―――貴女は絵本の世界を夢見てるの? そんなことを言われて顔をあげる。 目の前にいるのは眼鏡…モノクルっていうんだっけ?それをつけた男の子。 年齢は私よりもちょっと下くらいかな。面識はない。 そもそも私はカフェのテーブル席に1人で座ってたはずだ。 なんだか近くで事件?があったらしく早めに学校が終わって、 まっすぐ帰れって先生から言われたけどスマホに行きつけのカフェのマスターから スイーツの新作ができたから食べに来ない?って誘われて… 今月ちょっとお財布ピンチなんだけど新作だもんな~仕方ないよな~って先生の目をかいくぐってやっとカフェにたどり着いた! さてさていざ実食!…という状態なのになんでこんな変な子と話さなきゃいけないんだろう 「なんでそんなこと訊くの?というか、私もう食べたいんだけど」 スプーンを持ち上げつつ質問を返す。食の恨みは恐ろしいんだよ少年。 少年は無言で笑みを返してくる。多分OKって事だろう。いただきます。 ……むむむっ。ざくろ本来の甘味と酸味を活かしつつクリームやソースの主張も分かる。こう…口の中でハーモニーが…慣れないレビューはやめておこう。とにもかくにもおいしいのだ。 カウンターにいるマスターにサムズアップを送るとマスターは笑顔で返してくれる。 机をトントンと叩く音が聞こえる。あぁそういえば少年がいた。 「ごめんごめん。絵本だっけ?まぁ夢見たこともあったかな」 二口目を口に運びながら初めの質問に答える。 「灰被りのお姫様、人間に変身した人魚、獣に変えられてしまった王子様…どれも素敵な物語の登場人物だわ」 三口目、四口目。 「でもそんなものに憧れるのは誰だってそうでしょう?子供だったなら、ね。」 そう、当たり前の話だ。五口目。 「小さい頃にはそんなこともあったなってだけでもう"卒業"したわ。ギークでもあるまいし今でも物語にハマってるわけ」 ―――そういう話じゃないんだ。私が言いたいのは。 スプーンを動かす手を止める。 ―――君は絵本の世界の物語に魅入られていたんじゃない。 ―――物語の中の…『魔法』に魅入られていたんじゃないのかい? 「……」 言葉を紡ぎだせない。 確かに、そうなのだ。 もう"卒業"しないといけない歳なのに…私はまだ、絵本の魔法に憧れている。 人魚よりも人魚が人間になる魔法の薬に。 灰被りのお姫様よりも、彼女を城へといざなった魔法使いに。 こんなにも焦がれてしまっている。 「……そうだね。私はまだ魔法に憧れてる。夢を見てる。楽するために魔法が欲しいとかじゃなくて、魔法そのものに。」 スクールでも言わないような恥ずかしい言葉を口に出した後に気づく。 スイーツを口に運ぶ。味が分からない。 ―――その言葉が聞けて安心した。この世界にも魔力が集まっていたけれど、君みたいな子がいるなら大丈夫だろう。 「別に褒められても……今なんて?」 スプーンを手から落とす。この世界?魔力って言った? ―――そろそろ行くよ。私はこの世界では異物だし、積極的にかかわるつもりっもない。君たちは君たちの物語を楽しんでほしい。 少年が椅子から立ち上がる。行くってどの場所へだろうか。…どの世界へだろうか。 「ちょ、ちょっと待って!私からも聞きたいことがいくつもあって…ほら!残してたスイーツもあげるからさ!」 ―――いや、遠慮しておくよ。言わなくても縁があるなら出会うことだし。『異世界に来たときはその土地の食べ物は食べちゃいけない』ってのはどの絵本でも共通してる事だしね。 最後まで残していたフルーツ…ザクロの一切れを指さして少年は続けた。 ……別にこの世界は冥界ではないのだが。マスターは地獄の閻魔みたいな顔してこっち見てるけど。 魔力とは?世界とは?あなたの正体は?聞きたいことはいっぱいあるけれどまとまらない。 彼がカフェの入り口の扉に手をかけたところで、ようやく声が出た。 「じゃあ一つだけ教えて!アナタの名前は?」 少年はちょっとだけ悩んだ後、答えてくれた。 ―――私の名前はアレイスター。それじゃあね、お嬢さん。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「アレイスター!に、20世紀初頭の英国に実在した人物で法の書なんかで有名なあの魔術師と同じ名前なんて妙な事もあるんですね!」 「うん…何だったのかな?あの子。妙に大人びてた気もするけど」 私はあんまり普段話さない同じスクールのギークの男の子に昨日の出来事を話しながら一緒に帰っていた。 「すぐに私も外に出たんだけどあの子姿かたちもなくなってたのよね…まるで瞬間移動みたいに」 「も、もしかしたら他の世界に自分自身を『召喚』したのかもしれませんね。いやでも彼が興味を持っていたのは悪魔の召喚だったはず…」 ギークの彼がぶつぶつあーでもないこーでもないと独り言を始めてしまった。やっぱ変な子だなぁ 「でも悪魔というのはあくまでも宗教的な側面であらゆるものの召喚を研究していたとしても…あれ?その本…」 「あっ、これ?」ギークの彼がこちらの世界に戻って来てくれたので持っていた絵本を見せる 「昨日あんなことがあってからもう一度読み返しちゃったんだよね~やっぱりいいよね!魔法!とくにこの妖精さんがね…」 この時の私はわからなかった。 まさか本当にこの後絵本の妖精が出て来るなんて。 まさか本当に、私が魔法の力を手に入れるなんて。 ~アレイスター(異世界転移したときにクロウリーになっちゃった)とリブロマンサー・マジガールがマジガールになる前に邂逅した話~