彼はそうしないこともできたはずだった。選択肢は常に手元にあって、 年長の自分が己を律することこそが、彼女に対する責任を取ることと同義であった。 一人用の寝台は、安寧の夜を知らない。枕も布団も、生臭い臭いが久しく取れていない。 どちらのものとも知れぬ体臭が、混ざって、重なって、一つになって――染み込んでいる。 その寝台と、申し訳程度の机、椅子。衣服をしまうための棚は使われた痕跡もないまま、 上に積もった埃の中に、まぐわいの臭いを色濃く絡めて残している。 二人は服を着崩したり脱ぎ捨てたり、日によって多少の違いはあれど、 おおよそ街を出歩くような格好をしていることはなかったし、事実、そうはしなかった。 陽の昇る前から始まったそれは、何度かの小休止こそ挟みはすれど、 夕暮れの茜色に調度の染まるその時まで、終わりらしい終わりを見せることはなかった。 これももう、一週間や二週間のことではないのは部屋の荒れ具合からも明らかである。 時折、男は疲れたように、少女からその身を離そうとする――より直接的な表現で言えば、 その幼く未成熟の――けれど雄の味だけは覚え込んだ膣穴から性器を引き抜こうとする。 すると穂先の離れていく感覚に、少女の顔は今にも泣きそうなほどに切なくなって、 結局、また同じだけの距離をずぶずぶと、中に押し込んで戻すほかなくなってしまう。 男の性器が膣内をぴったりと埋めている時だけ、少女は満ち足りたような貌になる。 小さな口から覗く紅い舌がちろちろと、彼の唾液を求めて踊る。 やはり男は、彼女を悲しませない、寂しがらせないという名分のために、 彼女の唇に、己の唇を重ねるのだ――するとどうだろう、幼き獣は実に艶めかしく、 ほとんど本能的に学んできたのかとも覚えるほどにしなやかに舌を跳ね回らせて、 彼の舌の表も裏も関係なしに、ねっちゃねちゃとかき回し、甘える。 そしてそちらに意識を取られているうちに、どろり、と罪の証が結合部を沈めるのだ。 指と指を絡め、掌と掌を重ねた恋人繋ぎのうち、片手だけを男はほどく―― 当然、少女はまたすぐに泣きそうな顔をするから、これは彼女と離れるためでなく、 膣内に吐き出したものを、きちんと拭き取るためであることを示さねばならなかった。 交尾漬けの毎日の中で、ぷりぷりと弾力ある少女の陰唇は紅く腫れている。 それを軽く指で開きつつ、中から溢れてくる――自分が出したばかりのものを、 男は丁寧に拭き取りながら、痛くないか、そろそろ休憩しないか、と訊ねた。 答えはいつも同じだ。大丈夫、もっと――それを聞くたびに、男は背筋が寒くなる。 彼女とて、人の姿を持つ以上は――それと同等の内臓機能を有しているであろう。 雄の精を注がれ続ければ、いかに未発達な幼子の姿といえど――? まして“その先”を望むなら、妖狐の化身たる彼女の体内の魔力はどう反応したものか。 “人に成る”未来を捨てて、このままの肉体で子を生せる身体となってしまえば―― 彼がそんな計算を始めようとすると、少女はまた蠱惑的な笑顔で彼の良心を絡め取り、 また果てなき肉欲の泥沼の中に、男を頭の先まで飲み込んでいってしまう。 程よく拭かれた分泌液は、ひりひりと痛むはずの幼き肉穴に、あっさりと彼を咥え込む。 数値上で直径と拡張性とを比較すれば、それはかなり無理のある大きさのはずだったが、 一度覚えてしまったその形を膣襞が内側に再現しているかのようにぴったり収まって、 性器を突き入れるたびに、男はそのあまりの具合の良さに腰が止まらなくなる。 定期的に水分補給だとか小用だとかで休憩を挟むのは、むしろ彼自身が、 幼い妖婦の肉体にはまり込んでいかないための自己防衛の一環であったかもしれない。 男の脳裏には響界種、という言葉が何度も何度も現れてきていた。 それは、彼と彼女のように本来は違う世界にある、種族も違う雌雄が、 時には愛を――時には不幸を接着剤として重なった結果、産み落とされる罪の子だ。 