彼女に悟られないよう咄嗟に本で顔を隠す
薄情だと思われるかもしれないが、彼女に気づかれたくなかった。個人的に今のタイミングで一番会いたくない存在だ
何故って、そりゃあ………コイツは図書室のマナーから一番かけ離れている存在だからな
思い返してみてほしい。口を開けば100デシベルの絶叫！小説じゃ決して見ない過剰なほどの感嘆符の濁流！
そんな奴が、大声厳禁の図書室の中で会話の一つや二つしてみろ
ウマ娘は音に敏感だ。いきなり例の絶叫がこの部屋に轟いたのなら、利用者のみんなからは白い眼。図書委員からは即追放を言い渡されてしまうだろう

（アイツのいつものテンションをこの場でぶちまけたら、巻き添えくらって私も社会的に死ぬ………！！）

これは他人事ではない。彼女に絶叫で声をかけられてしまったら、きっともう二度と自分も図書室の敷居を跨ぐ事は出来なくなる

「………………」

本で自分の顔を隠しながら、彼女の様子を伺う
先程から、入口付近のおすすめ書籍コーナーをずっと物色しているよう
彼女がこちらに気がついていないのは幸運だった。ちょっとでもこちらの読書スペースを向けば、私の存在に気が付かれるだろう。そんな位置に私はいる
なんとかこの状況を打破しなくては………

（いやいや。この場から逃げればいいだけじゃん）

エールがこっちに気づいたら終わる。ならば先手を打って逃げるまでだ
幸いにも、エールはずっと本棚に注目している。この隙を狙って図書室から脱出しよう………

いや待て！あいつは出入口にいるんだぞ！今のタイミングじゃ危険すぎる！
彼女がこちらに振り返ったら一発でアウト。それにウマ娘が優れているのは聴力だけではないから、背後をこっそり素通りしようとしても、すれ違いざまに漂う匂いでわかってしまう
ウマ娘の秀でた嗅覚なら、視認なんかせずとも匂いだけで人の判別が可能だ。だから接近そのものが危険行為だった
ならば、彼女が入口から離れるまで待つ。入口とも読書スペースとも離れた本棚の裏に隠れておこう
エールが読書スペースに移動したら、自分は遠回りして出入口に向かう。エールと距離を取りつつ脱出だ。この作戦で行こう

エールがこっちに気づいたら終わる。ならば先手を打って逃げるまでだ
幸いにも、エールはずっと本棚に注目している。この隙を狙って図書室から脱出しよう………

いや待て！あいつは出入口にいるんだぞ！今のタイミングじゃ危険すぎる！
彼女がこちらに振り返ったら一発でアウト。それにウマ娘が優れているのは聴力だけではないから、背後をこっそり素通りしようとしても、すれ違いざまに漂う匂いでわかってしまう
ウマ娘の秀でた嗅覚なら、視認なんかせずとも匂いだけで人の判別が可能だ。だから接近そのものが危険行為だった
ならば、彼女が入口から離れるまで待つ。入口とも読書スペースとも離れた本棚の裏に隠れておこう
エールが読書スペースに移動したら、自分は遠回りして出入口に向かう。エールと距離を取りつつ脱出だ。この作戦で行こう

「………………ッ！！！！！！」

ピコン！と、まるで効果音が鳴ったかのように、エールの耳がまっすぐピンと反応する
私に気づいたわけではない。アレはきっと、お目当ての本でも見つかったのだろう
予測通り、彼女は本をゆっくり抜き出し、裏表紙のあらすじを読み始める
息を飲み、エールの動きを静かに見守る。このままその本を借りてもらって、まっすぐお帰りしていただくのが一番ありがたいのだが。さて、どう動く………？

「………………♪」

鼻歌でも歌うかのような楽しげな表情で、読書スペース方面へと向かうメイケイエール
都合のいいようには進まないよな。まっすぐ帰ってくれなかったか
まあいいさ。お前が座って読書し始めたのを確認したら、その隙に逃げるまでだ
気に入った本を手に持つエールは、読書スペースの空いた席に座ろうとする

