かつて星を見た、何時だったかの夜、迷いついたデジタルワールドの一角でその少女と出会った。  その女の子を少女と言っていいのかはわからなかったけれど、確かに彼女は大地に立つ星だった、ところどころはかすれているが、その神聖のありようを忘れることなんてできはしない。 「悪いね大将!bitもねぇのに泊めてもらっちまって!その分きびきび働くからな!」 「……あなたはなんで……助けてくれたんですか……こんなことしなくたっていいはずなのに」 「……ゲンキでいいよ、まあ…名前呼びがあれだったら富士見さんとかで……でも、そうか……なんでかぁ………そうだなぁ……例えばさ……もしかしたらさ、今手を差し伸べなくても誰かが助けてくれるかもしれない、でもそうならないかもしれない、今その岐路に立ってるって言うならさ……せめて少しくらい差し伸べる人間でいたいって思うんだよね……なんて……格好を付けちゃったかな」  そんな言葉を言うその人に俺は何を思えばいいかわからなかった、俺の周りにいる大人と呼ばれる存在とその在り方が違いすぎていたからだ。 (埋蔵金の一時、ある宿の主との話)  答え、というものを見つけなければならない、またいつか出会った時に己の答えを伝えるために。 「でも答えって何だろうね、コドクグモン」 「なんだろうなぁ、答えって、取り合えず美味いもんでも食べれば思い浮かぶんじゃないか?」  どうなんだろうか、美味しいもの位なんてその意味がわからない……ああ、でも、あのくろしろ?と 名乗ったお兄さんがくれた缶詰はとっても美味しかった (プロローグ、あるいは埋蔵金の後) 「おお、似合ってんじゃないの灰(グレイ)!」 「なんかぶかぶかする」 「何時も来てる服のほうがサイズあってないだろ!あの黒白とか言うあんちゃんには感謝だな!冬だって寒くねぇ…デジタルワールドでも冬はあるから温かくした方がいいぜ」 「そうなの?」 「そーだよ!にしてもあのあんちゃんには借りができちまったな!」 「借り?」 「そうだよ?」 「お酒??」 「なんでそうなるの!?」 「いいことをしたらのめっていっつも父さんビールくれた」 「……ん~~~…さ、酒からはちょっと離れようぜ灰!!」 「そう?」 「こんなものしか上げられなくて申し訳ないけど……」 「これは……」 「おさがりになるのかな……昔使ったんだ、サンタ帽」 「……?」 「少なくとも、これがあれば寒くないからさ」 「……くろしろ?さんはなんでここまでするんですか」  逡巡。 「……さあ、なんでだろうね」  肺の空気と一緒に言葉を絞り出したようだった、何かいいことを言おうとしてその人は目を伏せてそんな言葉を吐き出した。  本当にどこか諦めたかのような顔、それを言葉にするだけの力は今俺に存在していなかった。  だけど、それでも黒白と言う人がやったことに対して何か言わなければならないと、頭の中の文字数の少ない辞書の中から引っ張り出してくる。 「ありがとう」  きっと、その時の自分の顔は黒白?さんと似ていた、彼にかける言葉が自分にはあまり存在していなかった。 (黒白からサンタ服を譲ってもらう話) 「さて…食べれないものはあるかな、アレルギーとか」 「そういったものは……多分ない、です」 「ならお腹も減ってそうだしいっぱい食べていくといい」 「あ……そうだ、食べ物くれるならお金……bitなら少し」 「いいよ、気にしなくて」 「でも」 「いいんだ、大人って言うのは子供にたくさん食べてもらいたいものなのさ」  その言葉に俺の中の大人と言うものがわからなくなっていく、そのデジモン……人……?元は人で今はデジモンと言う彼と話せば話すたびに……違う、デジタルワールドにいる大人たちは俺の知っている大人とは父と母、そして教師たち、とは違う、痛みもなければもっと怖い何かもない、あれが大人なら、この人たちは何のだろう、心にあった何かが壊れていくように感じた。 (クリスマスで出会ったとある人/デジモンの話) 胡散臭い誰かから貰ったものはクリスマスだった。 俺にはそんなものないと思っていたのに。 それは他の人から聞けば、偽物なのだと、あまりいいものではないのだと言われた。 きっとそうなのだろう、俺にはそれを判別するだけの力がないのだけれど、でもそんなことがどうでもよくなるくらい、これはきっと……どういえばもわからないほどに俺の中を締めた。 偽物も本物も関係がない、これは、俺にとって、俺にとって初めての、俺だけのものだから。 (初めての自分の物の話) 「それならこの星をツリーの上に乗せてくれるかな」 俺はポトフの対価にクリスマスの飾り付けての手伝いをすることになった、心臓が飛び跳ねる気がする、綺麗でピカピカした作り物の星を触っていると無性に心臓が締め付けられる気がしたからだ。