いつからだろう、自分のデュエマが血生臭くなっていったのは。 「ボルシャック・バクテラスでトドメだぁぁーーーーーっ!!!!」 「ぐぁぁぁぁ!!!!」 紅の竜皇神の一撃が黒装束の男を貫く。真のデュエルの勝敗は、またしても沖坂了に軍配が上がった。 相手も決して弱いわけではなかった。赤緑印鑑パラスの使い手であるD.E.Lの戦闘員は、苛烈な速攻で了を攻め立てた。トリガー運に恵まれなければ、殺る前に殺られていたかもしれない。 真のデュエルはいつだって過酷だ。選ばれし強者にしか許されない、生死を賭けた禁断のゲーム。 そして真のデュエルは、沖坂了にとっては別の意味も持っている。D.E.Lの幹部の1人、スキュラによりかけられた左目の呪いが、またしても了の体を蝕む。真のデュエルを行うたびに、着実に死へと近づいている。 敵を倒した後、了は壁に身を寄りかからせながら、壁伝いに歩き出す。今日はいつもより呪いが進行している。身体が前ほど言うことを聞かない。このまま続ければその果てに待つのは自滅だ。 ────だがやめるわけにはいかない。 デュエリストの絶滅を目論むD.E.Lは看過してはならない敵だ。デュエマを楽しむ権利は、何人たりとも侵されてはならない聖域だと了は信じている。 どんな理由があろうと、デュエリストを滅ぼす権利は誰にもない。まして、D.E.Lを倒せる実力を持った自分が、何もしないわけにはいかないと了は断じていた。 力を持っているのなら、自分のためでなく、誰かのために振るうことこそが強者としての責任だ。 だが、その信念に微かな濁りができてしまっていることも自覚していた。デュエマの腕を一心不乱に磨き、強さの高みを目指す。 かつて自分を突き動かしていたあの熱い衝動に、久しく再会していない。 体を引きずりながら、了は自分が昔とは決定的に変わってしまっていることを悲観していた。 …いかん。考えを改めなければ。了はかぶりを振った。弱気になってはダメだ。勝てるものも勝てなくなってしまう。果てしなく攻めてくるヤツらの思う壺だ。 気分を変えるのだ。弱気になるのは、1人でいるからだ。ならば。弱々しかったが、了の足取りはいくらか軽くなった。 「いらっしゃいませー…ってなんだ、了くんか。」 「なんだってなんだよ花淵〜。」 カードショップはなぶち。了の行きつけのショップにて、出迎えたのはいつもと同じく、同級生にしてクラスメイトの花淵杏子だった。愛想良く出迎えたと思ったら、了の姿を見るや、呆れるやら笑うやらのないまぜとなった表情で相好を崩した。 その様子を見るに、体の不調はバレてないようなのは安心した了である。軽口で返しながら入店する。 「はいはい。今日はカード買いに来たの?それとも対戦?」 「対戦対戦。サムや浪漫にこないだ言ってた鬼羅starお披露目すっからな。…そういえばあいつらは?」 「まだ来てないわよ〜。了くんが一番乗り。」 「へへっ!そいつぁいいや。デュエルスペースで待たせてもらうぜ。」 「はーい。」 デュエルスペースの卓に座ると同時に、フラついて思わず手をつく。大きな音を立てていなかったから、杏子にも、彼女の相棒であるド:ノラテップにも気取られてはいないはず。 (辛いのか。) 思わず身をすくめた。威厳ある、重々しい声で話しかけられるのはいつもではないからだ。 竜皇神ボルシャック・バクテラスは、重量感のある口ぶりで、しかし了を気遣うようにそっと声をかけてきた。自身の相棒の不調を気遣っているのだろうか。 (珍しいな、お前から話しかけてくるなんて。) (辛いのなら休め。ここにはお前の弱みを突く敵などいない。) 有無を言わさない様子なのは、了からの問いかけを(意図してかそうでないかは不明だが)無視したところから明白だった。相棒に気を使わせてしまったことに、少しだけ了は罪悪感を感じた。 (気に止むことはない。少しでも休めばいいのだ。誰もお前を責めはしない。) (バカ言え。いつも通りじゃねえと心配かけるだろうが。) (少なくとも我は責めぬ。お前は良くやっている。少しは自分の身体を労われ。) まるで父親だ。口答えをしようにも、どうにも身体が鈍って答えられない。それどころか瞼も重くなってきた。 (誰も責めない。周りを信じろ。) 信じてないだなんてことはないぞ。そう答えようとした了の意識は、懐からラッカ鬼羅starのデッキを取り出したあたりで深く沈んでいった。 「…あら?」 卓に伏せって静かな寝息を立てる了に、杏子が気づいたのは程なくして。 風邪をひいてはいけない。少し奥に引っ込んだ杏子は、パタパタと小気味良い足音を立てながらブランケットを持ってきた。 「全く。こんなところで寝るなんてリョーも不用心ですねーキョーコ。」 「そうねぇ…。よっぽど眠かったのかしら。」 ノラちゃんの軽口に返しながら、了の男子らしく広い背中に毛布をかける。 …つよがり。私が貴方の隠し事に気づいてないと思ってるの? クラスメイトで、大学へのデュエマでの推薦入学も決まってて、ウチの店の常連さん。沖坂了という人間がそれだけではないと言うことも、杏子は知っている。 人知れず悪の手のものと戦い、日々消耗していることには気づいていた。でもそれを誰にも言わないのは、彼なりに周りを不安にさせないよう、気遣っているからだということにも。 不器用な人。もっと周りに頼ればいいのに。そう思うが、自分やノラちゃんが力になれるかというとそうでもない。サムくんも頑張っているようだが、了ができる限り周りを巻き込まんとしていたのは知っていた。 自分にできることは残念ながらない。ならば、人知れず頑張っている彼が望むのならそれに騙されてやるのがせめてもの助力ではなかろうか。 (お疲れ様。ゆっくり休んでね。) ブランケットのかかった"小さな"背中を見遣りながら、杏子はシングルカード売り場へと引っ込んでいった。 目を覚ましたのはそれから少しして。 いかん、寝落ちしていた。そう気づいて身体を起こした時、自分に何か温かいものがかけられていることに了は気づいた。 ブランケット。意識を手放す前はなかったもの。サムや浪漫も来ていないとなると、やはり杏子がかけてくれたものだろう。ブランケットからほのかに彼女の匂いがした。 (…お見通しってわけか。) どうやら自分の強がりはとっくに彼女には見抜かれていたらしい。それでも気づかないふりをしていてくれるということは、自分の強がりに乗ってくれているということ。了は、なんだか鼻の奥がつんとするような気持ちになった。 「あっ!先輩!先に来てたんですね!」 「や、約束ですよ。今日は別のデッキで相手してくれるんですよね。」 やがて見知った2人が入店してきて、一気に賑やかになった。杏子は、何事もなかったようにニコニコと笑いながらこちらを見守っている。 自分が守っていると思っていた日常だったが、逆に日常に自分が守られていることもあった。 「おうよ!俺のラッカ鬼羅starのぶん回しを見せてやるぜ!」 やはり、この日常を失いたくない。そのためならば。了は明るく答えながら、悪との戦いを改めて決意するのだった。