8つ下の弟がいた。 弟はデュエルの天才で、小学生でありながら大人の大会に出場し優勝するほどの実力だった。 何の取り柄もないヒキは自慢の弟が誇らしかった。デュエルのことは分からないが、自慢げに喋る弟の話をよく聞いてやっていた。自分まで嬉しくなるようだった。 15歳、高校生になって初めての夏。 弟が目の前で消失した。 それは突然の出来事だった。 ひと通りの少ない通学路を2人で帰っていたら、猛スピードで走る車に轢かれそうになったように見えた。 一瞬だった。ほんの瞬きする時間で、さっきまで話していた弟が忽然といなくなったのだ。 あれから3年。 弟は見つかっていない。その痕跡すら。 もちろん、自分も捜索に参加した。最後まで一緒にいたのだから、一番状況が分かるはずだった。だが、何も見つけることはできなかった。 あれは白昼夢だったのだろうか? 事件の後、一応は高校に通った。弟のことで心配もされたし、クラスメイトや先生はみんな優しくしてくれる。 ルーティンワークのように日々を過ごしているとふと感じることがある。 「俺、何やってるんだっけ」 弟のことを、もう過去形で語っている。 もう見つかるはずがないと思っている。一緒にいたはずなのに、自分だけがのうのうと日常を過ごしている。 糸が切れたように無気力状態になった少年は、部屋に閉じこもった。 守屋ヒキ、18歳。 職業、引きこもり。 寝て起きるだけの生活を続けて3年、そのまま死んでしまいそうになった、ある日彼は夢を見た。 弟を追いかける夢。 前を走る弟は振り向くことはない。走っても、走っても、その背中に届くことはない。 夢から覚める。現実(白昼夢)が覚めることはない。 衝動的に外に出て、夜の道を走った。運動不足の身体は悲鳴を上げ、だんだん目が霞んでいく。それでも走った。 また、さっきの夢のように弟が目の前を走っているような気がした。離れていく弟の背中を、今度はなぜか手が届いたような気がした。 ……いつの間にか気絶していたようで、輝く朝日に照らされ目覚める。 その手には、どこか弟の面影を感じる「勇者トークン」と刻まれたカードが握られていた。 止まった時間が動き出す。 夢から覚めるように。