（あ、しまった。あの席はまずい！）

エールが着座しようとしたその席は、数刻前まで自分がゆっくり読書していた席だった
これの何がやばいって、ちょっとでも私の匂いが残っていたら、居たことがバレてしまう
ウマ娘の嗅覚は侮れない。自分の匂いが残っていないことを祈るしかない
息を殺し、本棚の隙間からエールをじっと観察する

「………………？」

彼女は椅子に座ることをキャンセルし、不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡し始めた
マズイ。勘づかれたか！？
観察をやめ、咄嗟に本棚通路の奥に進む。この場からできるだけ距離を取ろうとする

───だが、遅かった

「！！！！！！！！！！！！！！！！！！
！！！！！！！！！！！！！！！！！！！」

突然乱れた図書室の空気。音はしないのに、うるさいという矛盾
逃走経路を進む私の背後から、大きな気配を感じとる。しかもそれは、私のよく知るアイツの気配
慎重に、ゆっくりと振り返る。そこにいたのはやっぱり………

「！！！！！！！！！！！！！！！！！！
！！！！！！！！！！！！！！！！！！！
！！！！！！！！！！！！！！！！！！！」

………図書室で鉢合わせたくないウマ娘ランキング第一位
パァッとニッコリ笑顔を咲かせたメイケイエールと、私は目があってしまった

「シーーーーーーッ！！」

こうなったらしょうがない。エールに近づき、口の前に人差し指を立ててシャラップのジェスチャー。通じたのか、コクコクッと頷くエール
コイツめ、私の匂いを追ってきたのか！！しくったな、もう少し距離を取るべきだったか
でもよかった。私の想像では、見つけたら即

「あ！！！！！！！！！！ソングちゃんこんにちは！！！！！！！！！！！！奇遇ですね！！！！！！！！！！！！！」

なんてふうに叫びそうだなと決めつけていたのだが、流石にそんなことはなかった
後でいっぱい褒めてあげよう。顔は相変わらずうるさかったけど
さて、ここからどうするべきか。通路で他の利用者とは離れているとはいえ、ここでコショコショ話をするわけにもいかない
エールは一度の返事だけでも60デシベルあるんだ。測定したことなんてないけど、そのぐらいあるでしょ

一旦図書室の外に出るべきだろうか。なんて私が様々な思索をしていると……
エールは肩にかけていた通学バックから一冊のノートを取り出し、何かを書き始めていた
なんだなんだ。筆談でもするつもりだろうか？
何かを書き終えたエールは、ノートを私に見せる
ノートのページには、大きな文字でこのようなメッセージが書かれていた

［私、読唇術使えます！］

は、はあ？？？
なに、急に？？？？？

読唇術とは、無音の状態でも唇の動きから発話の内容を読み取る技術のことを指す
フィクションではスパイが遠くの人の会話を読み取る技術として、その概念が度々登場する
これを使えば、私語厳禁の図書室でもコミュニケーションが取れます！エールが言いたいのはそういうことなのだろうか
再度彼女はノートをこちらに見せ、続きのメッセージを私に見せる

［口パクで話してみてください！］

いきなりすぎてまだ飲み込めないけど、遊びに乗ってみるのもまた一興か。変に難色示して騒がれる方が厄介だ
浮かんだワードは簡単な5文字。エールの読唇術が本当に使えるのかが一発でわかる、このシチュエーションに最適な返事

『（読唇術を使えるってのは）本当か？』

わかりやすいよう、多少大袈裟かつゆっくりに、『ほんとうか』と口パクしてみる
私の口をじっくり観察していたエールは、すぐにノートに答えを書き始め、得意げに回答を私に見せた

［超音波？］

なんだそりゃ！！！全然違うじゃないかっ！！！
何が“読唇術使えます！”だよ！！！精度最悪じゃないか！！！
笑いで吹き出しそうになるのを耐えながら、もう一度私は口パクをする
今度のメッセージはたった3文字でより簡単なもの。その上もっと一文字一文字大袈裟に口パクをする。これが出来なきゃ絶対嘘だ

『ちがう！！』

またもやエール、すぐわかったのかもう筆を動かしている
そして、“今回も自信あります！”と笑顔になりながら、ページに書いた回答を見せた

［医学？］

だから違ーーーう！！！
てか意味わからん！！！！どういう文脈でそんなワードが出るんだよ！！！

………そもそもの話、実際に読唇術で読み取れる情報はかなり限定されているらしい。熟練した読み手であっても精度は低く、子音の判別も不可能に近いのだとか
ならば一体、なぜエールがこんなしょうもない嘘をついたのだろうか。ソダシの奴がまた何か吹き込んだのか？