綺麗な物、綺麗な星、触っていれば穢れる様な気がするから。 しかしそれで責める言葉を投げかける誰かはここにいなかった、そのお姉さんはただ勧めるように俺を促してくる、息苦しいような気がする、これを薄汚れた俺が乗せるだなんて、でも、今だけは許してほしい、誰に言うでもなくただ自分の心に言い訳してからその星をツリーの1番上に置く。 背筋が凍った、もしかしたら誰かがこの瞬間をあざ笑うんじゃないかと思いついコートを握る。 嘲笑はなかった。 「頑張ったね」 お姉さんの言葉だけがそこに残った。 そう言えば褒められることも、あるいは……誰かに力を貸すことも……初めてかもしれない。 (初めて人を手伝う話)  クリスマスが終わる……それを寂しいと思ったのは初めてだった、今まではそもそも何かを感じることもない、寒い街中を誰かに見つからないように歩いて行くだけの日、いつもと変わらない日々と言うだけだったから。あるいは、幸せそうにしている街を見ないようにしていたのかもしれない。  俺は今喧騒の中にいる、幸福の喧騒の中に。受け入れられるということに慣れていないから、そこにいることで自分の異物感が際立つ気がして足が遠のきそうなところをコドクグモンが前に押してくる、俺はここにいていいのだと。  でもそんな時間ももう終わる、またいつもの日々が来る、その時に俺は何を感じるだろうかと、人込みの中を見る、そして――そこには星の少女がいる。  思わずに手を伸ばしていた。 (星の少女を見つける話) ここにきて初めてではない何かを感じなかったことはない、俺は今日初めて自分のためだけに何かを求めている…… 「か――鞄を売って下さい」 「ホウ?」 誰もが偽物だというメタルグレイモンのフィギュアをくれたあの人はまだここにいた、そして物を売ってくれるという、だから求めた、今、俺は俺の両手で求めるものしか持てはしない……今、きっと俺は贅沢になった、侮相応なまでの何かを求めようとしていてそれでは掌だけでは足りなかったからだ。 その人は少しばかり口を笑みに浮かべてそれをとりだした、硬くて大きい鞄。 「これも……偽物かもしれないよ?」 「構わない」  だって、 「これに入れるものは……きっと、きっと俺にとっては本物だから」  その人は大きな声で笑う。 「売った――!!」  どこかのブランド?の名前が書かれた大きな鞄は、今俺の手の中にある。 (鞄を手に入れる話) 「なあ結局声かけなくて良かったのかよ」 コドクグモンがそう言う。俺は結局あの星の少女に手は伸ばせなかった、あの喧騒の中で少しだけ聞こえた、エストレヤと呼ばれたあの少女に俺は手を伸ばすのをやめた。 「いいんだ」 掌を見る。ささくれた手、汚い手、ただの人の手、それはきっと今届くことはないとそんな気がした。 「少しだけ、少しだけ授業のことを覚えてる、一番輝く星を一等星って言うんだって……俺の手はきっと今あの一等星(エストレヤ)に届かないから……」 うん、とうなずく。 「もうちょっと手を伸ばして、せめて……もっと大事なものを見つけてからでいいって、そう思うんだ」 「そうか」 「うん、それに、詰め込める鞄は手に入れたから」 鞄を売ってくれたおじさんは、元のブランドより丈夫で大きいのだと言っていた、ならきっと色々詰め込める気がする。 「それじゃ、行こうコドクグモン」 「どこに?」 頬を掻いてみる。言葉にするのは少しだけ恥ずかしいけれど声に出す。 「デジタルワールドで星が一番きれいに見えるところ!」 (星を目指す話) 鞄を背に担ぐ、中に入っているのはメタルグレイモソ……メタルグレイモンを真似たフィギュアだけ、まだ軽く何も詰まっていない鞄、これから何を詰め込んでいくのだろうか。 「おーおー、結構色々入りそうだだな」 「きっとこれから色々入るよ」 何を詰め込むかはわからない、けれど同時に楽しみとも言える。少し前まで沈んでいた俺が楽しみだなんてちょっとおかしいかもしれないけど、でも、今は少しだけ夢を見る権利を持っていると信じていたかった。 「それじゃ星の一番綺麗に見えるところに行くんだろ?」 「うん、でもその前に少し寄り道したいんだ」 「寄り道?」 「うん……こういう時はお土産話をするものだって、すぐに向かったらお土産は増えないから」 「……そっか」 思い浮かぶ顔がある。熱夢と……愛狼言った俺と同じくらいの男の子達、もし、もしもまたあの2人に会えた時に少しだけ胸を張っていられる俺でいたい、でも今は何もないから、なら……その何かを少しだけ探して歩こう。 「それじゃ、行こうコドクグモン」 「おうよ!行こうぜ!」 今日踏み込む大地は、少しだけ足取りを軽くした。 (クリスマスが終わり、未来に向かう話)