どちらの側にも付けぬそれが幸福な生涯を送ることは、極めて稀なこと。 ましてその過程においては、召喚を行った側が一方的に喚ばれた側への優越権を有する。 己が支配する側と錯覚して振るわれる暴力は、相手の尊厳など容易く踏みにじる―― なればこそ、彼は彼女に手を出してしまったことを、酷く悔いるのである。 一個の独立した生命として存在を認めるならば、相手の感情を最優先すべきであった。 それが真に己の内側から興ったものか、あるいは召喚の際の副作用に過ぎぬのか―― そのことをきちんと見極めもせぬままに、彼は怯え、不安がる少女を“慰めた”。 後は坂を転がる石のごとくに、二人の関係は粘膜の接触を前提としたものとなっていって、 こうして安宿に何連泊も重ねて、それ以外の一切を顧みぬような生活に溺れていく。 捨てないで、と哀願するその顔に、どうして抗うことができようか? 彼女からの求めの一切に応えること自体が、彼の目的にすり替わりつつあったが、 しかしその求めが、召喚される前の無垢なる魂の響きと同じと、どうして証明できるか。 第三者から見れば、都合のいいように肉玩具を呼びつけてまんまと仕込んだ鬼畜、 そんな風にしか映らないのではないか――と、彼は常々思うのである。 不安が脳裏に浮かんだ途端、それを見抜いたかのように紅い舌がちろちろ踊る―― 宿の主は二人分の食料を戸に空いた窓から差し入れて、中身をちらりと伺った。 この宿は“そういう”目的に使うような連中ばかりだ――いや、肉欲に流されていくうち、 罪人たちは自然とこんな堕落の果てのようなところに行き着いてしまうのだ。 他の部屋も、見るからに種族の違う雌雄が人目を気にせずにひたすらまぐわっているし、 どうやら雌の腹部は、その行為の結果物をぶら下げで随分重たそうになっている。 けれども雄の側も、あるいは孕んでいる雌自身も、それを気にする気配すらなく、 好き放題に部屋を汚し、調度をめちゃくちゃにし、濡らし、暴れ回っていた。 彼の持つ宿帳には、真実の名など一つも記されていない。 逃避行の果ての果て、どうして実名をそこに残していくだろう? けれど赤子を育てることまでは許可していない――夜泣きは他の客の“迷惑”になる。 ここからも蹴り出されていく愚か者たちが、罪の証を大事そうに抱えながら、 どこに行こうかと途方に暮れる顔は、彼にとっての最高の肴になる。 殊に、どこぞの召喚士様とその護衛獣の組み合わせなどは実に面白い。 学者肌の連中が性に溺れ――道を踏み外し、逃げる先まで失われると、 途端に、世界の終わりかのような自死をも避け得ぬ歪んだ貌になるのである。 そして耳元に――日々繰り返されていた、彼らの本当の名を呼んでやってもう一発だ。 少女の腹部がぽっこりと目立ってくると、男の不安はさらに色濃くなっていった。 と同時に、彼女の色素沈着した乳首も、淫水焼けした陰唇も、 これから先の人生に、暗い影を落とす悪魔か何かのように思えてくる。 うっ、と胸に逆流してくる酸苦いものを抑え込むために顔をしかめると、 少女はそれまで腹部を優しく撫でていた手を、彼の頬に当てるのであった。 大丈夫、私はどうなってもいいから――本当か?小さな肢体に不釣り合いなほどに、 彼女の腹部は大きく張り出して、釣り鐘のように重たげに重力に引かれている。 胎動も、彼女の重心をぐらりぐらりと揺らしかねないほどに大きい―― 未発達の骨盤から、果たして本当に無事に赤子の出てこれるものであろうか? 雄の精をたっぷりと吸い取った少女の、年不相応にこなれた肉体は、これからどうなる? 自分は彼女に対して、どのような形で向き合い――“責任”を取ればよいのか? また苦虫を噛み潰したような顔になった彼の耳に、妖狐は囁く。 ――“ケッコン”すればずっと一緒にいられるんでしょう? 男の驚きに見開かれた目には、恐ろしいまでに淫らで艶めかしい微笑みだけが映る。 彼はただ――返事の一つも吐けぬまま、彼女と指切りをするしかなかった。