音を出さないよう笑いを堪えていると、メイケイエールはどこかへ行く。奥の本棚から一冊の本を取り出し、私の元へと帰ってくる
そしてその本を、うるさい笑顔で差し出した

「………！！！！！！！！！！！！！！」

いや、超音波検査の医学書持ってこられても困るんだけど！！！
“医学の勉強ですか！？応援してますよ！”じゃないんだぞ！！そもそもお前の推理が間違ってるんだっつーの！！！

読唇術じゃ伝わらないから、腕をクロスさせてバツのマークを作る。間違っているぞとアピールすると、エールはハッとしたような表情に変わる
ようやく自らの過ちに気づいてくれたようだ
超音波検査の本を引っ込めたエールは、急いでノートにこう書いて見せた

［もう一回チャンスをください！］

………まあいいだろう
仏の顔も三度まで。ならば私も、二度目の失敗までは許してやる
最後に口パクで伝えるのは、私が今一番コイツに伝えたかったメッセージにしよう。ちょっと難しくなるけれど、どうせ伝わらないしなんでもいいや

『ここから出るぞ！』

そもそも大声厳禁の図書室で、絶叫モンスターのコイツと意思疎通を図るべきではない
だから、一旦外に出ようという提案のメッセージ。外ならいくらでも話せるからな
それを読唇するエールは、うんうんとわかったふうに頷く。自信ありありの様子を見て、私は一つの確信をしていた

（ああ、コイツ。絶対伝わっていない）

読唇術なんか使わずとも、実は私ならエールの思っていることがなんとなくわかるのだ
ウマ耳や表情筋の微細な動き。体全体の小さな所作。その至る所に、単純すぎたお転婆少女メイケイエールの思考が漏れ出している
実際にアテレコしてみよう。今のエールは、おそらくはこう思っている

“あーはいはい！今度こそわかりましたよ！ソングちゃんの言いたいことが！そういうことでしたら、私にすぐ仰ってくださればいいですのに〜！”

………まあ、ほとんど憶測でしかないアテレコだけど。絶妙にすれ違ってる感がすごい
私の口パクがなんら伝わってないことだけは確かにわかる

『ここから出るぞ！』

もう一度口パクをしてみるが、彼女ももう一度確証を得ているように頷く

“大丈夫です！分かってますよソングちゃん！私に任せてください！”

そうしてノートに書いたファイナルアンサーを、自信満々に見せてきたのだった

［“本を借りたい！”ですよね！早く仰ってくれれば、図書カードの作り方教えますのに！］

「くっ………w」

私は我慢の限界だった

「何から何まで、ぜんっぜん違ぁぁぁう！！！！！！！！！！！」

耐えきれなかった。本当にもう限界だった
伝わらないことの可笑しさと、それを押し殺して黙っていないといけないことへの苛立ちが引き金になり、思わず腹の底から叫んでしまった
悲痛な絶叫は、壁や本棚に響き渡る

「えっ」

途端、目の前のエールの表情が消える
すぐに我に帰って、本棚の隙間から室内の様子を伺うと、声に驚いた利用者と図書委員が呆然とこちらの方を見ている
図書室の空気が、一瞬にして凍りついた

あ　ヤバ

しまった

私、終わった

………恥ずかしさでいっぱいになり、目の前の視界がぐにゃりと歪む
最後にメイケイエールは、やれやれと失笑しながら私に呟いた

「………ソングちゃん。図書室の中では静かにしないといけないんですよ？」

ハ　ハハハ………
おのれメイケイエール。お前にだけは言われたくなかったよ………

舎弟復活記念でリスペクトメイソンした
ソングライン出産おめでとうございます

読唇術できる(できない)エールちゃんかわいいね！

供給ありがてぇありがてぇ……！！

>読唇術できる(できない)エールちゃんかわいいね！
ありがとうございます
本で読んだり誰かから聞いたりした裏技スキルをすぐ試そうとするエールちゃんいいと思います

>供給ありがてぇありがてぇ……！！
そういや最近毎日供給あるのおかしくありません！？