては頂けませんでしょうか?いくらでも、お支払いいたしますので。」男が恭しく一礼する。 「テメェ巫山戯んじゃねえ!この俺をただのガメつい商人だと思ったのか!!」激昂し、大音声が響き渡る。 しかし、誰も様子を見に来るものはいない。明らかにおかしい。 「仕方ありません、手荒な手段は取りたくなかったのですが。」男の左手にはD-3、そして右手には――クロスローダー、いや、ダークネスローダーが。 「支払うなら、テメェの命で支払いな!」SKE-21号が完全に戦闘態勢に入る。 「リロード、ゼフリムモン。」ダークネスローダーから、黒いボアモンのようなデジモンが出てきた。その数、6体。 「デジタマモン、究極進化!」デジタマモンが空中に浮かび上がり、光を発する。 「クロノモン!」黒と赤に彩られた、巨大に鳥人のごときデジモンが顕現した。 戦いは予想外の苦戦、あるいは善戦と呼ぶべき状態になった。敵の目論見が右肩のヨルムンガンドである以上、「エイジオブディスカバリー」は使えない。 左肩の「ドリームカムズトゥルー」と両手のデュアルトマホークだけで戦っている。しかも敵は究極体1に成熟期6、状況は圧倒的に不利に思えた。 しかしSKE-21号は歴戦の猛者であった。巧みな斧さばきと持ち前の膂力を存分に活かし、ゼフリムモンを1体ずつ確実に仕留めていく。 死角にいる敵や少し離れているクロノモンに対しては左肩の魔神スルトで牽制して直撃を避ける。 そうしていけば最終的にクロノモンとの一対一に持ち込んで……そうなれば倒すあるいは逃げるチャンスが出てくる。 その彼の目論見は比較的早くに崩壊した。倒したはずのゼフリムモンがデジタマになり、しばらくするとまた元のゼフリムモンに戻ったのだ。 これでは一向に数が減らない。デジタマ状態で攻撃を受ければ今度こそ死ぬかも知れない。が、他のゼフリモンやクロノモンから妨害が入る。 こうなるとSKE-21号だけが徐々に消耗と被弾を積み重ねていくことになり、いずれ力尽きることは明らかだった。 角が折れ、右腕に深い傷が刻まれる。この期に及んでクロノモンは必殺技を使わない。たまに炎を投げてくる程度だ。 あまりに強すぎる攻撃でヨルムンガンドを破壊してしまっては本末転倒だからであろう。 だがその時はついに訪れた。疲労とダメージの蓄積でSKE-21号は膝をつき、動きが止まったのだ。 すかさずクロノモンは接近、左手の鋭い爪が右肩に伸ばされる。回避はもう間に合わないので、SKE-21号は右のトマホークで受け止めようとする。 「邪魔だよ。」しかし、度重なる攻撃でもう限界に達していたトマホークの刃は砕かれ、クロノモンの左手がとうとう右肩の蓋に届いた。 無造作に蓋は引きちぎられ、蝶番と錠前が弾け飛ぶ。体と、そして心の痛みがSKE-21号に絶叫を強いる。 「ぐああああっ!」肩の中の青い魔神ヨルムンガンドが顕になり、右手の爪がそれを捉えた。 「やっとですか。クロノモン、それの時間を止めてください。」 「わかったサトル。」ヨルムンガンドのテクスチャ表面がうっすらと白みを帯び、凍ったように動かなくなる。 蓋の時と同じ様に、無造作にも思えるような動作でヨルムンガンドが引き抜かれる。 「ゼフリムモン、包囲を維持。」サトルと呼ばれた男がダークネスローダーを掲げて指示を出す。 何故すぐに自分を殺さないのか、SKE-21号のその疑問は即座に解消する。 「さて……この辺の住人はゼフリモンに食べさせたので、私とクロノモンは今日はあまり食べてないんですよね。」 「こいつは食いでがありそうだねサトル!」サトルの淡々とした言葉と、クロノモンの無邪気な発言にSKE-21号は驚愕する。 同時にこの騒ぎで誰も出てこない理由も察した。住人たちは、このボアモンもどきの黒いデジモンどもに食べられたのだ。 「テメェら……俺を食う気か!」悔しさと、それを上回る怒りがSKE-21号を吠えさせる。 「おやおや……デジモンがデジモンを捕食するのは当たり前のことでしょう?」 「テメェは人間だろうがよォ!」SKE-21号の言葉に、サトルは嗜虐的な笑みを浮かべた。 「ああ、まだ私は『人間』に見えますか……そうですか。」 「テメェ何を言って……まさか?」 「活造りもいいですがそれではこちらが食い殺されそうですね、絞めますか。クロノモン。」 「オッケー、サトル。『フィンガーボム』!」クロノモンの左手の爪がSKE-21号を指し示した。 その先端からエネルギー光球が膨れ上がり、飛び立たんとしたその時。 突然クロノモンの腕があらぬ方向を向き、そのまま光球は何もない空間へと放たれた。 「えっ!?」彼らの反応は、それが第三者による仕業であると示していた。 「大丈夫ッスか?」いきなり、SKE-21号のすぐ近くから女性の声が聞こえた。 「なっ!?」誰もいないはずの場所に突然、おさげ髪の女子高生らしき人物が出現していた。 「逃げるッスよ!」その言葉と同時に、SKE-21号とその女性の姿が消えた。 事態を理解できないクロノモンとサトルは、その呆けた瞬間に痛打を受けた。 「ジャックインザボックス!」「ハリケーンボンバー!」地中から、2体の闘士が飛び出してきたのだ。 グロットモンの一撃がクロノモンの腹部を、ギガスモンの両腕がサトルの上半身を、叩き据える。 「えっ、おばちゃん!?」少し離れたところ、何も無いように見えるところから少年の声がした。 そこには、驚いてうっかり透明化を解除してしまった黒いインビジモンが出現していた。 同じ様に透明化を解除した拳が戻ってきて装着される。 先程クロノモンの左腕を動かしたのは、不可視の遠隔拳「ステルスマッシャー」だった。 「ぼうっとするなアタル!戦闘中だぞ!」グロットモン=河戸リンドウの叱責が飛ぶ。 (そうは言ったものの……今のは何だ?オレーグモンの旦那はどこに連れて行かれた?それにこのデジモン……野次馬も出てこない……) リンドウの方も頭の中はぐるぐるしているのだが、経験豊富な戦士は攻撃の精度も威力も緩む様子がない。 「父ちゃ!こいつヘンだよ!なんかデジモンみたいなにおいがする!」 ギガスモン=河戸トウジが叫ぶ。見れば、サトルは攻撃を受けてよろめいているもの、大きなダメージを負った様子がない。 「これは少々厄介ですね……クロノモン!クロックダウンです!」 「オッケー!」クロノモンが全身から赤黒いオーラを放射する。 「なっ!」「なに?」そのオーラに包まれたリンドウとトウジが動きを止める。 正確には止まっているのではない。極端に動きが遅くなっているのだ。周囲のクロックを極端に低下させることで、動く早さを1/128まで遅くさせる。 研究を重ねて獲得したこの能力を駆使し、周辺のデジモンを全て狩り尽くしていたのだ。 「そう言えばグロットモンもギガスモンも食べたことはなかったですね。あまり食欲をそそる見た目ではないですが……」 「クロステルスラッシャー!」赤く大きな十字手裏剣が飛来し、クロノモンが慌てて爪で弾き飛ばす。 二人の目に驚愕の色が宿る。黒いインビジモンが、『普通に』動いていたのだ。 弾き飛ばされた十字手裏剣は戻ってくると双剣となってインビジモンの手に握られ、そのままクロノモンへと斬りかかった。 「なんでなんで!なんで止まんないのコイツ!」軽くパニクっているクロノモンの様子にサトルは舌打ちする。 このクロノモンは究極体に進化してもその精神性はデジタマモンの頃から大きく変わっておらず、臆病で卑怯な性格が色濃いのだ。 先程までのように、ちゃんと情報を集めて準備を整えて戦えば大丈夫だが、このような突発的な事態には脆い。 「目的は達しました、逃げますよクロノモン!」 「そう簡単に逃げられると思うな!」接近するインビジモンの前に、6体のゼフリムモンが割り込んできた。 「ゼフリムモン、制御解除。好きに暴れてください。」ダークネスローダーを掲げてサトルが言い放つと、ゼフリムモン6体の額から緑のクリスタルが脱落した。 クリスタルの落ちた跡にあるデジタルハザードマークを見て、インビジモンは息を呑んだ。 おそらくは進化レベルとは無関係な意味で危険な存在、そう察したインビジモンの脚が止まる。こうなっては逃げるクロノモンを追うわけにはいかない。 悠々と右手にヨルムンガンド、左手にサトルを抱えたクロノモンが飛び去っていくのを見送るしかなかった。 「おい、なんだこいつら……このマークって!」クロックダウンを解かれたリンドウがグロットハンマーを構え直す。 「父ちゃ、兄ちゃん、こいつ前にたたかったやつだ!」間合いを計りながらトウジが構える。 「おいなんだそりゃ、トウジお前いつこんなのと……勝手に戦ったな?アタルお前も知ってて黙ってたな?」 「お説教は後で聞くよ父さん!今はこいつらを何とかするのが先だよ!」インビジモン=アタルが声を張り上げる。 「こいつ、デジタマになってももとにもどっちゃうんだ!」トウジの言葉に他の二人が眉をひそめる。 「おいおい、噂のブラックアグニモンみたいなやつだな。」言いながらリンドウはゼフリムモンの1体にグロットハンマーを叩き込む。 「そんなのどうやって……いや、確か対処方法が……」言いかけてアタルの言葉が止まる。手は止まらない。 斬り伏せたゼフリムモンがデジタマに変化する。同様にリンドウの一撃を食らった個体もデジタマになる。 アタルは思わず額に手を当てる。アタルが「過去」に赴くに当たって掛けられた記憶制限に抵触しているのだ。 「毒付与プラグイン・ラクサティブ!」「クリシュナ!」突然、上空から声が響いたかと思うと鉾が2本、降ってきた。 それらは2つのデジタマに命中すると、黒いまだら模様のデジタマの色がどんどん薄くなっていった。 しばらくするとそのデジタマは黒い粒子を散らしながら弾けるように消滅した。 「そいつらはデジタマ状態で消化器系の毒を与えると自壊するッス!」遅れて着地したのはサンティラモンとそのテイマーと思しき女性だった。 先程、一瞬だけ現れてSKE-21号を連れ去った女性と同一人物のように見える。だが、服装が異なっているし、年齢も明らかに上っぽい。 「おばちゃん!」アタルが声を上げる。 「おじさんがリンドウさんッスね?話は聞いてるッス!毒は使えるッスか?」 「あ、ああ。進化解除、デジメンタルアップ、ハニービーモン!」リンドウは即座にブイモンに退化、ハニービーモンへと再進化する。 「トウジ、ボアモンもどきは任せる!父ちゃんはデジタマをやる!」 「分かった父ちゃ!」トウジは指示を受けてゼフリムモンと対峙する。 「毒なら俺がやったほうがいい!エスピモン、あいつらをデジタマにするのは頼んだ!」インビジモンが進化解除してアタル少年とエスピモンに分離する。 「頼まれた!デジメンタルアップ、ボムドラモン!」エスピモンは再進化、ゼフリムモンへと攻撃を仕掛ける。 数的優位が逆転し、対処法も判明したゼフリムモンがすべて消滅するのに5分と掛からなかった。 「挨拶が遅れたッス。小生は金剛カガリ、アタルくんの叔母ッス。いつもアタルくんがお世話になってるッス!」 「ウチは千代子いいます、よろしゅうな。」降ってきた女性と、サンティラモンが退化したクアトルモンが名乗った。 「ああこりゃどうも、俺は河戸リンドウっていいます。」 「トウジです!3さいです!」河戸親子も自己紹介した。 「それでおばちゃん、さっきのオレーグモンさんは……」問いかけたアタルの言葉に、カガリはあちゃー、という表情になった。 「あー、見られてたッスかー。それは……10年前の小生ッスね。」 「10年前……」それを聞いて考え込むリンドウ。 「大丈夫ッス、あのオレーグモンさんは今頃自分の船に乗って仲間と一緒に脱出してる頃合いッス。まっすぐに故郷に帰るッス。」 「そっか、よかった……」胸を撫で下ろすアタルとは対象的に、怪訝な表情を崩さないリンドウ。 「……なぁ、カガリさん、だったか?あんた、もしかしてさっきのクロノモンやあの黒いボアモンについて、何か知ってるんじゃないのか?」 「知ってるッス。でも言えないッス。」リンドウの質問に、即答するカガリ。 「……理由を聞いてもいいか?」 「小生が話すことで、未来が変わってしまう可能性があるからッス。」 それを聞いて、不満ではなく諦めの色がリンドウの顔に浮かぶ。おそらく予想していた返答だったのだろう。 「でも、すぐに知れる事や、知ってても変化が起きない情報なら話せるッス。」そう言って一枚のメモリーカードを差し出す。 「伝えてもいい情報はこの中にまとめてあるッス。」 「すまんなぁ、カガリはアホやさかい、口頭やとうっかりすると全部言うてまうんや。堪忍なぁ?」クアトルモンが一言付け加える。 「お、おう。」反応に困るリンドウ。 「ゆっくりお話ししたいけど、多分これから面倒なことになるから小生は退散するッス。じゃ、またねッス!」 そう言うやいなや、カガリとクアトルモンは瞬時に掻き消えてしまった。 程なくして、町の中心部から警備役のデジモンたちが通りにやってくるのが見えた。 実際、そこからはとても面倒なことになった。 周辺住民の消失について、リンドウたちや直後に出港したSKE-21号たちに疑いの目が向けられたからだ。 幸いなことに、警備デジモン含む複数のデジモンから飛び去るクロノモンを目撃し、ゼフリムモンの制御クリスタルが残っていたので疑いはすぐに晴れた。 一行は流れで調査に協力することになったが、それで判明したのは気の重くなる事実だった。 襲撃現場周辺のデジモンは生存なし、一部で争った痕跡あり。状況から、その全てが不意打ちによって捕食されたものと推定。 黒いボアモンもどきは最近ダークエリアで飼育されているという噂のゼフリムモンであるという疑いが濃厚。 襲撃者は、同じくダークエリアに本拠を構えるFEAST社の関係者ではないかと思われる。 リンドウにはもう一つ、気の重くなる仕事が待っていた。 勝手に戦っていて、そのことを父親に黙っていた息子二人にお説教をしなければならないのである。 家に帰ったらカメリアにも話さなくてはならない。 「まったく、幸せそうに眠りやがって……」 町の宿の部屋、同じベッドで同衾して寝息をたてる赤と青の頭を見て、リンドウはため息をついた。 (了)